●暗闇の中で
「――全員、来たか?」
暗闇の中、そう確認する男の声。
「ああ、問題ない。全員来てる」
答える声は同様に暗闇の中から。
「よし、閉めるぞ」
両開きの扉が閉められる。
「――付けられなかったか?」
「大丈夫だっての」
「それより早く。やろうぜ」
暗闇の中で、やれやれ、と言いたげに彼は肩を竦めつつ、入口傍を離れた。
軽く答えた二人の言うことにも頷けないわけではない。
会――『激写☆依頼の最中のラッキースケベな撃退士達』の会員は、来るものは拒まない性質であるが、その募集形態はクローズドだ。
目立つような形での入会窓口はなく、会員がこれと思った人物を推薦するか、あるいは会とその会員のことを自力で知って入会を申し込む以外に形はない。
従って、知る者は多くないはずなのだ。
会場の位置もとなれば尚更である。
とはいえ、だからこそ男――普段はインフィルトレイターを務め、後方から銃を構えつつ機があればチャンスを逃さず撮影を行う彼は、付けられなかったか、と確認するのであるが。
小さく苦笑しながら、男は一団の最後となって奥の管理室へと向かう。
小さな上映会場としてセットアップされたそこが、会の本拠と言っていい。
――ふと見回す。
コンテナの陰。柱の陰。二階キャットウォーク。
「どうかしたでござるか?」
「ん――いや。警戒をな」
「几帳面でござるなあ。とはいえ、それ故に安心できるわけであるが」
何とも芝居がかった口調は、若い女性のもの。シルエットも立派に女性だ。
普段は鬼道忍軍を努め、影から影へと渡り歩きながらチャンスを逃さない彼女を、男はじっと見つめる。
何を隠そう、この女が『激写☆依頼の最中のラッキースケベな撃退士達』の会長である。
人は見かけによらないものだ。特に裏の顔は。
そんな言葉を脳裏に浮かべつつ、男は管理室でいつもの定位置――入口傍の席に着いた。
「――よし、では上映を」
メンバーが機器類のスイッチを入れ、電子音と共に遂に上映を開始する。
最初の舞台として映ったのは――海辺。
出演者を紹介するように映し出される撃退士達の姿。そして遠方に映し出される、あからさまなイソギンチャク型の敵。
おぉう、きゃっ、と早くも声が上がる。
そんな中、まだまだだな、やはり至宝は戦闘アクションの中の一瞬、さりげないパンチラにある――などと呟きながら、男はそんな彼らを見つめ――
「――敵襲!」
そんな声と共に、ばばっ、と灯された、倉庫の明かりではない、見覚えのある輝き。
「何……!?」
声を上げつつも、がたっ、と素早く立ち上がった彼の前に――
「そこまでにゃ! 恥ずかしい写真をやり取りする不埒な人達は…この魔法少女マジカル♪みゃーこが退治するにゃ!」
――猫野・宮子(
ja0024)という天使が現れた。
●彼らの武器
俄に倉庫内が騒ぎに包まれる。
「――来ましたわ!」
紅華院麗菜(
ja1132)が声を上げる。
照明として展開されたアウルの光に照らされながら最初に会の一員と思われる三人が飛び出してきたのは、正面扉前。
雫(
ja1894)もそれを目視で確認し、すぅ、と息を吸った。
「――喝ッ! 大人しくしなければ痛い目を見ますよっ!」
普段はあまり出さない大声で彼らをそう怒鳴りつける。アウルの力を込めた声に、二人がびくんっ! と震えて足を止め――もう一人の男が構わず突っ込んでくる。
撃退士か! という判断は一瞬。
麗菜も雫も即座に実力行使モードに移行し、コンテナに塞がれた扉の前に立ち塞がる。
「ここは通しません……」
雫が最初にモーションを起こす。撃退士に突破されては、コンテナで塞いでも殆ど時間稼ぎにならない。
