●茶畑奪還戦
「――ではっ、宜しくお願いしますっ」
宮古・瀬憐が言う。気合十分――いや、半ばヤケクソ気味と言ったほうがいいだろうか。
現場である茶畑に到着した、瀬憐含めて七人の撃退士達。
各々が見遣れば、確かに茶畑のそこかしこで頭から茶の木を生やした色とりどりの球体――見ように寄っては饅頭のようなものが我が物顔で跳ね回っている。
これらサーヴァントを倒し、頭の茶の木を収穫する――それが依頼の第一段階だ。
とは言え、元々戦闘用かどうかさえ分からないサーヴァントだ。
学園の撃退士達を相手取るには、荷が重すぎたのだろう。
結論を言えば、撃退士達は何一つ問題なく、首尾よくサーヴァントの殲滅に成功した。
「――攻撃、開始です!」
楊 玲花(
ja0249)の号令に従って、茶畑の四方に展開した撃退士達が一斉に奇襲包囲攻撃を開始する。
玲花自身も気配を殺しながら接近、飛び出したところで苦無を振るい、二体のサーヴァントを立て続けに仕留め、離れた一体を投擲で倒した。
驚いてか至近から跳ねたサーヴァントをすかさず断ち、包囲に合わせて前進する。
漲っては燃えるアウル。
その撃退士たる力の波動に、サーヴァント達は追われるように逃げ出す。
「――はっ!」
斬! と刃が閃き、茶の木を跳び越えて逃げようとした一体が上下に斬り倒される。
凪澤 小紅(
ja0266)はポニーテールのリボンを揺らしながら残心を残しつつ、視線を巡らせた。
目に止まったのは少し離れたところで群れて逃げる一群。
ざっ! と光纏の赤い残像を残して、小紅が瞬間的に移動する。
慌てて逃げるサーヴァント。
しかし、致命的に遅い。
その背から、赤い残像を残す一閃が纏めて斬り裂いた。
「背を見せて逃げるとは。斬ってください、と言わんばかりだな」
「同感だ」
少し離れたところから頷くのは礼野 智美(
ja3600)。
いつもとは違う、お団子ヘアーになって短くなった髪を揺らしつつ、その手の拳銃から正確な射撃を繰り出している。
燃え上がる炎のような光纏のアウルを纏った弾丸が次々とサーヴァントに突き刺さっては、破裂させていく。
万一にも茶の木を傷付けないための配慮だろう、いつもの剣はヒヒイロカネにしまい込まれているようだった。
しかし破れかぶれに飛び込んでくるサーヴァントには、すかさず苦無の一撃を見舞っている。
遠近を単独でカバーしつつ、更に爆発的な加速力を持ち合わせている二人に死角はない。
「勿論、容赦するつもりなど毛頭ないが――」
「ま、楽しいお茶摘みと考えましょう!」
「はい。農家さんのためにも」
ずばずばっ! とアウルの刃を連続で放ってテンポよくサーヴァントを仕留めるのは氷姫宮 紫苑(
ja4360)とフルルカ・エクスフィリア(
ja7276)。
一人一人では補い切れない間隙を、二人が連携を取ることで補い合いながら、着実に包囲網を狭めていく。
「フルルカさん、そっちお願いしますっ!」
「分かりました」
大まかには紫苑が、茶の木を傷付けないようサーヴァントが飛び跳ねたところをタイミングよく切り取り、逃れた数体を地面から伸びた不気味な手が鷲掴みにする。
そこでフルルカがぴょんとひとつ跳ねながら視界を確保して異界の手ごと纏めて切り裂く、といった感じだ。
それぞれの光纏の色を切り取ったような朱と碧の刃。
それらが織り成す攻撃の波は、見るものに美しさを感じさせる。
一矢報いてやろうとか、強く跳ねては向かって来る一体を、慌てずに難なくすぱんっと弾き飛ばしながらフルルカは合図を出す。
「春夜さん、お願いします」
「任せてくれ」
フルルカが弾き飛ばした一体に向けて、小柴 春夜(
ja7470)がすかさず自分の方でも一体を弾き飛ばす。
撃退士ならではの絶妙なコントロールで空中衝突した二体のサーヴァントは、ぱぁんっ! と風船が弾けるようにして消滅した。
後には生える場所を失った茶の木だけが落ちて残る。
それを脇に退けながら、春夜は包囲を狭める一歩を踏み出しつつ、光纏を一旦停止。
アウルの波動が消えて、愚かなことにそれだけしか探知の手段を持たないのか、包囲に追われたサーヴァントが進んで春夜の射程圏内へ跳び込んでくる。
それを肉眼で照準しつつ、光纏を再展開。
半透明の黄金の光が綺麗な球を描いて、満月のように満ちる。
慌ててUターンを始めるサーヴァントに、遅い、と言わんばかりにアウルの光弾を打ち出しては的確に仕留めていく。
「や――あっ!」
瀬憐も負けじと取り回しのいい片手槍を振り回しては、皆に倣う。
そうして、サーヴァントは茶畑からものの数分で排除された。
●そして悲劇へ
「迅速な仕事に感謝するよ。これからも美味しいお茶を届けるから、撃退士さん達も頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
