●天地の交錯
「――来たかな?」
猟師のヴァニタス――BMが呟く。
あるオフィスビルの屋上から眼下を見下ろして一言。
手にしている猟銃は別段構えるでもなく、肉眼で、遥か彼方の通りからオフィス街に入ってくる九人を見て。
「君達にとってもこんなのは嫌かも知れないが――宜しく頼むよ」
まるで労うように言って、BMは軽く手を上げた。
ぎゃあぎゃあと喚いていた怪鳥ディアボロが揃って進路を変え――ゆっくりと滑空。
高度を下げ――展開を始める撃退士達に向かっていく。
「しばしお付き合い願おうか――」
かちり、と腰のポーチから二種類の弾丸を手にすると、それを猟銃に込め、BMは隣のビルの屋上へと跳躍した。
「――来るぞ!」
いち早くディアボロの接近を発見したリョウ(
ja0563)が声を上げる。
高高度の蒼空から次々と怪鳥ディアボロが向かってくる。戦場を悠長に選ばせてもらえる時間はないらしい。
「E3でやる。ミリアム、連絡を」
「分かったっ」
携帯機器を片手に、ミリアム・ビアス(
ja7593)がいずこかへ呼び出しを掛けながら走る。
撃退士達は最も近い戦闘候補地を選択。
移動を開始する。
「どいてどいてっ! 逃げてっ!」
ちらほらと残っている一般人を声で追い立てながら猪狩 みなと(
ja0595)も走る。
怪鳥の影はすぐそこだ。
自分の影に重なろうとしながら徐々に大きくなっていく様は、こちらを鉤爪で捉えられる位置に着こうとしているに違いない。
逃走を演出しながら、選んだ戦場――一本の路地裏へと撃退士達は展開していく。
路地裏には、物陰から怪鳥の様子を伺っていた一般人が残っていた。
しかし撃退士達が彼らを逃している間、怪鳥ディアボロは降下を止め、高高度から撃退士達を見下ろしている。
「――これだけ時間があってまだ被害が出ていないことから見ても、一般人に被害を出さないつもりか」
「そうみたいだね。何が目的なのか……」
リョウの声に天羽 流司(
ja0366)が応え、ディアボロを見据える。
「罠か陽動か。何にせよ、裏でコソコソやっとんのは間違いないな――よし、やるぞっ!」
獅子堂虎鉄(
ja1375)が鼓舞の声を上げ、全員が改めて戦闘態勢を取る。
――それを確認したかのように、ディアボロは飛び込んできた。
「――あそこを選んだか。なるほど、悪くない」
BMはひとつ跳躍して、撃退士達が展開している路地裏を見通せる位置へと移動する。
ある雑居ビルの非常階段上。そこから路地でディアボロと戦端を開いている撃退士達の姿を確認し、猟銃を構える。
スコープはない。
アイアンサイトを肉眼で合わせ――流司の、その武器を正確に照準する。
一拍の間。
トリガーを引き――
「!」
その寸前で、BMは素早く身を引いた。
しかしそれよりも早く、一発のアウルの弾丸がBMのベストに着弾する。
「狙撃手か――」
BMはすかさず照準を動かし、返礼として発砲する。
「っ!」
ずがんっ! と強烈な弾丸が身を掠り抉って窓枠をも大きく抉り取る。
ずきんと痛む身をすぐさま引っ込めて、月夜見 雛姫(
ja5241)はひとつ息を吸って吐き、狙撃銃をヒヒイロカネに撤収し、机を飛び越えて駆けた。
周囲で唖然としているサラリーマン達の姿を尻目に、雛姫は携帯を懐から取り出しては呼び出しを掛ける。
「ミリアムさん、ヴァニタスのマーキングに成功しました。今、少し位置を変えて――西側ビル屋上にいます」
「ありがと――皆、西側屋上! ――そっちは大丈夫?」
「カウンターで撃たれましたが、なんとか。狙撃位置を変更致しますので、支援再開に少し時間をください」
「分かった」
