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マスター:天原とき
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/01/11


みんなの思い出



オープニング

●闇に紛れて
「――ふう」
 ひとつ吐息を吐いて、純白の翼を持つ青年――堕天使フレイニアスは、その学生服の裾や肩に被った埃を手で払った。
「面倒なことじゃな」
「同意」
 隣で同様に、艶のある黒髪から埃をぱたぱたと叩き落とし、角をさっと払う少女――はぐれ悪魔ゼフィリスも、フレイニアスの呟きに頷く。
 そんな埃漂うこの空間は、久遠ヶ原学園内の図書館。
 二人は依頼として受けた掃除を終え、丁度入口から揃って出たところであった。
「すっかり暗くなっておるな」
 窓の向こう、冬が近くなり、夕刻でありながら既に日の落ちている外を見てフレイニアスが言う。
「冬が近いから」
「一概にそう言えるわけではないらしいがの。地域でも変わるそうじゃ」
「『向こう』でもやっぱり引き篭もりだったの?」
「まあ、そうじゃな。外に出るのは主に戦の時じゃったからの。お主とは違って、真面目に参戦しておったからな」
「……一から十まで命令に従ってたら、悪魔の名折れ」
「モノは言いようじゃな」
 くっく、と笑いながらのフレイニアス。ほぼ仏頂面で僅かにその前を進むゼフィリス。
「フレイ、そう言えばあなたは『神器』の件はどうするの?」
「アレか。まあ、気は進まぬが、出来ることなら手を貸すつもりではおるとも。お主は?」
「私は割とどうでもいい。強いて言うならミーシアが同族増えたってうっとおしいから面倒」
「ま、そうじゃろうな。流石は悪魔というべきか」
 ふ、とまた笑うフレイニアス。ゼフィリスの眉が僅かに歪む。
「……やっぱり天使みな殺すべし。慈悲はない」
「おや、そんなことを言うとは。 ――せっかく『パラディンスレイヤー』の最新巻が手に入ったのじゃがなあ」
「――」
 ぴく、とゼフィリスの蝙蝠めいた翼が反応する。
「『ネオ・アンティオキア攻囲戦』?」
「だとも。友人となった本屋に頼んで、ようやくな」
「――」
「まさか敵にヤツが出てくるとはのう。もっと先だと思っていたのじゃが。あの英雄が相手では荷が重かろう――」
「ストップ」
 一瞬で振り向いて、びし、と尖った爪の指先をフレイニアスの口許に突きつけるゼフィリス。
 僅かな空白。
 僅かに頬を染めて、ゼフィリスは小さく震える。
 そして。
「……貸してください」
 次に紡がれた言葉を聴いて、フレイニアスは口許を歪めた。勿論、笑みに。
「ほっほっほ、素直なのは良いことじゃ」
「……次はそっちに言わせて見せる」
「あいも変わらず友人が少ない身でよう言う」
 かっかっか、とさわやか系の顔で老獪に笑うフレイニアスを軽く睨み付け、ゼフィリスは踵を返す。
 天使と悪魔でありながら、読書、という共通項で友人であるこの二人は、今日もそうしてやりあっていた。
 数ヶ月前には遭遇した途端に罵詈雑言の浴びせ合いだったのだが、ちょっとした謀略が原因であったその事件を同じ学園の撃退士達に解決して貰ってからは、このようなリア充めいた調子である。
 死すべし。

「――む、降ってきおったな」
 登下校口に着いてふと、フレイニアスは玄関から闇の天を見上げてそう呟いた。
「雨?」
「それ以外の何があろう。ゼフィ、お主、傘は持っておるのか?」
「別にいい」
「……一応、模範生として言っておくが、透過能力は無闇に使ってはいかんぞ」
 おおよそ図星だったのであろう。
 じゃあどうするの、と言いたげな視線をゼフィリスはフレイニアスに向ける。
「ワシが傘を持ってきておる。こんな事もあろうかとな」
「……ひとつ?」
「二つも持ってくるものはそうそうおるまい」
「フレイと相合傘するぐらいなら私冥界に戻る」
「こっちも願い下げじゃ。しかし本はなかなかそうはいかん」
 フレイニアスが見たのは両者の鞄である。
 そこには勿論というべきか、図書館で借りた本やらが入っている。
「……最低五センチ離れるで妥協する」
「良かろう」
「途中で購買に寄ることも提案」
「勿論じゃ」
 そんな奇妙な取り決めを交わして、二人は微妙な距離を空けつつ、一つの傘の下で帰宅していく。

