●かぼちゃハウス
「むむむ……」
真剣な面持ちで、或瀬院 由真(
ja1687)は唸り、思考を巡らせる。
彼女の手元にあるのは、緻密な絵柄が記された五枚のカード――トランプ。
「どうしますか?」
吸血鬼――桜木 真里(
ja5827)が、カードの一山に赤く尖った爪を置きながら、静かに由真に尋ねる。
一拍。それから由真はゆっくり答えた。
「……では、二枚でっ」
「分かりました――下妻さんはどうしますか?」
真里は右方から左方を向き、そこにどどんと腰を下ろしているパンダの魔法使い――下妻笹緒(
ja0544)に尋ねた。
笹緒はそのパンダ顔の顎の辺りを一つ撫で。
「――ふむ、一枚替えだ」
そう静かに答えつつ、くい、と三角帽の位置を直す。
「私は、三枚でっ」
元気に答えるのは宮古・瀬憐。
「じゃああたしは二枚でっ」
それに続くように、カボチャ頭の並木坂・マオ(
ja0317)が答える。
「私は、そうですね。三枚変えておきますよ」
最後は彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)。
五者の回答が出揃い、それぞれ言っただけの枚数を伏せて置いたところで、では、と真里がカードの一山から対応した数を差し出す。
それを手に取った五者の様相は様々。
瀬憐は少なくとも、良いものでは無かったようだ。明らかな落胆の表情。
そして由真は、難しい顔を継続したまま、ちら、と笹緒とマオを伺う。
「――」
そこにあるのは、完膚なきまでのポーカーフェイス、ならぬパンダフェイスとかぼちゃフェイス。
手元のカードを見つめているその顔からは、いかなる表情も読み取ることが出来ない。
「むむ……」
「では、由真さん、どうしますか?」
「……チェックですっ」
手元のカードの組み合わせを確認しつつ、由真は慎重に答えた。
前三回ほどの勝負を思い出す。
なかなか油断のならない相手だ。笹緒も、マオも、彩も、そして瀬憐も。
「下妻さんは?」
「ふむ。 ――では、ベットしておこう」
笹尾はチップを――ごく少額だけを中央にすっと推し進めた。
なかなか見切りの難しい額。強いのか、それほどでもないのか。
由真は先程の笹緒の、一枚交換を思い出す。
「私は、コールしておきます」
「あたしもコールっ」
瀬憐とマオは同額。
「そうですね…… 私は今回はフォールドしておきます」
勝ちの目が薄いと見たか、彩は早々に手札を場へ伏せて出す。
由真は一拍悩んで、
「レイズで行きます」
更に少額を上乗せする。
「なるほど」
笹尾がひとつ頷いた。
「では、こちらもレイズだ」
更に少額。
「こ、コールでっ」
「コールっ」
「レイズっ」
積まれていくチップを、真里は静かに付け爪で丁寧に掴み、整頓していく。
笹緒と由真をちらと見て、多分、双方ブラフではないだろうな、と思いつつ。
「コールだ」
「こ、コールですっ」
「コールだよっ」
そして出揃う。
一拍の間を置いて、まず由真がその手を曝した。
「フルハウス、ですね」
上々の手札。普通のポーカー勝負ならまず勝負に出るべき役だと言える。
しかしそうでもないのが、流石は久遠ヶ原の学園生というべきだろうか。
「こちらは、フォー・オブ・ア・カインドだ」
「っ」
結果は、笹緒の方が僅かに一枚上手。
綺麗に揃った四つの数字に、く、と由真は小さく悔し気な声を漏らす。