相手の吶喊に合わせて、布を巻いて保護と手加減を狙ったV兵器を下段から振り上げる。
攻撃は男も予測していたのか、その腕に瞬時に盾が出現。
一撃を食い止め――
「ぐはあっ!?」
――切れずに。男は吹き飛び、後ろで立ち竦んでいた二人を巻き込んで倉庫の床へとダウンした。
「く――がっ!?」
なお起き上がろうとする男に、追撃で麗菜がアウルの矢を飛ばす。
威力を任意で減衰されて放たれたそれは、しかし容赦なく男の頭に当たって弾け、完全に打ちのめした。
「大人しくなさい。私はマジカルローズクリムゾン! 風紀を乱す者よ、裁きを受けるがいいですわ!」
ビシッと決めて男達に指を突き付ける麗菜。
おぉ、とほんのり一般人二名が嬉しそうな顔をしていたのは、直視するべきか。
「逃さぬぞ!」
八塚 小萩(
ja0676)の声と共に、山で鍛えた(砂場的な意味で)サイドスローが唸りを上げる。
ひゅっ――ずばしゃっ! となかなか凶悪な音。
「ひぃ!?」
頬を掠めて茶色く軌跡を残し、壁で爆発痕のような跡を残している泥団子を見ては、男達三人と女子二人は怯み、慌てて進路変更を試みる。
「逃がしません、よ……?」
ざっ、と立ち塞がるのは樋渡・沙耶(
ja0770)。
瞬時に逃げ道を塞いでくる沙耶に、ぐ、と怯む一団。
「……先程も勧告しましたが、抵抗は無駄であるばかりでなく、あなた達の印象を更に悪くします。言い逃れも出来ません……」
「っ、風紀が怖くてうふふな楽しみができるかってんだ!」
遠くからアウルの輝きの明かりが照らす薄暗闇の中、すちゃ、とカメラを片手に降伏勧告を繰り返す沙耶に啖呵を切って返す男。
「そうですか」
瞬間、強い閃光が男達を襲った。
「っ!?」
カメラのフラッシュだと彼らが気付いたのは一瞬後。
その一瞬の隙を突いて神谷・C・ウォーレン(
ja6775)が影から飛び込み、タクティカルロッドを一閃させた。
「貴様らを拘束する」
「ぐっ!?」
瞬く間に押さえ込まれる男二人。抵抗しようとも撃退士の前にはびくともしない。
「くそっ!」
残った三人が慌てて別方向に逃げる。
反応速度と足の速さから、ウォーレンは二人は一般人、女子のうち一人は撃退士だと判断する。
「……ふむ、ああいうのが好きだとするなら、これも喜んでもらえるとよいが……捕えよ」
すかさずアウルを解放。
ウォーレンの研究の賜物か、召喚された異界の手――ではなく、艶かしい触手が、がっちりと見事に女子撃退士を捉えた。
「きゃあああぁあぁ!? ですのっ!?」
「おおおおおっ!?」
手足を弄るように絡んでは縛り上げて逆さ吊り。
目の前で繰り広げられる、ラッキースケベどころか本番まで行ってしまいそうな光景に、逃げ出そうとしたその場の会員の全員の動きが止まった。
瞬間、片方を小萩の泥団子が。もう片方を沙耶の張り手が襲った。
「ごふっ!?」
「あべし!? ですわっ!?」
もんどり打って倒れ込む二人。
「……こやつらは見境というものがないのか」
「あったら、こんなことにはなってないわ…… 多分」
そんな二人の声に、組み伏せられている二人の男子生徒は、揃って握り拳の親指を上に立てるのであった。
●強敵
宮子と郭津城 紅桜(
ja4402)は、一人の男――撃退士に苦戦していた。
「こ、の――! 身軽な!」
紅桜が威力を減衰させたアウルの矢で足止めを狙うも、男は大胆に踏み込んではそれを回避。
「マジカル♪キックにゃー!」
宮子の追撃を紙一重ながらひらりと躱し、両手の二丁拳銃を閃かせ。
「ふ…… 甘い! 貰った!」
ぱしゃぱしゃぱしゃ! とマズルフラッシュのように明滅する光。
