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「‥‥ということでやって来たが」
荒廃した無人の市街を歩きながら、凪澤 小紅(
ja0266)が嘆息した。
「やれやれ、困った人がいたものだな」
久遠ヶ原英雄報道部。彼らには彼らの信念があるのだろうが、時勢的にも場所的にも今回は度が過ぎている。
「こんなところまで取材に行くなんて、度胸があるというか何というか‥‥」
記者達を心配し、かつ呆れ、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505) も短く息を吐く。
「無謀ですよねえ。突撃取材って言っても、これはいくらなんでも危険ですよ〜」
「全くだ。大事になってからでは遅いと言うのに‥‥」
苦笑して見せた天羽 伊都(
jb2199)に、同じく歩を進める酒井 瑞樹(
ja0375)も息を吐く。
「なにはともあれ急がねばな。こんな時だ、何が起こるか分からない」
言った瑞樹に、グラルスが頷く。
「分かれて探したほうが良さそうだ。報道部の人たちが屋内に隠れている可能性はあるのかな?」
うーん、と顎に指をあてたのはフローラ・シュトリエ(
jb1440)だ。
「不確定要素を考えたら、私達が対応できるように見える位置にいて欲しい気もするけど。都合的には、どっちが良いのかしらね」
彼女が疑問を口にしたその時。
土煙を流す夜風が、ふと、軽やかに勢いを増して――。
「都合はともかく、空から見たカンジじゃ屋外に人間達の姿は無かったよ」
空から着地した悪魔・蒼桐 遼布(
jb2501)が仲間達に伝えた。
「物陰に隠れて移動してる可能性もあるけど参考にしてくれ‥‥それと、ひとつ」
遼布は鋭い銀の瞳を前方の薄闇に向けて。
「敵、さっそく来たみたいだ」
かしゃり、と骨の足が地を踏み、ずるり、と腐肉の足が土に摺る。
赤く発光する天魔の目が、夜闇と土煙の向こうからぽつりぽつりと見え始めた。
「あ〜‥‥迷ってる暇は無さそうだね〜」
伊都が阻霊符をぴらぴらと弄びながら、両腕に黒焔を纏う。
小紅も接近してくる敵を見据え、大剣シュガールを構えて瑞樹に言った。
「此処は引き受ける。瑞樹は作戦通り、報道部の人々を探してくれ」
瑞樹は顎を引き、夜に溶け込む黒のレインコートを頭から被る。
「わかった。武士の心得ひとつ、頼るべき仲間は信じて頼るべし。ここは任せたぞ」
駆けだす瑞樹と、一斉に武器を構える撃退士達。
降り注ぐ月光の中。猛る天魔達に、剣を抜いた遼布が笑んだ。
「さあ、せっかくの囮だ。派手にいこうか!」
●
阻霊符の効果範囲を限界まで広げるべく、5人は四角形の陣形をとる。
前衛に、遼布と小紅。支援できる距離の後衛にフローラと伊都。
そして、四人がつくる図形の中央に、グラルスが位置した。
「出来るだけ騒いで、辺りの敵も集めないとですね〜」
大山祇を構えて伊都が言う。大きな音で敵も取材班も寄せ集めるのが今回の策だ。
さて、肝心の音はどうやって出そう? 一同がふと悩んだ、その瞬間。
タァン――、と銃声。
飛翔した銃弾が、弓持ち骸骨兵の左腕を派手な音と共に砕け散らせた。
「これでいいんじゃないかしら?」
目を大きくして振り向いた伊都に、自動拳銃を顔の横で振って微笑んでみせるフローラ。
「完璧だな」
天魔の眼前に小紅が踏み込む。後は陣形を保ちつつ各自で暴れるだけと、弓を構える骸骨兵とそれを守る腐骸兵に小紅は体勢を低く柄を握り――。
「お前たちの相手は私だ!」
赤い輪郭の光纏を纏う一撃を撃ち放った。闘気解放済みの発勁が、腐骸兵の胴を貫通して骸骨兵の肋骨を砕く。
『カカッ!』
