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マスター:天原とき
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:10人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/09/06


みんなの思い出



オープニング

●父親悪魔の物思い
「――そうか、分かった。報告に感謝する」
「いえいえ。では、ガルガンティエル様も、ご壮健であられますよう」
 響きを伴うおどろおどろしいに声に応えて、恭しい声が途切れる。
 それを確認してから、ガルガンティエルと呼ばれた大口にして乱杭歯の巨大な悪魔は、その口に似合わぬ小さな溜息を吐いた。
「……全く、我が娘にも困ったものだ」
 手にしているのは、巨大な眼球を模したような宝玉。
 四つある手の一本でそれを抱えながら、ガルガンティエルは専用に誂えられた椅子の背凭れへとその巨躯を預け、しばし物思いに耽る。
 宙を不規則に漂う人外の視線は、何を考えているのか察するには難しい。
 そうしてしばし。
 瞳の宝玉を再び眼前に掲げたガルガンティエルは、己が娘の姿を脳裏に思い浮かべ、宝玉の虹彩を見つめる。
「『――親父か?』」
 一拍の間を置いて、帰ってきたのは不機嫌そうな若い女の声。
「うむ。ティエルヴァーナ、我が娘よ。任務はどうであった」
 ガルガンティエルは己が娘、ティエルヴァーナの不貞腐れた姿を容易く想像しながら、そう問い掛ける。
 とはいえ、その答えは既に彼の予想しうるものだ。
「『……クソ最悪だよ。ああ全く。あんなクソ上司とは思わなかったっつーの』」
「そういうこともある。特に、お前が実績を残さぬ内はな」
「『私の方があいつよりまだ上手くやれる自信があるぜ』」
「そう思うなら、早々に他の悪魔を扱える地位に就くことだ。 ――さて」
 一拍を置き。
 ガルガンティエルはしばし迷って、己が娘にひとつの質問を突き付ける。
「我が娘よ。神器とそれに関わる離反事件は知っているか?」
「『んあ? あー、一応な。詳しくは知らん』」
「……耳を広く持つことも重要だと、幾度か教えた気もするが」
「『るっせ。これでも私は話をよく聞くほうだぞ』」
「お前のことだ。どうせ個人レベルであろう。アレはそういうことなのではない。で、だ――」
 今度の躊躇いは、三秒。
「『んだよ、親父。つーか親父がコレで話しかけてくんのも珍しいな。なんか言い難いことか? 母さんの話とか』」
「違う」
 即座に否定しつつも、半分当たっていることに、ガルガンティエルはひとつ息を吐き。
「子飼いの者から報告があった。 ――我が娘よ。お前は『奴ら』のようなことは考えていまいな?」
「『……はぁ?』」
「お前がヒトと親密に話をしていた、とな。密告というか、警告のようなものだ」
「『……で? 我が親愛なる親父殿は、私が何かしらパクって逃げ出すんじゃないかと思ってると?』」
 声が更に不機嫌と苛立ちを増したのが明らかに分かる。
「そういうことではない。我はそのようなことは一切考えてはいない――が。他の者はそうとは限らないし、お前を蹴落とすために『そうに違いない』と言う者もいるだろう」
「『……』」
「そういった余計な疑念を抱かせるような行動は慎め、ということだ。 ――理解したか?」
「『――へいへい。話はそれだけか?』」
「うむ。次の任務も励むように」
「『るっせ』」
 声が途切れる。
 それを確認してから、ガルガンティエルは長く大きな息を吐き、椅子に身体を沈めた。
「……ヴァーナシエル。我が亡き妻よ。お前が傍に居てくれぬことを今日ほど心細いと思ったことはないやもしれん」
 そんな呟きは、魔界の空気に飲まれて消えた。

