●掃討作戦
――インフィルトレイターの男はひたすら走る。
「おおおおおっ!」
ぶしゅうっ! という音。
咄嗟に物陰へ飛び込み、蟻酸の追撃を躱す。
外れた蟻酸が、じゅううっ! とアスファルトを焼くのを見て、しかし息を休めている暇はない。
うぞり、と迫って来る黒い絨毯――小蟻の群れが、すぐさま殺到してくる。
「ちいいっ!」
纏わり付いてきた数匹を走り出す勢いで振り払う。
振り向いて蹴散らす暇はない。
蟻のサーヴァント達はなかなかに早く、もはや移動以外にリソースを割けば、捕まってしまうだろう。
だが、ゴールも近い。
「――そのまま真っ直ぐ走り抜けて下さい! 仲間のいる場所がゴールです!」
携帯から飛び込んでくる鈴代 征治(
ja1305)の声。
男からすればとても若々しい声だが、そんなものは撃退士には珍しくもなんともない。
そして今は涙が出るほど有難かった。
視線の先には、大交差点。
そこで待ち構えている二人――笹鳴 十一(
ja0101)と因幡 良子(
ja8039)の姿を見つけ、男は更に加速する。
「行くぞオイ!」
僅かに喜色の混じった声で叫び。
男は飛ぶように駆ける。
一挙動で車のボンネットに手を掛けて跳び越え、転がりながら前へ。
飛んできた酸を前転して躱し、良子の隣へと。
それを迎えて、良子は敵を見据える。
「じゃあ――反撃といきましょうかね」
ばさりと羽織ったマントを翻し、胸元のペンダントをひとつ撫で――それから良子は指揮者のように腕を上げた。
男を追って、交差点に雪崩れ込んでくるGアントと小蟻。
――そこに、無数の輝きが炸裂する。
アウルによって生み出されたそれが落着する度、小さくはない衝撃を伴う爆発がサーヴァント達を打ちのめす。
勿論、それで全てが終わるわけではない。
だが、それを皮切りにして、側面からは御影 蓮也(
ja0709)と征治により衝撃波を伴う武器投擲と剣撃。
「まずは一気に吹き飛ばす。真弾砲哮<レイジングブースト>!」
「これでっ!」
そして桐村 灯子(
ja8321)と桜花(
jb0392)の火炎放射器による面制圧――
「燃えなさいっ……!」
「一気に行きますよっ!」
強固な甲殻を持つGアントには、さほどの打撃ではない。
しかしそれでも、Gアントの足は衝撃に耐えるように止まり、そしてそれに比べて脆弱な小蟻は、耐え切れずに潰されて、吹き飛ばされ、焼かれていく。
結果、黒絨毯には大きな穴が開くことになった。
――そして、その瞬間を狙う影がビルの窓から覗く。
「……狙撃が可能な状況なら、僕らインフィルトレイターに狙えない所は無いよ。 ――貰った」
呟きは土方 勇(
ja3751)。
ぎり、と精密ながら力強く引き絞られた大型弓の弦が開放される。
ずばんっ! と音を立て放たれたアウルの矢は、集中砲火に足を止めたGアントの足――その関節部に命中。
貫通した。
同時に、たぁんっ! という別方向から飛来した単発の一撃が、同様に別の一体の足を貫く。
「よしっ――大丈夫大丈夫。自分を信じて。モモ、貴女なら出来る。出来る出来る……っ!」
もう一人の狙撃者は草薙 胡桃(
ja2617)。
すぅ、と息を吸う。
大きく吐き出し、避難で誰もいなくなったオフィスの窓辺、机を寄せて作り上げた狙撃台から更にもう一撃。
更に足の関節を撃ち抜き、着実にその行動力を奪い去っていく。
「こっちも支援する! 突っ込め!」
「勿論だ!」
短機関銃型V兵器で、一斉攻撃から逃れた小蟻を掃射していく男の声に応えつつ、十一はアウルを一気に燃焼させる。