「――影よ、蝕め。その嘆きを以て」
リョウの手から伸びた影がディアボロの一体を縛る。
アウルを練り込んだ影による強烈な捕縛術。
行動の自由を失ったディアボロに対し、一点集中で撃退士達が攻撃を仕掛ける。
「や、っ!」
レン・ラーグトス(
ja8199)が大太刀で翼を一撃。
舞い散る刃のような羽毛に傷を受けながらも、集中した一閃を放ち。
色とりどりの羽毛を刈り取って、返す刃で根本を狙いに行く。
だが、一撃では落ちない。
「ふんっ!」
すかさず合わせたのはフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)。
レンが与えた傷の上から更に大剣による大上段の一撃を加え、翼を落とす。
ディアボロもやられてばかりではなく、自由になる鉤爪や翼を振り回しては、跳びかかってくる撃退士達を打ち落としにかかる。
「そんなもので――」
飛んで跳ねてのステップから、鋭い蹴りを繰り出す桐原 雅(
ja1822)。
避け切れない攻撃が傷を作るが、その程度で雅は止まらない。
懐に潜り込んでは翼の根本をつま先で穿ち、鉤爪を物ともせずに足を打ち払う。
「やられはしないよ、ボクは」
ディアボロの体勢が崩れたその一瞬。
双剣を抜いて、至近距離から首を一撃。
「せ――はあっ!」
正面切って別の一体と相対するのは君田 夢野(
ja0561)。
「お前のビートなんかに負けるかッ!」
繰り出される鉤爪と刃の羽毛を独特のリズムに乗って的確に払い、ディアボロの攻撃を引き付ける。
「気をつけろ――右! 降りてくる!」
流司が警告の声を上げつつ、炎の弾丸をばら撒いて降下してくるディアボロを牽制する。
流石にこの狭い路地でただでさえ広さと動きを制限される中、直撃を何発も受けてまでは降りてくるつもりがないのだろう。
二体のディアボロは反撃に刃の羽毛を飛ばしつつも、既に降りている一体と新たに降りた一体の援護に転じる。
「――流石にこうも動かれては狙い辛い…… なるほど。先程の一発か?」
BMは明らかに自分の位置がマークされているのを感じながら、ろくに狙いを付けずに一発を放つ。
弾丸はビルの看板を撃ち抜いて飛翔し――ミリアムの至近に着弾、瓦礫を撒き散らして彼女を打ち据える。
「先程の狙撃手の少女も上手く逃げられてしまったしな…… 狙撃はこちらから狙えない場所を使っているな」
独り言ちながら、BMは、楽しくなってきた、と呟いて、更に位置を移動する。
「ミリアムちゃん、大丈夫!?」
「なんとか。びっくりした」
石埃を払いながらミリアムが一息つくのを確認して、みなとも息を吐く。
BMからの狙撃は暇あればミリアムを狙う形で、恐らく連絡担当が見抜かれているのだろう。
ちらとゴミ収集箱の影からBMが移動したことを確認して、ミリアムは自分がカラーボールを投げつけて付けたディアボロへのマーキングを頼りに、無造作にリボルバーを連射する。
夢野が相対している一体に隙を作り、そこへ夢野の一撃が当たる。
「よし、ミリアムちゃん、背中貸してっ」
「よしきた」
みなとの要請に応えて、ミリアムが言葉通りに背中と肩を貸す。
長身のミリアムをジャンプ台にして、みなとは跳躍。
破損したビルの看板によじ登っては、そこから再び跳ぶ。
狙うは、敵の頭上。
「やあああぁっ!」
ずがんっ! と高所から脳天へと突き刺さるかのような一撃。
そしてみなとだけには留まらない。
ミリアムもその後を追うように飛んでは、みなとと合わせて生身の人間なら頭が丸ごともぎ取られそうな一撃を見舞う。
夢野を相手取っていたディアボロは、そうした視界外からの二撃を受けて地に伏した。
