●夏の日の虫退治
――ぶううぅうぅん、と耳障りな羽音を立てる黒い霧を前に、先発で戦っていた撃退士と入れ替わりで学園の撃退士達が展開する。
人気の失せた商店街。
乗り捨てられた自転車や、買ったばかりであろう野菜類がはみ出し、落ちている鞄が、襲撃初動時の騒ぎを教えてくれる。
それと共に、辺りに散らばっている羽虫の残骸が、なんとも不衛生だ。
「い、一般の人、避難完了したよっ! あとは、こいつらを片付けるだけっ!」
後ろから遅れて駆けてきた葦原 里美(
ja8972)が幾分か顔を青くしながら言う。
ちらちらと向けられる視線は、やはり濃密な霧となっている羽虫達。
虫が苦手なのだろう。
仮にそうでなくとも、濃密な霧として見えるぐらい固まっていれば無理もないことだった。
「……んじゃあ、手筈通りに。行くぜ」
そんな彼女を知らぬとでも言うかのように。
あるいははたまた、落ち着きの見えない彼女を逆に落ち着かせようとしてか。
影野 恭弥(
ja0018)が両の手それぞれに一対の拳銃を構えながら言った。
里美の苦手っぷりとは反面、落ち着いた構えだ。
す、と片手を眼前に翳し――ごうっ、とアウルによる金色の炎のオーラが両目、特に左目から激しく放たれる。
「これが俺の新しい力……」
新しいスキルの獲得と発動――そんな恭弥の感慨を待たずに、ぶぉん、と羽虫達がその黒い霧を伸ばす。
ゆらりとしながらも、そもそもが羽虫の集合体故に、決して遅くはない速度の触手。
だが、恭弥はそれを余裕を持って回避しながら、拳銃を構え――
「悪くない」
僅かに笑みながら、連続で発砲した。
たんたんたんっ! と立て続けに商店街のアーチ下に響く発砲音。
アウルの弾丸が羽虫の触手を削り、黒い欠片を散らす。
それを幕開けとして、撃退士達の虫退治作戦が始まった。
「ほらほらァ、こっちよっ!」
ばしばしっ! とアウルの炎を羽虫に叩きつけて、黒百合(
ja0422)がディアボロと羽虫達を積極的に引き込む。
縦に長く、横にはそれほど広さのない商店街を、撃退士達は足並み揃えて後退していく。
その中心となっているのが黒百合だ。
踊るようにステップを踏みながら、轟! と迸る火焔を一発。
伸びてくる羽虫の触手が纏めて焼き払われ、しかしそれでもなお次から次へと伸びてくる触手が、黒百合を捉える。
ここぞとばかりに殺到し、喰い付き、あるいは突き刺し、貪ろうと。
「きゃ――」
一気に纏わり付いた羽虫が、黒百合の形に黒い人型を作り――
「――なーんて、残念でしたァ! そうは行きませんだわァ、アハハハハハァ♪」
するり、と分身するように羽虫から逃れた黒百合が、再び軽やかにステップを踏む。
身代わりとなって黒くなった服を残しつつも、逃がさん、とばかりに羽虫達は更に黒百合を追う。
更に触手を伸ばして再び追い縋ろうとしたその瞬間に、側面から弾丸の連打。
「そうはさせないよっ!」
「あんま無視すんなっての」
高峰 彩香(
ja5000)が恭弥と合わせて拳銃を撃ち、黒百合を追いかける触手を打ち払う。
合わせて三丁から放たれる、軽機関銃の連射に匹敵する火力。
猛烈な弾幕が展開され、無数の羽虫から構成される触手に対し、完全とは行かないまでも、その到達速度を殺していく。
追いつくか、追いつけないか。
そのギリギリを維持するように、黒百合は逃げる。
そして寸前で――
「アハハッ♪」
轟! と再び触手を飲み込むように火焔が一発。
触手の一部が消え失せ、しかし尽きぬ羽虫達が次々に触手を形成し、銘々へと更に伸びる。
黒百合は勿論、恭弥へ、彩香へ。
「く、のっ!」
