●終わりのための戦い
サーヴァント『レペンテンス』はゲート防衛用のために設計された巨大石像型サーヴァントだ。
指揮能力と範囲支援能力を持つ『レペンテンス』を中心に、小型のサーヴァントを複数体従属させて、主にゲート周辺の警戒を行う。
H県K市に設置されたゲートに対し配備されたこの『レペンテンス』も、かつてはそうだった。
だが――ゲートが破壊された今『レペンテンス』が護るものは何もない。
しかしそれを理解することもなく、ただ天使の撤退に合わせて撤収されなかった『レペンテンス』は、今もK市の大通りを中心に警戒を行なっている。
そして今日。
『レペンテンス』は久方ぶりに、K市大通りの大交差点に敵が侵入したのを感知した。
敵――すなわち仕えるべき天使やシュトラッサー、同じサーヴァント以外のモノだ。
初めてK市に配備された時から半分以下になってしまった従属サーヴァントを率いて、『レペンテンス』は背中の石の翼で飛ぶように浮遊しながら急行する。
護るべきゲートのため、仕えるべき天使のために。
「――来たで」
宇田川 千鶴(
ja1613)が静かに、しかし確かに声を上げる。
K市大通りの大交差点。広く、暴れるにはもってこいの場所だ。
そこに陣取った撃退士達は、南方向から『レペンテンス』が向かって来るのを正面から待ち構えていた。
「『レペンテンス』一体、騎士型二体、錫杖型一体―― まずは情報通りですね」
紅葉 公(
ja2931)がそのサファイアを思わせる瞳で敵の一団を見つめて言う。
「うん。打ち合わせ通りかな。御影さん、宇田川さん、宜しく」
「ああ。騎士は絶対に抑える。錫杖型は任せた」
「任せとき。バックアップは宜しく」
姫坂 黒鵐(
ja7104)と御影 蓮也(
ja0709)、千鶴の三人――前衛組がそれぞれ頷き合っては、敵を見据える。
騎士型を抑えるにはこの三人の連携が不可欠だ。
それを三人も分かっているのだろう。お互いに背中を任せると信用しての応答を交わす。
「――さぁて、一丁やるか」
「はい。頑張り、ましょう」
戦いを間近にして、徐々にエンジンが掛かってきたのだろう。地領院 恋(
ja8071)が笑みと共に嬉しげな声を上げる。
そしてこの中では最年少ながら熟練の撃退士である三神 美佳(
ja1395)が、戦いを前にしてかその外見に似合わず落ち着いた声色で締めた。
僅かに六人。
だが、強力な六人だ。
『レペンテンス』との距離が詰まる。
騎士型が展開し、一直線に切り込んでくる。
「っと、通さない、ぜ」
蓮也がその手の飛燕翔扇を投擲。即座に駆けて一体の前に対応して割り込んでは、強烈な回し蹴りを騎士に叩き込む。
この連撃を受けて、騎士はこれをその盾でしっかと防御。ただの石の盾ではないのだろう、大きく欠ける程度にダメージを抑え込む。
騎士もその手の石剣で反撃。蓮也は攻撃を終えてその手に戻った扇で即座にそれを受け流す。
「まずはひとつ―― 勝負だ」
もう一方の騎士は、千鶴と黒鵐が対応していた。
「――っ!」
千鶴は忍刀を抜いては、突き込まれる騎士の石剣を紙一重で躱し、的確に反撃で一撃を与えていく。
当たるか当たらないか、ぎりぎりの見極め。返せば当たりそうで当たらない千鶴の回避運動に騎士は翻弄されている。
「外すよりも宇田川さんに当たりそうで怖いね」
少し離れて黒鵐はひたすらにマグナムを騎士へと撃ち込んでいく。
千鶴に翻弄されてまともに身動きの取れない騎士に当てるのは容易いことで、外れるよりもむしろ千鶴に当たってしまう確率の方が大きいぐらいだ。
最も、仮に当たりそうになったところで、千鶴はそれすらも避けてみせるのではないかというほどの回避の冴えではあったが。
こう見れば、戦いは順調に進んでいるようにも見える。
しかし、撃退士達は知っている。この二体の騎士を倒しても、後ろで控えている錫杖型がいる限りは何度でも騎士が再生され、堂々巡りなのだと。
それを考えれば、後衛――錫杖型を狙って攻撃を打ち込む組は、少々芳しくはない状態だった。
「堅い、です……!」
公がそう漏らしながらも、狙いを済まして、その手から稲妻を迸らせては錫杖型を一撃する。
