●戦音鳴り響く中で
学園の撃退士達がそこに到着した時、状況は更に激しいものとなっていた。
「――来たか! 順次、協力を頼む!」
指揮官と思しき女性が、大型ライフルのV兵器で骸骨兵――スケルトンの頭蓋を吹き飛ばしながら、その砲火に劣らぬ声を上げる。
「了解。こちらは六人。二人が前で、四人は後ろから支援するわ」
シルヴァ・ヴィルタネン(
ja0252)が防衛施設の遮蔽、積み上げられた土嚢に身を寄せながら、落ち着きながらも大きく声を上げる。
「まず、負傷者の回収を手伝うわね」
「助かる! ――現学園生達が入るぞ、援護しろ!」
返答を受けて、シルヴァは遮蔽から前へ。
「僕達も援護します。行って来てください」
鑑夜 翠月(
jb0681)がその後にすっぽり入り、和装のゆったりした裾を揺らしながら、慌てず騒がず魔道書を開く。
遮蔽の影から小動物の身動ぎを思わせる最小限の動きで練り上げられた光の術撃は、突き刺さるようにして前衛集団に飛び込み、シルヴァに最も近い腐骸兵――グールを吹き飛ばした。
しかしその隙間を埋めるように、新しいグールが爪を振り翳しながら割り込んでくる。
「――っ、は」
それを側面から見事に両断する大斧の主は灰里(
jb0825)。
いつの間に紛れ込んだのか、その痩身を包む黒い防火服を前衛集団の影に溶かしながら、ゆらりと消える。
グールの力任せの浸透を的確に防御するつもりなのだろう。
シルヴァはそれを視界の端に捉えながら、骨の矢を受けて物陰に倒れている撃退士に襲い掛かろうとしているグールを至近距離から散弾銃の一撃で吹き飛ばした。
「邪魔しないで頂戴。 ――大丈夫?」
「っ、助かります…… 一瞬、お迎えが来たのかと思っちまいましたよ」
「あらあら。それだけ言う元気があれば大丈夫ね。さ、下がるわよ」
シルヴァの姿にへへっと笑う撃退士をぐっと抱えて、彼女は無理やり後方へ。
その背中を、遥か後方から敵のスケルトンがきりきりと骨の矢で陰湿に狙う。
勿論、それをさせじと撃退士達の援護射撃が骨を粉に変えていく。
しかし、それでも潰し切れなかった一体から、一矢が鋭く飛んだ。
「――顕現せよ、我が権能。全てを守りし、堅き鱗の壁。……来い、堅鱗壁の司!」
瞬間、戦音の中でも、はっきりと通る詠の声が響く。
それと共に顕現した輝く白鱗の龍が、うねりとその身体でシルヴァと骨の矢の間を遮った。
矢は鱗を傷付けるに留まり、別な方向へと逸れる。
その龍の背後で、白蛇(
jb0889)が、ふん、と得意げに笑みをもって鼻を鳴らした。
「ありがとう。助かったわ、白蛇サマ」
「礼はよい。今のわしでは不甲斐ないながらこの程度しかできぬからの」
シルヴァの礼に軽く答えつつ、白蛇は自身の権能のひとつである白龍の司をゆっくり下がらせる。
彼女にとっての防御を司る権能とはいえ、今はまだ力に満ちていない。目立つ巨体を集中されてはひとたまりもない。
それに歯痒さを覚えながらも、白蛇は援護を頼む。
「前が空くのじゃ! 頼む!」
「了解っ!」
元気に答えて、白蛇の隣、遮蔽の影から支援射撃を叩き込むのは三森 鳴桜(
jb1023)。
目立つ司に殺到してくるグールの数体に照準を定め、本を片手にざっともう片方の掌を突き出す。
瞬間、ばんっ! と唐突に砕けて吹き飛ぶグール。突然の攻撃に、グール達は本能的に攻撃者を探すが――鳴桜がそうだとは気付かない。
鳴桜がそうだと気付いた瞬間には、不可視の弾丸がその脆い身を砕いている。
「あたしにも任せてもらいやんしょうか!」
独特の江戸言葉で前に出るのは水鏡 響耶(
