●プレイボール
夏の日差しが燦々と降り注ぐある日。
「ええっと…… では、これより球技大会種目、ノックアウト競争を行います」
久遠ヶ原学園のある一角。
広場あり林あり池ありの公園のようなその場所に、その一団はいた。
「ルールは事前にご説明した通りです。各人、クラブとボールをひとつずつ持ち、それを使ってこのコースで、ノックアウト競争を行います」
小さな紙片を片手にそうアナウンスするのは宮古・瀬憐。
彼女の前には、この種目で対決することを運命付けられた撃退士が八人。
そしてその眼前に広がる――突貫工事で整備されたのであろう――ティーグラウンドと、直線五百メートルほどに渡って広がるコース。
コース上には『グレイハウンド』『ワーウルフ』『ワーベア』『ミノタウロス』『グリフォン』といった、撃退士としてはそれほど珍しくはないサーヴァントやディアボロ――を模した『訓練用自律型高性能人形』が闊歩している。
あと直径三メートルぐらいのデカい穴がそこかしこに三つほど。
「具体的には、皆さんが今お持ちの『ドライバー』を使用して『Gボール』をひとり一回だけ打ち、これをあちらの人形に命中させることで撃破します。
そしてその一連の流れにおいて評価点を算出し、その合計によって、アリスチームか、太珀チームかの勝利を決定します。
評価点となるのは、ノックアウトできたか――つまり一撃のダメージは勿論、命中箇所、芸術点などを総合して算出されます。
あ、そしてこちらが、今回判定を担当して頂く方々ですっ。先程、そちらを歩いていたところをご協力頂いてますっ」
そう言って瀬憐が小さな拍手と共に示したのは、彼女の隣に立つ、黒子の格好をした三人。
三人は紹介を受けるとこくこくと頷き、一礼して応える。
正直怪しいことこの上ないが、ルールに「公平性とプライバシー保護のため」なんて書いてあるので口出しはし辛い。
「スキルは『現世への定着』など、ごく一部のものを除いて全て使用可能。どんなスキルであってもクラブによるショットからボールのヒットまでに類似の効果を発揮します。勿論、自己の創意工夫も可、です」
つまりエクストリームスポーツだということだ。
今更何をか言わんやであるが。
「最後に『撃退士らしいスポーツをするように』とアリス先生、太珀先生からメッセージを頂いています。 ……それでは、張り切って頑張って行きましょうっ」
おーっ! と拳を突き上げる瀬憐。
撃退士達もそれに応じる。
だが、その声と動作は、気合は入りつつも、何か小さな遣る瀬無さが混じっていたとか、いなかったとか。
●先陣の犠牲
さて。
まずは打順決め――ということで、厳正なるクジ引きの結果。
「――ようし、じゃあ、一発張り切って行くか」
先陣を切ることになったのは太珀軍が尖兵、鐘田将太郎(
ja0114)。
独特の風切り音を立ててドライバーを素振りする姿は頼もしさを感じる。
「はいっ、頑張ってくださいっ」
瀬憐も呑気に応援し、金のポニーテールを揺らす。
ティーグラウンドに立った将太郎は、さて、とまず落ち着いて一息。
「最初に宣言しておく。 ――俺はスキルは使わない。実力で行くぜ」
おお、と声が上がる。
人形とはいえディアボロとサーヴァント相手に、使ってもいいとされているスキルを使わないと宣言。
なんとも漢らしいではないか。
そんな黒子達の視線を受けつつ、将太郎は目標を選定する。
「(事前の情報に出てたワームってのが居ないな。あのデカい穴か?)」
一応考慮に入れていた標的のことを頭の片隅に置いておきつつ、まあいないなら仕方がないと将太郎はショットの体制に入る。
狙うは――ワーベア。グレイハウンドは流石に手堅すぎるだろうと踏んで。
「――チャー、シュー……メーン!」
なんともスバらしい掛け声と共に、迷いない一撃。
独特のスカッとした打撃音が響き、空気の壁を貫いてGボールが飛翔。
ワーベアに向かって、一直線に突き刺さる――!
