●初動
「――来た」
猟銃を抱えて、室外機の影で背を預けていた猟師風の男――ヴァニタス『BM』がそう声を上げる。
「分かるのかい?」
声は小さな影から。
「いや、確実じゃないけどね。一般人らしくない行動を取ってるのがいる」
「ふぅん?」
「一人二人だけで来たわけじゃないはずだ。ご主人様、ワーベアはもう出せるのかい?」
「そろそろ行けるよ」
「じゃあ、街の真ん中辺りに頼む。彼らによく見えるようにね」
言って、BMは腰を上げる。
「さて、正念場だね」
そこに浮かんでいるのは、笑み。
「――緊急事態です。大通り交差点に『ワーベア』ディアボロと思しき怪物が二体出現。直ちに対処をお願いします」
「何っ?」
街に到着した撃退士達を最初に迎えたのは、そんなオペレータからの声。
「プローブ退治がメインと聞いていたが…… やはり、楽はさせてくれぬか」
「仕方ないわね……! 新手が出てきたようよっ! ワーベア対処に当たる人は一緒に行きましょう!」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)の呟きに応じるようにして、橘 和美(
ja2868)声を上げる。
予め立てていた作戦を一部放棄。
撃退士達は二手に分かれ、アスファルトの上を低く飛ぶようにして、オペレータからの指示通りに急行する。
「……いたっ!」
霧原 沙希(
ja3448)が『ワーベア』の姿を目にし、報告。
開けた交差点の中。逃げ遅れた一般人達に丸太のような腕と爪を振り回さんとしている熊の怪物が二体、確かにいる。
「――あそこでは、戦うには不利です。ポイントCへ誘導しましょう!」
「あいわかった。虎綱・ガーフィールド、参る!」
御堂・玲獅(
ja0388)の指示に応じ、虎綱がまず駆ける。
残像を伴う電光石火の速度で駆け、逃げる一般人を追うワーベアの背中にそれぞれアウルの術撃を一発。
「主らの相手はこちらだ!」
すぐさま引く。
物陰から物陰へと。ワーベアはその巨体ながら透過を使い、見合わぬ速度で虎綱を追う。
目指すはビルとビルの合間、細めの路地。
「橘殿、霧原殿、任せるで御座るよ!」
「――勿論っ、一気に行かせてもらうわよっ!」
虎綱の背中に追い縋る二体。
彼が身を翻すと同時、和美の放った衝撃波が二体を同時に薙ぐ。
「……あぁあっ!」
叫びながら、沙希も一撃。
小さな黒い影となって、下段からワーベアの腹に鋭い黒曜の蹴りをめり込ませる。
「避難は!」
「この辺りはひと通り。多少暴れても大丈夫です!」
虎綱が誘導に先行していた間、戦闘予定区域で避難を促していた玲獅も一発。
細腕で散弾銃を手に、蹴り掛かりに向かう和美と沙希の影から正確な照準で散弾をワーベアの胴体へと叩き込む。
しかし、熊を形取っているだけはある。
待ちの姿勢から立て続けに打ち込まれた怒涛の攻撃を物ともせず、ワーベアはその腕を振り回し、隙あれば和美と沙希を組み伏せようとしてくる。
捕まれば大怪我では済むまい。
「全く、大物で御座るな……!」
虎綱もワーベアの攻撃に合わせ、それを阻害するように一撃二撃。
注意を引くには至らないが、確実にその一瞬の鈍りの助けを得て、和美と沙希は致命の一撃を回避する。
「や、あっ!」
「……っ!」
胴蹴り。足払い、踵落とし。滑り込んでからのサマーソルト。
大振りの攻撃を往なしながら、二人は的確にカウンターを叩き込んでいく。
それでも全く怯まないワーベアの攻撃に、ダメージは拭えない。
「っ、く!」
最初に重い一撃を受けたのは沙希。
カウンター気味に放たれた熊手の一発で脇を切り裂かれた上に強く弾き飛ばされ、たたらを踏む。
「回復、入ります!」
すぐさま玲獅が射撃を中断。
癒しのアウルを練り、輝きを放つ光を沙希に向けて放射する。
――瞬間、それを待っていたかのように。
「――っあっ!?」
びしっ! と小さくも強烈な無音の一撃が、玲獅の頭を揺さぶって、打ち倒した。
「っ、御堂さんっ!」
「霧原殿、前!」
「っ!」
辛うじて届いた癒しの光を受け、沙希はワーベアの追撃を回避し、お返しとばかりにカウンターで一撃を叩き込む。
虎綱は狙撃を警戒しながら玲獅を素早く抱き抱え、物陰へ。
「くっ!」
瞬間、びしっ! と虎綱が一瞬足を着いていたアスファルトを次弾が抉った。
●確殺に至らず
「――こんなものかな」
「止めは差しに行かなくていいのかい? あれだと一時昏倒ぐらいじゃないのかな」