生み出された猛烈なエネルギーは足へ、アスファルトを一蹴り。
十一は猛烈な加速を得て、小蟻の壁を剥がされたGアントの眼前へと瞬く間に到達する。
「全力でいくぜ…せーぇのぉ!」
大きく振るわれる戦鎚を紫焔が覆う。
真正面から振るわれたその豪快な一撃は、がぎぃん! と凄まじい衝撃音を伴ってGアントの頭部に命中し、その強固な黒光りの外骨格を貫徹した。
「よし――行ける!」
流石は阿修羅の火力、というところか。
確かな手応えを感じ、十一は声を上げる。
しかし敵もやられているだけではない。
驚異的な一撃を受け、Gアントはすぐさま標的を眼前の十一へ変更。
その強靭な顎で噛み付いてくる。
「ぐ、おっ!?」
躱し切れずに、左腕が牙に捉えられた。
アウルで強化された肉体が、易々と貫通される。
「ち…… 上等!」
血を流しながらも、十一はGアントを睨みつけた。
一度引き、良子にラインを合わせる。
再び殺到してくる小蟻の群れ。
それを確認し、二人はどちらからともなく視線を交わした。
「もう一発頼むっ!」
「勿論――行くわよっ」
良子が再び手を掲げる。
炸裂する星の輝き。
打ちのめされ、吹き飛ばされて生まれた黒絨毯の空白に、十一は果敢に飛び込んでいく。
「行くぜっ!」
相対するGアントはそれに対応してか、顎に酸を滴らせ、ぶしゅうっ! と蟻酸を発射。
十一は軌道を変えない。
それは予想していたと、にぃ、と笑んで手元からビニール傘を出し、一挙動で、ばさっ! と展開。
酸の塊を受け止め、そのまま弾くようにして投げ捨てる。
「貰ったっ!」
がぎぃん! と再びの衝撃音。
二発目の直撃を決め、十一はそのまま猛打に移行する。
十一の突撃を合図に、蓮也も突撃を敢行する。
「側面は頼んだぞ」
「ええ、分かってるわ」
火炎放射器で残った小蟻を焼き続ける灯子の声を得て、蓮也は前へ。
対応して群がってくる小蟻。
だが、その動きはいまいち鋭さに欠けている。
恐らくは、作戦開始前――勇から提供された消臭スプレーが、僅かと言えど確実に小蟻の感覚を鈍らせているのだろう。
その鈍った隙で、灯子の放ったアウルの焔が小蟻を焼き尽くしていく。
「馬鹿にしたものじゃない、な!」
数体の小蟻がそれでも忍び込んで痛烈に噛み付いてくるが、そんなものは蓮也にとっても灯子にとっても何の妨げにならない。
難なく到達して、蓮也は一見して無手を右側面側のGアントに向けて一閃――その指先から密かに伸びた鋼の糸が、Gアントの首を狙う。
手応えは硬い。
だが、確かに効いている。
「いくら硬くとも隙間なら関係ないだろ」
ぎんっ! と引き絞る。ぎちぃっ! と食い込み傷付けた感覚が確かに返ってきた。
連也の攻撃に反応し、がちがちがち! とGアントが警戒音と共に牙を剥く。
「ぬ――」
酸が滴る獰猛な刃を、蓮也は辛うじて防御。
咄嗟に糸を張り、顎を押しのけることで、辛くも刃が肉体を貫通するのを逃れた。
「そう簡単には取らせないってか。いいぜ」
そのまま後退。灯子が小蟻を焼き続け、安全地帯を確保しているラインまで引く。
それを受けて、蓮也が攻撃を加えたGアントとその周囲の小蟻が、他の方面など目もくれずに一斉に殺到してくる。
幸いだったのは、こちら側のGアントが胡桃の狙撃で足を撃たれ、行動力が低下していたこと。
「――それで動いてるつもりなの? 小鷹の眼を舐めちゃダメだよ蟻さん♪」
アウルを集中し、感覚を研ぎ澄ませる。
僅かにスローモーションになった視界の中で、胡桃は再び三点射。
たたぁんっ! と二発が立て続けに足に直撃し、更に機動力を奪っていく。
結果、小蟻だけが先に突出し――
