●相対
瓦礫の街。
一度奪われ、奪還したものの、未だ捨て置かれているこの灰色の街を舞台に。
遠くから響く爆発、倒壊、剣戟。それらの音を背景にして。
朽ちかけたアスファルトの上を戦場に、三体の騎士と六人の撃退士達の影が交錯する。
「――」
敵は、大きな交差点の中央。
その位置を死守するように、隠れることもなく堂々と三角陣形を組んでいた。
それを先に知って、撃退士達は油断も容赦もなく、三方から取り囲むように相対する。
それぞれ一体に二人が当たる構え。
一拍の間。
距離を縮めると、騎士達が動き出した。
最初に動いたのは弩の騎士。
彼らの身体と同じ素材で出来た大きな弩を構え、狙いなどろくに付けていないかのような速さで一射撃。
ばしっ! と強い音を立てて撃ち出された矢は、吸い込まれるように大谷 知夏(
ja0041)へ。
「ぬ……! っす!」
やや不意打ち気味なれど。
幸いにも盾を最初から身構えていた知夏は、これをほぼ完全に防御。
アウルで包まれた盾は、強烈な弩の一撃を、それでも、がんっ! と力強く跳ね返した。
弩の騎士はそれを意に介することなく、流れるような動きで次弾を装填。
再び身構え、知夏の奥、大城・博志(
ja0179)に狙いを定める。
「そうはさせないっす!」
一撃を弾いて、行けると確信した知夏がすかさず割り込む。
小柄な身体を踊らせて、射線に一歩。
射線を遮られた弩の騎士は、す、と即座に知夏へと対象を変更。正確な一射撃で以って、知夏の致命傷を狙ってくる。
「っ!」
再びの衝撃音。
盾に鋭く突き立った矢が、知夏のアウルに弾かれて跳ねる。
「知夏が居る限り、博志先輩には、当てさせないっすよ! ……多分!」
「多分てなんだよ!」
博志から笑いを伴う抗議の声。
そして同時に、迸った火線が、轟! と弩の騎士を焼く。
高熱により、弩の騎士自身から陽炎が立ち上って、その視界を揺らがせたのか。
やはり意に介さぬように高速で装填された次の一矢は、しかし知夏にも博志にも当たらずに、朽ちたアスファルトの一部をひっくり返した。
「や、万一ってこともあるっすから!」
「そこは嘘でもいいから絶対とか言ってくれよ! ――ま、信じてるけどな――IYA−−−吼えよ、焦く炎よ!」
博志がアウルで描き出した魔法陣から、再び炎の弾丸が疾く奔る。
灰色の空気を紅に焼いて一閃。
再び狙い違わず着弾した一撃が、弩の騎士の装甲の一枚を吹き飛ばした。
「そこっす!」
立て続けに知夏が三節棍を伸ばし、弩の騎士の武器であるそれを狙う。
だが、これはすかさず騎士が無造作に一射。至近距離から放たれた太矢が三節棍を一撃して逸らし、空振りに終わらせる。
弩の騎士は一歩を後退。瞬時に装填を行なって一射。
すんでのところで盾を実体化させた知夏がそれを弾く。
「っ、流石っすね!」
「無理はするなよ」
「分かったっす!」
射撃手の割には十分な耐久性を有している点は、流石に騎士と言うべきか。
間合いを見計らい、今度は雷火を迸らせ、空気を独特の匂いで焼きながら、博士は相手を、そして他の騎士をちらと見据えた。
――どうっ! とアスファルトが盛大に叩き割られる。
飛び散る破片を身に受けながら、榊 十朗太(
ja0984)は大斧の騎士を見据える。
「ぬんっ!」
斧が引き戻される前に、踏み込みで距離を戻しながら十字槍で一撃。
装甲の一枚を強打し、そのまま払いで反動を利用しながらステップで離脱。
すぐさま反撃で襲ってくる横薙ぎの一撃をぎりぎりで回避。
「く…… その程度の一撃、受けると思うな!」
十郎太はそう、半ば己を鼓舞するように言って、息を吐き出しながら再び槍の射程へと大斧の騎士を捉える。
大振りの一撃を見切っての回避と、その攻撃後の隙を狙っての素早い反撃を中心に組み立てたヒット&アウェイ。
武道の基本である『間合い』を重きにおいた戦い方で、十郎太は辛うじて大斧の騎士に一歩リードを築いている。
とはいえ、これは危ういものだ。
騎士の剛力で振り回される大斧は掠っただけでも危険と分かるもので、もしもこちらのペースが一度崩れてしまえば、強打による怯み、そこからの一刀両断で倒されることは間違いない。
