●闇を照らす六つの光
――濃密な闇が漂っている。
ただの闇ではない。見つめていれば吸い込まれそうな――深淵を伴う闇だ。
その正体は黒い霧。通常光のほぼ全てを吸い込んでは打ち消す、冥魔の霧。
当然、その中には彼らの尖兵たるディアボロが待ち構えている。
だが、それでも――いや、だからこそ、その闇を打ち払わんと進む者もいるのだ。
「――おおっと」
暗闇の中で七嵐 青馬(
ja0311)は声を上げた。
構えていた盾に何かが当たってきた。故に軽く払うと、かららっ、と独特の音を立ててそれが離れる。
「出おったか」
「気を付けて下さい」
「ああ、任せときや」
背中からの声に応えて、青馬は正面の闇を睨んで、一瞬の溜めの後に鋭く剣を繰り出す。
狙ったのはだいたい自分の頭の高さの一寸下。見事に的中したか、硬質だが軽く――そして何かを切り離した手応えがあった。
がんっと痛い衝撃が肩に当たる。それに顔を顰めながらも、次は自分の腹の辺りの高さを狙った。遠慮はない。
同様の手応え。がしゃっと崩れるような音。
「ふん」
一息。足元に崩れ落ちたそれ――骸骨兵士型ディアボロ、通称『スケルトン』を、青馬はレガースで蹴り砕いた。
「終わったで。足元気いつけてや」
「お疲れ様です。 ――この先に交差路があります。そこでエステル様は『生命探知』を」
「分かりました〜」
アーレイ・バーグ(
ja0276)に応えて、エステル・ブランタード(
ja4894)が頷く。
『生命探知』――読んで字のごとく、周囲の生命反応を探知する能力だ。
これが骸骨兵に有効なのか、と言われると首を傾げる撃退士も多い。
だが、ディアボロは基本的に『姿形に関係なく、冥魔が新しい命を与えて創造した存在』だ。
故に、生命探知に反応する。
「――進行方向十二時に二体。三時方向に二体、九時方向に一体です〜」
エステルがその温和さを感じる口調で、しかし素早く正確に宣言すると同時に、からから、とそれに応えるかのように骨の動く音が三方から鳴り響く。
完全な暗闇の中での三方からの囲み。
スケルトンの一体一体は弱くとも、この戦法で取り囲んでしまえば話は別だ。
統率を行う個体――通称『スケルトンリーダー』がやはり存在するのだろうという確信を各々が抱く。
状況と連携による、圧倒的に不利な状況。
――だが、撃退士達も無論、無策でやってきたわけではない。
不利なのは百も承知。
それでも天魔に挑み、彼ら以上の連携と作戦を以ってこれを打ち破るのが、撃退士の役目だ。
「対応、宜しくお願いします」
「うむ、任せよ」
「はいっ」
暗闇の中でさえ頷きを幻視するほど尊大に応えたのはラドゥ・V・アチェスタ(
ja4504)。
素直に鋭く応えたのが空蝉 虚(
ja6965)だ。
からからとスケルトンが囲みを狭めてくる。
「(カラカラと喧しい骨だ…… 歌でも歌うのならまだ可愛げはあるのだがな)」
ラドゥは三方向から響いてくるその音に僅かに眉を顰めては、偃月刀を構えながら静かに待つ。
「――」
虚も同様。仕込み刀を抜いては正眼に構えて、その音を待つ。
からから、からから、からから――
「ふん」
「はっ!」
ラドゥと虚が動いたのはほぼ同時。
瞬間的に獲物を振るって、接敵したスケルトンに一撃を加える。
骨を砕き、返す一撃で断つ。この暗闇の中で、迷いのない一撃だ。
「む――そこか」
複数体に命中した感覚。
一撃を加えて引き戻し、ラドゥが瞬間的にアウルを溜める。放出は、偃月刀を次に振り抜くのと同時。
生み出された衝撃波が二体を纏めて吹き飛ばす。骨が砕けては散り、頭蓋骨が蹴りだされたボールのように吹き飛んで、壁に叩き付けられては粉々になる。