大本の依頼人である工場長のような親父さんから労いの言葉を受けて、近くの工場でお茶を作る過程を見たりしながら、美味しいお茶で一服を取りつつ。
そうこうしている間に、来るべき時は来てしまった。
「――お疲れ様、瀬憐。皆さんも」
遅れて現れたのは、和風茶会クラブ『わび・さび』部長の大和撫子。
つい先程まで別の任務にでも就いていたのだろうか。大学部の学生服を改造した和服に身を包み、腰には一振りの小太刀を差している。
それぞれ挨拶を交わし、一拍。
「それでは、早速茶揉みに入りたいと思いますので、皆様はもう少々お待ち頂けますか?」
「部長。宜しければ私も茶揉みに参加しても構わないだろうか?」
手を上げたのは小紅。
確かに茶揉みなど殆ど為されない製法であり、貴重ではある。
「ええ。勿論です。助かります」
快く了承する部長。
茶揉みがされなくなった理由の一つに重労働というものがある。
撃退士なら多少の披露は関係ないとはいえ、それでも手が多いのは有難いものだ。
「ほら、瀬憐も。行きますよ」
「わ、分かりましたっ」
「あ、見学はいいですか?」
ぴっ、と手を上げたのは紫苑。
それに対しても部長は快く頷く。
「叔父様、施設、お借り致しますね」
「ああ…… うん。しかし、本当にやるのかい?」
「勿論です」
親父さんの言葉に笑みと共に頷く部長。
それを見て、強く生きろ、とでも言いたげな視線が、瀬憐を始めとした皆に向けられる。
サーヴァントは天使達の創造物であり、そもそもの構造が完全に、大幅に変化しているものの、元々は感情を抜かれた人々の身体であることが多い。
その身体に植え替えられた茶の木から取れた葉をお茶にしてみる――完璧にゲテモノ食いの精神である。
どこまでも不安になるしかない瀬憐に、ぽむ、と智美は肩に手を置いた。
●お茶会の勇者達
――そうして、およそ一時間と少し。
「お待たせしました」
その言葉と共に、皆は工場の片隅にある茶室へと腰を下ろした。
それぞれの表情は様々である。
茶揉みを手伝っていた小紅や瀬憐は割と落ち着いた表情であるし、紫苑はどこか楽しげに。これは性格由来だろうか。
玲花や春夜はいまいち不安を隠せない、どこか緊張のある面持ちである。
フルルカは温和な微笑みだ。部長のわくわくとした笑みと比べれば、唯一の癒し。天使の微笑みと言っていいかもしれない。
「では、お茶を淹れさせて頂きますわね」
こぽこぽ、と手慣れた手つきで部長がそれぞれの器にお茶を淹れる。
「(さて、茶揉みは普通のようだったが――)」
「(見学していた限りでは、別に変わった所は無かったと思うけれど――)」
小紅を始め、玲花や智美、春夜はそう思いながら、部長の手つきを見つめ――
「え”」
そう声を出したのは、果たして誰だっただろうか。
「まあ、綺麗な色合いですわね」
部長が笑みのままに言う。
原因は、注がれた茶――その色が、それぞれ色とりどりに変色したからだ。
サーヴァントと同じ、それぞれ黒、白、青、赤、黄、緑、桃色の七色――
透き通った半透明で、まあ、綺麗な色合いと言えなくはないが……
「わぁ、本当にどれも綺麗ですねっ!」
興味津々といった様子である意味空気の読めない声を上げたのは、当然というべきか紫苑。
にこりと同意するように部長も微笑みを強くして、
「では、皆さん、好きな色をお取り下さいませ」
そう告げた。
撃退士達はお互いの顔を見合わせる。
そこにはサーヴァントに立ち向かっていた時のような真剣さがあった。
――楊・玲花は黒色を選んだ。
黒曜石の輝きを水に通したような、美しいとも言える輝きのお茶を手に。
「(……一見ゲテモノにみえても、美味しい食材は中華料理では珍しくないのだから、もしかしたらこれも美味しいのかしら? これも経験と言うことで、素直に頂く事にしましょう)」
それに、黒という色はお茶にはそう珍しいものではない。
ここまで純粋に透き通った黒は、まあ、珍しいが…… なんということはないだろう。
――凪澤・小紅は桃色を選んだ。
何とも言いがたい、白と赤の中間――桜色とも少しだけ違う、天然の桃を絞ってもこのような色にはなるまいという色だ。
「――」
じ、と見つめる小紅。
一抹の不安はあるが、あれこれ言っても仕方がない。出来ることをやるのみだ。
――礼野・智美は青色を選んだ。
深い海のような色。サファイアを砕いて溶かしたような輝き。綺麗ではあるが、あまり食欲を誘う色ではない。
「(好きな色だから選んだんだが、お茶と考えると少々不気味だな)」
やはり不安は拭えない。
だが、茶の席だ。せめて失礼がないようにと智美は覚悟を決める。
――氷姫宮・紫苑は赤色を選んだ。
紅葉した椛を溶かしこんだような赤。透き通った輝きはルビーのようではある。
