●奇襲作戦
――ごう、と六対の翼が風を切る。
ディアボロであるリザードマン達が操るドレイクによる航空竜騎兵部隊は、今日も与えられた命令通りに、あるオフィス街へと大空から急降下を掛けていく。
高機動力によって、撃退士が十分に展開されるまでに行う、奇襲攻撃作戦。
前回がほぼ完全に成功したからなのか、ディアボロ達の動きに迷いはない。
景気づけとばかりにそれぞれが一つずつ雄叫びを上げ、ビルとビルの合間へと飛び込んでいく。
「シャアアアァアァ――!」
翼で風を叩きながら敢行したダイビングは、しかし、不思議と目標――人間を捉えることは出来なかった。
昼に近い時間帯のオフィス街。しかし、誰も居ない――
だが、そこで、彼らの鼓膜を、ぱんっ、ぱんっ、と叩く破裂音があった。
「シャアッ!」
見つけたぞ、とばかりに、彼らはそこへ――オフィス街の中でも一際高層ビルが立ち並ぶ路地へと飛び込んでいく。
狭い路地だ。ここでダイビングからの攻撃や、ドレイクの火炎弾を放てば、碌に狙わずとも当たるような。
そしてそこに、僅かな火薬臭とともに、四人からなる人影。
やや遅れての獲物の発見に、ディアボロ達が沸き立つ。
僅かにあった目配せは、誰から最初に遊ぶか、という牽制か。
我先にと飛び出したリザードマンとドレイクの一組が、火炎弾を四人へ発射する。
赤い尾を引いて、僅かな放物線を描いて飛来した火炎弾は、しかし外れ。
反撃のつもりなのか、矢や火炎弾が応射でひらひらと飛んでくる。
そんなものに当たるわけがないと、リザードマンはドレイクを上昇させる。
それで射程圏外だ。
「ギャッギャッギャ!」
ドレイクと共にリザードマンは四人を嘲笑い、更に追撃を掛ける。
火炎弾を一発、二発。
俄の焔に包まれる路上を前に、四人が逃げていく。
逃がすものか、とすぐさま追いかけ、L字の路地を曲がり――
――どうっ!
「――ギャッ!?」
凄まじい衝撃。
リザードマンが真っ逆さまに落ちながら聞いたのは、ドレイクの翼が立てた、肉が爆ぜるような鈍い音だった。
●迎撃作戦
「――方位角良し、射角良し。上出来だ、要君――頭が高いぞ、蜥蜴等が」
前でディアボロを牽制しながら引き連れてきた四人が生み出した、最初の硬直。
路地の角を曲がった瞬間に、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が打ち込んだアウルの炎を回避するためにドレイクが無理やり高度を上げたその先。
要 忍(
ja7795)が予め合わせておいた照準器の中にドレイクの姿が勝手に収まってくるのを見て、鷺谷 明(
ja0776)は僅かに微調整を掛けつつ、アンカーシューターのトリガーを引いた。
ずんっ! ――どうっ!
重い射撃音に、鈍い命中音。
伸びる鎖から忍と明のアウルの力を受けている大型の銛のような弾丸は、透過回避をすることは出来ない。
それをまともに翼に受けたドレイクは、当然のように滞空コントロールを取ることが出来ずに、背中のリザードマンを派手に振り落としながらアスファルト上へと落下した。
「――アンカーB命中!」
「行くよっ!」
すかさず駆けたのは猪狩 みなと(
ja0595)。
落ちてくるドレイクを打ち上げるように、ひとつ跳ねながらその手のウォーハンマーを打ち込む。
「吹っ飛べぇっ!」
怒りを込めた、大振りの一撃。
相対速度を加味した弩級の威力に、言葉通りにドレイクが吹き飛ぶ。
そこへ立て続けに焔 戒(
ja7656)が飛び込んで、その手に生み出した炎による手刀で一撃。
「――何事をも貫く!」
さながら燃え盛る銀の弾丸をまともに頭部へ受けて、ドレイクが絶命する。
そのまま返す動きで、みなとも戒もまだ蹲って体勢を整えられていないリザードマンを急襲。
「潰れろっ!」
「ギャ、ガ――!?」
特別な攻撃はいらない。
強烈な二撃を立て続けにまともに受けて、リザードマンも沈んだ。
唐突に仲間が倒されたことにか、ディアボロ達が浮き足立つ。
しかし撃退士達は、当然ながら待ってはくれない。
「第二射、アンカーA、行くわよ」
「――捉えた、そこだぁ!」
生じた隙を逃さずに、桐村 灯子(
ja8321)がすかさずもう片方のアンカーシューターの照準を合わせ。
ルカーノ・メイシ(
ja0533)が微調整を掛けて、トリガーを引く。
今度も狙い過たず。
鈍い肉の音を立てて、銛の弾丸が前に出ていたドレイクの翼に命中した。