 そして――そんな二人を闇に紛れて追う、三つの影があった。

 灯りから外れる、校舎と校舎の影の暗がり。
 襲撃は、一瞬。
「――? っ! 後ろ、危ない!」
「ぬ――!?」
 ゼフィリスの咄嗟の警告。
 ひゅんっ、と冷えた雨を切り裂いて、光の一閃が走る。
 じゅずっ! と熱線により焦げた大穴を開けて貫かれたのは、しかし哀れな折り畳みの傘。
 しかし立て続けに、残った二人の攻撃が来る。
「く――狡猾な! ゼフィ、目を閉じよ!」
 瞬間、フレイニアスの手元から閃光が迸った。
 しかしそれを受けて尚、襲撃者はまるで意に介さずに白刃を振り翳してゼフィリスを狙う。
「させん!」
 翼を使って地を這うように駆けたフレイニアスが、刃をその翼に僅かに受けつつもゼフィリスを刃の軌道から掻っ攫う。
 その背中へ追撃に投げられた苦無を、小脇に抱えられたままのゼフィリスが突き出した指先から闇色の光線を放ち、迎撃。
「――ちっ!」
 雨音の中、聞こえたのは舌打ち。
 黒い外套に身を包んだ襲撃者達は、一瞬で校舎の影に散る。
 二十秒にも満たない、光の瞬きのような襲撃は、それで途切れた。

「――まったく。何かの訓練、というわけでも無さそうじゃな」
 灯りの下にまで逃れたフレイニアスとゼフィリスは、それぞれ金と黒の髪から雨雫を垂らしながら、お互いを確認する。
「怪我は?」
「心配は要らぬ、多少切られた程度―― ぬ、鞄が……」
 く、と声を上げるフレイニアス。彼の肩掛け鞄がざっくりと切られていた。勿論、中の本ごと。
「……悪魔のような狼藉を働く者どもめ」
「……フレイ。もしかして喧嘩売ってる?」
「売ってはおらん。が、冗談ではない」
「……まあ、同意」
 そうして二人は、襲撃者が消えていった雨の中を睨み付けた。

●最近の事情
「――ということで、ここ最近起きている『堕天使・はぐれ悪魔襲撃事件』の解決をお願いしたいと思います」
 依頼の説明を受けるために一部屋に集まった皆に、オペレータの少女は告げる。
「事件は、総じて通り魔的です。暗くなってから下校している堕天使やはぐれ悪魔の生徒を狙って、襲撃が行われています。
 襲撃者の全体の規模は不明ですが、襲撃時の数は常に三人。必ず一、二人の時を狙って襲撃してくるようです」
 ひとつ息を吐きながら、少女は資料を手元の小型端末で確認する。
「襲撃者のおおよその素性ですが、『神器』の件での堕天使とはぐれ悪魔の集結を受けての過激派の行動でしょう。
 皆さんの中にも、ひょっとしたらいるかもしれません。 ――裏切り者の天使や悪魔と共同戦線なんて願い下げだ、と。
 正直なところ、こうして事件がある度にその状況を確認している私も、少なからず思うところはあります」
 集まった中にはその天使や悪魔の生徒も少なからずいるというのに、少女ははっきりと言って。
「――しかし、それとこれとは全く別です。このような『ただの無法者』は、しっかり処罰されなければなりません。
 学園の治安のためにも、なんとしても捕らえてください。ただし、思うところがあっても私刑のようなことは厳禁です。
 そこだけは、宜しくお願いします」


リプレイ本文

●夜が来る
 ――最初は、ただの愚痴り合いだった。
「堕天使と、はぐれ悪魔ね…… ったく」
「肝心な時に変なことをされないことを祈るばかりだけど」
 神器奪取のための大戦での集結を受け、俺達はそう愚痴を零していた。
 俺達が知り合った理由は、皆同じ――天魔によって大切なものを失った過去を持つがため。
 だから、そうして言い合うことが慰め合いの意味を持っていたことは、否定出来ない。
「……天魔の争いに人間を巻き込むことはおかしい、って主張してるようなのはともかく。こっちのほうが面白そうだから、なんてのもいるのよ。信じられないわ。それって、面白くなかったら、いつでも掌を返すってことでしょ?」
「ま、そうとも取れるな」
「それに、こっちに来たくせに、あからさまに人間を下に見てる奴もいる。そんなのと一緒に戦えなんて、信じられないわ」
「しゃーねえさ。 ……万が一の時には、俺達だけでも忘れていなければいい」
 言って、俺は彼女を抱き、その頭を撫でる。
 彼女の言い分も分かる。確かにそういう奴はいる。
 でも、そういう奴ばかりではないということも、分かっていた。
 確かに、俺の、俺達の大切なものは天魔によって失われてしまった。
 でも、だからといって、彼らを憎み続ければ、それが返ってくるわけでもない。
 月並みな考えだが、俺はそういう考え方で、自分の中で燻っているものを、騙し騙し生きていた。
 彼女だってよく愚痴を零すが、普段は彼らとも話をしているところを見ると、俺と同じなのだろうと。