「あ」
「え」
しかしそんな声が響いたのは、そう思われた直後。
穴からうねりと出てきた巨大な芋虫――超大型土虫サーヴァント『ワーム』に、将太郎のGボールは突き刺さった。
当然のようにワームが将太郎の方を向き、きしゃあああああ! とその胴体の直径と同等の大きさの口を開いて、土くれを飛ばしながら攻撃態勢に移行する。
「撃退士が十二人で掛かって苦戦することもあるというワームにスキル未使用で挑むとは」
「実に漢らしい。撃破点は与えられぬが、その心意気、七点に値する」
「うむ」
黒子達が頷く。
うおおおおお! と全力で撤退に入る将太郎と、きしゃあああああ! と土埃を巻き上げながらそれを追うワーム。
「あわわわ…… た、助けに行ってきますっ。あ、他の方は離れないでくださいっ、失格になりますからっ」
瀬憐が慌てて一人と一匹を追う。
その光景を見て、残された撃退士達は改めてこの球技大会の恐ろしさを思い知るのであった。
●ストライカー
さておき。
二番手に選ばれたのはアリス軍先発、神谷・C・ウォーレン(
ja6775)。
「……まあ、体を動かすのは嫌いじゃない」
言いながら、先程起きた惨時はひとまず無かったように。
淡々とティーグラウンドに上がり、ウォーレンは目標を選定。
「アレが妥当か」
先程将太郎が狙い損なったワーベアが、ワームの登場のせいか孤立している。
その頭のスナイプゴーグルから見据えて三秒。
ばちりばちり、とその腕から小さな雷光をドライバーに伝わせ、静かにスイング。
ずばんっ、と静かに雷を伴う弾丸が放たれた。
「効果の程はどうかな? 撃破できれば良し。撃破できずとも……」
雷光の残滓を残しながら、Gボールは狙い違わずに飛翔。
ワーベアの身構えを潜り抜けて堅実に命中し、ばちんっ! と衝撃。
撃破には至らなかったが、その巨体をふらつかせる。
「――効果は発揮したようだ。次にどうするかはお任せしよう」
確かな結果に満足しつつ、ウォーレンは静かに黒子達を見つめる。
「協議の結果、次順は続けてアリス軍。その後太珀軍が二連とする」
「配慮に感謝する」
淡々と。
そうして三番手としてティーグラウンドに立ったのはアリス軍が次発、花菱 彪臥(
ja4610)。
驚くべきことに、ゴルフウェアにサンバイザーと、使う道具からすれば真面目な姿。
「よっし、ウォーレンにーちゃんの熊、仕留めに行くぜー!」
「宜しく頼もう」
「任せとけってっ」
ぶんぶんっと元気よく。
ティーグラウンドに立った彪臥は、最初に狙おうと思っていたグリフォンから、ふらついているワーベアに素直に目標を切り替える。
アウルが強く燃焼し、その具現で火花が弾ける。
「……行っくぜー!」
その格好と合わせ、どこか堂に入った、正しいフォームで綺麗にスイングバック。
そこから目にも留まらぬ、それこそ弾ける火花のような速度でドライバーが振り抜かれ、ずばんっ! とGボールが打ち出された。
火花のアウルを纏いながら、その残滓と共に一直線に飛翔するGボール。
「これは、いい一撃だ」
ウォーレンの観察通り。
彪臥のGボールは、狙い違わずに無防備なワーベアをヘッドショット。
すぱぁん! と宙返りをさせて、その巨体を芝の上に沈めさせるに至った。
「よっし!」
「ふむ、期待通りの連携であるな」
「両者ともフォームも良い。格好も、うむ。経験者であったかな?」
「へ? や、これが初めてだぜっ」
しかし割に格好といいフォームといい気配は熟練。
もしかすると彪臥が失ってしまったものと関係があるのだろうか。いやいや。
「……ふむ。まあいい」
「では評価点はウォーレンに支援点含め七点」
「彪臥に撃破点含め八点とする」
これがリードとなるか。
四番手は太珀軍が次発、或瀬院 由真(
ja1687)。
「よし、行きますっ。宜しくお願いします」
礼儀正しくひとつ。しかしドライバーはぶんぶん。
独特の気合の入り方に、日頃溜めかねたものがあるのだろうとその場の皆は察する。
由真の目標選定は、一瞬。
狙うはグリフォン。
由真はそれを、むしろその向こうにある大空を狙って、ティーグラウンドに立つ。
「どうせなら、天を貫く勢いで飛ばしてみたい。ならば――狙いは一つです」
目標を見据え。大空を旋回し始めた、その直後。
「一発勝負ですからね。惜しみなく行きますよ!」
轟、と由真のアウルが唸りを上げる。
それに合わせて、ドライバーが輝きを纏い、一種の剣と化す――!