「桐村、頼む」
「任せて頂戴。一気に行くわよ」
――待っていましたと言わんばかりに、轟! と灯子の火炎放射器が黒色の焔を噴き出した。
冥色のアウルを込められたそれは、極めて効果的にサーヴァントたる小蟻を焼きつくしていく。
勿論、Gアントもただ見ているだけではない。
灯子に向けて、ぶしゅうっ! と蟻酸を吐き出し、対抗する。
しかしそんなものは、事前警戒の内だ。
「そうはさせるか」
すかさず割って入った蓮也が、ぶわさっ! と勢いよくマントを翻し、それを迎撃する。
所詮は空気を貫いて飛ぶ弾丸でもない酸液の塊。マントの布地に絡め取られた酸は、ただそれを焼くだけに終わる。
がちがちがち、とまるで悔し噛みにも聞こえる警戒音。
それに笑みを浮かべ、蓮也は再び接敵を開始する。
「っ、と」
至近距離から後衛――桜花に向けて飛んだ酸の塊を、すかさず強引に叩き落す征治。
そこから立て続けに、がちんっ! と迫ってきた牙にすかさず両手剣の刃を叩き付け、征治はGアントの一撃を危なげなく受け止めた。
酸を受け止めた袖と、牙から滴る酸が事前に用意しておいた厚手のコートを溶かしていく。
「全く、蟻って言ってもサーヴァントになると馬鹿に出来ません、ね!」
ぎりぎりぎり、と鍔迫り合いにも似た切迫を続け、すかさず横へ。
勢い余って前のめりになったGアントの頭に盾を叩き付け、距離を離しついでに盾を消し、すぐさま両手剣に切り替えて剣撃を放つ。
狙うは勇の矢が突き刺さってダメージを与えた足の一本。
「はぁっ!」
気合の一声と共に上段から振り下ろした剣閃は、ぎぃんっ! と金属音と火花を立てるも、その足を切断。
Gアントの機動力を更に奪い、その隙に征治は距離を離す。
「鈴代さん、大丈夫っ?」
絶えず迫って来る小蟻を焼きながらも、牙と酸を受けたのを見て、桜花は征治を気に掛ける。
背中合わせに立つ征治と桜花。
征治が酸に侵食されつつあるコートを脱ぎ捨てるその隙を、桜花は火炎放射器で小蟻を焼いてカバーする。
「なんとか。桜花さんも先程の酸は浴びませんでしたか?」
「鈴代さんのお陰で大丈夫よ。ありがとっ」
「それは良かったです――更に来ますよ。気を付けて下さい」
がちがちがち、と顎を鳴らして再び酸を滴らせ始めるGアントに、征治は飛び込んでいく。
距離を離せば酸を連打してくるだろうと見ての突撃だ。
桜花は後衛としてGアントとの距離を保ちつつ、付かず離れずで征治に追随。
その背中をしっかりと守っていく。
「こんなことやりたくなかったけど…… 愚痴ばっかり言ってられないわよね!」
戦いの前には、可愛い子達と山菜採りに行きたかった、と愚痴っていた桜花。
だが、仲間の――とりわけ、可愛い子の背中を守るためなら致し方無いと、気合を入れなおす。
「汚物は消毒!」
轟! と迸るアウルの火焔は威勢よく小蟻を焼き尽くし、征治と自身に多数を近付けさせない。
小型で蟻とはいえ、れっきとしたサーヴァント――敵を爽快に蹴散らす感覚に、桜花のテンションは高揚する。
「――んーっ、一度言ってみたかったのよコレ!」
ぼぅっ! と残り香のように炎を切り上げ、細かい端数は拳銃で正確な単射。
跳びかかって来た数体を中空でナイフの一薙ぎで迎撃し、足に噛み付いてくる一体を踏み潰す。
「まだまだっ!」
再び迸る火焔。
征治に近付いてきた小蟻の群れが焼き払われ、出来たその空白に征治が跳び込む。
酸の滴る顎の一撃を回避してから、構えての突き。
「せっ!」
ぎぎっ! と黒い外骨格を削りながら足の関節を狙っての一撃。