●相対
「頃合かな…… よし、奴を抑えに行くぞ!」
「応!」
「うむ、奴にそろそろ礼儀を教えねばならぬ」
ディアボロを二体撃破したところで、武器を収めつつ、夢野、虎徹、フィオナが戦域を離脱する。
携帯を手に、呼び出すのは雛姫。
彼女の案内を受けながら、三人は撃退士の運動能力を以って一気にビルを駆け上がる。
そうして三人が至ったのは、あるビルの屋上、室外機が一角に置かれ、換気口が並ぶ場所。
そこにヴァニタス――BMがいた。
「――来たか」
ちらと名残惜しげに眼下、ディアボロと相対する六人に一瞥を向けつつも落ち着いて三人へ踵を返すBMに、三人は油断なく展開を済ませる。
「何企んでやがる? 裏でコソコソしているのはお見通しだぞ!」
虎徹が威勢よく突き付けると、BMは、ふむ、と一言。
「別に僕は大したことはしていないとも。僕のご主人様はどうかは知らないが」
「主人か」
「流石に僕のご主人様が何をするかについては言えないし、言うつもりもない。何の目的があって僕をこうさせているのかも」
「当然であろうな。話すのであれば、鴨撃ちのような興の冷める真似を許してやろうかとも思ったが」
フィオナが不敵に言っては、じり、と一歩分距離を詰める。
そこでBMは初めて、下げていた銃口を上げて構えた。
「それ以上は近寄らないで欲しい。僕も苦手な距離というものがあるからね」
言われて、三人ともが彼我の距離を確認する。
三人とBMの合間は五十メートルもない。
撃退士ならば十分に近接戦闘の有効射程内だ。
「言いやがる」
「僕も出来れば下の鳥達を放っておきたくないからね」
BMの口振りは、彼が明らかにディアボロの指揮を執っていることを示すもの。
ここでBMを抑えれば、狙撃の中段も含めて下が格段に楽になることも示している。
「お前は…… 何の為にヴァニタスと成り、何の為に戦っているんだ?」
夢野が質問を投げかける。
時間稼ぎの意味もあるが、純粋な興味からの質問。
「何の為、か」
ひとつ感慨げに言って、BMは踵を返す。
「実に悪魔的な話だが――まだ死にたくなかった。それだけの話だよ」
BMが銃を構え、瞬間的に狙撃の体勢に入る。
狙うは眼下、ディアボロと相対している五人。
「させるか!」
「舐められたものよ!」
三人がそれぞれ距離を詰める。
BMが眼下へ一発を撃ち、次弾を装填しながらそのまま踵を返す。
接近してくる三人のうち、最も突出しているフィオナに対し無造作に一発。
「くっ!」
至近距離からの直撃弾を辛うじて剣で逸らしたものの、フィオナの勢いが鈍る。
射撃と射撃のインターバル。その隙に、夢野と虎徹が踏み込みを掛け――
ずばんっ! と間髪入れずに響いた衝撃音と共に、夢野と虎徹が吹き飛ばされた。
「うあっ……!」
「ぐっ……!」
盾を構えたものの、それを貫く衝撃をを受けて、もんどり打って倒れる虎徹。
夢野は直撃は免れ受け身は取ったものの、再び距離が離される。
床に残る無数の荒々しい弾痕。
BMは自発的に距離を取りながら、ひとつ息を吐く。
「やはり近付かれるのは苦手だ。肝が冷えるよ」
「抜かしおる」
フィオナが軽い汗と共に笑みを浮かべながら言う。
アウルの防壁の展開が一瞬でも遅れていれば、フィオナも虎徹と同様に吹き飛ばされていただろう。
フィオナが見たのは、最初にフィオナに撃った時とは異なるもう一方の銃口が火を噴いたところだ。
狙撃用の弾丸とは別に、接近戦用の弾丸を込めているのだろう。
「苦手なモノがあるなら、それを一応でもカバーできるようにしておくのは悪いことじゃ――」
BMの言葉が途切れる。