jb1151)。
司が下がった後に出来た隙間のひとつを埋め、ここぞとばかりに殺到してくるグールを防御。
太刀でぎりぎりと爪を受け止めてから、肉を喰い千切らんとがちがち寄せてくる乱杭歯の顔面を返しの刃で一刀両断。
「破ァ!」
続く一体に符を投げつけ、爆破と同時にその胴を突き貫く。
次は同時五体。
津波のように押し寄せてくる腐れた肉の壁に、しかし響耶は怯まない。
ぶらりと下げた太刀を起こし、五体に囲まれながらも逆袈裟から中央の一体を狙う。
後方から放たれた強烈な狙撃によって一体の頭が吹き飛ばされ、一体が体当たりで阻まれ、別方向からの大剣に両断される。
一体が影から伸びた灰里の斧に胴を持っていかれ、その頭が更に翠月の術撃に砕け散る。
一体が振り向きざまのシルヴァの散弾射撃に押し止められ、その瞬間に白蛇が手を振るい、それに同調して跳ねた司の龍尾が胴を砕く。
そして響耶が狙いを定めた一体だけが示されたように残り、クロスカウンターで振るわれようとしたグールの腕に鳴桜の影の槍が突き刺さり、その動きを縫い止め。
斬! と真正面から響耶がその胴から肩を斬り上げた。
腐った肉が飛び散るのを払い、響耶は息を吸う。
「――さァ、滅されたい野郎からかかっといで!」
その声が宿るように、熟練の撃退士達にも気勢の炎が灯った。
●波を凌ぎ
学園撃退士達の支援を受けて態勢を整え直す時間を得た熟練撃退士達は、がっつりと前衛のラインを形成する。
「グールを押し返せ! 後方にスケルトンを溜めさせるな!」
指揮の声が飛び、同時にルインズブレイドとディバインナイト達がそれぞれ盾を掲げ、衝突前提の前進を開始。
白蛇の司が放つ白銀の波動を受けて、より強固な防御を得ての前進は、グールの爪、スケルトンの骨の矢を物ともしない。
そして盾に爪を振り下ろしても効果がないと分かってか、グールは執拗にその身体を前衛陣に捻じ込みにかかる。
「浸透させるな!」
「了解――」
盾の間に身体を捻じ込んだ一体を、その盾の間を通すようにして灰里の大斧が、ずん、と断ち割る。
大斧の一撃はやはり強力無比で、グールの脆い身体を難なく両断する。
飛び散る破片を浴びる前に、彼女は再び前衛集団の影から影へ。次の一体を両断に掛かる。
「無理にぶっ込みにくるたァ――美しくないねェ!」
光纏の輝きを太刀に帯びさせながら、響耶も一撃。
輝きの軌跡を描きながら突き込まれた太刀は、物理的な強度を無視するかのように盾の間からグールの頭を豆腐のように貫通。
続いて飛び込んでくる一体の首をそのまま刎ね、符で払う。
光を帯びた符は、鋭利な短剣のようにグールの胴を薙ぐ。
「出直して来な!」
グールを十分に押し返し、指揮官が叫ぶ。
「後衛、前衛の後ろへ! スケルトンを掃討しろ!」
命令に合わせ、ライフルや杖を構えた熟練撃退士達が遮蔽から前へ。
遠間から骨の矢を撃ってくるスケルトン達を有効射程内に納め、射撃を開始する。
「さっきのお返し、受け取って頂戴」
後ろで簡単な手当てを終えたシルヴァが、散弾銃をライフルに持ち替えて狙い撃つ。
その豊満な身体を押し込めるような魅惑的な狙撃体勢から、たたたんっ! と三点射。
的確にスケルトンの胸骨から背骨を砕き、ついでとばかりに頭蓋を持っていく。
「いっぱいですね…… どこからいきましょうか」
「手当たり次第行けばいいですよ。やっちゃいましょう」
「うむ。あれだけ雁首揃えておるなら、前に当たらぬようにさえ気を付ければ選ぶほどでもあるまい」
「そうですね……ではっ」
