●悪魔嬢との歓談
――ティエルヴァーナ、出現から四十分経過。
「あー……」
吐息が漏れる。
相変わらず悪魔な彼女は動かない。
とはいえ。遠巻きに彼女を包囲している人間達の中から、数人がやってくるのは、知覚に捉えていた。
「――よう、邪魔するぜ」
大胆不敵に掛けられた声。赤坂白秋(
ja7030)のものだ。
ティエルは気怠げに彼を見て、こいつらは――と、その近くに立つ何人かの姿を見る。
「……撃退士、だったよな。誰かと思えば、またお前らか」
彼女が見たのは、アリーセ・ファウスト(
ja8008)、仁科 皓一郎(
ja8777)、千堂 騏(
ja8900)、七水 散華(
ja9239)の四人。
「やあ、ティエル嬢。暇そうだね。わざわざボクに会いに来てくれたって言うなら嬉しいんだけど」
「ちげえよバカ。取り敢えずこっち来い」
「ふふ」
少し上体を起こしてはアリーセを手招きするティエル。
基本的に見目の良い女性が好きなのだろう。
アリーセが歩み寄ると、以前のように抱き寄せては侍らせる。
そんな様子に、藤咲千尋(
ja8564)も目を輝かせる。
「あ、ええと、わたし、藤咲千尋っていうの、ねえねえ、わたしもいいかなっ!!」
「おー、チヒロか。いいぜ、来な」
「やったー!!」
えへへと来ては、はぐぎゅーっ、とティエルに敵意が無さそうなことを見て遠慮なく抱き着く千尋。
両腕にそれぞれアリーセと千尋を抱き寄せ抱き着かれながら、ティエルは気怠げな様子から好色な笑みを浮かべつつ、改めて撃退士達に向き直る。
「よっ、おねぃさん。三度目の邂逅だなー。くかかっ、運命なんじゃね?」
「かもな。お前ら、この辺の担当なのか?」
「そーいうわけでもないなー。あ、これやるよ」
「お、気が利くな」
散華が持ってきていた日本酒を受け取り、ティエルは上機嫌そうに。
「覚えてたンだな。こっちのことなんざ忘れてるかと思ったが」
「私は人の覚えはいい方だぜ。それがいい男といい女なら尚更だ」
皓一郎の声に答えつつ、ティエルはそうだな、と呟いてから『ヘルハウンド』達を動かす。
それぞれ一匹ずつ、撃退士達の背後を取るように。
「っと、先に言っとくが、こっちからはあんたとまともにやり合う気はねぇぜ?」
「あー、私の指示がない限り噛み付きゃーしねえから安心しろ。ま、えーと、なんだっけか。座布団? 代わりにでも使え」
騏の声にティエルは軽く答え、遠慮するな、とばかりに小さく笑みを見せる。
「へえ。それじゃ、失礼して」
その言葉を受けて、零那(
ja0485)もゆっくりとヘルハウンドの身体に背を預ける。
二メートル近い体格に備わった漆黒の毛並みは思ったより柔らかく、特別変わった匂いもない。
獣臭くないのはそれで存在を気取られないためだろうか、と零那は想定しつつ。
「命令さえあれば即座に攻撃してくる」という点を除けば、この場にあるものとしては極上の座りものと言えるだろう。
「凄いふかふかだなぁ。ディアボロとは思えないというか……」
「私の特別製だからな。つっても、お前らにはあんま気分の良い話題でもないか」
桝本 侑吾(
ja8758)に答えた台詞は、ディアボロが基本的に人が魂を抜き取られたその遺体を利用して作られていることからだろう。
「ボクは気にしないけどね」
「私が殺して用意したわけでもないからな。そう言ってくれると気が楽だぜ。 ――ほら、そこのお前もそんな硬っ苦しそうなのに座ってないで」
「きゃっ?」
御幸浜 霧(
ja0751)は、使っている車椅子だけを器用に透過してヘルハウンドがその背に自身を持ち上げたことに驚きの声を上げる。