纏わり付かれようとしたところを、彩香は一息にアウルを燃やして、一撃で触手を瞬断する。
アウルの炎を纏った衝撃波が烈風を伴って、触手を薙ぐ。
それでも逃れた一部が、執拗に彩香へ纏わり付き――
「危ないっ!」
すかさず援護に入った上月 椿(
ja0791)のアウルの矢が、纏わり付いた一部を吹き飛ばす。
完璧ではないが、充分な猶予。
「ありがとっ」
「お礼は後後っ! 張り切っていこうっ!」
立て続けにアウルの矢を撃ち込んで触手を下がらせ、その隙で彩香が体勢を立て直す。
一方で恭弥は素早く下がりつつ、とにかく連射で羽虫を払う。
それでも寄り付いてくる数十、いや、数百匹が、黒い穢れを与えるかのように恭弥へ触れてくる。
「鬱陶しい――」
「おいでませ、アンデルセンっ☆」
楽しげに響き、割って入った声は清清 清(
ja3434)のもの。
奇術師めいたその出で立ちに纏う天王星が光を放ち、完全ではないものの、恭弥に触れる触手の一部を寸断する。
「ご返礼は、カプリコーンよりの贈り物にございますっ☆」
それから一撃。
次に輝いた土星から生まれ出た無数の輝きが次々に触手の元で炸裂し、触手の一本を打ちのめす。
「飛んで火に入る夏の蟲、てねェ!」
黒百合も更に一発。
火焔の獣に触手が喰われるようにして消え失せる。
●一叩き
失った羽虫達を呼び寄せるためにか、ディアボロ達は攻撃を一時中断。
ぶぉん、と羽音を唸らせては、ディアボロ達は周囲から羽虫をどこからともなく呼び寄せ、その霧を強くし――
「――葦原さんっ、今!」
「う、うんっ――ええいっ!」
瞬間、椿からの合図と里美の応じる声――同時に、激しい放水がディアボロとその羽虫達を直撃した。
里美が単独で抱えて放つ、ホースを経由しての消火栓からの怒涛の一撃である。
火災鎮火用として消火栓から送り込まれる、虫退治用として使うには圧倒的なパワーの放水。
ディアボロは透過で対処するも、従者の羽虫達はそうはいかない。
凄まじい水量に吹き飛ばされ、その布陣に穴が開く。
「よし、反転!」
号令を掛けて、撃退士達が攻撃に転じる。
放水を受けて開いた突破口――そこからディアボロ本体を狙うためだ。
後退に後退を重ねていたのはこの時のため。
頭が足りないのが災いして罠に掛かった愚鈍なディアボロを、一息に仕留めに掛かる。
「よく見えるぜ――」
最初に動いたのは恭弥。
ディアボロの一体、蚊の姿をしたタイプを放水と羽虫の群れの間隙から照準。
焔の瞳で見抜き、すぐさま連射を叩き込む。
放水の前から目星は付けていたのだろう。迅速にして正確な弾幕がディアボロに突き刺さる。
「ようし、ボクも――日頃の恨み! 許すまじっ!」
椿も、ひとつ気合を入れながらアウルの矢を連射する。
狙うはやはり本体。
恭弥に合わせて連打、連打の弾幕で、開いた穴に押し込むようにして攻撃を叩き込み、半ば無理矢理に穴を広げる。
「や――あっ!」
ずんっ! とそこに合わせて彩香も一撃。
素直な、それ故にか早く鋭く重い一振り。
放水と合わせて羽虫達が大きく吹き飛ばされ――ついに蚊のディアボロの全身が露出する。
「貰った」
すかさず恭弥が狙いを定めて一撃。
ばんっ! とより強力なアウルの光を纏った弾丸が炸裂し、蚊のディアボロが致命傷には至らないまでもその動きを止め――
立て続けに放たれた二撃目が、その頭部を四散させた。
見事な牽制からのヘッドショットである。
「残り二体!」
「このまま押し込んでいこうっ!」
勢い付く撃退士達。
仲間がやられたことに危険を感じてか、残った二体が一気に羽虫を展開する。
放水で散らされるよりかは、散開して攻撃を、とその頭で考えたのか。
