●ライン上の交錯
「――止めよ」
両手剣を携えた『冥魔のカルト』の作戦実行隊長はそう言って、トラックを止めさせた。
場所はある料金所前の分岐。
トラックは横並びになるよう広く場所を取って停車し、開けた空間を作り出した。
「撃退士の追跡に応じる。総員、戦闘準備」
通信機からの号令に応じて、殆ど乱れなく団員がそれぞれ武器を手に降車する。
「人質には気を払え。連れ戻されては作戦の意味が薄れる。 ――ただし、無闇に手を掛けるな」
「了解」
「了解」
「了解」
一致揃った応答を耳に、隊長は傍らに昏く佇むディアボロに一瞥をくれ、それから前へと進み出た。
戦いは一拍の後、撃退士達の奇襲から始まった。
「――はあっ!」
「――!」
停車している車の陰から飛び出した神喰 茜(
ja0200)が、カルトの隊長に攻撃。
和の大太刀と西洋の両手剣が交錯する。
響く剣戟の音に、震える空気。
瞬時に二、三度打ち合って、僅かに距離を取り。
茜はアウルの燃焼と共に自己へ投影した剣鬼の念によって変じた金髪を揺らし、滴る血の光纏を露にしながら壮絶に笑む。
対するカルトの隊長も、強くアウルを燃やし――黒い影を帯びたような光纏を更に色濃くする。
一拍の間の内に周囲を一瞥。
茜の攻撃とほぼ同時に飛び出してきた撃退士達によって、ディアボロは勿論、団員達も戦闘状態に突入している。
その上で、カルトの隊長はフードの下から黒い双眸で茜を見据えた。
「来るがいい、若き撃退士」
「――ふっ!」
アウル保持者の能力としては同じ阿修羅同士の対決。
光纏の残像を残しながら瞬時に再接敵した茜が、独特の構えから大払いの一撃を繰り出す。
両手剣で受けたカルトの隊長は、地面から足を浮かせて吹き飛び――
――軽い。
手応えに違和感。
咄嗟に防御の体勢を整えた茜は、直後、自発的に吹き飛んで衝撃を軽減すると同時にカルトの隊長が放った衝撃波を辛うじて受け止めた。
「――」
上等、と呟いた言葉はどちらのものか。
にぃ、と笑みを浮かべた両者は、再び交錯する。
●力と力で
――ごっ! と衝撃音が響く。
一撃ごとに地面が揺れ、決して小さくない衝撃が空気を打つ。
「う、らァ!」
千堂 騏(
ja8900)が豪腕からの一撃を打ち込んで、ディアボロの巨体に揺さぶりを掛ける。
腕部に装着したパイルバンカーの駆動を合わせて叩き込む強打の一撃一撃。
ディアボロの行動を封じる――まさに杭を穿ち、打ち込むように。
光纏の輝きが尾を引いては残像として残り、それが連打する。
巨人型のディアボロはそうそう揺るがないものの、更に騏に合わせて痛打を叩き込むマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が、ディアボロに行動の猶予を許さない。
「――」
冷たく見据える金色の双眸。
灰銀の髪は金属のように陽の光を跳ね返して、一撃の動作ごとに揺れる。
光纏の輝きは黒い焔。
一撃を見舞うごとに、ディアボロの身体を焼くかのように舐める。
「ガ、ァ!」
巨体と共にディアボロが咆哮を上げて、二人を振り払う。
共に後退して大きめの一歩を下げた騏とマキナは、互いを一瞥して、ディアボロを見据える。
纏っているローブの上からでも分かる強靭な鋼の肉体は、撃退士と言えども真っ向から力技で挑むには難敵だ。
だが――
「力。力なら――」
マキナはその右手を小指から順番に握り込み、拳を形作る。
僅かに聞こえる硬質な音。
それを耳にしながら、ひとつ頷く。
「力の何たるか、見せてあげましょう」
「ああ――見境もなく、思い上がった奴には、きつい一発をくれてやらないとな」
騏も同意して、改めてディアボロを見据える。
難敵ではあるが、だからこそ。
『この敵』には、真っ向から力で打ち倒してこそ意味がある。
それを一瞥で確認し合ったのだろうか。
「――往きます」
「応!」
淡々と宣言するマキナに、力強く応える騏。
手段、目的、有り様――様々なモノは違えど、今この瞬間に携えた意志は同じだと。
そうして二人はそれぞれの構えから一歩と一発を繰り出した。