鳴桜と翠月、そして白蛇も揃って前に出ては魔術書を片手に術撃を開始。
軌跡に燐光を残しながら光が一条、闇が二条。
熟練撃退士達の攻撃に入り混じって次々に突き刺さっては、炸裂し、スケルトンを吹き飛ばす。
勿論、一方的な訳ではない。
応射として熱く湿った空気を切り裂いて飛んでくる骨の矢は、殆どは前衛の盾に弾かれるとはいえ、薄手の防御しか持たない後衛には脅威。
「く、ぬっ」
やはりいの一番に狙われるのは白蛇の司。
前衛と後衛の間に位置するその巨体に骨の矢が襲い掛かり、白銀の鱗に傷が付けられていく。
同時に呻くのは白蛇。
元は一体であるからであろう、痛覚を共有している彼女の身体へ共鳴するように、ダメージが蓄積していく。
「白蛇さん、もう少し下がった方が」
「――ああ、これまでで十分助かっている! 無理はしないでくれ!」
鳴桜の気遣いと共に、前衛で盾を張る撃退士の一人から感謝の声が掛かる。
「そうさせてもらおうかの。じゃが、気にするでない。人の子を慈しみ護るのは当たり前の勤め」
「ははっ、お嬢ちゃんに言われるようじゃ俺達もまだまだだな!」
「お嬢ちゃんとは失礼じゃな!」
笑いと共に言葉を交わしながら、司は白蛇の動作に応じてゆっくりと後退。
それに合わせ、前衛陣はよりがっちりと盾を合わせ、さながら中世の重装兵がそうしたようにグールを押していく。
軍隊式の教育を受けた先達の撃退士が得意とする集団戦法だ。
そこへ力任せに身を捻じ込んでくるグールを剣や槍の突きで撃退する。
灰里と響耶もそこに参加して、生傷を増やしながらも一体ずつ確実に処理していく。
「しつこい……!」
大斧の一撃で仕留め損なったグールが、片腕と顎だけで灰里に噛り付いてくる。
乱暴に拳の一発を頭に見舞うが、肉が潰れる感触が返ってきたのみで、爪は執拗に黒い防火服へと食い込んでくる。
「っと!」
それを終わらせたのは二発。
横合いから割り込んだ響耶の太刀がグールの胴から下を持ち去って、それに応じるように近くのルインズブレイドの一人が盾でグールを押し潰すように弾き飛ばした。
「助かります」
「なァに、気にしなさんな――うォっと!?」
応えた響耶の方にもがっぷりとグールが飛び付いて来る。
ぎりぎりと迫る爪と乱杭歯。響耶も全力で押し返すが、力ではグールの方が上。
しかし今度はこちらから、とばかりに、灰里が手を突き出す。
そこに光纏の輝きと共に出現した拳銃が、だだだんっ! と横合いからグールの頭を吹き飛ばした。
「これで、お相子です」
「へ――助からァ!」
「これで――」
「終わりです!」
スケルトンの最後の二体に、それぞれ鳴桜と翠月が掌を突き出す。
瞬間、ずばんっ! と不可視の弾丸に貫かれて腰骨から吹き飛び、スケルトンが全滅した。
後詰はない。一時的かもしれないが『品切れ』ということだろう。
「――よし、掃討に入るぞ!」
指揮官からの声に、グールを押さえ込んでいた前衛集団は盾を下げ、一斉に再抜剣。
じゃきん! と金属の斉唱と共に、了解! とそれ以上に熱く応える声で、熟練撃退士はグールの攻撃に応じる。
後衛も一斉に銃身と杖の先を一列に揃えては、単発の射撃がまるで機関銃の連射のように怒涛の勢いで放たれ、途切れない弾幕で前衛に支援射撃を送る。
「司よ、今じゃ! 主が防御一辺倒でないところを見せてやれい!」
骨の矢で撃たれる心配のなくなった白蛇が、ここぞとばかりに司を前へ。
ざっ、と彼女の手の払いと同時に司の顎から放たれた濃密な霧のような白銀の吐息がグールの一体を塵に変える。
「ここで一気に……」