「ルビーみたいですね! そこまでおかしな色じゃぁないけど……?」
「そうですね。是非とも味わって、どのようなものか私にも教えて下さい」
にこりと部長が言う。
「はいっ。それじゃあ、頂きます!」
思ったことは隠さない。ある意味で正しく勇者であった。
――フルルカ・エクスフィリアは白を選んだ。
白湯、というものがあるが、あれは名前に反して白いものではない。煮沸した湯を飲みやすく冷ましたものであるから当然だ。
しかしどうだろう、目の前にあるお茶はまさしく入浴剤でも入れた濁り湯のように白い。
沸かした乳酸菌飲料と言われたほうがまだ説得力があったかも知れなかった。
「(うぅん…… ごめんなさい、ちょっと怖いです……)」
心の中で部長に対する謝罪を述べつつ。
寝ッシーは膝の上。両手で器を手に、フルルカはちら、と皆の様子を伺う。
――小柴・春夜は黄色を選んだ。
ごく一般的なお茶よりも少しだけ黄色味が強いか? という程度のもの。その小麦のような色はともすればビールに見えなくもない。
勿論、アルコールの匂いなどしないが――
やはり不安は拭えない。当たり前である。
その困惑と不安を頑張って隠しながらも、そ、と春夜は器を手に取った。
「――あの、折角ですから、いっせーのせ、で飲みませんか?」
フルルカが提案する。
「そ、そうですね。折角ですから!」
一も二もなく同意したのは瀬憐。ちなみに彼女は緑色のお茶である。
一見普通。だが、この場合に限っては、何の問題もないか、さもなくば核地雷級の色。
エメラルドのような透き通った緑色が、瀬憐の手の器の中で小さく震えていた。
「ん、それでは――」
「いっせーのせ、頂きますっ!」
小紅に紫苑が音頭を取って。
全員がごく、と喉を鳴らした。
「――」
一瞬の空白。
しかし続いた反応は、様々だった。
「ぶげほっ!?」
轟っ! と最初にお茶どころか火焔を噴いたのは紫苑であった。
まるで火山噴火のような、黒々とした煙を伴う空への一撃。
『ドレイク』タイプのディアボロもかくや、という炎を噴き上げて、そのままころんと紫苑は後ろへひっくり返ってしまった。
天井もコゲた。
「ごふっ!?」
ほぼ同時に口元を抑えたのは智美。
一体どのような味だったのかは分からないが、形容しがたい味だったのであろうことは間違いないだろう。
辛うじて噴き出しはせず――ごくん、とせり上がってきたものを何とか飲み込んだようだ。
「あら、大丈夫?」
「な、なんとか……」
ひとつ息を吐き――こぉ、と出た冷気で、智美の手元の器と部長の器が凍った。
「――」「――」
場も凍った。
ダアトのクリスタルダストなんか目じゃねえ威力だった、とそれを目撃した者は後に言った。
「大丈夫、か?」
小紅はこと、と器を置きつつ、二人を見る。
凍りついていた場が何とか動き出す。
「凪澤さんは大丈夫なのかい?」
「ん――む、まあな。口の中がやたら甘いが、それ以外には」
器をちらと見つつ眉を顰めて発した春夜の声に、小紅は口元をひとつ撫でながら応えた。
そう、小紅が選んだ桃色のお茶は、途轍もなく甘ったるいお茶だった。 ――だが、それだけだった。
幾許かの不信感を覚えつつも、そちらはどうだった? と春夜を見る。
「俺も――ああ。やたら苦かったが、それだけだ」
春夜のお茶も、お茶の苦味を濃縮して煮詰めたような味がしただけで、それだけだった。
約二名の惨状を横目に、これだけか? と思いつつも、口直しにと、お茶請けの菓子を口に運び――
「――」
「どうした?」
「苦い」
「何?」
思い切り顔を顰めて、春夜は頬張った菓子を今にも吐き出しそうな顔で言った。
「まさか――」
小紅もお茶請けの菓子を口に含む。
味は――甘い。口の中が砂糖まみれになったかのような甘さ。
そしてそれは、先程のお茶と全く同じ味であった。
何とも言えない顔。小紅は甘党ではあるが、食べるものが何でもかんでも甘くなって嬉しいかというと、やはり微妙である。
それでも春夜よりはマシであろうか。
「――こっちは、普通に美味しいですね」
「はい。 ……当たり、って言っていいんでしょうか」
「微妙、ですね」
黒と白のお茶を普通に頂きつつ、玲花とフルルカはなんとも言えない様子でお茶請けの菓子も手に取る。
お茶としては昔ながら。それほど濃くはない、ほんのり甘めの味わい。
手揉み茶の特徴がしっかり出ている、良いお茶であった。
当たりなのか、それとも外れなのか――ふと、天から笑い声が聞こえたような気がした。
「――瀬憐、あなたは?」
「……メロン味です、これ」
器の底に残った茶葉を見つつ、瀬憐も何とも言えない顔で言うのであった。
――ちなみに、不幸な四名の身に起こった症状は、その後三時間ほどで元に戻ったという。