 しかし、あいつ――天使に親族を皆殺しにされたという鬼道忍軍の男、芦屋は違うようだった。
「このままだと、遠くない未来に俺達の時と似たようなことが起きる――それでいいのか?」
 そう言って、芦屋はそのよく通る声で事あるごとに俺達を扇動した。
 警鐘を鳴らすことが出来るのは、奴らの本性を暴くことが出来るのは、俺達だけだ、と――
 最初にそれに応じたのは、彼女だった。
 そして俺も、彼女を放っておくことが出来ずに。
 そして、心の中で燻っているものを、はっきりとさせるために。

 ――夜の帳が落ちる。
 今回の標的は、前回と同じく、堕天使とはぐれ悪魔で仲の良さそうな二人。
「――では、ごきげんようですわ」
 友人か何かだろう。一人の女生徒が去ったのを見計らって、俺達は彼らに影で一歩近付く。
「しっかし、やっぱこっち来て正解だったよなぁ?」
「同感だ、ここには煩い上長も居ない」
 そうすることで、彼らの会話がよりはっきりと耳に届く。
 感じるのは、僅かな苛立ち。
「向こうじゃ散々アレやれコレやれ言った挙句、ちっとでも逆らえば極刑ときた…俺みたいな奴の代わりはいくらでもいるんだとよ」
「似たようなものだな…… 天界でも、悪いところは何処でも同じ、ということか」
 笑いと呆れ。
 そうして苦労話を交わしながら校舎を出る二人の後を着ける。
 胸中に渦巻くのは様々な思い。
 いくつもの『何故だ』。
「付き合い切れねぇから奴ごと巻き込んで派手に死んでやったのさ、偽装だけどな。あんときの奴の顔、あんたにも見せたかったぜ」
「笑って話す事か…しかし、魔界も案外面倒なのだな」
「力さえありゃどーにでもなるっちゃなるんだけどな」
 会話を交わしながら、校舎と校舎の間、街灯のない暗がりへと差し掛かる二人。
 小さく合図を出して、いつものように先制を彼女に任せる。
 俺は芦屋と共に、更に距離を詰め――