灰里も再び大斧を手元に現し、他の前衛集団とラインを合わせつつ手近な一体を一撃。返す刃でもう一体を一撃。
すぐさま別のグールが飛び掛ってくるが、そうはさせまいと後方からの支援射撃が頭と爪を的確に吹き飛ばし、灰里は残った胴を邪魔とばかりに払うだけだ。
「応よ――幕下ろしと行きやんしょうかァ!」
符を投げつけて一体の頭を吹き飛ばし、一体を太刀で斬っと断ち割りながら響耶も。
隣のディバインナイトの一撃に合わせて力を込めた符で爪を切り払い、残った胴を二体分ばかり纏めて太刀で薙ぎ払う。
「弾丸が特効薬だ、なんて言いたくないものね」
シルヴァもライフルを直立で構え、ひたすらに連射。
後衛集団の支援射撃に合わせて、灰里や響耶に襲い掛かるグールの腕を的確に撃ち抜いていく。
「――でも、私があなた達に与えられる安らぎは、これだけだわ」
息を吸い、吐いて。そのまま単射。
元は何かしらの生き物――殆どは人間だとされるグールの頭を、そうしてシルヴァは迷いなく吹き飛ばす。
「っ、はぁ、う、腕が棒になりそうですね……」
「ですね…… でも、後ひと踏ん張りですよっ」
とにかく連射に次ぐ連射を続ける翠月は、鳴桜の隣で息継ぎという名の充填時間を挟みながら、術撃を連打する。
二人の火力支援という名の攻撃は、やることそのものは終始変わらない。
ただひたすらに敵を討つのみだ。
だが、途切れたその時間だけ皆が苦しくなるのは、誰の肩にも等しく圧し掛かっている。
鳴桜も翠月を励ます隣で、降り積もる緊張に適度に身体を震わせながら、敵を射抜く。
●ひとつの休息
そうして、怒涛の勢いでグール達が削り倒され。
「――!」
灰里の一撃が、最後のグールを縦に断ち割った。
瞬間、空間が静寂に満たされ――安堵の吐息が、いくつも吐き出された。
「総員、周囲確認! 傷を負った者は後方へ! 放棄した装備を回収し、陣形を再構築!」
指揮官の声に、熟練の撃退士達はきびきびと動く。
そんな彼らの、勝利の歓声もない動きに、学園の撃退士達は感じる。
ここでの戦いの勝利など、彼らにとっては日常の一ページ、日記の一綴りでしかないのだと。
「――ご苦労だった。応援に感謝するよ」
後方に下がって改めて互いに無事を確認する皆に、指揮官がヘッドギアとゴーグルを脱ぎながら、率直に頭を下げる。
「君達が更に成長し、戦列に加わるのを楽しみにしている。その時が、奴らに奪われた土地を奪回する時になるのだろうな」
「……はい。そのつもりです」
「日本は、あたしらの土地ですからね。いつまでも好き勝手にはさせておけねェさ」
「うむ。いずれは必ず、人を狩る奴らをこの世界から放逐せねばの」
灰里と響耶、そして白蛇の声に、うむ、と頷く指揮官の女性。
「もしかしたら、必要に駆られてここまで来てしまったのかもしれないが――それでも、我々にも君達のような新しい力が必要だ」
その言葉は翠月や鳴桜に向けてのもの。
「出来れば、この騒乱が終わるその時まで、どうか我々に力を貸して欲しい」
「は、はいっ」
「うん、僕で良かったら、皆さんの力になりたいです」
「ありがとう」
そして最後はシルヴァへ。
「異国の地でまで戦ってくれることに、この場の全員を代表して感謝するよ」
「ふふ。困っている人に異国だとか異人種だとか、関係ない。でしょう?」
「ありがとう。 ――また応援の要請を出すだろう。その時に応じてくれること、申し訳ないが、期待している」
そうして、指揮官は学園の撃退士達をその場で見送った。
――こうして『最前線』のある一日は何事もなく、平常に終わる。
大きい事故もなく。ただ、平凡に――