●悪魔嬢の物思い
「――はぁ」
 そうしてティエルヴァーナは、本日幾度目かの溜息を吐いた。
 楽しいことを至上とする彼女がそんな気分ということは、当然のようにあらゆることに対するやる気もダダ下がりであることは想像に難くなく。
 正にそれを象徴するように、彼女の忠実な猟犬である『ヘルハウンド』ディアボロ達も、どこかナーバスにゴロゴロと寝転がっていた。
 これが人目に付かない山奥や、冥魔支配地域であればまだよい。
 問題なのは、繁華街やビル街が近くにある、夕暮れになって仕事帰りのサラリーマン達が頻繁に横を通る、とある公園のど真ん中であることだ。
 つまり、人間の生存圏のど真ん中でもある。
「……クソ親父め」
 ヘルハウンドの一匹をベッドにして、不規則に宙を見つめて視線を漂わせるティエルヴァーナ。
 彼女がここにいるのは、先日ゲート作成という仕事を失敗した上司が半ば腹いせに提案した、撃退士を誘き寄せて仕留めるという任務のため。
 しかし唯でさえその上司のせいで先日から不機嫌な彼女が、父親から受けた忠告のせいで更に不機嫌になっている状態。
 そういうわけで、ティエルヴァーナは自分のやる気に鞭打ってどうにかこうにか都市部まで来たものの、結局絶賛サボタージュ中なのであった。
「はー…… どーすっかなー…… 帰りてーけど、何もせずってのはなー……
 ……つーか、魂回収するわけでもねーのに、虐殺って何が楽しいんだ、あのクソ悪魔は……
 あー…… めんどくせえ……」
 そんな呟きは、緑の匂いがする空気に消え。
 遠巻きに彼女を包囲している警察も、見るからに悪魔とディアボロな一団に何が出来るわけでもなく。
 一刻も早く、撃退士の到着を待ち望んでいるのであった。

●退去願い
「――先ず、この依頼は場合によってはかなりの危険が伴うことを念頭に置いて下さい。
 T県I市のある公園に、悪魔が出現しました」
 依頼斡旋所でオペレータを務める少女は、緊急の依頼であると言って集まった生徒に言う。
「場合によっては、って?」
「その悪魔なのですが。こう、なんともやる気無さ気な様子だという話で…… 出現から二十分ほどが経過していますが、何をするでもなく公園に寝転がっているそうです。
 望遠で確認した限りでは、過去二件、出没が確認されている『ティエルヴァーナ』という女性の悪魔で、接触した撃退士の報告によれば、気分屋で、娯楽を優先する性格だとあります。
 とは言え、比較的強力であることが確認されている『ヘルハウンド』ディアボロを計十二匹も従えており。
 別のところでのアクションを待っている、すなわち陽動と言った手合いの行動であることも考えられます。
 皆さんには、可能であれば彼女を退去。交渉ではどうしようもない場合や罠の場合は戦闘の可能性も見据え、行動して頂きたいと思います。
 ただ、民間の方の避難がまだ完全に終わっておらず、悪魔とディアボロが十二匹となりますと、被害の目処が立ちにくいため――戦闘になった場合は増援を派遣しますが、極力避けたいというのが現市長からの要請です。
 ――宜しく、お願い致します」