別方向の二体の対処に当たるのはアーレイと三神 美佳(
ja1395)。
揃って用意したロッドやスタッフを手に、からからと寄ってくるスケルトンを被打撃覚悟で索敵する。
「こんなところで役に立つとは……」
苦笑しながら、アーレイがその手のやや年季が入ったロッドを振っては至近距離から骨を痛打する。
アウルの光を纏った魔法的な一撃。ばがんっ、と衝撃を伴う音が立て続けに三度。
闇さえなければ、彼女の揺れる双丘と共に華麗な三連撃が鑑賞できたことだろう。
美佳も手段は同様。
スタッフを手に待ち構えて、触れた相手に魔法的な一撃を加えていく。
遠慮をしないのは、誤射をする可能性が低くなるよう、作戦を立ててきたからだ。
「終わり、ましたか?」
「うむ。 ――あの耳障りな音は止んだ。周囲にはいないと見て良かろう」
「怪我はありませんか?」
「ちょっと殴られましたが、大丈夫です」
各々の声は、それぞれの背後から聞こえる。
そう、撃退士達はこの闇に挑むに当たって、各々の背中を各々の背中に任せるという円陣の構えを組んだからだ。
協力は難しいし、先手を取られるが――この方法であれば、自分の正面に限っては攻撃対象を誤る心配はないし、背中から一撃を受ける恐れも限りなく低い。
その目論見に間違いはないようだった。
●黒い心臓
「それにしても…… ある意味すごい物作りましたよね…… この状況下で透過して奇襲とかされたら相当痛手をこうむりますね」
「そうですね。発生源を見つけ、何としても破壊しなければ……」
立ち塞がるスケルトンを撃破しながら着実に進んでいく撃退士達は、各々の意見を交わす。
「明かりはほとんど駄目でしたし…… 発生源は、奥の方ですよね」
「はい。入る前にちょっと確認したことですけど、この黒い霧、空気の流れに乗って湧いてるみたいですから……」
美佳が小さく頷く。
黒い霧の中に突入する前に、じわじわと広がっているこれに対して確認したことだった。
恐らくは、という考察に従って、何人かで時折空気の流れを確認しながら、撃退士達は進んでいく。
そうして暫く。
「そろそろ、地下鉄駅の近くです。エステル様、お願い致します」
「はい〜」
再び、エステルを中心としてアウルの小さな波動が辺りに広がる。
「――階段を降りて、改札前コンコースに…… 纏まって六体います」
「多いですね」
全員が頷く。
しかも纏まってとは、若干作戦が通用しにくい布陣だ。
「リーダーであると見るのが妥当か」
「やろうな。どないする?」
リーダーが存在した場合にどのように対処するか、それだけは考慮の外だった。
これまでのスケルトンが多少は包囲、挟撃などを使ってきたことを考えれば、次はより上等な戦いになるだろう。
若干の苦戦が予想される。
「基本は維持していきましょう。攻撃対象を誤っては、元の木阿弥です」
「異論ない。リーダーの抑えは我輩が受け持とう。危なくなった者は、円陣の内側に押し込んで――」
「私が癒します〜」
「ほな、それで行こか。全員、現状は問題あらへんか?」
「大丈夫です」
各々が闇の中で頷くのを確認するような間。
そうしてから、撃退士達は闇に一撃を加えるために歩み出す。
階段を降りたところで、戦闘はすぐさまに始まった。
「っぐ!?」
「どないした!?」
「これは――矢です、撃たれてますっ」
虚が苦痛を滲ませた声を上げる。同時に、それに応えるようにからからと笑うように響く骨の音。
全員がその方向を確認する。
――やや離れた向こう。そこに、まるで鬼火のようにおどろおどろしく灯る二つの紅い光があった。