●力への処罰
「――そうはさせないよ」
 瞬間。アニエス・ブランネージュ(ja8264)は撃った。
 まずは攻撃を行おうとしていた、襲撃者である物陰の女生徒――恐らくはダアトであろう――に先ず一発。すぐさまアウルを込め直し、囮役の二人に襲い掛かろうとしていた二人の男子生徒の片方――こちらは恐らくルインズブレイド――へともう一発。
 不意打ちと攻撃の寸前であったことが重なって、ダアトには直撃。しかしルインズブレイドには一瞬遅れたことで警告が入ったのか、勘よく回避された。
 だが、勿論それだけには留まらない。
「止めなさい! 喧嘩は許しませんわよー!」
 物陰から飛び出した天道郁代(ja1198)が、そう叫びながら残ったもう一方の男子生徒――恐らくは鬼道忍軍――に猛烈な体当たり。
 流石に回避され、郁代自身も大きく隙を晒すことになったものの、攻撃は中断され、また、郁代に対する追撃もない。
「学園内での私闘はッ! 禁じられておりますのよ!」
 ずびし! と指先を突きつけながら、郁代が宣言する。
 そして、郁代を――校舎で囮役の二人と別れたはずの――あの時の女生徒と認識したことで、襲撃者達も流石に察する。
「――罠だ!」
 ルインズブレイドが叫ぶやいなや、あらかじめ打ち合せてあったのだろう、三人がそれぞれ別方向へ散開する。
 しかしそれをただ逃すわけもない。
 校舎の暗がりにぱぱっと瞬く閃光。
 それは誰にでも見覚えのある、カメラのフラッシュの瞬きだ。
「捉えました」
 御堂・玲獅(ja0388)はデジタルカメラを片手に、手応えよしとデータを確認する必要もなく、空いた片手に即座に曲刀を顕現させる。
 そして即座に、静寂に満ちたアウルの波動と共に魔法陣を展開し、突っ込んでいく。
 立ち塞がったのはダアトの前。
 しかし人間である玲獅を傷付けてまで強行突破しようという意志はないのか、退路を立たれて、ダアトは身を翻した。
「逃がしません――そちらはお願いします」
 飛び込んでいくのは脇の細い道。玲獅もそれを追う。
「っと、分かった――逃がすか!」
 囮役であったはぐれ悪魔のアッシュ・エイリアス(jb2704)もすかさず反応し、自身を襲おうとしたルインズブレイドに対応する。
 向かってこないのは少々拍子抜けではあったが、失敗したと見るやバラバラになって離脱に掛かるのは潔い。賢い選択だ。
 それを阻止すべく、アッシュは猛然と飛び込んでいく。
「アッシュ、気を付けろ――他を頼む」
 同じく囮役であった堕天使のルーノ(jb2812)も同様。
 離脱に掛かる三人の襲撃者を瞬時に判断し、こちらはこちらで対処することだけを告げて、アッシュが飛び掛ったルインズブレイドへと同じく向かう。
「応よ! ――喰らえ!」
 応えつつ、アッシュは懐から引き抜いたものをその手に掴みながら一閃。
「ッ!」
 ルインズブレイドは即座に反応し、取り回しの良い中型の片手剣をカウンター気味にアッシュへと向ける。
「させるか」
 割り込んだのはルーノ。
 間隙から滑り込んできた盾を持つ腕が、その一撃を弾く。
 そして直後、アッシュの拳がルインズブレイドに炸裂した。
 鈍い打撃音。そしてびちゃっと飛び散る――明橙色の液体。
「これ、は――クソ!」
 踵を返し、ルインズブレイドが一目散に逃げる。
 だが、その全身に飛び散って付着した夜光塗料は暗闇の中でもよく煌き、目印となる。
「そこまでだ」
 風を切る音。
 まだ人の多い場所に飛び込まれる前に、ルーノが光の翼でその上を飛んで先回り。
 行く手を塞ぐと、ルインズブレイドは思い切りよく身を翻し――元来た道をアッシュに塞がれる。
 前門の天使。後門の悪魔。
「――悪魔が!」
 一か八かか、ルインズブレイドはアッシュに斬り掛かってくる。
 鋭い剣閃。
 しかしアッシュは避ける素振りも見せずに突っ込んで、にぃ、と笑みを浮かべた。
 激突音。
 確かな手応えに、ルインズブレイドは刃を引き抜き――
「――喰らうと分かってりゃ、結構耐えれるもんだよなぁ?」
「ッ!?」
 そんなアッシュの笑みを含んだ声が聞こえた時には遅かった。
 アッシュの手は、ルインズブレイドの手を掴んで離さない。
「悪いがちっとご同行願おうか――!」
 自分を浅く貫く剣をそのままに、アッシュはルインズブレイドを投げ飛ばした。

 逃げるダアトを玲獅は追う。
 とはいえ、相手の足は速くはない。ダアトの宿命というべきか。それは玲獅も理解している。
 勿論、もう一人も。
「止まってください」
 上空から光の翼を背中に、影が降りてくる。
 イアン・J・アルビス(ja0084)は、そうして天使と悪魔以外にディバインナイトお得意の方法で、ダアトの行く手に立ち塞がった。
 言葉と共に油断なく武器である鎖鎌を構える姿は、その言葉が希望や要求ではなく、命令であることを表している。
「――っ、人間、なのね」
 天使だと思ったのだろう、ダアトは一瞬攻撃の構えを取り、アウルの波動を見せたが、それは直に取り止められた。
「その通りです。 ――もう逃げ場はありません。大人しく投降して下さい」
「お優しいことね」
「私達はあなた達のような無法者ではありませんから」
 後ろから歩み寄った玲獅が、そんな言葉と共に油断なく刃とアウルの魔法陣を突きつける。
 それがスキルの発現を阻害するものだと分かったのだろう。ダアトの女生徒は、観念したようにその手の短杖をすぅと消した。
「……あいつらは人間にとって問題しかもたらさないわ。それがどうして分からないの?」
「分かりませんね。少なくとも今の私にとっては、あなた達の方がよっぽど問題をもたらす存在です」
 玲獅の視線は冷たい。
 規律を重んじ、人々を、そして護りたいものを護ると決めている彼女にとっては、かもしれない、で問答無用の諍いを起こす過激派の言葉など分からないのも当然なのかも知れない。
「思うところはありますけど、それはそれ、ですからね」
 イアンはそう言って苦笑いを浮かべ、丁寧にダアトの女生徒を拘束する。
「あなたのような人々が少なからずいることも、思っていることも、完全ではありませんが理解しています。ですが、そういう思いや行動が乱暴に衝突しないために法や規律があるのであり、それは守って貰わないと困りますよ」
「そういうことです。痛くはありませんか」
「……ふん。大丈夫よ」
 玲獅の気遣いに、女生徒はそっぽを向く。
 そんな様子を、困ったものだ、として見つつも、傷付かず、傷付けずに済んだことにイアンはひとつ息を漏らした。
「人間だと分かれば手出ししようとしなかったところは、最低限、というところでしょうか。そこは覚えておきます」
「当たり前よ。私とあの人は、そこまで落ちぶれてない」
 女生徒はそう言ってイアンを半ば睨むように見つつ。
「――でも、あの男、鬼道忍軍の芦屋はそうじゃないみたい。気を付けたほうがいいわ」