「――小さいって言うなー!」
おお、と声。
輝きの弾丸となって空を駆けたGボールはグリフォンに迫り。
ずばんっ! とその胴を見事に貫通して、遥か空の彼方へと飛び去っていったのであった。
「どうですか。小さくったって、このくらいは出来るんですっ」
ふふんっとひとつ。向こうではグリフォンが力なく墜落した。
「気合よし、鬱憤晴らしよし」
「その小さな身体から繰り出される威力は素晴らしいものがある。撃破点含め、八点」
「うむ。しかし臆することはない、小さきは正義」
どす、と芝にドライバーが突き刺さる。そして由真の笑顔。
おふう、と声を上げて、では次、と黒子達は慌てて促すのであった。
●本領発揮
五番手は続けて太珀軍が三番、七種 戒(
ja1267)。
「ようし、じゃあここで彪臥に負けないぐらい派手に行っておくか」
「おー! 戒ねーちゃん頑張れ!」
声援にふふんと応え、戒は光纏。ばっ、と派手にコートを翻して、ドライバーを突き付ける。
目標は――グリフォン。
「由真と同じを狙うか」
「言う割に派手さに欠ける」
「ふふん。まあ、見ていな」
黒子達が勝手に言うのを不敵な笑みで牽制し、戒はティーグラウンドで構えた。
「私のドライバーがアウルで輝く! 貴様を倒すと轟き叫ぶ!」
かっ、とアウルを激しく燃やしながら、戒が全力でスイングバック。
――しかしその狙いは鷹のよう。
僅かな一拍の後、まさしく弾丸のような一撃が、独特の打撃音と共に空気を貫く。
狙い違わずグリフォンへ一直線。
グリフォンの回避行動を予測しきった正確無比な一発が、その喉を打ち抜いた。
「弱点狙いか」
「真由の豪快さとは異なるが――お」
――それだけに留まらない。
グリフォンの喉を潰したGボールは、その勢いを殆ど衰えさせぬまま、角度を変え、向こうの木で強烈に跳ね返り――グレイハウンドの背後から、その頭部を強襲。直撃。
辛うじてではあるが、昏倒に至らしめた。
「――ふっ」
「おおー!」
ワンショットツーキル。
決まった、と戒は不敵な笑みを強くする。
「なるほど。跳弾から二匹目を狙ったか」
「流石はインフィルトレイターであるということか」
「良かろう、文句なく十点である」
評価も上々。
アリス軍の苦戦となるか――残すはアリス軍二打、太珀軍一打。
そして六番手。アリス軍の三番は諸葛 翔(
ja0352)。
「――よし、風もいい。スマートに決めていくか」
点差に惑わされず、翔は冷静に目標を選定。
狙うはワーウルフ。
自身の能力を鑑みて、確実に落とせる相手を狙う。仕留め損ねて点をロスするのが一番危険だ。
ざり、とティーグラウンドに立ち、ひとつ深呼吸。
一拍を置き、ベストなタイミングで、今。
アウルを燃焼させ、己の属性でもある風を纏う――!