リプレイ本文

●悪魔嬢との歓談
 ――ティエルヴァーナ、出現から四十分経過。
「あー……」
 吐息が漏れる。
 相変わらず悪魔な彼女は動かない。
 とはいえ。遠巻きに彼女を包囲している人間達の中から、数人がやってくるのは、知覚に捉えていた。
「――よう、邪魔するぜ」
 大胆不敵に掛けられた声。赤坂白秋(ja7030)のものだ。
 ティエルは気怠げに彼を見て、こいつらは――と、その近くに立つ何人かの姿を見る。
「……撃退士、だったよな。誰かと思えば、またお前らか」
 彼女が見たのは、アリーセ・ファウスト(ja8008)、仁科 皓一郎(ja8777)、千堂 騏(ja8900)、七水 散華(ja9239)の四人。
「やあ、ティエル嬢。暇そうだね。わざわざボクに会いに来てくれたって言うなら嬉しいんだけど」
「ちげえよバカ。取り敢えずこっち来い」
「ふふ」
 少し上体を起こしてはアリーセを手招きするティエル。
 基本的に見目の良い女性が好きなのだろう。
 アリーセが歩み寄ると、以前のように抱き寄せては侍らせる。
 そんな様子に、藤咲千尋(ja8564)も目を輝かせる。
「あ、ええと、わたし、藤咲千尋っていうの、ねえねえ、わたしもいいかなっ!!」
「おー、チヒロか。いいぜ、来な」
「やったー!!」
 えへへと来ては、はぐぎゅーっ、とティエルに敵意が無さそうなことを見て遠慮なく抱き着く千尋。
 両腕にそれぞれアリーセと千尋を抱き寄せ抱き着かれながら、ティエルは気怠げな様子から好色な笑みを浮かべつつ、改めて撃退士達に向き直る。
「よっ、おねぃさん。三度目の邂逅だなー。くかかっ、運命なんじゃね?」
「かもな。お前ら、この辺の担当なのか?」
「そーいうわけでもないなー。あ、これやるよ」
「お、気が利くな」
 散華が持ってきていた日本酒を受け取り、ティエルは上機嫌そうに。
「覚えてたンだな。こっちのことなんざ忘れてるかと思ったが」
「私は人の覚えはいい方だぜ。それがいい男といい女なら尚更だ」
 皓一郎の声に答えつつ、ティエルはそうだな、と呟いてから『ヘルハウンド』達を動かす。
 それぞれ一匹ずつ、撃退士達の背後を取るように。
「っと、先に言っとくが、こっちからはあんたとまともにやり合う気はねぇぜ?」
「あー、私の指示がない限り噛み付きゃーしねえから安心しろ。ま、えーと、なんだっけか。座布団? 代わりにでも使え」
 騏の声にティエルは軽く答え、遠慮するな、とばかりに小さく笑みを見せる。
「へえ。それじゃ、失礼して」
 その言葉を受けて、零那(ja0485)もゆっくりとヘルハウンドの身体に背を預ける。
 二メートル近い体格に備わった漆黒の毛並みは思ったより柔らかく、特別変わった匂いもない。
 獣臭くないのはそれで存在を気取られないためだろうか、と零那は想定しつつ。
 「命令さえあれば即座に攻撃してくる」という点を除けば、この場にあるものとしては極上の座りものと言えるだろう。
「凄いふかふかだなぁ。ディアボロとは思えないというか……」
「私の特別製だからな。つっても、お前らにはあんま気分の良い話題でもないか」
 桝本 侑吾(ja8758)に答えた台詞は、ディアボロが基本的に人が魂を抜き取られたその遺体を利用して作られていることからだろう。
「ボクは気にしないけどね」
「私が殺して用意したわけでもないからな。そう言ってくれると気が楽だぜ。 ――ほら、そこのお前もそんな硬っ苦しそうなのに座ってないで」
「きゃっ?」
 御幸浜 霧(ja0751)は、使っている車椅子だけを器用に透過してヘルハウンドがその背に自身を持ち上げたことに驚きの声を上げる。
「あ、ありがとうございます。しかし私は――」
「足が悪ぃんだろ、確か、そういうの使ってる奴は。心配すんな、ここまで来て不意打ちとか興醒めなことはしねえよ。 ――で」
 千尋を撫でながら、ティエルは改めて話題を切り替える。
「用事は何だ? ――つっても、お前ら撃退士からしたら、ひとつかふたつぐらいしかねーだろうが」
「なに。犬の散歩に来たにしちゃ、随分長居してるようだからな」
「そりゃな。直球でいいぜ。ほら、言いたいこと言ってみな」
 白秋の探るような声をあえて両断して、ティエルはアリーセの腰に尻尾を優しく巻きつけながら言う。
 撃退士達は一拍。お互いに軽く視線を交わしてから――
「なんとも面白くねェツラして、お前さんらしくもなかったからな。話聞きついでに、気晴らしにちっと遊ばねェか? とな」
「うむ。そうして寝ていても暇じゃろ? わしらと少し遊ばんかの」
 皓一郎と叢雲 硯(ja7735)の声に、ティエルは少し目を丸くすると、くくっ、と笑った。
「いいぜいいぜ。つっても、殴り合い以外な」
「あん? てめぇにしちゃ珍しいな?」
「当たり前だろ? 殴り合いになったら――」
 騏の声に、ティエルはアリーセと千尋を更にぐっと抱き、好色な笑みを強めて返す。
「こいつらを楽しめねーじゃねえか」
「ふふ、ティエル嬢ったら」
「えへへ」
 抱かれる二人も満更ではなさそうにはぐはぐもふもふとティエルに触れる。
「……なんというか」
「らしい、っちゃあ、らしいな」
「ほんにのう」
「うるせー。私は癒しが欲しいんだ。癒しが。クソ親父とクソ上司に揉まれる身になってみろ」
 撃退士達の何とも言えない様な声に、ティエルは口を尖らせて返す。
「大変だねえ。あ、サンドイッチ食べる?」
「おう。全く―― しかし酒にサンドイッチってのも変な取り合わせだな。まあいいか」
 アリーセ持参のサンドイッチに手を伸ばしつつ、ころころと表情を変えるティエル。
 そんな様子に笑いが漏れ、撃退士達は悪魔とディアボロに囲まれつつも、穏やかな雰囲気で歓談を始めた。