「宮古さんは?」
「スリー・オブ・ア・カインドですね……」
「では、並木坂さんは?」
「あたしは、これだよっ」
マオがカボチャ頭の中で笑いながら示したカードは、五枚の順列の数字と、同じ絵柄――ストレートフラッシュ。
見事に由真と瀬憐の三枚揃いの部分の残ったハートを抜き、笹尾の四枚揃いに掛からない部分での役。
「彩さんは……スリー・カードだったんですか」
「これでは勝てないだろうなと思いまして。正解でしたね」
両手を肩の横で広げる彩。チップ量の応酬ではマオに続いての勝者と言えるだろう。
「何だかさっきから凄い役の応酬ねえ。はい、お茶入ったわよ」
チップがマオの手元に流れ込む横から、藍 星露(
ja5127)が笑いと呆れ混じりの顔で、湯気立つ湯のみを菓子置きを並べる。
「ふむ、中国緑茶か」
「そんなにいいものじゃないけどね。南瓜餅もあるから良かったら食べて。あ、桜木くんが持ってきたお菓子も、こっちに置かせてもらったわ」
「いえいえ。どうぞ食べてください」
「わ、頂きますっ」
ず、とお茶を飲む音が、静かに響く。
「……ストロー、使います?」
「いや、気遣いは無用だ」
「あたしも大丈夫っ」
そう言って、彩がちらと尋ねたのを丁重に断り、笹緒とマオは揃って綺麗に星露の淹れたお茶を飲み干す。
その時、誰もがちらと二人を見たのは言うまでもない。どうやって普通に飲んでるんだろう、と。
「さて――」
す、と腰を上げたのは彩。
「そろそろ時間ですね」
くる、と見回す。
がらんと開けた部屋の中にある、合計十三個のジャック・オ・ランタンを一瞥して、視線は時計へ。
午後、十一時四十五分。
「ああ」
こと、と湯飲みを置いて、笹緒も頷く。
時刻を再確認して、全員に走る緊張の顔。
「……ぅ、だ、大丈夫なんでしょうか。私、その、こういうの、苦手で」
瀬憐が不安を漏らす。
グールやらスケルトンといったホラー系の天魔は全く平気なのに、正体不明というだけで首なし騎士に怯えるとはやや滑稽でもある。
瀬憐自身もそれは自覚しているのだろう。不安の中には、いくらか羞恥が見て取れた。
「大丈夫ですよ。ポーカーでは負けましたが、戦いになったら必ず守って見せますからっ」
由真が微笑みつつきりっとして言う。どうやら言い出しっぺの割に負けたのが悔しかったらしい。
「それに、戦いになるとも限りませんし。案外、普通にハッピーハロウィン、で終わるかもしれませんよ」
「割にこれは、ちょっと手が込み過ぎてると思いますが」
真里の、よく出来た付け八重歯を覗かせる半笑いの落ち着いた声とは対照に、彩は片手で掴めるぐらいのジャコランタンを手に、幾らかの警戒の色。
大小さまざまに部屋の中に鎮座する十三個――頭に被れる特大のもののうち一個はマオの首の上――はなかなか精巧で、いちいち表情に変化がある。
「よっぽど暇人なんでしょうね」
ぽん、と手のそれを近くの鏡餅状態のジャコランタンの上に更に積んで、彩は歩みを進める。
「では、手筈通り、警戒に付きます。笹緒さん、一足先に行っていますね。何かあれば、ツイッターの方で」
「分かった」
「お願いしますっ」
振り向かずに手を振って、彩はそのまま玄関の向こうへと消えた。
部屋に残った六人は揃ってその後ろ姿を見送り、再び談話を開始する。
「本当に今夜来るのかなあ?」