「あ、ありがとうございます。しかし私は――」
「足が悪ぃんだろ、確か、そういうの使ってる奴は。心配すんな、ここまで来て不意打ちとか興醒めなことはしねえよ。 ――で」
千尋を撫でながら、ティエルは改めて話題を切り替える。
「用事は何だ? ――つっても、お前ら撃退士からしたら、ひとつかふたつぐらいしかねーだろうが」
「なに。犬の散歩に来たにしちゃ、随分長居してるようだからな」
「そりゃな。直球でいいぜ。ほら、言いたいこと言ってみな」
白秋の探るような声をあえて両断して、ティエルはアリーセの腰に尻尾を優しく巻きつけながら言う。
撃退士達は一拍。お互いに軽く視線を交わしてから――
「なんとも面白くねェツラして、お前さんらしくもなかったからな。話聞きついでに、気晴らしにちっと遊ばねェか? とな」
「うむ。そうして寝ていても暇じゃろ? わしらと少し遊ばんかの」
皓一郎と叢雲 硯(
ja7735)の声に、ティエルは少し目を丸くすると、くくっ、と笑った。
「いいぜいいぜ。つっても、殴り合い以外な」
「あん? てめぇにしちゃ珍しいな?」
「当たり前だろ? 殴り合いになったら――」
騏の声に、ティエルはアリーセと千尋を更にぐっと抱き、好色な笑みを強めて返す。
「こいつらを楽しめねーじゃねえか」
「ふふ、ティエル嬢ったら」
「えへへ」
抱かれる二人も満更ではなさそうにはぐはぐもふもふとティエルに触れる。
「……なんというか」
「らしい、っちゃあ、らしいな」
「ほんにのう」
「うるせー。私は癒しが欲しいんだ。癒しが。クソ親父とクソ上司に揉まれる身になってみろ」
撃退士達の何とも言えない様な声に、ティエルは口を尖らせて返す。
「大変だねえ。あ、サンドイッチ食べる?」
「おう。全く―― しかし酒にサンドイッチってのも変な取り合わせだな。まあいいか」
アリーセ持参のサンドイッチに手を伸ばしつつ、ころころと表情を変えるティエル。
そんな様子に笑いが漏れ、撃退士達は悪魔とディアボロに囲まれつつも、穏やかな雰囲気で歓談を始めた。
「――しかし、そうなると鬼ごっこの案は無し、か?」
「あん?」
白秋の上げた声に、ティエルは疑問符で返す。
「いや、遊ぶ、って言ってた案なんだがな――」
白秋が説明すると、ティエルはやっぱり不満顔。
「却下。大体、鬼が私じゃないのが気に食わない」
「そこかよ!」
「重要だろうが! こいつらを捕まえて剥いていいなら参加しないこともない」
「うわぁ」
千尋がちょっと引く。でも尻尾が逃さない。
欲求全開である。流石は悪魔であった。
「……やっぱり、仕事って面倒なのか?」
侑吾の声に、当たり前だ、とでも言いたげにティエルは日本酒を豪快に口にしつつ、ぷは、と息を吐く。
「今回のは、クソ上司のせいもあるけどな。前の、ほらゲートの時。アレの失敗を挽回するために私に仕事を押し付けてきたんだ」
「なるほどのー。せっかくじゃし目的でも教えてくれんかの? 教えちゃったらもうバレたってことになるから、仕事やらなくても良くないかのっ」
「面白い奴だな。まあいいぜ」
くっくっと笑っては、硯の質問にティエルはさらりと返す。
「端的に言うと、お前ら撃退士の始末か、牽制のための虐殺、ってところだな。私のワンコをこの都市内でバラバラに暴れさせて――一人から三人ぐらいで分散して退治に来たら私が出ていって各個撃破。纏まってきたら、ちんたら一匹ずつやってる間にとにかく殺しまくってから逃げる、ってな」
「ほほー……」
「なるほどね。人数がいないとどうしようもないね、それだと」
「でも、しなかったんでしょ? なんで?」