「――しかし、そうなると鬼ごっこの案は無し、か?」
「あん?」
 白秋の上げた声に、ティエルは疑問符で返す。
「いや、遊ぶ、って言ってた案なんだがな――」
 白秋が説明すると、ティエルはやっぱり不満顔。
「却下。大体、鬼が私じゃないのが気に食わない」
「そこかよ!」
「重要だろうが! こいつらを捕まえて剥いていいなら参加しないこともない」
「うわぁ」
 千尋がちょっと引く。でも尻尾が逃さない。
 欲求全開である。流石は悪魔であった。
「……やっぱり、仕事って面倒なのか?」
 侑吾の声に、当たり前だ、とでも言いたげにティエルは日本酒を豪快に口にしつつ、ぷは、と息を吐く。
「今回のは、クソ上司のせいもあるけどな。前の、ほらゲートの時。アレの失敗を挽回するために私に仕事を押し付けてきたんだ」
「なるほどのー。せっかくじゃし目的でも教えてくれんかの? 教えちゃったらもうバレたってことになるから、仕事やらなくても良くないかのっ」
「面白い奴だな。まあいいぜ」
 くっくっと笑っては、硯の質問にティエルはさらりと返す。
「端的に言うと、お前ら撃退士の始末か、牽制のための虐殺、ってところだな。私のワンコをこの都市内でバラバラに暴れさせて――一人から三人ぐらいで分散して退治に来たら私が出ていって各個撃破。纏まってきたら、ちんたら一匹ずつやってる間にとにかく殺しまくってから逃げる、ってな」
「ほほー……」
「なるほどね。人数がいないとどうしようもないね、それだと」
「でも、しなかったんでしょ? なんで?」
「んな面倒くせえことやってられるか。それに私は不意打ちが嫌いなんだ。おまけに唯でさえイライラしてんのに」
 アリーセと千尋を抱く手をちょっとアレなことにしながら、ティエルは憤懣やるかたないといった様子で吐き出す。
「愚痴って吐き出すとすっきりするぜー?」
「おうよ。 ――まったく、親父も親父でヘンなことしか言わねえし。唯でさえ出ねえやる気を削ぐなっつーの!」
 散華の誘いに乗ってか、もはや酔っ払いの風情でずがんっと地面を叩いては叫ぶティエル。
 拳の真下にあった石が微塵に粉砕され、地面が軽くひび割れる。
「お父様、ですか」
「なんだよ。お前も悪魔に血縁があるとか意外とか言うクチか?」
「そういうわけではありませんが…… どのような方なのでしょうか?」
「どのような、って…… ああ、そういや親父はこっちに出てきたことはねーはずだからお前らは知らないか」
 霧の質問に、ティエルは頭を掻いて、どこまで話すか考えるような素振りを見せつつ、口を開く。
「ガルガンティエルっていう、対天使を中心に動いてるのが私の親父だ」
「ほー。強いのか?」
「私が言うのもなんだが、強いぞ。少なくとも私は実戦だろうが決闘だろうが模擬戦だろうが親父が負けたのを見たことがない」
 ふふん、と小さく胸を張る姿は、クソ親父、と少し前に罵っていたのとは裏腹に誇らしげだ。
「ご自慢のお父様なのですね」