生半可な防御では死を意味する。
それを弁えて、十郎太は大斧の騎士を挟んで対面にいる戸次 隆道(
ja0550)との連携を密に、大斧の騎士に主導権を握らせることを許さない。
「はっ!」
「ふんっ!」
隆道が横合いから一撃を加え、そちらに騎士の注意が向いた瞬間、十郎太からもすかさず一撃。
十郎太と隆道の双方を薙ぎ払うような一撃を確実に回避し、反撃で十郎太が踏み込みからの鋭い突きを一発。
乾いた貫通音と共に、装甲の一枚を抉り取って、すぐさま離脱。
ごっ! と空気を吹き飛ばしてアスファルトを砕く一撃を、再び回避。
その隙に隆道が再びショートレンジから首を狩るような回し蹴りの一撃――
「っ!」
ごっ! と振り回された大斧の一撃に、浅く身を裂かれる。
それだけで双方共に意識を持っていかれそうな一撃だ。
だが、ここで息をつかせぬ連携を止めることは、更なる危険を意味する。
「なんの――数百年積み上げた我が榊流の手練を舐めるな!」
血を埃舞う空気の中へ共に舞い散らせながら、十郎太は挑みを止めはしない。
金属と金属が擦れ合う、澄んだ鈴のような音色。
クロエ・アブリール(
ja3792)は正眼にレイピアを構え、剣と盾の騎士へと絶えず挑む。
眼鏡に映る純粋なターコイズの瞳から、見据えるのは相手の鉄仮面。
「――はっ!」
裂帛の短い発声と共に、きぃん! と閃く鋒。
迸る白い輝きが、剣と盾の騎士の防御を掻い潜って、装甲を的確に削る。
勿論、完全にではない。
剣と盾の騎士も、クロエの攻撃の幾らかをその剣と盾で受け止め、対応の一撃を見舞ってくる。
それをクロエも対応し、レイピアで払い止め、あるいは金糸の髪を揺らしては紙一重で回避。
一進一退、傍目に見ても調和の取れた戦いだ。
「っ!」
とは言え、スタミナや重量から来る制圧力は明らかに騎士の方が上。
捌き切れなかった直剣の一撃が、真っ直ぐにクロエへと躍り掛る。
瞬間、騎士のその腕を背後から鞭が打ち据えて絡め取り、食い止めるには至らずとも、その方向を逸らした。
騎士はすぐさま鞭を払いのけ、踵を返す。
「……大丈夫ですか?」
鞭を戻して一歩を下がりながら、古河 直太郎(
ja3889)が静かに問いかけた。
「っ、助かる!」
クロエはすぐさま体勢を立て直し、騎士に一撃。
それを受けてか、騎士はすぐさまクロエに向き直り、再び相対の形になる。
直太郎はそれを見つつ、邪魔が入らないよう残りの二体を警戒しながら、クロエの援護をする形で手を出す構えでいた。
剣と盾持ちに真っ向から相対するには分が悪いと踏んでの判断だ。
それに、今は知夏と博志が弩の騎士を、十郎太と隆道が大斧の騎士を上手く抑え込んでいるが、いつこちらに攻撃が向くかは分からない。
その瞬間に無警戒であったら、不意打ちで倒れるのはこちらだ。
「――はぁっ!」
「よっ……と」
クロエが払いから突きの連撃を加え、それに騎士が盾で対応しようとしたところを直太郎が上手く捕まえ、クリーンヒットさせる。
クロエが離れるのを待ってから鞭を外し、うっとおしそうに振り抜かれる剣をその刃が届かぬ位置へ一歩で逃れて回避。
その隙にクロエが再び攻め立て、直太郎がすかさずそれをカバーする。
ややスタイルは異なるが、引いては押し、押しては引きの基本的なコンビネーション。
外見に似合わず、直太郎が合わせるのが上手いということ。
そして、クロエの真っ直ぐな王道的騎士戦法。
両者の性格が幸いにも上手く合わさって、強力な連携を生み出していた。
●圧倒
三方の戦いは、全体的に撃退士達が有利に運んでいた。
基本として二対一の状況を活かす立ち回り。そしてお互いのカバーを忘れない姿勢。
「まだまだっす!」
回復、支援、防御でがっちりと固め、ほぼ完全に弩の騎士の攻撃を止めていく知夏と、
「これも喰らいな!」
弩の騎士が苦手としている魔法攻撃でがりがりと押していく博志のコンビ。
こちらは相性差が最も大きいと言っていいだろう。
知夏でなければ弩の騎士の攻撃を受け止めきるのは難しく、博志でなければ弩の騎士に的確にダメージを与えるのは難しかったかもしれない。
「舐めるな――喰らえ!」