それがからからと笑うように震え――ひゅっ、と鋭い二つの風切り音が六人の傍らを通過する。
「アレがリーダーか、成程」
「取り巻きも一緒に来ます」
紅い灯火と共に、からからから、と多くの足音が接近してくる。
幸いにもスケルトンリーダーの眼窩に灯る光のお陰で目測は立てやすい。
闇の中でがっつりと組み合うように、撃退士達とスケルトンの一団が交戦する。
「っ! この……」
「くっ……!」
スケルトン達は、今までとは格段に異なる、闇を使った戦術的な動きで撃退士達をからからと翻弄する。
押しては引き、引いては押し。
あるいは一度攻撃してから、場所を変えて攻撃してくる。
それまでに撃退士達が『待ち』からの反撃でスケルトンを撃破していたことを学習しているかのような動き。
「ぐ、っ、っっ! 済みません、下がります!」
「分かりました――青馬様、美佳様、カバーを」
「はいっ」
「任せとき――ふっ!」
「癒します〜!」
弓からの連携に耐え切れず、虚が円陣のラインから外れる。
すかさず後を埋めるのは青馬と美佳。相手取っていたスケルトンに強打を加えて引き剥がしては、陣形を崩さないようすぐに虚とエステルのカバーに入る。
その一方で内側に入った虚をエステルが抱き締めるようにして対象を確保し、柔らかなアウルの光で包む。
「ありがとうございます……! 前、出ます!」
「気を付けて下さい〜」
撃退士達も負けじとそうした連携でスケルトンの一団と渡り合っていく。
幸いなのは、これまでのスケルトン戦で殆ど消耗していないことだ。
いずれにせよ、そこが大きく勝利を分ける鍵になっただろう。
確かに撃退士達は不利ではある。
だが、スケルトン達が撃退士達の連携を崩せない以上、本来の実力差で、状況はじっくりと、着実に、撃退士達の方へと傾いていく。
そして――
「は――捕まえたぞ」
ラドゥが八重歯を見せて嗤う。
やや奥手に位置していたスケルトンリーダーを、ラドゥが振るった偃月刀の鋒が捉えた。
そこからは一瞬。
出し惜しみなどなく、瞬時にアウルを燃焼させ、爆発的に加速したラドゥの腕が轟と獲物を振るい、スケルトンリーダーを一撃する。
元より、このような環境でなければ伏させるのは容易い相手。
一度捉えれば、苦戦する道理などない。
「ぬんっ!」
紅い光を灯した頭蓋骨が叩き割られる。
瞬間――ざざ、と黒い霧が、主を失って、まさしく霧散するように引いていく。
「! 明かりを!」
それぞれが可能な限りの明かりを灯し、視界が戻る。
状況を確認する一瞬の間。スケルトン達はリーダーを撃破されたことで統率が乱れ、またアウルの輝きにたじろくように後退する。
後はもはや一方的だ。
「貰いました――」
「――お返しですっ」
アーレイと美佳がすかさず遠距離から今までの分を応射するように弓持ちを焼き、あるいは稲妻で貫く。
視界が戻った今、射界を遮るものは何もない。
弾ける雷火に耐えることが出来ず、一撃で骨が爆散する。
「はっ!」
「これで――終わりや!」
残ったスケルトンも、それぞれ虚が先程のお返しとばかりに。
青馬も守りに徹していたスタイルから攻撃に切り替えて、剣の一撃で骸骨を叩き割る。
からから、がしゃん。
骨が崩れ落ちる音を最後に、静寂が戻る。
だが、今までの静寂とは違う――仄かな光と安寧がある静寂だ。
「全員、無事ですか?」
「はいっ。大丈夫です」
「そのようであるな。 ――六人。一人足りとも欠けてはおらん」
「はぁ……」
それぞれが安堵の息を吐き、無事な姿に微笑み、任務の達成に頷く。
こうして――地下の闇は晴らされたのだ。