「ま、な」
「……? じゃあ、なんでクソ親父って?」
「こともあろうに、この私を裏切り者候補扱いしやがったからだ」
 むすー、と。
 侑吾の疑問に一転して表情を変えながら、ぶつくさ、とティエルは語る。
 撃退士達の間でもそこはかとなく噂され知られている、あの亡命の話。
 それがあったが故に、冥魔側では少しばかり敏感なのだという。
「なるほど、ね」
「じゃあ、今こうして話しているのも不味いんじゃねぇのか?」
「……まーな」
 少し声のトーンが落ちる。
「迷ってるの?」
「そうかもな」
 千尋の頭を遠慮なく撫でながら、何とも言えない顔をするティエル。
「アンタにしちゃあ、珍しい感じだな」
「るっさい。私だって色々あるんだよ」
 けっ、と言ってティエルは皓一郎の煙草を奪い取っては一息分吸って、ぶぉ、と彼に煙を吹き付ける。
 何とも言えない顔をする皓一郎を見て笑って、そんなティエルに、ヘルハウンドを撫でながら傍観に徹していた零那は正直な感想を漏らす。
「ふーん…悪魔、ねぇ…人と、変わんないじゃん?」
「だからお前らは私をなんだと思ってんだ。根本的なところはあんま変わんねえと思うぞ」
 姿形は色々あるけどな、と付け足しつつも。
 ティエルはやれやれ、と言いたげに肩を竦め、アリーセの髪を戯れに撫でる。
「仕事はしたくないが、親父殿に疑われたまま――と言うよりかは、迷惑を掛けているのは困る、というところかの」
「……はぁ。そういうしがらみって、人間社会も悪魔社会も大して変わらないんだねぇ。めんどくさい」
「そんなに嫌ならてきとーに『やってます』な振りでやり過ごせばいーじゃん。天使みてーに規則第一じゃねーんだろー? 悪魔って」
「そーいうのは私が嫌いだ」
 散華にそう突っ返すティエルを見て、撃退士達は把握する。
 この悪魔嬢、完璧なぐらいにワガママ娘で、恐らくは父親の保護の元に大切に育てられてきたのだろうと。
「ねえ、ティエルちゃんの家族ってどんな人?」
 撫でられながら千尋が放った質問に、んあ? と生返事を返しながら、ティエルは少し変な顔。
「だから親父は――」
「親父さんのこともそうだが、藤咲が聞きたいのはお袋さんのことじゃないのか?」
「そうそう。ハクさんその通り」
「お袋? あー…… 母さんねえ」
 白秋と千尋の連携に、んー、あー、と唸って少し。
 ティエルは再び声のトーンを落としながら。
「母さんのことはよく知らねえんだよな」
「え? どうして?」
「私が物心つく前に天使どもとの戦争で殺られちまったらしい。親父曰く、私は母さんにすげー似てるらしいけどな」
「そ、そうなんだ。ごめんなさい」
「謝ることじゃねーっての」
 千尋をはぐはぐと仕返しながら、ティエルは心なしか少し寂しげに笑う。
「……ま、そういうことなら、親父さんには迷惑掛けねえ方がいいんじゃないか?」
「……そうかもな。あー、よし」
 白秋の言葉を受けて、ティエルはがりがりと頭を掻き、ひとつ頷く。