手負いの骸骨兵が矢を至近距離から小紅に向けた。
放たれた矢じりに頬を裂かれつつも気勢は殺さず、小紅は赤光を引く剣筋で髑髏サーバントの首を斬り飛ばす。
腐骸兵が小紅に飛び掛からんとするも、刹那に飛来した雷光の矢がその頭部を撃ち抜いた。
グラルスの技だ。魔本を手に彼は詠唱を続ける。
「サポートするよ! ‥‥貫け、電気石の矢よ。トルマリン・アロー!」
雷を引いて飛んだ鋭利な結晶が、遼布に掴みかからんとしたグールの頭部を破壊し灰へと還す。ライトイエローの魔法光が煌めく中で、遼布が駆けた。
「おらぁッ!」
殴り抜くように、アジ・ダハーカでスケルトンの右腕を薙ぎ払う。衝撃で痺れた冥魔の眷属を、悪魔はさらに叩き降ろす剣で粉砕した。
かしゃりかしゃり、ずるりずるり。
戦いの音に誘われて、辺りはいつの間にか天魔に包囲されている。
「さすがに多いわね」
フローラがライトブレットAG8を構え、背後からグラルスに接近していたグールの足を撃ち抜く。
体勢を崩す腐乱死体。猶も前進しようとしたその体を、伊都の刀が切り捨てた。
「グールとかスケルトンって、正直出くわすの初めてなんだよね〜♪」
噂に聞いていた代表的な天魔。わらわらと溢れ出す敵に、興味がそそられるが――
「おっと――」
キュン、と遠くから飛来した矢を盾で砕く。遠方で弓を引き絞るスケルトンに、彼は苦笑して。
「‥‥でも、ちょーっと多過ぎるかな〜?」
場が崩されるのは、時間の問題。
記者達は、一体どこに?
●
目を向ければ見える距離で、仲間達が戦っている。
夜の廃墟に目を凝らし、瑞樹は報道部の姿を探す。
これだけ派手な戦いだ。彼らだって既に来ているだろう。
(探すヒントは、少ないが、ある‥‥)
彼らがいるのは、この戦いが見える位置。
そして、空から見た遼布が発見できなかった位置。
(‥‥ディアボロ達の透過能力は封じられている。歩いて来るしかなかった天魔共が途中で記者達と鉢合わせていたのなら、多少なりとも騒ぎがあっていい筈だ)
しかし見る限り、そんな気配は微塵も無かった。
つまり、もしも記者達がこの戦いを撮影しているのなら、彼らが隠れているのは天魔がこの戦場にやってくる際に通っていなかった地点――。
(‥‥居た!)
月光が照らした廃墟の一角、シャッターが破られた商店の中で、カメラのレンズが確かに煌めいた。
「‥‥っ」
瑞樹が戦慄する。
商店の傍。彷徨い歩く数匹のグールが、匂いを嗅ぐように商店に接近していたのだ。
●
「記者達は、もうこの辺りにいるかしら?」
スケルトンと切り結ぶフローラが、同じくグールの猛攻を盾で受け止めている伊都に大声で訊ねた。
「さぁ〜。この近くにはいると思いますけどね〜」
「ということは」
フローラが呟く。
「私達、今も撮られてるかもしれない、ってことよね?」
‥‥‥‥。
「やぁああああああああああッ!!」
宙に舞ったフローラが、(完璧なポーズを意識しつつ)氷の蛇を(無駄に華麗に煌めかせながら)スケルトンに撃ち込んだ。
「はぁぁあああああああああっ!!」
前傾姿勢で駆けた伊都が、(両腕の光纏を強調し)アウルの力を込めて(斬撃後の残心ポーズも意識しつつ)グールの胴体を斬り飛ばした。
現金な二人である。
「お! あっちも、やけに気合が入ってるな?」
自身の血と敵の返り血を頬にこびりつかせた遼布が、たくましい()彼らを見て歯を剥き笑う。悪魔の形相になった彼は手負いのスケルトンに剣を振り上げて、
「ふッ!」
吐息と共に叩き潰した。砕け散る骨片の中、剣を担いだ蒼銀の悪魔は身をもたげる。
「あぁ‥‥やっぱり純粋に力を振るえる戦いってのはいいな」
骨の咆哮。
ついにグラルスの背後をとった骸骨兵が、蛮刀を構えて地を蹴った。無防備な背中に、天魔の切っ先が吸い込まれ――