即座に踵を返し――
「――て、えぃっ!」
「うおっ!?」
それよりも早く、忍び寄ってきていたレンがBMの猟銃よりも内側に飛び込んだ。
ずばんっ! と再びの爆音と共に、虎徹ら三人にも放たれた炸裂弾が空撃ちに終わる。
「夢野、虎徹を頼むぞ!」
フィオナもその隙を逃さずに、BMへ接敵する。
ステップで身を引いたBMは、肝が冷えるという言葉に嘘はないのか僅かに取り乱す様子を見せたものの、落ち着いて猟銃のストックでレンの大太刀を防ぎながら、そのまま一撃を返す。
「っ!」
鈍器的な一撃。
受けて間が開いた瞬間、目にも留まらぬ速度で銃を構えたBMがレンに向けて一粒弾を発砲。
すかさず割って入ったフィオナが、アウルの防壁でそれを辛うじて弾く。
「ち――面白いじゃないか」
「我もよ。無傷で逃げれると思うな!」
「同じくっ、させないからね!」
――どんっ! と再び発砲音が響く。
屋上での戦いは路地裏での戦いを他所に、加熱していく。
●ここでは終わらぬ
「――あと、一匹」
双剣をヒヒイロカネに消しながら、雅が倒れ伏してくるディアボロの下から逃れる。
「はっ!」
みなとがアウルを込めた衝撃波を放っては飛び込み、最後の一体からの伸し掛かりを回避。
「影よ――」
その隙を突いて、ばし、と伸びたリョウの影がその一体を見事に捕らえた。
四人がヴァニタスの対応に分かれてから、狙撃は途絶え、怪鳥の動きも目に見えて悪くなった。
これを好機と逃さず畳み掛けた五人は、雛姫の狙撃もあって早々に二体を撃破。
残すは最後の一体。
「――これで最後だ」
流司が炎の弾幕を以って、乱れ散る羽毛ごとディアボロを焼き、道を作る。
合わせて駆け込むのは雅とミリアム。
息を合わせ、見事な足技の連打で翼を打ち据え、戦闘能力を、離脱力を奪う。
振り回される鉤爪をみなとが挫き、払い、体制を崩す。
リョウが放った黒焔の槍が、胸元を貫いて――
だんっ、と放たれた雛姫の狙撃が、ディアボロの頭部を撃ち抜いた。
「――やられてしまったか」
びしり、と放たれた一矢を猟銃で弾き受け止めながら、BMが聞こえよがしに言う。
「後は貴様を残すのみ」
笑んで言うのはやはりフィオナだ。
一度は倒れた虎徹も夢野に守られるようにしながら立っている。ぎりりと引き絞った弓は、油断なくBMに狙いを定めていた。
レンもいくらか傷は受けているが、辛うじて健在だ。
鷹のような金色の瞳に燃える闘志は、まだまだやる気があることを十二分に示している。
BMも宣言通り無傷ではない。
かなり戦ったが、本当に接近戦は不得手なのだろう。
「仕方ない――君達の勝ちだ。僕は逃げるよ」
一方的に言って、BMは逃げの姿勢に移る。
「っ、待ちやがれ!」
「待てと言われて素直に待つ悪魔はいないよ!」
夢野の叫びに笑いを伴う声で応え、BMは爆発的に加速すると一跳躍。
「楽しかった! 次に会った時にはまた違う形で頼むとも!」
ははは、と笑いの残滓を残しながら、姿がオフィスビルの合間へと消える。
「勝手を言う。不愉快な輩だ」
「――くそ。やっぱり、ヴァニタスとなると甘くない、かぁ……」
BMが去っていった方を見据えながら、各々がそれぞれ言葉を漏らす。
「ま、勝ちは勝ちだ! それは、誇ってもいいんじゃないか?」
「うんうん、ヴァニちゃんは逃げたけど、ディアボロは倒したし、あたしたちの勝ち!」
虎徹とレンが笑いと共に言う。
そんな二人に幾許かの笑みを貰いながら、撃退士達は撤収の準備を開始する。
――こうして、天魔による脅威がまたひとつ取り除かれた。
しかし、これはまだ前哨戦に過ぎないと誰もが感じていたのも、また事実であった。