ドレイクが落ちる。しかし今度は一足先にその背のリザードマンが地上へと飛び降りて、先制攻撃を入れようとした面子にその槍で突き掛かって来る。
狙われたのは、戸次 隆道(
ja0550)。
「む――」
体勢が整っているとは言いがたい状態からの一突きを流石に回避し、隆道はリザードマンと相対する。
とは言え、狙いを切り替えたわけではない。
優先すべきは先ず、ドレイクの撃破――落ちたドレイクは、リザードマンの後ろで藻掻きながらも体勢を立て直そうとしている。
そうなれば、狙うはひとつだ。
「アレの動きは我が止めよう。その隙に卿が一撃、くれてやれ」
隣に並ぶのはアレクシア・エンフィールド(
ja3291)。
不敵な笑みでリザードマンを見据えて。そんな彼女に、隆道も頷きを返す。
「――宜しくお願いします」
動くのは同時。
リザードマンが槍を振るい、突き込んできたところを二人で左右に分かれ。
隆道が大きく踏み込んで、至近距離から顎を打ち上げる。
一撃、とは行かずとも、大きく下がって蹈鞴を踏んだリザードマンを、アレクシアの銀糸が捉える。
一瞬の閃き。
血を流させながら、縛り、身動きを止める。
「――やれよ、戸次」
「ええ。 ――貰い受けます」
隆道は頭の中でスイッチを弾く。
瞬間的なアウルの燃焼。ごう、と噴き上がる血煙にも似た赤色の闘気。
紅色に染まった髪を揺らしながら、隆道が一拍身構えてから、一撃を繰り出す。
打ち出されたのは、鍛え上げられた痛烈な一発と、アウルの衝撃波。
それがリザードマンを貫通し、背後のドレイクにまで到達する。
リザードマンが倒れる。開かれた射線に、再びアレクシアが割って入る。
「――上出来だ。では我からも見舞ってやるとしようか」
彼女の影から剣が生まれ、次の瞬間にはドレイクを貫く。
それで二体目のドレイクも倒れた。
奇襲による開幕から一拍。
ディアボロ達も、撤退すれば被害はここまでで済んだであろうに――彼らが現在理解している命令は、定刻になったら引き揚げることの一つのみだ。
故に、仲間を倒されたディアボロ達はいきり立ちながら、リザードマン二人が更に飛び降りて地上戦を挑み、二人が上から投槍を。ドレイクの四体が火炎弾を撒き散らす。
撃退士達はそれに身を傷付けられ、焼かれながらも、攻撃の手を緩めない。
「――アンカーシューターB装填完了! 射撃準備良し!」
そうこうしている間に、再び要が後ろから声を上げる。
事前に熟読したマニュアルに従い、時間の許す限り運用レクチャーも受けた彼女のその操作手腕は見事なものだ。
「分かりました」
応じたのは桜木 真里(
ja5827)。
路地の縦に奥深い空間の中で、後方に位置するアンカーシューターが狙い易い位置にいるドレイクを瞬時に判断。
遠目のやや高め。リザードマンが乗っているその一体を見据え、牽制の火線を叩き込む。
「そこだ」
上下への移動を制限するように、アウルの雷球を数発。
応射で飛んできた槍を辛うじて受け止めながら、敵を仕留めるのではなく、回避をさせないよう移動を制限させる。
「そこか――」
それに応じて明もすぐさま大まかな照準を合わせる。
微調整は要。明と入れ替わりでアンカーシューターの主操作を行い、一致協力して次のドレイクを照準に収める。
「方位角良し! 射角良し!」
「良し――やりたまえ、要君」
「はいっ! ――アンカーシューターB、撃ちますっ!」
再びの轟音。そして鈍い命中音――
ドレイクが落ちる。飛び降りたリザードマンは、返礼のつもりか、その投槍をアンカーシューターへ向ける。
「つかまえた」
しかし――それよりも早く、真里が呼び出した異界の手がリザードマンを縛る。
不安定な体勢から放たれた投槍は狙いを逸れ、空しくも路面に突き刺さった。
「邪魔をさせるわけにはいかないんだ」
「ええ――お返しよ」
真里に並んだソフィアが、閃熱の火球を放つ。
狭い路地の中、小さくはない爆発がリザードマンとドレイクを飲み込み、上空にいる残りもその衝撃に煽られる。
そして突き刺さる戒の牽制射撃。
ヒヒイロカネから抜き放つように装備した長弓から、立て続けにアウルの矢を見舞う。
致命打には至らない。だが――
「アンカーシューターA、発射準備完了だよ!」
「撃つわ。逃がさない……!」
立て続けに装填から照準を完了したルカーノと灯子が、チャンスを逃さずにアンカーシューターを射撃。