「恐らく、それは間違いない。ここで最後に時間通り来なければ、まさに画竜点睛を欠くというものだ」
マオの疑問を笹緒は否定で答える。
「こんなものまで来てるものねえ」
苦笑いに近い顔をしながら星露が手に持つのは、白便箋。
最初の遭遇の日から、毎日ジャコランタンと共に瀬憐へ送り届けられたそれの、最後の一枚。
そこにはカボチャ色でおどろおどろしく――『こんや、12じ、おまえのへやにいく』と書かれている。
「……色々混ぜ過ぎだと思うのだけど」
「何でしたっけ、これ。えーと、確か……」
「『ねこいたちの夜』だ」
真里のあやふやな声を制したのは、やはりというべきか、笹緒の声。
「働き者で優しいが人付き合いが苦手故に独身男である主人公が、ハロウィンの寂しさを紛らわせるために旅行へ出掛け、泊まった『雪の轍』荘。人里離れた雪山深くにあるその山荘を舞台に、かつて主人公に助けられた猫と鼬を中心に様々な動物達が仮装と称して擬人化し、総勢で持て成す、一夜限りの夢の国――その際に動物達が出した手紙のオマージュだろう」
「お、お詳しいですね……」
「散々引っ張っておきながら、ジャイアントパンダの桃熊さんの出番が少なかったので少々遺憾だった」
笹緒はこともなげに語って、南瓜餅を口の中に放り込んでは、腰を上げる。
「ともあれ、来るはずだ――では、そろそろ私も向かう。本当に仮装であるとすれば、敬意を払って出迎えねばなるまい――」
三角帽の角度を直しながら、笹緒は一歩を進めた。
玄関に向かい、僅かに立ち止まってから、外へ一歩。
マンションの中は静かだ。
真夜中という時刻的にも、冬の初めという時期的にも、なかなか出歩こうという者はいない。
そんな中、笹緒はゆっくりと歩み出していく。
「――」
もさ、と見回した廊下には、差し当たり異変はない。
聞いた通りに霧でも出ていれば、前兆だと気付いただろうが――
「――む?」
そこでふと、笹尾の耳は隣から静かに響いた、がしゃ、という音を捉えた。
音源を求めて巡らせた視線の先は、瀬憐の部屋の一つ隣にある玄関。
確か、そこには、一緒に例の騎士に遭遇したという友人が住んでいたはず。
そう思考も巡らせた笹緒の眼前で、ゆっくりと扉は開き――
「……!」
上半身を屈めつつ、馬に跨ったカボチャ頭の騎士が、ぬうっと姿を現した。
――時刻、十二時丁度。
瀬憐の部屋から出た彩は、深夜の風を身に受けつつも、マンションの階段と、瀬憐の部屋の窓が見える位置に潜んでいた。
「――前兆は、ありませんね」
まさかのすっぽかし? いや、それは考えにくい――
彩の見解は笹緒とおおよそ同じである。あそこまでやったのだから、恐らく予告通りにやってくるだろう。
しかしながら、階段を上がる影はないし、ぱっと見、この時間にマンションに入っていくものもいない。
勿論、飛んで近付いて来るような影も、だ。
「――まさか」
彩は手早に携帯機器を操作し、ツイッターを確認する。
そこに記されていたのは、ただ一言。
――『来た』
「っ!」
彩は即座に光纏。潜伏場所から素早く飛び出しては、マンションに入り、撃退士ならではのその運動能力で一足飛びに階段を駆け上がる。
一分も掛けずに、戻ったのは瀬憐の部屋の玄関前。
中から音はしない。
武器を構え、壁に張り付き。自分の中でスリー・カウントをしては、一気に扉を開け放つ。
そして、吶喊――!