 アリーセと千尋を解放し、腰を上げて。
「お前ら一旦帰れ。私も一旦向こうに戻ってから出直す」
「出直す、ですか」
「おう。ま、出直す時はこの辺りに出てきてやるから安心しろ」
 暗に、お前らも出てこいよ、とティエルは霧に笑って言う。
「しかし、何もせずに帰って大丈夫なのかの?」
「あー。まあ何とかなるだろ。ぶっちゃけ戻ったところで親父に何言うかもまだ決めてねえが」
 からから笑うティエル。
 零那もヘルハウンドの背をぽふぽふと叩きながら腰を上げ、ぽつりと漏らすように、しかしはっきりと言う。
「正直、どう、考えて、どう、生きるかは、自分次第じゃないの?」
「そうだな。どうしてもてめぇの好きなようにしたいなら、親父とは関係ねえ、って言い切っちまえ」
 騏のそんな台詞は、自身の経験からでもあるのだろう。
「は、言いやがる。つーかお前らもいいのかよ。私を仕留めてこいとか言われてるんじゃねえのか? 本当のところは」
「いいや。お前さんがあんまりにも面白くねえ顔してたからだな。そうだな、あえて言うなら、トモダチ、になんねェか? ってところか」
「そうじゃな。折角こうして知り合えて、話もしたんじゃ。例え敵同士でも友達というのは、無理ではなかろう?」
「うんっ!! 私もティエルちゃんとお友達になりたい!!」
「トモダチ、ね」
 皓一郎と硯、そして千尋の言葉に、そういうの好きそうだよなお前ら、と見て。
 一拍置いて、ティエルは腕を組み直して、にぃ、と笑んで言う。
「ティエルヴァーナだ。お前らは知ってそうだが、こういうのは改めて私の口から名乗っとくべきだろ?」
 改めての自己紹介。
 それを了承と見て、撃退士達も改めてそれに倣う。
「……零那」
「御幸浜・霧と申します」
「夏の青空のような爽やかなイケメン、赤坂・白秋だ!」
「叢雲・硯じゃ、ふふ、宜しくの」
「くすくす。アリーセ・ファウストだよ」
「藤咲・千尋だよっ、よろしくね、ティエルちゃん!!」
「桝本・侑吾。宜しく」
「そーいや、こっちも三回目なのに言ってなかったか。仁科・皓一郎だ」
「騏だ。千堂・騏」
「七水・散華っつー。よろしく、おねーさん」
 口々の自己紹介。
 途中ひとつ変な顔をしつつも、ティエルヴァーナは頷く。
「よし、覚えたぜ。 ――ま、なんだ。次は殺り合うことになっても、宜しく頼むぜ」
 笑むその顔に、嫌味なところはない。
 互いに悔いのない、面白い殴り合いが出来ればいい、そんな顔。
「ふふ、こちらも望むところじゃ。 ――そうじゃな、記念にこれでも受け取っておいて貰えんかの」
「ん? お守りか? ――いいぜ。楽しくやろうっていう証明書みたいなもんだな」
「うむ、それで構わぬ」
 硯から友情のお守りを受けとって一つ。胸元に落とし込んで、ティエルは合図をひとつ。
 ヘルハウンド達が立ち上がり、霧を車椅子に丁寧に戻しつつ、地面へ溶けるように消える。
「それじゃあ、またな」
 最後にひとつ手を振って、ティエルはばさりと夕焼けの空に飛び立っていったのであった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: Queen’s Pawn・アリーセ・ファウスト(ja8008)
 輝く未来の訪れ願う・櫟 千尋(ja8564)
 気だるげな盾・仁科 皓一郎(ja8777)
 告解聴者・七水 散華(ja9239)
重体: −
面白かった!:5人

撃退士・
卯左見 零那(ja0485)

大学部8年313組 女 インフィルトレイター
意外と大きい・
御幸浜 霧(ja0751)

大学部4年263組 女 アストラルヴァンガード
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
身を滅ぼした食欲・
叢雲 硯(ja7735)

大学部5年288組 女 アストラルヴァンガード
Queen’s Pawn・
アリーセ・ファウスト(ja8008)

大学部6年79組 女 ダアト
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
我が身不退転・
桝本 侑吾(ja8758)

卒業 男 ルインズブレイド
気だるげな盾・
仁科 皓一郎(ja8777)

卒業 男 ディバインナイト
撃退士・
千堂 騏(ja8900)

大学部6年309組 男 阿修羅
告解聴者・
七水 散華(ja9239)

大学部2年116組 男 阿修羅