「――待ちなさーいっ!」
 そう声を上げて、郁代は全力で逃げ出した最後の一人、鬼道忍軍の男子生徒を追いかける。
 アニエスも共にだ。
 凄まじい速度で遠ざかっていくその姿は、流石は鬼道忍軍としか言いようがない。
 最初でマーキングを当てられなかったことを悔やみつつも、アニエスは直線に入ったのを見て再びスナイパーライフルを構える。
 射撃は構え終わったのとほぼ同時。
 照準の中央にその背中を納めての射撃は、背中に目でも付いているかのように、鬼道忍軍は壁を蹴って跳躍するとアニエスの射撃を回避した。
「くっ」
 直感的にアニエスは感じる。この男だけは別格だと。
「天道君、気を付けて!」
「承知ですわ! ――これでも喰らいなさい!」
 回避のせいでアニエスの前を行く郁代との距離が縮まる。
 瞬間、郁代は全力で懐から取り出したものを投擲した。
 それは――幾つかの生卵。
 忍軍の男は、それに対応して苦無を放った。
 半分ほどが迎撃され、当たらない軌道のものは無視される。その中に混じらせたカラーボールは、より的確に撃ち落とされたように郁代は思えた。
 そして、それによって縮まってしまった距離をカバーするように、郁代に向けて鬼道忍軍は立て続けに苦無を放ってくる。
「っ! 抵抗はおよしなさい!」
 咄嗟に出現させた打刀で一発を弾くが、躱し切れずに一発を貰う。
 その痛みに郁代の足が遅れ、その隙に忍軍の男は更に距離を離す。
 人の流れがある通りまでもう猶予がない。
 最後の直線に差し掛かったところで、アニエスは再び射撃。
「――!」
 先読みまで入れて放ったアウルの弾丸は、しかしこれも紙一重で回避された。
 忍軍の男はそのまま明かりと人の流れがある通りに消える。
「く、逃がしませんわよ!」
「ストップだ、天道君。あの男を二人で追い掛けるのは危険だ。 ――残りの二人は捕まえたようだから、一先ずこれで手打ちとしよう。悔しいけれどね」
「む――分かりましたわ」
 不満は隠さなかったものの、郁代はアニエスの言葉に確かに頷いた。
 忍軍の男が逃げていった先を睨みつつも、郁代は踵を返す。
 これで終わりではないことを、薄々と感じながら――

 そして撃退士達と捕まえられた二人は、オペレータの調査を受けて知る。
 芦屋という名の生徒は、そもそも学内に存在しないことを――

●背後に立つもの
「――そうか、ご苦労だった」
「申し訳ありません」
 かつて芦屋と呼ばれた男は、跪きながらその言葉を受け取った。
「いや、構わん。この程度の離間工作は所詮、小手調べに過ぎん。 ――共存など出来るものかと思っていたが、存外、上手くやっているようだな」
「――」
「そう悔しそうな顔をするな。お前にはもう少し効率的に動いてもらう」
 彼がそうして受け取っている言葉の主は、中年の男だった。
 髪にはいくらか白髪が混じっているが、その身体はがっしりとしていて、衰え始めている様子は見えない。
 そしてなにより――その精悍といっていい顔に嵌った瞳は、どこか人外の雰囲気を湛えていた。
「新しい命令は追って伝える。それまで待機していろ」
「はっ。 ――この世に絶対なる力の啓示を。富ではなく、権でもなく。ただ純粋なる力を以って」
 その声を聞いて、中年の男は嗤う。
 その笑みは、悪魔の笑いと表現するのが、とても相応しいように見えた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

守護司る魂の解放者・
イアン・J・アルビス(ja0084)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
天道郁代(ja1198)

大学部4年319組 女 インフィルトレイター
冷静なる識・
アニエス・ブランネージュ(ja8264)

大学部9年317組 女 インフィルトレイター
絶望の中に光る希望・
ライアー・ハングマン(jb2704)

大学部5年8組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
ルーノ(jb2812)

大学部5年229組 男 アストラルヴァンガード