しかし命中の直前――錫杖型を覆うように展開される半球状、半透明の盾が稲妻の威力を大きく減算させてしまう。
「強力な、魔法シールド…… 貫通は、難しい、です」
激しい音を立てては美佳の指先からも稲妻が発される。着弾時は大砲の如き轟音と衝撃。だが、錫杖型は傷付いた様子ひとつもない。
「ちっ、こっちも意外にちょろちょろと鬱陶しくて、当たりゃしない」
前衛を回復しながらも隙を見つけては弓を引いて矢を打ち込む恋も芳しくはないようだった。
恋が弓矢を構えると、あんな形でありながら目でも付いているかのように反応して、宙を浮いているが故の三次元的な機動で矢を躱してくる。
このままでは手詰まり――いつかは前衛が抑えきれなくなり、撤退を余儀なくされる。
「でも――紅葉ちゃんや三神ちゃんの魔法は受け止めるくせにあたしの矢は避けやがるってことは――」
「――物理なら効く、ですね。 ……作戦、実行です」
「宇田川さんっ」
「分かった」
それぞれの呼び掛けに合わせ、事前に練られた撃退士達の作戦が発動する。
「――もろた」「はッ!」「喰らいなよ」
千鶴、恋、黒鵐が同時に千鶴の前にいる騎士の足を狙って一撃。
騎士の片側の足を粉砕し、同時に千鶴がその影を縫い止めて動きを封じつつ騎士の前から離脱。
「次は僕だ。気の利く冗句は苦手かな、無口でお堅い騎士様は」
拳銃を戻しては滑り込むように割り込んできた黒鵐が代わりに騎士へ対応。拳の一撃を騎士へと叩き込む。
その間に騎士を抜けて駆けた千鶴が一気に『レペンテンス』へと接近。
「どうも、御綺麗な天使様。お相手願います」
光り輝く威圧に負けず、駿足の一歩で踏み込んでは忍刀を振るう。
――そして、光の波動が放たれた。
「っ!」
妄りに聖域を犯す愚か者よ、悔い改めよ。 ――そう言わんばかりの強烈な衝撃が、広範囲に渡って撃退士達の意識を揺さぶる。
撃退士達の動きが止まる。意識が朦朧として、何かを考えることも難しい。
そして、そんな撃退士達を嘲笑うかのように、錫杖がその先端に光を貯める。
騎士の破壊を再生し、状況を限りなく白紙に戻す時の砂。
――だが、全員がそれを指を咥えて見ているわけがなかった。
「宇田川お姉ちゃんっ!」
光の波動を耐え切った美佳が、すぐさま足元の小さな石礫を千鶴に向けて放った。
それは拙い一投でありながらも、少なくない衝撃を千鶴に与え――そして覚醒させる。
「――っ、させへん」
たたらを踏むようにして、しかしその一歩と同時に足裏に跳躍力を貯めた千鶴が一息に跳び上がった。
狙うは勿論――呑気に光を溜める錫杖。
「あたしも無視するとはいい度胸してんじゃねえかァ!」
そしてもう一人。
光の波動に耐え切った恋も、その弓を引き絞っては錫杖へと放った。
恋のアウルを纏った矢が鋭く飛翔し、狙い違わず錫杖に迫る。
忍刀と矢の一撃が容赦なく錫杖を穿つ。その二撃で、錫杖が溜め込んだ光はあっさりと霧散した。
「っ――今です」
そして時間切れ。
朦朧から回復した撃退士達が、それぞれ攻撃を起こす。
「ナイス。 ――今だ」
短く大きく気を吸って、蓮也がその足を振り抜く。
そこに込められたアウルの衝撃が、刃となって眼前の騎士を粉砕し、全くの無防備な錫杖へと直撃した。
びしり、と罅が入る。
「今までの分、纏めて、です」
公もその指先から再び稲妻を放つ。
錫杖は霧散してしまった光に戸惑い、そして迫ってきた稲妻に怯えるようにびくりとひとつ震え――障壁を張ることも出来ずに、その青白い雷火に焼かれた。
それが限界点。
錫杖は爆発するように砕けて、無数の塵へと変わった。
「終局、かな」
がつん、と半行動不能な騎士に一撃を加えて打ち倒した黒鵐がそう告げる。
残るは全ての護りを失った『レペンテンス』が一体のみ。
至近を威圧の後光で焼く能力も、光の波動で全員に衝撃を与える能力も『レペンテンス』一体だけでは何ほどの役にも立たない。
そして彼女は、その状況にも関わらず、逃げることをしない。
サーヴァントとしてこの地を――かつてここにあったゲートを護るために。
――こうして、撃退士達はサーヴァント『レペンテンス』を撃破。
H県K市に残されていた最後のサーヴァントが掃討されたことにより、復興作業が始まったのである。