ギャンッ! という金属音。
斬撃を跳ね返されて後ろによろけた骸骨兵が、眼前に現れた黒曜石の騎士盾を見て茫然とする。
「術師だからって甘く見ない方がいい。身を守る手段はちゃんと持ち合わせてるからね」
歯ぎしりをし、距離をとらんとした天魔にグラルスは手の平を向ける。
「逃がしはしないよ。黒玉の渦よ、すべてを呑み込め――」
骨の体の周囲に、旋回する漆黒の風渦が起こる。
「ジェット・ヴォーテックス!」
圧砕する勢いに、手負いであった骸骨兵の体が圧潰した。
(これで4体目‥‥)
グラルスが息を吐く。周囲に尽きぬ敵を見据え、光纏を強くする。
「まだまだだ‥‥!」
●
「ああ‥‥っ! ご覧ください! 今! 一人の撃退士が敵に反撃を試みました!」
手に汗を握り、スーツ姿の女性記者が実況する。
案の定、彼女――浅野は戦況に興奮し、隠れていた家屋から身を乗り出して、既に数歩、外に出ていた。
「辺境の廃墟‥‥大戦の中心部からは大きく逸れたこの街で、彼らは一体何を求め戦うのでしょうか――って‥‥」
報道部3人組の傍。
ざりっ、と地を削って駆けつけた少女を見とめ、浅野が声を止めた。
「あ」
「ん?」
「あー‥‥」
一人はカメラを少女に向け、マイクを構えた方の男は、ついに見つかったかと頬に引きつった笑みを浮かべる。
肩で息をする瑞樹。彼らが無事なことを確認し安堵しかけるも、はっと視線を上げて――
「避けろッ!」
地を蹴り、ぎょっと目を剥く女性記者を押しのけ、瑞樹は、その背後で剣を振りかぶっていたスケルトンの斬撃を腕で受け止める。
「ぐっ――」
刃を振りほどいて周囲を見回すと、こちらにも骸骨と死体の群れが接近していた。
「建物の傍に寄れ。私の背後から離れるな」
動転した3人は素直に、すすっと廃屋の壁に背をつける。庇うように天魔達と対峙した瑞樹に、震える声で浅野が言う。
「ご、ごめんなさい‥‥でも、私達なら大丈夫ですから! どうか、こちらは気にせず戦いを――」
「気にせずに? どうしろというのだ? この状況で貴女達を捨て置いて、何とかできるのか?」
刀を抜きながら瑞樹が言った。う、と言葉に詰まる浅野を一瞥する。
「案ずるな。武士の心得ひとつ、武士は弱き者を守らねばならない。貴方達は、私が守る」
敵を見据える。目測で12体。この数、斃すのは不可能だろう。
「‥‥私が隙を作る。その瞬間に逃げるぞ!」
瑞樹が言った直後、グールが飛び掛かってきた。
凶悪な速度で突き出された爪を、彼女は身を屈めて躱す。
直後。キュン――、と放たれた矢が瑞樹の太ももに刺さる。
「っ‥‥!」
歯を食い縛り痛みに耐える。それでもひるまずに。
「なめるな!」
アウルを込めて跳ね上げた蛍丸でグールの首を刎ねた。崩れ落ちて灰になる死体には目もくれず、眼前で振り上げられた骸骨兵の剣を睨む。
間一髪。頭部を狙って降ろされた斬撃を肩に逸らす。鎖骨から胸まで奔った赤い軌跡に、思わず漏れる苦悶の声。
(敵が多い‥‥っ)
隙を作ろうにも、一人では難しい。抑えておけるのも、あと何秒持つか‥‥。
にわかに寒気が走る。その、直後だった。
「こんな所にいたとはな」
少女の声。
臨戦態勢にあったグールと腐骸兵の体を、横一閃に描かれた真紅の光が貫通した。一瞬の間を空けて塵へと散った天魔の背後で、斬撃を放った小紅が剣を引き戻す。
「視界の隅に瑞樹を見て来たのだが‥‥正解だったな」
瞬きをする瑞樹の背後。すたん、と上空から舞い降りた遼布が、男スタッフ2名を担ぎ上げた。
「いやいやまったく、本当にこんな戦場までやって来てるなんて、人間種は仕事熱心だね」
担がれながら、大の男2人が、遼布の凶貌と翼を見比べる。