完全な切断には至らなかった、が――直後、空気を貫いて飛翔してきた勇の矢が、その傷跡に命中。破壊せしめた。
「よし――終わらせてやる」
連携からなる優勢を感じ、征治は恐れず、更に斬り込んで行く。
がちがち、と打ち鳴らされる警戒音が、怯えの悲鳴に聞こえた。
――そうして最初に敵を打ち砕いたのは、十一。
「おおおっ! これで――終いだ!」
良子の手厚い回復支援を受けながらの猛攻が、Gアントの硬いはずの外骨格を強引に打ちのめしていく。
肉を切らせて骨を断つ。
小蟻がまとわりつき、噛み付いてくるのを無視。
そのまま大上段から打ち下ろした大振りの一撃が、真正面からGアントの、十分に傷付けられた頭部を捉え、外骨格を完全に破壊。
叩き潰した。
「らぁっ!」
荒い息を吐きながら、最後にぶん回しを一発。
荒れたアスファルトごと残った小蟻を薙ぎ払って、抵抗を失ったGアントの巨体を吹き飛ばし、ようやく十一の攻撃は終わった。
「えいっ。笹鳴君、大丈夫?」
小蟻の主だった残りを直剣で叩き潰し、良子は駆け寄って最後の回復を使う。
「ああ、大丈夫だ――回復、助かったぜ」
いくらか傷は癒えたが、それでも十一の傷は多い。
だが、それを心配させない笑みを浮かべ、十一は親指を上に立てた。
良子の支援が無ければ倒れていただろう。勿論、それをお互いに信頼した猛攻であったわけだが。
十一は良子の支援を信じていたし、良子は十一が支援が尽きる前に倒せると信じていた。
続いてケリを付けたのは、蓮也。
「――外さない、よっ!」
胡桃の狙撃が再び直撃し、足が更に破壊される。
ほとんど機動力を失い、更に小蟻が灯子によってほぼ全て焼き尽くされた今、Gアントは丸裸、無防備も同然だった。
そこへ蓮也の糸が、首を獲りに来る。
「これで終わりだ」
元々Gアントが攻撃的で回避を意識していなかった上に、破壊された足は三本。
反撃に顎の刃が来るが、もはや喰らいようも外しようもない。
蓮也はそれを小さく身体を捻っただけで難なく回避し、首に一撃。
確かな手応えと共に、強烈に糸を引く。
みしっ、と軋む音。
Gアントは苦し紛れに顎を鳴らして酸を滴らせ――
「させないわ」
直前、ずばんっ! とその頭部、眼球を弓に持ち替えた灯子のアウルの黒矢が射抜いた。
そして首が落ちる。
僅かに顎ががちがちと鳴り、触覚がぴくぴくと動いたのを最後に、二体目のGアントはそれで絶命した。
そして最後。
「――よしっ、小蟻、終わったよ!」
火炎放射器を収めて、桜花が歓声を上げる。
残るは足の一本、触覚の両方を失ったGアントのみ。
着実に押し勝っている征治は、隣に並ぶ桜花をちらと見やりつつ、決めにかかる。
「最後まで気を抜かずに――行きますよ!」
「勿論っ」
征治が攻撃を惹き付け、側面に飛び込んでから首を狩りに行く。
触覚を失ったせいか、Gアントの反応は一歩遅れ。
「そこっ!」
その隙を狙って、すかさず桜花が至近距離から銃弾を叩き込み、更にその眼球へナイフを突き立てた。
鮮やかな直撃。
それを受けて、Gアントの狙いが桜花に変わる。
酸の滴る顎が、反撃で桜花の横腹に迫り――
「させないよ」
奇しくも同様。
直前、ずばんっ! とその顎を勇の矢が撃ち抜き、強制的に空振らせた。
そして生まれた完璧な隙に、征治がその剣を振るう。
放たれた、特別でもなんでもない一撃が、見事にGアントの首を落とした。
喝采の声を上げて、お互いの健闘を讃え合う久遠ヶ原の撃退士達を数歩離れて見ながら、インフィルトレイターの男は憧憬の息を吐く。
彼らのように戦える若い撃退士が多くいるのなら、人類の未来は悪くはない、と――