●力と想いと
たたたたんっ! と連続した破裂音が耳を叩く。
擦過音や着弾音を立てて驟雨のように飛んでくる軽機関銃の弾丸を、しかし周防 水樹(
ja0073)は光纏を行なってあっさりと一蹴しながら、冥魔のカルト団員の一人に肉薄する。
光纏を行った撃退士にとって、V兵器の類ではないただの銃弾など多少の衝撃を伴うだけの豆鉄砲に等しい。
加えて、生身でありながら数十メートルを瞬間的にスプリントしえる撃退士は、ただの射撃手の射界にはとてもではないが捉え切れない。
この軽機関銃を水樹に放つ団員も、銃の腕に覚えはあるのだろう。
経緯は知る由もないが、水樹に対し引き金を引くことに躊躇はないし、銃の構えも堂に入ったものだ。
だが――
「――すまない」
一言だけ呟いて、水樹は得物であるハルバードを振るい、短機関銃を一撃。
柄で叩き落とし、そのまま返す峰で団員を一撃、昏倒させた。
銃弾の雨量が減る。
だが、減っただけだ。残った団員達は、抵抗を止める素振りなどない。
「周防・水樹。お前達に近く、しかしお前達とは異なる側に立つ者――言いたいことがあれば、掛かって来い」
静かに、しかしはっきりと宣言して、水樹は団員達を見据えた。
引く者はいない。
「純粋なる力の啓示のために!」
そう声を上げて、冥魔のカルトの団員が剣を振るう――
また一方では、雪室 チルル(
ja0220)も同様に戦っていた。
「純粋なる力の啓示のために!」
そう声を上げて、こちらでも冥魔のカルトの団員が剣を振るう。
何の変哲もない、粗製の片手剣。凶器ではあるが、撃退士にとっては玩具にも等しいもの。
使い手の技量も一目で分かるほどに稚拙だ。
握りにも構えにも、付け焼刃のような未熟さがありありと見える。
「引っ込んでなさいっ!」
そんな団員に、チルルは不機嫌さを氷を思わせる青色の光纏へ滲ませて、合わせるように剣を振るう。
結果は火を見るよりも明らかだ。
チルルが振るう剣はV兵器。ただの鉄の塊とは一線を画す。
当然のように粗製の片手剣は破壊され、衝撃の余波を受けて団員は吹き飛ぶ。
素人目にも分かる、明確な力の差。
それでも団員達は一切投降の素振りは見せずに、ひたすら抵抗を続ける。
「なんなのよこいつら……!」
「大丈夫か?」
声を掛けるのは北条 秀一(
ja4438)。
アウルの力で飛んでくる銃弾を払いながら、正確に応射。ひとりの銃と腕を撃ち抜いて無力化する。
「自己中なくせに、弱いんだからっ。大人しくしてればいいのに!」
「誰にも思うところはあるものだ」
否定でもなく、肯定でもない。
チルルの声に応えながら――秀一はディアボロが暴れたために飛んできた瓦礫を打ち払った。
己やチルルの為ではない。後ろで昏倒している団員の為だ。
「そんなの、知らないんだからっ!」
「――ああ、俺もだ」
チルルの声に一拍を置いて応じる秀一。
人の数だけ想いがあって、想いの数だけ正しいことがある。
そこで何を説いたって、全ては理解できない。ただのエゴにしかならない。
だから、秀一は鼻から理解しない。
ただ、自分のエゴを――想いを貫くだけだ。
「知らない――知るつもりもない。彼らの絶望を。だから、俺は否定する」
呟くように言って、秀一はアウルの翼で射界を広く取り、また一人を撃ち抜いた。
●幕引きへの力
戦いはすぐに佳境へ移りつつあった。
如何せん、撃退士の育成専門機関と言っていい久遠ヶ原学園の生徒八人と、正式でないアウル所持者が一人にディアボロが一体、武装しているとはいえ一般人が十人程度では差がありすぎる。
それを分かっていないでもないだろうに――カルトの隊長は一進一退で茜と斬り結んでいる。
戦部 小町(
ja8486)はそれを横目に見ながら、既に倒れた団員を拘束しつつ、後ろを一瞥する。
「よしっ。気を付けて、背を低くしながらいくにょろ!」
「はいっ」
事件のために特別編成されたという警官達を先導して、小町はトラックに忍び寄る。
裏方に近い仕事だが、鬼道忍軍である彼女には打って付けの役目でもある。
何より、人質の救出が早く行われるに越したことはない。