その銃口が狙うのは、派手目のアクションで一瞬めくれ上がった宮子のスカートの中。
「にゃー!? 撮っちゃ駄目って言ってるにゃー!」
宮子がスカートを抑えて憤りつつ追いかけるも、ははっ! と笑って距離を稼ぐ男。
――そう、男の武器は拳銃型のカメラなのだ。
「なんと破廉恥で穢れたっ……! お待ちなさい!」
「待てと言われて待つものはいない! ――そら、その隙間、貰ったッ!」」
ぱしゃぱしゃぱしゃっ! 再びフラッシュが高速で明滅する。
咄嗟に翻りそうになったスカートを押さえつけ、そのせいで動きが鈍った紅桜から男は更に一歩。
「ち、また取れなかったか――ガードが硬いな、お嬢さん。そこの猫にゃんとは大違いだ」
「失礼にゃ!? アクションの関係上仕方ないにゃ!」
「本当に不潔ですわね……!」
コンテナの上に身軽に飛び乗っては、まるで挑発するように二人を見下ろす。
特性からして恐らくはインフィルトレイターであろうに、それを思わせない運動能力。
これは強敵だと判断した二人は、目配せの後、一気に仕留めに行く事を狙う。
「どうした、来ないのか?」
「言われなくても行くにゃ! マジカル♪ハンマーにゃっ!」
「遊びは終わりですわ!」
紅桜がアウルの矢を連射し、動きを封じながら宮子が距離を詰め、一撃を狙う。
敵もさるもの。一瞬だけ顕現させたV兵器の銃弾でもってアウルの矢を相殺し、間隙に飛び込んでは宮子の攻撃を回避。
紅桜の元に突っ込んでくる。
「く――!」
「今度こそ――貰ったァ!」
ばら撒いたアウルの矢を見事に全て回避し、男は滑り込む。下方向、僅かにめくれ上がった紅桜のスカートの中を確実に狙う。
瞬くフラッシュ。
紅桜は慌てて抑えるも、直感的に、撮られた、と――
瞬間、男の動きが止まった。
「こ、これは――!?」
「マジカル♪キーック! にゃーっ!」
宮子はその隙を逃さない。
すかさず叩き込んだ鋭いキックが男にクリーンヒットし、げぶはぁっ!? と男は吹き飛んでコンテナに直撃した。
「く…… しかし悔い無しッ……!」
たら、と鼻から一筋血を流しながら握り拳の親指を上に立てつつ、崩れ落ちる男。
「ふう、これで確保にゃ。 ……」
「な、なんですの?」
「にゃ、なんでもないにゃ!?」
確保しつつも、一体何が撮れたのかと、紅桜のスカートの中を訝しむ宮子であった。
「――っ! 緋色! そちらに行きましたわよ!」
桜井・L・瑞穂(
ja0027)が声を上げる。
「はっはっは、その程度では捕まらんでござるよ!」
対する声は『激写☆依頼の最中のラッキースケベな撃退士達』の女会長。
身軽な身体を躍らせ、瑞穂のガードを潜り抜けて影へと滑り込む動きは、疑いようもなく鬼道忍軍の撃退士。
「容赦しないよ……!」
帝神 緋色(
ja0640)も飛ぶ影に狙いを合わせ、アウルを開放する。
地面からうぞりと湧きだした手が、女会長を捕まえにかかる。
「おっと――拙者、撮られるより撮る側でござるでな! 堪忍でござるよ!」
しかし敵はするりと抜ける。まるで縄抜けのように身軽に。
「お待ちなさい!」
「はっはっは! 流石にアスヴァンとダアトに捕まるわけには行かぬでござるな! ――これでも食らうでござる!」
「わっ!?」
ばばばっ! と飛んできた手裏剣のようなものから咄嗟に身を守る二人。
しかしそれは突き刺さることなく、とすとす、と軽く当たっては地面にはらりと落ちる。
「なんですの、これ――って、私の写真ではありませんこと!?」
果たしてそれは、そう。
瑞穂を被写体とした、アレやコレなソレな場面の激写写真であった。