様子がおかしい二人に遼布は笑う。
「ああ‥‥俺は蒼桐遼布。見てのとおり悪魔だが、まあ、よろしく頼むよ」
初めて見る冥魔に一人は絶句し、一人は「わぁお」と呆けていた。
「え、ちょ、ちょっと」
と浅野が言う。
「いいんですか皆さん、全員が私達にかかずらっても‥‥?」
「いいも何も、僕らは貴女達を救出しに来たんですよ」
小紅が作った僅かな隙を潜り抜け、3人の保護にあたるグラルスが微笑んだ。
「無事でよかった、すぐにここから離れましょう。貴方達を無事に送り届ける事が第一ですから」
「さて‥‥、これで全員集合ね」
グラルスが浅野記者を担ぎ上げたのを見届けて、フローラはカランデュラを具現化させる。小紅と背中合わせで敵の大群を見据え、かすかに笑む。
「終わらせましょう。後は、帰るだけよ」
天魔の叫び。
フローラの眼前に溜まった天界の勢力と、小紅の前に蠢いていた冥界の戦力が、一斉に二人に襲い掛かる。光纏した二人の少女が目を凝らし、タイミングを計り、その手に武器を構えて――
素早く、脇に転がった。
『!?』
振り下ろされた骸骨兵の剣が、向かいから突き出されたグールの腕を切断する。何体もの天魔が互いを削り、もろにぶつかり合うかたちとなった両陣営が、一瞬の混乱に陥った。
その瞬間を、彼らは逃さずに。
「じゃあね〜♪」
伊都が地面にそれを放り投げた。発煙手榴弾。ピンが抜かれている。
ぼしゅうっ! と派手に噴き上げた煙が、天魔に敵の区別を無くさせた。
剣撃の音が暴れる中。混乱に乗じた撃退士達が、煙を突き破って逃走する。
走る彼らの横顔は、どこか楽し気でもあった。
●
戦場から遠く離れた場所で、撃退士達は浅野達に、此処に来た目的を話す。
「心意気はとても素晴らしいが、自分達の身の安全も少し考えた方が良い」
地面で息をきらす浅野達に、瑞樹が言った。
「取材が大事なのは分かるけど、やっぱり無茶はダメですよ〜。命あっての何とやらって言いますしね〜?」
肩をすくめてみせた伊都を見て、浅野は想いを巡らせる。
彼らを応援したかった。
今回もその為の取材で、邪魔になる気はなかったのだ。
しかし、助けられた。助けられて、しまった。
「‥‥おっしゃる通りです。これじゃダメですね」
浅野は言う。自分達の為に怪我をしてくれた彼らを見て、痛感したのだ。
撃退士達は英雄。その助けを求めている人達は、大勢いる。
それなのに、彼らを応援する自分達が、貴重な助けられる枠を奪ってどうするのだ。
「今後、無理は控えます。本当に、どうもありがとうございました」
おごそかに頭を下げた浅野。その肩は、少し落ち込んでいるようにも見えて。
ふぅ、と息を吐いた遼布が、気を取り直すように彼女に声をかける。
「で? 結局のところいい絵は取れたのか?」
「あ、見ます? 見ちゃいますっ?」
ばっとカメラを構えて目を輝かせる浅野。取材の話題になった途端の態度の切り替えに、小紅や瑞樹、そしてグラルスも呆れるしかない。
「えっ、見れるの?」
「‥‥私もいいかしら?」
謎の緊張と期待に目を光らせつつ、にじり寄るフローラと伊都。傷だらけにもかかわらず、たくましい二人である。
懲りたように見えて反省しきっていない浅野達に、小紅が嘆息する。
特に説教くさいことは言いたくないが‥‥、まあ、一言だけ言っておこう。
はしゃぐ浅野達に、彼女は、ぽそりと。
「今回の依頼の報酬は、3人の給料から天引きなのだろうな」
「ふぇっ!?」
と顔を上げる浅野と、目を見合わせ絶句する男スタッフ2名。少しは反省してくれ、と短く息を吐く小紅。
廃墟の冒険。記者達の油断に最後のトドメをさし、撃退士達による救出劇は無事に終わりを告げたのだった。
(代筆:水谷文史)