「んな面倒くせえことやってられるか。それに私は不意打ちが嫌いなんだ。おまけに唯でさえイライラしてんのに」
アリーセと千尋を抱く手をちょっとアレなことにしながら、ティエルは憤懣やるかたないといった様子で吐き出す。
「愚痴って吐き出すとすっきりするぜー?」
「おうよ。 ――まったく、親父も親父でヘンなことしか言わねえし。唯でさえ出ねえやる気を削ぐなっつーの!」
散華の誘いに乗ってか、もはや酔っ払いの風情でずがんっと地面を叩いては叫ぶティエル。
拳の真下にあった石が微塵に粉砕され、地面が軽くひび割れる。
「お父様、ですか」
「なんだよ。お前も悪魔に血縁があるとか意外とか言うクチか?」
「そういうわけではありませんが…… どのような方なのでしょうか?」
「どのような、って…… ああ、そういや親父はこっちに出てきたことはねーはずだからお前らは知らないか」
霧の質問に、ティエルは頭を掻いて、どこまで話すか考えるような素振りを見せつつ、口を開く。
「ガルガンティエルっていう、対天使を中心に動いてるのが私の親父だ」
「ほー。強いのか?」
「私が言うのもなんだが、強いぞ。少なくとも私は実戦だろうが決闘だろうが模擬戦だろうが親父が負けたのを見たことがない」
ふふん、と小さく胸を張る姿は、クソ親父、と少し前に罵っていたのとは裏腹に誇らしげだ。
「ご自慢のお父様なのですね」
「ま、な」
「……? じゃあ、なんでクソ親父って?」
「こともあろうに、この私を裏切り者候補扱いしやがったからだ」
むすー、と。
侑吾の疑問に一転して表情を変えながら、ぶつくさ、とティエルは語る。
撃退士達の間でもそこはかとなく噂され知られている、あの亡命の話。
それがあったが故に、冥魔側では少しばかり敏感なのだという。
「なるほど、ね」
「じゃあ、今こうして話しているのも不味いんじゃねぇのか?」
「……まーな」
少し声のトーンが落ちる。
「迷ってるの?」
「そうかもな」
千尋の頭を遠慮なく撫でながら、何とも言えない顔をするティエル。
「アンタにしちゃあ、珍しい感じだな」
「るっさい。私だって色々あるんだよ」
けっ、と言ってティエルは皓一郎の煙草を奪い取っては一息分吸って、ぶぉ、と彼に煙を吹き付ける。
何とも言えない顔をする皓一郎を見て笑って、そんなティエルに、ヘルハウンドを撫でながら傍観に徹していた零那は正直な感想を漏らす。
「ふーん…悪魔、ねぇ…人と、変わんないじゃん?」
「だからお前らは私をなんだと思ってんだ。根本的なところはあんま変わんねえと思うぞ」
姿形は色々あるけどな、と付け足しつつも。
ティエルはやれやれ、と言いたげに肩を竦め、アリーセの髪を戯れに撫でる。
「仕事はしたくないが、親父殿に疑われたまま――と言うよりかは、迷惑を掛けているのは困る、というところかの」
「……はぁ。そういうしがらみって、人間社会も悪魔社会も大して変わらないんだねぇ。めんどくさい」
「そんなに嫌ならてきとーに『やってます』な振りでやり過ごせばいーじゃん。天使みてーに規則第一じゃねーんだろー? 悪魔って」
「そーいうのは私が嫌いだ」
散華にそう突っ返すティエルを見て、撃退士達は把握する。
この悪魔嬢、完璧なぐらいにワガママ娘で、恐らくは父親の保護の元に大切に育てられてきたのだろうと。
「ねえ、ティエルちゃんの家族ってどんな人?」
撫でられながら千尋が放った質問に、んあ? と生返事を返しながら、ティエルは少し変な顔。
「だから親父は――」
「親父さんのこともそうだが、藤咲が聞きたいのはお袋さんのことじゃないのか?」
「そうそう。ハクさんその通り」
「お袋? あー…… 母さんねえ」
白秋と千尋の連携に、んー、あー、と唸って少し。