「(風よ…真空の刃と成りてボールへ宿れ…)」
「かま…いた…ちっ!」
掛け声に合わせて、スイングバックから、ずばん、と一閃。
風を纏って低く飛翔したGボールは、弾丸のような鋭いコースでワーウルフに低くから迫り、直前でホップアップ。
奇襲となる形で見事に顎を撃ち抜き、一撃でダウンさせた。
「ほう」
「能力を生かしたショットに、計算高い目標選定」
「頭脳派であるな。撃破点含め、七点に値する」
よし、と翔はひとつ。
物足りないところはある。
だが、確実に点数を埋めれただけでも良しとするべきだろう。
ここまでで太珀軍二十五点。アリス軍二十二点。
残すはそれぞれ一人――
●ゴールデンクラッシャー
七番手。太珀軍が最終は、綾川 沙都梨(
ja7877)。
「さて、それでは一発…… 派手に行くのでありますっ!」
太珀軍としては、ここで決めておきたい所。
今までの最高評価点が十点である以上、沙都梨が八点を取れば、ほぼ勝利が確定できる。
それを胸に、沙都梨は狙いを定める。
とは言え――彼女の狙いはハナから決まっている。ミノタウロスだ。
その体力と攻撃力は凄まじく――阿修羅たる沙都梨が挑むには不足ない相手。
「ふふふっ…… さあ、滅っせよ……!」
黒炎のアウルが沙都梨を包む。
その闇を照らすかのような青光が右目に灯り、ぎゅ、とドライバーを構えるに当たって、それがドライバーをも包む。
「いざ…… 南無三っ!」
青い輝きが、Gボールを打つ。
さながら彗星の如き一撃が、その軌跡を残しながら、一直線にミノタウロスへと向かう。
ミノタウロスは、迫り来るボールに気づいては、その斧で防御。
沙都梨の一撃が防ぎ切れるか、否か――
衝突は、強烈な破砕音。
粉々に砕け散った斧の破片が飛散し、貫通したGボールがミノタウロスの顎に突き刺さって、仰け反らせ――
「む――」
しかし、たたらを踏み。
ミノタウロスは強くふらつきながらも、沙都梨の一撃を耐え切った。
「く。無念であります……!」
「体力を削りきれなかったか」
「だが、悪くはない」
「次は――」
そうして八番手。アリス軍が最終、あまね(
ja1985)。
沙都梨に並ぶようにしてティーグラウンドに立ったあまねは、
「勝負だから。ごめんなさいなのー」
そう言って、素早くドライバーを構え、Gボールの打球体勢に入る。
狙うは、沙都梨は仕留め損じたミノタウロス。
「いえ…… 頑張るであります!」
潔く、沙都梨も声援を送る。
ふらつきから立ち直ったミノタウロスは怒り心頭。
およそ五百メートルの距離を猛烈なスプリントで詰めて来ている。
それを見据えて、あまねはスイング。
アウルを静かに燃焼させ――すぱんっ! と落ち着いて放たれた一球が、残像のように影を伴いながら低い軌道で一直線。
その一撃は、転倒狙いから腰回りを目指し――
「ひぃ」
そう漏らしたのは男子の誰か。
大事なところに直撃弾を貰ったミノタウロスは、七転八倒して悶えた挙句に泡を吹いて気絶した。
文句のつけようがない撃破である。
「ぬふう……」
「なんとも恐ろしい」
「で、では、沙都梨に支援点含め六点、あまねに撃破点含め十点とする」
「と、いうことは――」
全員が黒子を注視する。
「太珀軍三十一点。アリス軍三十二点。よって――」
「アリス軍の勝利である」
「わ、やったなのー」
「お見事であります」
一点の僅差。
だが、辛くも逆転勝利を収めたアリス軍、それを決めたあまねに、戰きつつも惜しみない拍手が送られるのであった。