いわゆる危ない系の水着が脱げ落ちそうになった場面であるとか、今も近くにいる緋色といちゃこらしている場面であるとか、肉感的に危ないレスリングのアレとか。
「瑞穂殿はそちらの方面でも有名でござるからなあ! しっかり回収したほうがいいでござるよ! それではさらば!」
「っあ、こ、この――! く……! なんという不覚にして辱め……!」
ははは、と高笑いしながら逃げていく女会長。
バラ撒かれた写真をそのままにしておくことも出来ずに、瑞穂は仕方なく追うよりもこれも証拠物品の一つとして回収しておく。
「逃げられちゃったね」
緋色も服の裾を払いながら息を吐き、瑞穂に合流する。
「全くですわ…… 緋色? その後ろ手に隠しているものはなんですの?」
「ん? なんでもないよ?」
「――あなたの方にも何枚か飛んでいった気がするのですけど」
「気のせいじゃない? さ、回収終わったなら倉庫の方に戻ろう。合流しなくちゃ」
「あ、こら、ちょっと、お待ちなさいっ!」
●戦利品確認
「うわぁ……」
戦いの後。
微風(
ja8893)は全てのデータを確認し終わって、そう声を漏らした。
そこには本当にあらゆる撃退士達の嬉し恥ずかしなラッキースケベのデータが収められていたからである。
いつの間に撮られたのか微風自身のものもあったし、この捕物に参加した面子のものもしっかり並んでいた。
というか瑞穂さんマジパネエ。
「うわぁ……」
それは宮子も同様。
と言っても彼女が声を上げた原因は、管理室内でなお上映されているイソギンチャクサーヴァント×瑞穂×リネット・マリオン(
ja0184)劇場に対しての声だが。
うねる触手。どこか艶かしい悲鳴。
ほんとマジパネエ。まさに現人神である。ラッキースケベの。
「只今戻りましたわ…… って、宮子、何を見ておりますのっ!?」
「にゃ!?」
慌てて突撃しては上映機のスイッチを切る瑞穂。
ぜぇぜぇと息を吐く彼女はなんともお疲れの様子であった。
「ご苦労様…… これ、は」
沙耶もやってきては、並べられた写真類に目を留める。
そこにあったのは、麻生 遊夜(
ja1838)があっはんうっふんな姿の女型悪魔だかディアボロだかに押し倒されて、にぃ、と笑んでいる姿。
いかにも「そっちがその気なら俺も一発かましてやるぜ」という顔である。いやん。
この後はさぞお熱かったのだろう。戦闘的な意味で。
「お知り合い、ですか?」
「ん…… ちょっと、ね」
口数は少ないものの、微風にそう答える沙耶は明らかに不機嫌度が増し増しであった。
「まったく…… あなた達は本当に。いいですか? こういうものはそもそもですね――」
「マム、イエス、マム!」
何故か亀甲縛りで縛り上げられて正座している一般人たちに改めて説教する微風に集まる視線は熱い。
なぜ熱いのか。それは繰り広げられた微風の熱の入った説教だけが原因でないことは推して知るべしである。
「これでよし、と……」
雫は机の片隅で七種 戒(
ja1267)が被写体になった写真の目線に黒線をきちっと入れている。
そんなことをしても、胸からあんまんがぽろりな写真とかがセットなせいで誰か分かってしまう分、逆に卑猥になっていると思うのだが如何だろうか。
あとその手のカメラはどうかと思う。色々な意味で証拠写真である。
「――よし、これで全部かな。お疲れ様」
にこりと笑って緋色がデータ確認のために持ち込んだノートPCを閉じる。
――しかし、その瞬間、緋色がUSBメモリをそっと引き抜いたのを、ウォーレンは見逃さなかった。
――後日。
「む…… バレてた、かな?」
皆が成績におまけをしてもらう中。
緋色の点数だけ、加点どころか減点されていたという――