ティエルは再び声のトーンを落としながら。
「母さんのことはよく知らねえんだよな」
「え? どうして?」
「私が物心つく前に天使どもとの戦争で殺られちまったらしい。親父曰く、私は母さんにすげー似てるらしいけどな」
「そ、そうなんだ。ごめんなさい」
「謝ることじゃねーっての」
千尋をはぐはぐと仕返しながら、ティエルは心なしか少し寂しげに笑う。
「……ま、そういうことなら、親父さんには迷惑掛けねえ方がいいんじゃないか?」
「……そうかもな。あー、よし」
白秋の言葉を受けて、ティエルはがりがりと頭を掻き、ひとつ頷く。
アリーセと千尋を解放し、腰を上げて。
「お前ら一旦帰れ。私も一旦向こうに戻ってから出直す」
「出直す、ですか」
「おう。ま、出直す時はこの辺りに出てきてやるから安心しろ」
暗に、お前らも出てこいよ、とティエルは霧に笑って言う。
「しかし、何もせずに帰って大丈夫なのかの?」
「あー。まあ何とかなるだろ。ぶっちゃけ戻ったところで親父に何言うかもまだ決めてねえが」
からから笑うティエル。
零那もヘルハウンドの背をぽふぽふと叩きながら腰を上げ、ぽつりと漏らすように、しかしはっきりと言う。
「正直、どう、考えて、どう、生きるかは、自分次第じゃないの?」
「そうだな。どうしてもてめぇの好きなようにしたいなら、親父とは関係ねえ、って言い切っちまえ」
騏のそんな台詞は、自身の経験からでもあるのだろう。
「は、言いやがる。つーかお前らもいいのかよ。私を仕留めてこいとか言われてるんじゃねえのか? 本当のところは」
「いいや。お前さんがあんまりにも面白くねえ顔してたからだな。そうだな、あえて言うなら、トモダチ、になんねェか? ってところか」
「そうじゃな。折角こうして知り合えて、話もしたんじゃ。例え敵同士でも友達というのは、無理ではなかろう?」
「うんっ!! 私もティエルちゃんとお友達になりたい!!」
「トモダチ、ね」
皓一郎と硯、そして千尋の言葉に、そういうの好きそうだよなお前ら、と見て。
一拍置いて、ティエルは腕を組み直して、にぃ、と笑んで言う。
「ティエルヴァーナだ。お前らは知ってそうだが、こういうのは改めて私の口から名乗っとくべきだろ?」
改めての自己紹介。
それを了承と見て、撃退士達も改めてそれに倣う。
「……零那」
「御幸浜・霧と申します」
「夏の青空のような爽やかなイケメン、赤坂・白秋だ!」
「叢雲・硯じゃ、ふふ、宜しくの」
「くすくす。アリーセ・ファウストだよ」
「藤咲・千尋だよっ、よろしくね、ティエルちゃん!!」
「桝本・侑吾。宜しく」
「そーいや、こっちも三回目なのに言ってなかったか。仁科・皓一郎だ」
「騏だ。千堂・騏」
「七水・散華っつー。よろしく、おねーさん」
口々の自己紹介。
途中ひとつ変な顔をしつつも、ティエルヴァーナは頷く。
「よし、覚えたぜ。 ――ま、なんだ。次は殺り合うことになっても、宜しく頼むぜ」
笑むその顔に、嫌味なところはない。
互いに悔いのない、面白い殴り合いが出来ればいい、そんな顔。
「ふふ、こちらも望むところじゃ。 ――そうじゃな、記念にこれでも受け取っておいて貰えんかの」
「ん? お守りか? ――いいぜ。楽しくやろうっていう証明書みたいなもんだな」
「うむ、それで構わぬ」
硯から友情のお守りを受けとって一つ。胸元に落とし込んで、ティエルは合図をひとつ。
ヘルハウンド達が立ち上がり、霧を車椅子に丁寧に戻しつつ、地面へ溶けるように消える。
「それじゃあ、またな」
最後にひとつ手を振って、ティエルはばさりと夕焼けの空に飛び立っていったのであった。