ドレイクはまともに回避行動を取ることも出来ずに命中。
更にドレイクとリザードマンを引き摺り下ろす。
リザードマンは慌てて飛び降りつつも、反撃のために体勢を立て直し――
「――ふん、誰が動いていいと言った?」
アレクシアが銀糸を閃かせて縛り、
「失礼しますよ」
隆道が回し蹴りから首を刈りにいく。
「やああああぁっ!」
そして、みなとが気合の怒声と共にドレイクを叩き潰す。
落着の瞬間に生まれた隙を逃さない、徹底的な連携。
アンカーシューターの射撃準備が完了すれば、誰かが牽制を行い、アンカーシューターが落としたところを誰かが潰す。
誰とは明確に決まってはいないが、誰もが臨機応変に対応し、それぞれの役目をこなす。
主導権を握っているからこそ出来る、柔軟な布陣。
交戦開始から二十分も経たず。
残るはリザードマンが二体とドレイクが二匹。
リザードマンは撃退士達の攻撃の要が、後ろにある大砲だとは分かっているのだろう。
しかし機先を失ってしまった今、攻撃しようにも撃退士達の援護の壁は厚く、槍は到底届かない。
「――アンカーシューターA、装填完了!」
「――アンカーシューターB、装填完了っ!」
そして、彼らの終わりを告げる宣言が、灯子と要からもたらされる。
もはや手慣れた装填から、空中のドレイクをそれぞれ目配せして分担しつつ、見据え。
素早く大まかな照準を合わせ、それぞれの輝きを持つアウルを全力で弾丸に込める。
牽制に動いたのはソフィアとアレクシア。
「逃さないわよ、絶対に」
ソフィアが後方から長射程の火線をばら撒いて、容易な回避を強制する。
そこからアレクシアが影の剣を立て続けに飛ばし、被弾による硬直、中空の一点への釘付けを強いる。
主操作を行うのは、再びルカーノと明。
「去ね、趣味の悪い蜥蜴等が」
照準合わせは簡単だ。
牽制火力で見事なまでの足止めを受けているドレイクの翼を狙って、照準器を合わせるだけ。
「手加減なんて、するもんか……!」
致命の一瞬。
大きく翼を広げたその瞬間に、二人は揃ってトリガーを引く。
最早当たり前のようにアンカーが着弾し、二匹のドレイクが揃って落ちた。
追撃に動いたのはみなとと戒、隆道と真里。
落ちたドレイクを狙って、みなとと戒が飛び込んでいく。
リザードマンを前にしては、無謀にも見える吶喊。
当然のようにリザードマンが対応し、槍を向け――
「余所見はさせないよ」
真里がやはりその動きを縛る。再び喚ばれた異界の手が、リザードマンを熱烈に捕らえて離さない。
もう一体は隆道が。振り向く暇すら与えない。余所見をすれば殺すとばかりに殺気で貫き、硬直させる。
その隙に、みなとと戒はまだ体勢を立て直せていないドレイクへ接敵。
「これで、終わりっ!」
「――貫く!」
ウォーハンマーと焔の手刀がそれぞれドレイクの頭を潰し、落とす。
強烈な一撃は、やはり受ける体勢もなしにまともに喰らって耐えられるものではない。
「――ドレイク、全撃破!」
ドレイクが沈み、残すはリザードマンが二体のみ。
破れかぶれにか、一体が隆道に突撃する。
鋭い突きの一撃から、やはり隆道がそれを回避したところで、尻尾を叩き込みに。
隆道は、それを、ぐ、と受け――
「――捕まえましたよ」
次の瞬間には、その尻尾を起点に、ずんっ! と投げ飛ばした。
そして地面に叩き付けられたリザードマンに、アレクシアが至近距離から影の剣を一撃。
真里が捕まえている残った一体も、ソフィアがその頭を正確に吹き飛ばした。
「これで、きっちりお返しになったかしらね」
ディアボロの航空騎兵部隊は見事に壊滅した。
前回で受けた奇襲をソフィアの言葉通り、そのまま返したような形。
「一応、ね……」
「今度は犠牲者が出る前に、精進しなきゃ……」
灯子とルカーノが悔やむ声を上げる。
初回からこの対応が出来ていれば――そう思うのは無理もないことだ。
「このようなV兵器が一般化されれば、その一歩になるのだろうな。とは言え、難点も多い――改善は必要だな」
明がレポートのための文面を脳裏で纏めつつ、要と共に撤収の準備に掛かる。
「うん、もう次からは絶対にああはさせない」
「ああ。今日と同じように、全て打ち倒してやる」
真里の声に、戒が頷きを返して――
最初は良いようにやられた。
それでも次は、完全な形で人々を護り切ることが出来た。
だからこそ。
その日の街中を、ありがとう、という歓声に迎えられながら十人は凱旋したのである。