●真夏のぷるぷる
真夏の日の日差しの下。
アスファルトを溶かしながら我が物顔で跳ねるスライム型ディアボロの前に、再び撃退士達が立ち塞がった。
しかし今度は十人という数だ。
そこから熱気と共に放たれるアウルの波動に、怖れか武者震いか、彼らを見据えたスライムの身体がふるりと震える。
「はっ――食いでのあるナリしやがって。ようし、行くぜオイ」
じゃき、と拳銃型のV兵器をヒヒイロカネから顕現させて、赤坂白秋(
ja7030)は攻撃の号令を掛ける。
そして、すぐさま瞬発。
一団とスライムの間の距離を十分に詰め、横っ飛びに移動しながら、アウルの弾丸を連射で放つ。
スライムは避けなどしない。
弾丸の横列を身を震わせつつ全て受け止め、僅かに凹んだ表面をゆっくりと戻し――
そこに立て続けに、どすどすっ、と黒い影の手裏剣がが突き刺さった。
「ふむ…… 効いてるのか効いてないのか、いまいち分かりませんね……」
そんな呟きを伴う追撃の主は十笛和梨(
ja9070)。
観察を伴う興味深げな視線は、す、と動いて――
「うわ」
ぽよんっ、と跳ねて和梨を押し潰そうとしてきたスライムに蹴りをひとつ入れながら、何とか回避。
じゅうっ、と途端に音を上げる靴の底をアスファルトに擦らせながら、
「……なるほど、こんな感触ですか。 ……割と気持ち悪いですね」
そう素直な感想を零しながら、適切な距離を測りつつ苦無を投げて離脱する。
再び震えて追撃を掛けようとするスライムの合間に、今度は雪室 チルル(
ja0220)が割って入る。
「てりゃああっ!」
大剣で跳ね跳びを受け止めながら、お返しで叩き付けるように一撃。
それもスライムは受け止めて、受け止めた波打つ大剣の形に身体を凹ませる。
「単なる雑魚ではないみたいね! いいじゃないの!」
「一気に行くぜ――!」
適切な距離を取り直した白秋も、連射を再開。
他の撃退士達もそれぞれ攻撃に加わる。
十人からの怒涛の一斉攻撃が始まった。
●烈
色とりどりのアウルが入り乱れ、スライムの身体に一点集中で突き刺さる。
始まってまだ僅か。しかし流石にこれにはスライムも耐え切れるものではなく、どんどんとその身体を凹まされ、攻撃の集中点が核へと近くなっていく。
「よう! こっち見ろよ、空前絶後のイケメンがいるぜ!」
事実かどうかはともかく、白秋はそうしてスライムを挑発しながら左へ右へと跳びつつ銃撃を加える。
対応するスライムの核――瞳のようなそれが、彼や他の攻撃を捉えているように感じるからだ。
そしてそれは恐らく、間違いではない。
「よし、威織! チルル! ――今だ!」
「分かってるわよっ!」
「分かりました。行きますよ――」
連射に核が白秋を捉えた直後、一声。
その合図に、鳳月 威織(
ja0339)が音頭を取り――
「はっ!」
「喰らえー!」
気合い一閃。
曲刀と大剣に溜められた禍々しい金色と凍てつく氷の波動が、慌てて元に戻ろうとするかのようなスライムの肉体を弾きながら一気に核へと向かい――
「――!」
――瞬間、スライムはその核たる瞳を反転。波動を捉えると、僅かに核を左へ移動。
そこから攻撃の密集点を中心に、ついに、ぷつんっ、ぷにゅりんっ! とほぼ均等に左右へ分かれた。
躱された波動がスライムの向こう側にある溶融しかかったアスファルトを抉る。
「――良し、行くわよ」
攻撃を回避されて、しかし撃退士達は予定通りと動きを分散させる。
「了解だ」
すかさず戸草 元(
ja9109)が、分裂した二体の合間に割って入り、ケーンを振り回して分体を一撃。
ぼよんっ、と分裂の余韻を残していた分体は、その一撃の衝撃を受けて更に本体と距離を離す。
「良し、頼むぜ」
「任せて――はあっ!」
生まれたその隙間を使って、藍 星露(
ja5127)が強烈な踏み込みと共にトンファーで一撃。
光纏から生まれた水色の蛇龍を伴う一撃が、激しくスライムのその身体を抉り――ぶよんっ! と弾き飛ばす。
それだけに留まらない。
瞬間的に一歩を詰め、まだ空中にあるスライムの身体へ、先程の反動を利用して、身体を大きく旋回させながら一撃。
今度は緑色の巨竜がその顎を開く。
「私も――」
牧野 穂鳥(
ja2029)も同時に動く。
魔法書を片手に抱え。もう一方の手を突き出し、そこに凝縮した深緑のアウルから束になった蔦が伸びて、スライムを打つ。
咆哮にも似た轟音と、鋭い鞭打ちの音。