「そこまでです――!」
そう声を上げた彩を、唐突に、かぽっ、という音と共に、生暖かい暗闇が襲った。
「ふおっ!?」
一気に視界が制限される。
前傾しつつある丸い穴のような視界からかろうじて見えるのは、平然と立っている笹緒、カボチャ頭のマオと、何故か新しく追加されているカボチャ頭――星露と由真、瀬憐の三人と、苦笑いを浮かべている真里。
そして――
「お出迎えありがとうございます、トリック・アンド・トリート! ハッピー・ハロウィン!」
そう言ってけたけた笑う、漆黒の甲冑姿をした見知らぬ黒髪の女性がいるのを認識しつつ、彩の勢い余った身体は三回転半して壁に突き刺さった。
●かぼパラ
遡ることちょっと前。
「――」
「――」
対峙した笹緒と、カボチャ頭の騎士――仮称『ジャック』。
お互いは数秒見つめ合って、モノホンの馬の、ぶるる、という鼻息を契機に、ゆっくりと動かした――その視線を。
片やパンダの魔法使い。
片やカボチャ頭の甲冑騎士。
お互いに、殆ど隙はない。強いて言うなら、カボチャの頭を手に抱えていないことが残念だが、それを差し引いても十分足りうる、見事なまでの仮装。
先に動いたのは、ジャック。
すっと馬から降りると、がしゃ、と金属が擦れ合う音を立て、恭しく一礼。
堂に入っているその姿に、笹緒も一礼を返す。
お互いに、言葉はない――不要だからだ。
そうして、ジャックは笹緒に道を譲られるように、ゆっくりと瀬憐の部屋の扉の前に立った。
時刻、十二時丁度のことである。
――とんとん、とジャックがゆっくり扉を叩いた。
まずはノック。礼儀を修める者たる基本であると、笹緒は隣で見送る。
「――はい?」
がちゃ、と扉を開けたのは、由真。
その、ハロウィンの夜にあるまじき『普通』の姿を見て、ジャックは彼女が反応を起こす前に、動いた。
どこからともかく取り出した巨大なカボチャを――かぽっ。
「ぱう!?」
面白い声が聞けたことに満足したのであろうか、ジャックは、ジャコランタンに視界を塞がれた由真をよいしょと担ぎ上げると、そのまま室内へお邪魔していく。
「由真さん? ……ひ、ふぇ!?」
次に笹緒の耳に聞こえたのは、瀬憐の驚愕の声と、かぽっというカボチャの音。
嗚呼、ハッピー・ハロウィン。
星露の、きゃ!? という悲鳴をも耳にしながら、笹緒は携帯機器を手に、ツイッターへと書き込んだ。
「――宮古さんの、茶室クラブの部長さん?」
改めて、暖かな室内。
全身甲冑を纏った黒髪の女性――ジャックの中の人はそう自己紹介し、パンプキンケーキを皆に振舞った。
「ええ。この度は盛大なお出迎えをありがとうございます。TRICK・AND・THREAT?」
くすくす笑って、部長は手元に抱えていた巨大なカボチャヘルムを撫でる。
「そ、それ、拒否権がないような気がするんですが……」
「しかも、微妙に発音が違いますよ。それじゃ、イタズラか脅しか、です」
「あら、違ったかしら?」
うふふ、と笑うこの女、恐らく確信犯であると由真と彩は思いながら、改めてお茶を飲む。
「えーと、結局、どういう仕組みなの?」
尋ねたのはマオ。カボチャ頭を被りながら、部長が抱えているカボチャヘルムを興味深そうに眺める光景はやはりシュールだ。
「ずっと気になってたんだよね。霧とか、頭がなかったのとか。やっぱりスキルか何か?」
「ああ、あれはですね。瀬憐のお友達に協力してもらって、あそこまで誘き寄せてもらったんです。そこで私が、ちょっとしたきぐるみのようなものを着て参上した、と。霧とか炎はスキルの応用ですね」
「そ、そうだったんですか……」
「修練が足りませんね、瀬憐。あなたはあそこで最低でも認識スキルなどを使うべきだったのに」
くすくすと笑って、部長はプレッツェルを口にしながら続ける。
「それに、お手紙」
「ああ――これ、ですか」
真里が手にした、カボチャ色のメッセージが記された便箋。
そうそう、と部長は言って、そっと真里の赤い付け爪を撫でつつ、優雅にそれを取る。
「ディアボロやサーヴァントは、文字は書きませんよ」
「ああ…… まあ、そうよねぇ」
「ふむ、確かにそうだな。少なくとも、そういった例はないらしい」
そう言えば、という顔の星露。
笹緒もパンプキンケーキを食べつつ、思い出したように言う。
「そういうことです。まあ、天魔という可能性もありますが、流石に見ず知らずの相手にここまではしないでしょう。では――丁度、いいものがありますし。皆さんで遊びましょうか?」
由真のトランプを指し示す部長。
今度は負けませんよっ、という由真の声に、談笑がハロウィンの夜に響いた。
HAPPY HALLOWEEN☆