ビルの非常階段の影から、BMが素早く身を隠しながら言う。
「無理だ。あの物影は狙撃ポイントのどこからも外れてる。それに――さっきからプローブを始末しながら狙撃ポイントを潰してこっちに近づいてるのが一人」
あらぬ方向を、ビルの壁を見通すように呟き。
「……それと、確信はないけれど、多分もう一人。計二人がこっちを探してる。見つかる前に逃げたいね」
己の主人の声に応えながら、BMは一跳躍。
ビルの屋上に上り、隣のビルへ跳ぶ。
「プローブの特徴に気付いたんだろう。結構な勢いで潰されている。お陰で天使の動向を捉え切れないな……」
「一発叩き込むのは無理そうかい?」
「難しいね。期待には添えれそうにないな――」
声を途切れさせる。
BMは着地すぐの足を止め、警戒するように物陰へ銃口を。
「――そこか」
言うと同時、どんっ! と一発を放った。
がぁん! と小爆発が照準の先、給水タンクの影で炸裂する。
その寸前、跳び出した影――秋月 玄太郎(
ja3789)が、苦無を宙に走らせる。
「ち」
BMは猟銃のストックでそれを往なし、立て続けに発砲。
今度は無音の一撃が空気を貫き、玄太郎の二の腕を掠める。
「く」
玄太郎は室外機の影へ。
BMも看板の柱の影に身を隠し、弾丸を装填する。
「さっきからプローブを始末しながら近付いてくる人とは別に誰か追ってきている気がしたんだが――君だな?」
BMの声。玄太郎はその声でBMの大体の位置を掴みつつ、返す。
「だったらどうした」
「いや――よくやると思ってね。忍び近付かれるのはやはり怖いものだと再認識したところだよ」
じゃき、と装填完了の音が両者の間に響く。
静寂は一瞬。
素早く跳び出したBMが、正確に玄太郎の隠れている影を吹き飛ばすように一撃。
それを紙一重で躱した玄太郎は、爆風を利用して大きくステップ。BMの影を狙って風の刃を投射。
BMはそれを受けながらも下がり、玄太郎が追撃を繰り出したところで屋上の縁からひらりと身を翻した。
「っ」
慌てて追い――びしっ! と無音の一発が縁を打った衝撃に、僅かに身を隠す。
その隙にBMは別のビルの非常階段から扉を透過して中へ。
「――ただ追うのは不利か」
玄太郎はBM発見の追報をマイクに告げると、自らも屋上の縁から飛び降りた。
●瞳殺し
「はい、はい――了解です」
ワーベア出現の報により、格段に人の姿が少なくなったビルの路地。
レイラ(
ja0365)は口元のマイクに向けて応答しながら、す、と拳銃を構える。
狙うは街路樹に停まっている、小さな烏にも似た黒い小鳥。
――びし、と一発。
小さなアウルの弾丸が黒い小鳥を吹き飛ばすと、それはアスファルトの上に落ちる前に、塵のように崩れて消える。
それを確認して、レイラは物陰から出た。
「秋月君はBMを付かず離れずで追ってるって。今、天野君達の方もプローブを片付けながら回り込めるよう動いてるみたい」
駆ける傍ら、通信の向こうから聞こえてくる声は因幡 良子(
ja8039)の声だ。
「御堂さんと作った地図は役に立っていますか?」
「うん、あれで何とか追えてるねみたいだね。レイラちゃんの方はどう?」
「今、再び一体――これで三十体ほどになります」
路地裏に集まっている鳩の群れを発見すると、レイラは用意しておいたポテチの粉を撒く。
殆どが寄っては食べ始める中、全く反応しない黒い鳩が二体。
それを素早く撃ち抜くと、やはり死体は塵のようになって消える。
「二体――因幡さんは?」
「よ、っと。 ――よし。うん、こっちも今一体。二十ちょっとかな。真っ黒、に例外はあった?」
通信の向こうで、良子は小石を投擲。
見事に透過して躱した黒猫を追って叩きのめし、塵にする。
「いえ。因幡さんの発見した通りですね」
「それなら良かった。こっちでも何か分かったら追って知らせるから、レイラちゃんも宜しくね」
「畏まりました」
「橘ちゃん達の方は、ワーベアを一体片付けて、残る一体も順調みたいだし。御堂ちゃんが撃たれたけど、命に別状はないって――」
そこまで良子が言った瞬間。
「――天使と思しき一名と遭遇。場所は東第三ビルの――ちっ!?」
天野 声(
ja7513)の声が通信に割り込み、途切れる。
後に響くのは――破裂、炸裂。衝撃、咆哮。
空気が焼かれ、薙ぎ払われるような戦闘音――
●天使の策略
「――おおおぉおおぉおッ!」
咆哮と共に跳ぶ青と赤の輝き――ファング・クラウド(
ja7828)が、轟音と共に光の残像を穿つ。
「執拗な」