各々の防御に僅かを残して、薄く広く羽虫達が拡散する。
ぶおぉぉおおん、と大きくなる耳障りな羽音。
霧と言うよりは一迅の風になり、羽虫達が突撃して――
「――ではでは、アンコールでございますっ☆」
「アハハァ――こっちも、もらいィ!」
瞬間、清の土星から放たれ、炸裂したアウルの輝きが。
黒百合がその指から伸ばした銀糸の先端、球体から伸びた無数の針が。
それらを一斉に、一瞬にして撃ち落とした。
ぱらぱらと砕けて落ちる羽虫達に、笑顔を携えて礼儀正しくお辞儀をする清。
感情の高ぶりからか、狂気を伺わせる笑みと共にしゅるんと銀糸を踊らせる黒百合。
趨勢は決まった。
狼狽えて慌てるようにるように羽音を強くするディアボロ二体に、攻撃が殺到する。
「目障りなのよ――さっさと落ちろォォォ!」
黒百合が再び一発。
踊る銀糸が煌めきながら浸透し――「穿て」の一言で残った羽虫達が正しく微塵に散る。
せめてもとばかりに突っ込んでくる羽虫達を、
「あらあら――アンデルセンっ☆」
「来ないでったら!」
清の纏う天王星の白い輝きから生まれた夜空のような黒い防壁が受け止め、立ち往生したところを里美の放水が容赦なく追い散らす。
一体が欠けたことで、もはや充分な羽虫の数を一気に集めることもコントロールすることも出来ないのだろう。
明らかに黒い触手の攻撃はキレに欠け、防壁を突破することが出来ない。
「そら――行くぜ」
恭弥の連射にも乱れはない。
変わらずの正確な猛攻が、薄くなった羽虫の防壁をすり抜けて、二体のうちの一方、蝿のディアボロに次々と命中する。
焔の瞳で敵を見据える恭弥は、普段の彼とは違って、薄く笑っているようにも見える。
「そこっ!」
そうして、次の止めを浚ったのは彩香だった。
先ず、大太刀によって一薙ぎ。
羽虫達を完全に吹き飛ばしながら、蝿のディアボロを見据え。
恭弥の連射に追いやられ、逃走も反撃も出来ずにその場に釘付けになっているところを、大上段から両断。
「やあああああっ!」
ずんっ! と。
大太刀の一閃には、流石にひとたまりもない。
残すは一体。
とはいえ――既に勝負は付いている。
羽虫達の防御は無く。短期で浮かんでいる蜂型ディアボロが一匹のみ。
「喰らえーっ!」
そして、気合の入った椿による、アウルの矢による猛攻。
それが翅を削り取り、立て続けに命中して、ふらつかせ――
「トドメっ!」
最後に放った一発が正しく止めとなって蜂ディアボロを吹き飛ばし、商店街の地面に叩き付けた。
「っ、ふぅーっ……! 終わったね!」
「終わったわねェ。スッキリしたわァ」
「終劇でございますっ☆」
最初から最後まで快活に羽虫達を吹き飛ばした三名がわいわいと鬨の声を上げる。
対して重要な役目を担った里美は、もうこれからの一夏分の虫は十分に退治したと言わんばかりの顔だ。
「今日はスーパーで蚊取り線香買って帰ろう……」
「あはは…… きっと、ここで売って貰えるわよ。 さ、その為にも片付けをしよう」
彩香が朗らかな微笑みで慰めつつ、周囲をぐるりと見回しながら言う。
何しろ、ひょっとすると一万匹では足りないかもしれない数の羽虫を駆逐した後だ。
極力被害が出ない、中央の交差点広場まで誘導はしたものの、周囲は酷い有様になっている。
「そうだねっ。よし、あと一息、ガンバローっ♪」
おー、と元気よく拳を上げる椿。
恭弥も、やれやれ、と言わんばかりの面倒くさそうな様子だが、しっかり手伝ってはくれるようだ。
そんな彼の視線の先で、くるっぽー、とディアボロを退治したからか戻ってきた鳩がひとつ鳴いたのであった。