それがスライムの全身を激しく震わせ、核をも揺さぶり、その動きを縫い止める。
「今!」
立て続けにエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が動く。
一挙動でアウルを練り上げ、苦無に練り込んで放つ。
かかっ! と本体の影に突き刺さった苦無が、体積を減じた本体の捕縛に辛うじて成功した。
「よし、成功です」
「一気に行きます!」
動きを止めたところで、再び核に向けて攻撃が集中する。
ぶるんっと震えるスライムの青い身体は、まるで恐れを抱いているようにも見えた。
一方で、分裂した新しい方も、同様の攻撃を受けていた。
本体と無理やり距離を開けられた分体は、すぐさま跳び跳ねて連携を戻そうとしたが、それを許さぬとばかりに影が射抜かれ、捕らえられる。
「ふふん! ……これでもとには戻れないよ!」
汗を流しながらもロングコートで身を守りつつ言うのは、影縛りの主であるエルレーン・バルハザード(
ja0889)。
続けて生み出したアウルの炎でスライムを焼きながら、えいえいっ、と本体から分体を追いやっていく。
「斬るのがダメでも……燃えちゃったらどうかなあ!」
「はい。ひゃっはー……です」
その隣でお約束の台詞を棒読みながら口にしつつ、Lime Sis(
ja0916)も盾で分体を押し込みながら火炎放射器で消毒を試みる。
激しく燃え盛るアウルの炎は本物の炎とは異なるものの、物理攻撃とは異なり確実にスライムの表面を削っていく。
縛られながらぷるぷる震えて炎を浴びる分体は、それは実にもどかしそうな雰囲気を醸し出し――うにゅんっ! と触手を伸ばしてせめてもの反撃を試みてきた。
「私はニンジャだもん! そんな攻撃、あたらないよぉ!」
ざっと避けつつ威勢よく言うエルレーン。
しかしその身のロングコートといい、よほど魔装を溶かされたくないのだろう。年頃の乙女の羞恥心であろうか。
反面、ライムなどは淡々としたものだ。
掠って裾をじゅわ、と穴を開けられつつも、大したことではない、とでも言いたげに反撃に対する反撃を試みる。
「おっと――ライムさんも気を付けて」
「了解、です」
さっと触手を払って、それでも諦めずに伸びてくる先端に蹴り一発。
どこかマイペースに伸びてきた触手を躱しつつ、影にアウルを込めて刃として応戦する和梨に頷きを返しつつも。
「ひゃっはー……」
轟、と火炎を噴き付け続けるライムであった。
●融解
スライムは怒涛の攻撃に本体も分体も震え続けながら、束縛された故にその胴体で跳ね回る代わりに、幾多の触手をうねうねと伸ばして撃退士達を追い払うかのように攻撃を続ける。
だが、それは跳ね飛んで押し潰すという攻撃に比べれば、哀れな抵抗に過ぎない。
そして縛られ続けていることによって、ひとつの弱点がゆっくりと露呈しつつあった。
「――!」
うにゅり、と触手が伸びる。
本体と分裂体から同時に、お互いの方向に向けて。
「――その触手を止めろッ!」
しかし、目敏くそれを発見した白秋が吼える。
「任せてっ……!」
「分かったっ」
合間に立っていた星露と元がすかさず対応。
二人が攻撃を以って強引に触手の融合を阻止し、それぞれの方向へと追い払う。
震えるスライム。
本体の方は、怒涛の攻撃により再び核へと攻撃の到達が近くなっていた。
明らかに、焦っている――白秋はそう感じた。
「威織、もう一回行くわよっ!」
「っは――了解です、いつでもどうぞ」
そうこうしている間に、チルルが号令。応じる威織。
再び大剣と曲刀に凍てつく氷と禍々しい金色のアウルが溜まっていく。
二度目のクロスファイア。
「今度こそ、喰らえー!」
「ふっ!」
露出し掛かっている核へ向けて、再び放たれる青と金の波動。
しかし再び。
スライムは、ぷつんっ、ぷにゅりんっ! と影からの束縛を外しながら分裂回避。
向こう側のアスファルトを吹き飛ばさせる。
それだけは喰らうわけにはいかない――そんな声が聞こえるかのようだった。
更に体積を減じながらも、新たに分裂した二体は、すかさず撃退士達に襲いかかる。
だが、これも彼らには予測の内。
「逃さないよ」
エイルズレトラが再度、すかさず本体の影にその手の苦無を撃ち込んで、影縛りによって本体を捕らえ。
「やあっ!」
裂帛の一声と共に、星露が新たな分体を蛇龍で弾き飛ばし、更に追い打ちの緑竜でアスファルト上に縫い止める。
そして今度は彼女に加え、威織と元が対応。