天使と思しきスーツ姿の男は、白い燐光をまき散らしてファングの猛攻を躱しつつ、光を纏わせた腕を一閃。
そこから三発の矢を生み出し、声を狙う。
「く……!」
一発を鎌で弾き、一発を回避。
しかし時間差で放たれた一発が命中、爆発。
漆黒の光纏が焼かれるように霧散し、衝撃に煽られ、声はたたらを踏む。
「――流石。黒助、大丈夫か?」
「ああ、なんとか……!」
けほ、と息を整えつつ、一歩下がったところで着いていた膝を上げるのは白夜 雪月(
ja7754)。
三名でプローブを殲滅しながらのBMを追う際に起こった、天使一名との突発的な遭遇。
その出会い頭に放たれた輝ける一撃を辛うじて受け止めた雪月は、吐き出せられた息を三呼吸で肺に戻し、戦線に復帰する。
「お返しだ……!」
適切に距離を詰めながら、両手の拳銃から弾丸を乱射。
天使の男は弾丸の軌道を惑わすように光を撒き散らすも、ファングの吶喊と声の鎌の一閃を同時には捌き切れなかったのか、僅かに被弾する。
「く、人間如きが――」
「見下してんじゃねえええええ!」
放たれる光の刃の中、ずがんっ! と一撃。
天使の反撃による被弾を物ともせず、ファングが天使の光の防壁に杭打ちの一発を見舞う。
硝子がひび割れるような音と共に、舞い散る光。
「ぬ――離れろ!」
「危ない!」
ファングに向かって放たれた輝ける拳の一撃に、雪月のアウルの翼が割って入る。
衝突、破砕、霧散。
アウルを大きく損ないながらも、雪月は怯まない。
「く――仲間の血は流させない……! 俺の身に変えても!」
「おぉおおおッ! もっとだ! もっと! もっと輝けぇええッッ!」
咆哮に応え、ファングのアウルが唸りを上げ、青い雷光と共に更なる一撃を生み出す。
衝突、衝撃。
ずがんっ! と三度放たれた雷撃の杭が天使の防壁を正確に捉え、穿つ。
「貰った――!」
声がそこへ接近。
腕を振るい、伸びた銀糸が天使を打ちのめす――!
「っ、その程度――!」
だが、天使の男は、そこから更に輝きを増す。
片手の一閃で爆発する光を生み出し、ファングを一撃。
もう片腕に光を纏わせ、強烈に叩き付けられた銀糸を見事に往なし、払う。
同時、そこから横一閃と放たれた光の刃が、声と雪月を退けた。
「がっ……!」
「く……!」
吹き飛ばされてはビルのショーウィンドウを粉砕して崩れ落ちるファング。
短時間で猛燃焼を続け、力任せに攻撃を受け止め続けた故に、アウルが限界に近いのだろう。
声と雪月も致命傷ではないものの、ファングがやられてしまった以上、天使の男に仕掛ける機会を逸していた。
「――ち。まあいい。礼を言うぞ、人間。お前達のお陰で、かなりやりやすくなりそうだ」
天使の男はそう言って、ゆっくりと後退する。
「く、待て……!」
その声を聞かず。
天使の男は近くのビルの壁の中へ、ゆっくりと溶けるように消えた。
「――大丈夫?」
一拍。
路地の一つから駆けてきた良子が、まず声と雪月に合流する。
「俺達は大丈夫だ。それより、クラウドを」
「分かったっ」
頷き一つ。良子はショーウィンドウの中に沈んでいるファングを抱え運ぶ。
治癒のアウルを放射して、何とか問題ない範囲まで傷を癒していく。
「取り逃がしてしまいましたか…… 面目ありません」
「大丈夫、一応、逃げる寸前で写真は撮れたから」
雪月の声に、良子はデジタルカメラを片手にウィンクで見せる。
「さっき秋月君から連絡があって、BMは市外の方まで逃げたみたい。橘さん達の方も――」
「――天野殿、白夜殿、クラウド殿、大丈夫で御座るか!」
ざっ、と跳んで現れたのは虎綱。
天使発見の一報を受けて先んじて来たのだろう。
「大丈夫だよ。逃げられてしまったが、因幡が顔を撮った」
「おお、因幡殿も」
「ぶい。ガーフィールド君の方はどう?」
「ワーベアは片付いて、こちらに向かっているところであるが…… 一歩遅れてしまったようで御座るな」
「ううん、もっといい方法があったような気はするけど、取り敢えずは良し、かな?」
「そうだな…… くそ。天使の野郎め」
毒を吐いて、声は天使が消えていったビルの壁を睨む。
玄太郎に追われ、またプローブを多量に破壊されたことにより、BMは撤退。
天使も撃退には至らなかったものの、その姿を捉えることによって、牽制とした。
しかし数週間の後、この街に小規模な天使のゲートが出現したという報を、撃退士達は耳にすることになる。
その攻略に彼らの姿もあったというが、それはまた、別の話――