押し引きを見極め、熟達した槍術で的確に一撃を加えていく十郎太と、
「――ふっ!」
その支援を受けて、踏み込んでの強打を加えては離脱を繰り返す隆道のコンビ。
こちらは危ういながらも、戦法の優位と言っていい。
特に槍術によって、攻撃を誘って回避で往なし、隙を生み出す十郎太のアシストが大きい。
それでも油断は禁物ではあるが。
「っは!」
剣と盾の騎士に真正面から挑んでは攻撃と防御の応酬を交わし続けるクロエと、
「そこ、貰います……よ」
クロエの動きに合わせ、的確に騎士の手を足を文字通り引っ張る直太郎のコンビ。
こちらは連携差。
相性では対等ながら能力で劣ってしまうクロエを、騎士の防御力では正面切っては相対しづらい直太郎が見事にサポートしている。
相手の連携を封じるのを主目的に、撃退士達自身も連携が限られるのを覚悟でバラバラに当たった。
どこかが崩れれば、全体が危機に陥る。
そんな危うい弱点を秘めた作戦ではあったが、今回は功を奏したようだった。
決起となる一撃が起きたのは、それからしばらく。
「――貰った!」
隆道が強烈な一撃で以って生み出した隙に、十郎太が痛烈な突きを大斧の騎士に喰らわせた瞬間。
大斧の騎士がついに膝を着き、その動きを大きく止める。
瞬間、剣と盾の騎士がその剣に光を溜めてクロエを切り払った。
「くっ!?」
辛うじて受け止めたものの、剣戟の瞬間に生まれた光の衝撃波を受けて、クロエが一歩後退を余儀なくされる。
その生まれた隙に、剣と盾の騎士は別の輝かしい光を剣に込め、天に翳し始めた。
光は波動のように広がって、剣と盾の騎士だけでなく、大斧の騎士や弩の騎士の破壊された装甲を回復していく――
「っ、させんっ!」
すかさずクロエが距離を詰め、ステップから強打のモーションに入る。
瞬間、弩の騎士が照準を知夏からクロエに変え、瞬時に装填、射撃――
「し、しまったっす!」
慌てて知夏が割り込みに入るも、一瞬遅く、太矢が放たれる。
空気を貫いて、凶弾がクロエに迫り――
「っ」
どっ! という鈍い衝撃音。
太矢は突き立った。 ――知夏に次いで射線上に割り込んだ直太郎に。
「っ、はああっ!」
クロエの強打が妨害なく剣の騎士に直撃し、その光の波動が中断される。
直撃を受け、バランスを崩した剣の騎士に、クロエが猛攻。
「これで――」「止めだ……!」
閃光のような剣閃が剣と盾の騎士の胸部を貫き、打ち倒す。
同時に、立ち上がりかけた大斧の騎士を、十郎太が完全に吹き飛ばす。
「猛よ、注ぐ炎よ――こっちも、終わりだッ!」
轟! と一際大きな火球で、残った弩の騎士を博士が焼き尽くし。
三体の騎士はその連携も完全に崩されて、アスファルトの上へと砕けて倒れた。
「だだ、大丈夫っすか!?」
身体を張って太矢を受け止めた直太郎に、知夏が駆け寄っては慌てて治癒のアウルを振り撒く。
「いや……大丈夫ですよ…… ありがとう、ございます……」
その言葉通り、深刻なダメージではなかったのだろう。
知夏の頭を軽く撫でつつ立ち上がった直太郎は、むしろ傷口よりも服の背に穴が開いてしまったことを気にするように服を払う。
「無茶をして…… お陰で止められたからいいものの」
「いやあ…… 妨害があるだろうと思って、気を払っていたはいいものの…… どうやって止めようかと」
「ああ、それは確かに。仕方がない、な」
クロエに窘められて苦笑いと共に答える直太郎。同意するのは同じ『阿修羅』の十郎太。
基本的に『阿修羅』に直接的に仲間を支援するようなスキルはない。
全て敵に対して攻撃を通して、のものだ。
それ故、不確実な武器を使って矢を弾く、などではなく、直接射線を遮るという確実性の高い方法を取ったのだろう。
「――ま、何にせよこれで終わりだ。こんな辛気臭いところ、早めに引き上げようぜ」
「ああ。よし、帰投しよう」
埃積もったアスファルトの上を、六人が一人も欠けることなく駆けていく。
戦いの音は、未だ廃墟の街に響いている。
未だ戦いが続いていることをそれぞれが思いながらも、無事に一つが終わったことを噛み締めて。
六人はひとつの戦区を離脱するのであった。