果敢に分裂の合間へ飛び込んで攻撃を加え、本体と分体が連携を取れないよう隔離する。
再び動きを封じられるスライム。
本体の大きさはもはや四分の一。
撃退士達も分体の処理に手を割いてはいるが――
その新たな分裂の一拍後。
エルレーンらを主体に動きを封じていた最初の分体が、噴き上がって爆発するように四散した。
「うわわわっ……!?」
「――これは。危険、です」
「気を付けて、回避を」
撃退士達の周囲にびちゃびちゃと小さな塊が落下しては、じゅわっ、と強烈に地面を侵す。
早期警告により幸いに直撃したものはいなかったが、全員が少なからぬ飛沫を受けて、降り積もるような四肢の痛みと共に魔装の融解が早まった。
だが、これで――
「でも、半分倒したみたいだよっ!」
エルレーンが喝采を上げる。
作戦の読み通り、核なしにはこのスライムは分裂しても長時間その身体を保つことが出来ないようであった。
スライムが焦っているような素振りを感じたのはそのせいだったのだろう。
「良し――なら、そろそろケリを付けるぞ!」
三人を本体の攻撃に戻し、怒涛の攻撃が再開される。
本体は何度か影縛りから逃れるも、その度にエイルズレトラかエルレーンがすかさず再捕縛。
至近距離から氷の大剣による強打撃を行うチルルと、遠距離から爆発する椿の花の雷火を撃ち込む穂鳥を主体に、強烈にスライムの身体を抉っていく。
そしてついに、三度目のその瞬間が訪れる。
「効いていますね――これで」
穂鳥が地に翳した手元から蔦が伸び、地面を走る。
蔓バラのそれは、鋭い棘を以ってスライムの身体を次々と穿ち――ついに核を露出させた。
「……えい」
すかさず、と言うには一瞬の間があったような気がするマイペースさで、ライムがそこへスタンガンを叩き込む。
ばんっ! と放電の衝撃があからさまに核を揺さぶり、僅かに身動きを停止させ――
「貰ったッ!」
たっ、と短い助走から跳躍し――一気に肉薄した白秋が、核にほぼゼロ距離から強烈なアウルの弾丸を一発。
銀の波動を纏った一撃が、狙い違わずに核へと突き刺さる。
核が、ぴしり、と割れ、ぶるん、とその身が強く震え――
「これで止めよ! あたいの一撃を喰らえー!」
ずんっ! と強烈に振り下ろした大剣から放たれた三度目の氷の一閃が、そのひび割れから核を見事に断ち斬った。
●守られた風紀
核が自らの体内に溶けるようにして、じゅわっ、と崩壊する。
次いで、完全に力を失ったその肉体が、分体もまとめて、でろん、とアスファルトの上に青いプールとして広がった。
もはやアスファルトが融解することはなく、ここにスライム型ディアボロは完全に倒されたのであった。
「わぁい! 倒せたね!」
「これがあたいの本気ってやつよ!」
見事に止めを取ったチルルが、エルレーンと共に喝采を上げる。
「終わりましたか…… しかし、なかなかひどいものですね」
威織がひとつ息を吐いて、苦笑しながら見回す。
多少の差はあれ、誰も彼も上着がボロボロだ。
致命的な攻撃は殆ど当たっていないにも関わらず、気付けば全身が焼け付くような痛みを訴えている。
「長引かずに済んで良かったわね、本当に」
「はい…… 本当に」
星露も穴が開いて肌が露出している部分を隠しながら笑って息を吐く。
穂鳥は地味なれど各人の端々に覗く肌色の多さに赤くなって視線のやり場に困りつつ、自身の肌を隠すことも忘れない。
「これぐらいで済んでよかった、と考えるべきかな。替えの服、用意しておいて良かったです」
「はい。風紀を乱すのは良くないですね…… 皆さん、帰りの際には着替えなりをお願いします」
苦笑いと共に軽く替えの服を羽織るエイルズレトラ。
風紀委員会属であるライムもそう注意を促し、何故か――当人も僅かに首を傾げつつ――替えの服らしい猫の着ぐるみを手にする。
「しまった、俺はすっかり忘れていたな……」
「僕もです。失念していましたね」
「俺もだから心配するな」
おっと、という様子で自分の成りを見下ろす元に、少し穴の開いてしまったフードを下ろして顔を隠しつつ言う和梨。
肌が見えても気にしない白秋は、それを、はっはー、と笑い飛ばす。
しかしながら、じ、と向けられたライムの視線に、
「――分かった分かった。よし、帰る前に駅前で適当に買っていくか」
「……そう、してください」
少しバツが悪そうにして、そう提案し。
夏の日差しの下、皆で凱旋を始めるのであった。