「――」
そ、と後ろに手で合図しながら、小町は警官達を止める。
す、と音もなく助手席に近寄ると、静かにアウルを強め、その細身の腕から強烈な拳を一発。
「ぐっ!?」
「お邪魔するにょろよ」
窓を貫通して手を伸ばし、助手席に残っていた一人を鮮やかに絞め落とすと、その懐からトラックのキーを探り当てた。
この間、僅か五秒足らずの出来事。
「さ、早く早く!」
「は、はいっ」
撃退士の力を至近で目の当たりにして僅かに呆けている警官達を急かすと、小町は再び戦闘の様子に一瞥をくれながら、音もなく走る。
「――」
狙撃銃型V兵器ののスコープ越しに、那月 読子(
ja0287)はタイミングを図る。
照準器の向こうでは、カルトの隊長と茜が激しく斬り合っている。
戦闘開始から数十秒。
阿修羅傾向のアウル能力者同士の戦いは流石に苛烈で、茜は何とか渡り合っているものの、いつ危機的な状況に陥ってもおかしくはない。
恐らく、それまでの経過とほぼ関係なく、決定打となる一撃を決めた側が勝利する。
だからこそ、ブレイクショットで全てを決するつもりで、読子は慎重に息を吐く。
二発目は、そうそう許してくれるまい。
「……人を撃つのは、初めてね」
何気なく呟いて、読子は息を止める。
初めてだからと言って別にどうこうはない。ただ、照準の動かし方が異なる――それだけの話だ。
観察で読み込んだカルトの隊長と茜の動きを脳内でトレースする。
読みが正確であれば、五秒後に決定的なタイミングが来るはずだ。
5、4。
茜が一撃を繰り出し、カルトの隊長がそれを紙一重で回避する。
3、2。
カルトの隊長が回避運動から立て続けにカウンターで刃を振るい、茜もそれを浅く受けながらカウンター気味に返す。
1――
両者が僅かに離れ、足が止まる。茜が強烈な一撃を放ち、カルトの隊長がそれを受け流そうと下がって、足が伸び――
――0!
予測通り、自ら照準器の中央に収まってきたカルトの隊長に対し、読子はアウルの弾丸を放った。
スコープの向こうで、肩に一撃を受けたカルトの隊長の体勢が明らかに崩れる。
そこへ茜が追撃の一撃。
「――見事だ」
く、とフードの下からは笑みを伴う声が出て、茜と読子を視線で見つつ賞賛する。
深い傷。
少なくとも戦闘を継続することは不可能と見て、茜はひとつ息を吐いた。
「――何が目的?」
「純粋なる力の啓示のために」
様々な意図を込めて口にした茜の声に、カルトの隊長はローブの下からそれだけを応えた。
中年に差し掛かったぐらいの、何処にでもいそうな顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。
これは、本当の目的を知っている顔だ。
「――ま、いいわ」
問い詰めるつもりもなく、身体に響く痛みと疲労を感じながらも茜は周囲を伺う。
他の団員は水樹、秀一によってほぼ捕縛。人質も小町によって救出されつつあるようだった。
ディアボロも――
「う、おらあッ!」
「――ふ、ッ」
「これで、お終いよっ!」
力強く、そして静かな呼気。
騏とマキナ、そして後から追って加わったチルルの強打を受けたディアボロが、真っ向から仰向けに倒れた。
小細工など殆どない、力押しの相対。
あまりにも単純明快なれど、これらを相手にするには相応しい戦いだったのかもしれない。
「ひとまず、これで終わりね」
「――」
茜の見下ろしに、やはり笑みで返すカルトの隊長。
何かがあるのだろうと感じつつも、問い詰めるのは他の誰かがやってくれるだろう。
そう思って、茜は応急手当のために踵を返した。
●次なる祈り
――こうして『冥魔のカルト』によるひとつの事件が終わりを告げた。
事件に関係した団員は全員を捕縛。
ディアボロも撃破され、人質も全員が救出。
犠牲者がいなかったわけではないものの、一応の解決を見た、とされた。
だが、これが幾つもの事件の幕開けであることを、この事件に関わった誰もが感じていた。
「――この世に絶対なる力の啓示を。富ではなく、権でもなく。ただ純粋なる力を以って」
昏い部屋で、その声は途切れない。