●ある農家のブログ
嵐の日には俺は窓際でよくそわそわとする。
畑を守るために十分に対策は講じたものの、それでも心配は拭えないからだ。
恐らく外で育てる何かを手にしたことがあるなら、この気持ちが分かってもらえるだろう。
今日、俺はそんな気分になった。
別に嵐が来たわけではない。いや、もっと最悪なものが畑には徘徊しているのだが。
そうなったのは――待ちに待っていた撃退士達が来たからだ。
事の起こりは数時間前になる。
俺の畑に天魔が出現した。勿論、初めての経験だ。そう何度もあって欲しいものじゃない。
退治の依頼を行なって、すぐに出動の連絡が来た。
受付の女性の迅速な仕事に感謝しながら、俺は彼らが来る時刻まで時計と睨み合いながら過ごした。
俺は天魔――俺のところに出たのはディアボロらしいが――を見たのはテレビ越しぐらいのもので、つまりは撃退士を至近で見たことがない。
どんな撃退士達がやってくるのだろうか、そしてしっかり撃退してくれるのだろうか。
畑は気にしなくていい、と言ったので、こちらが足を引っ張ることはないだろうと思いつつ、不安は拭えなかった。
そしてやってきた彼らは――二人を除いて、十代の半ばぐらいかという少年少女だったのである。
いや、勿論、久遠ヶ原学園の存在ぐらいは知っているし、彼らぐらいの撃退士が活躍しているという話は耳にしたことがある。
けれども実際に彼らがディアボロの掃討に当たると聞いて、俺はやはり不安を拭えなかった。
畑が心配なのではない。純粋に彼らを思ってのことだ。
ここまで読んだ方には、俺の心配が杞憂であることを知っているかもしれない。
もしもこれを読んだ他の誰かが俺のような心配を抱くとすれば、その理由はただひとつ。
それは勿論、彼らが戦っている光景を見たことがないからだ。
凄まじかった――そう言う他ない。
●大地の守護者
「敵発見――龍転っ!」
高らかに叫ぶのは雪ノ下・正太郎(
ja0343)。
青き光を纏って、リュウセイガーたる姿となった彼は、眼前のディアボロに向けて宣言する。
「お百姓さんの味方、我龍転成リュウセイガー見参っ!」
「オオォオオオォオォ!」
とうもろこしのディアボロは、リュウセイガーの声に応じるかのようにおどろおどろしい声を上げ、とうもろこしの房の腕を振り回しながら向かって来る。
見かけによらず、速い――だが、リュウセイガーは怖気づくことなどなく、正面から独特の構えで相対する。
「ハンランゲキっ!」
一発。大地に響く声と共に放たれた拳から、衝撃波とアウルがディアボロを打つ。
ディアボロの茎のような肢体がくの字に折れる。だが、それでも向かって来るディアボロは、リュウセイガーに体当たりをぶちかます。
リュウセイガーは避けない。
「畑も平和も、守って見せるっ!」
背後にあるとうもろこしの一本を背に、リュウセイガーは体当たりを受け止める。
「おおおおおっ――ハドウ、ショウっ!」
がっつり組み合った状態から、ディアボロの中心部を穿つ一撃。
どんっ! と大地が震える重い響き。ディアボロが吹き飛ばされ、宙に浮く。
その隙を見逃さずに、リュウセイガーは再び一撃を繰り出した。
「止めだ――ハンランゲキっ!」
衝撃波にディアボロが打ち抜かれ、地面に倒れ伏す。
色を失って、ぼろ、と崩れ始める様子に、リュウセイガー――正太郎はひとつ息を吐くのだった。
一方で、羽山 昴(
ja0580)も戦っていた。
「こっちも敵確認――ふっ!」
地面に転がっているとうもろこしの房を避けて一歩を踏み、昴は一撃を繰り出す。
ジャマダハルを使っての刺す一撃。拳と共に突き出される鋭く疾いスマートな剣閃を、ディアボロは受けきれずに刻まれていく。
「オォオォ!」
ディアボロもおどろおどろしい声を上げて房を振り回すものの、昴はそれを的確に往なしていく。
動きにはやや癖があるものの、落ち着いて相手をすればどうということはない。
昴は余裕を持って、周囲のとうもろこしを傷付けないよう気遣いながら、体当たりを受け流して、すれ違いざまに一撃。
「オォォォォ!?」
房が切断され、宙を舞って落ちる。
ディアボロが戦いたその隙を見逃さずに、昴は立て続けに連打。
洗練された古流武術を元に、撃退士の運動能力を持って繰り出される連撃は、舞踏のように美しい。
「せっ、はっ、ふっ――はぁッ!」
短い呼気。
数秒の合間に三発を打ち込んで、止めの一撃。
それで細い茎を上下で真っ二つにされたディアボロは、ぱたりと崩れ落ちた。
二人が先んじて二体を仕留めたところで、畑全体の雰囲気が変わる。
響くのは、オォオオォオォ、というとうもろこしディアボロのおどろおどろしい声。
がさがさととうもろこしの垣根が揺れては、次々とディアボロが姿を現す。
姿を隠していても意味がないと知ったか、あるいは不意打ちでも一体一体では勝てないと悟ったか。
「やああっ!」
武田 美月(
ja4394)が気合の一声と共に一体を突き貫く。
「ォオォオォォ!」
しかしすぐさま別方向からとうもろこしの垣根を掻き分けて現れる一体。
「っっ!」
一撃を受けつつも、返す一撃で葉を切り払いながら、美月は怒声を返す。
「畑を、荒らすなっっ!」
気合一閃。
短剣を巧みに操り、狭い戦闘域の中でステップを効かせ、怒涛の勢いでディアボロを切り刻んでいく。
斬! と袈裟にまた一体を断ち切って、一瞬の合間に息を吐く。
「そちらは大丈夫か!?」
響いた声は銅月 零瞑(
ja7779)のもの。
向こうも交戦しているのだろう。
空気を裂く槍の音が畑に響く。
「大丈夫っ、何とかなる!」
咄嗟に声を返しながら、美月は次の一体の房の一撃を受け止め、一撃を返す。
「こちらも会敵――一体だ、片付ける!」
「こちらリュウセイガー、三体だ! 可能なら応援頼む!」
俄に畑が戦いの音で沸く。
とうもろこしの垣根で視界が効かない中では、横一列で畑に入ったものの、それぞれが分断されてしまった状況に近い。
しかし狙い通りというべきか、畑へのダメージは最小限で済んでいる。
全員で纏まって踏み入ろうものなら、戦闘の身動きでとうもろこしを薙ぎ倒していたのは間違いないだろう。
そんな中で、ざざっととうもろこしの垣根を苦もなく抜けて移動するふたつの影がある。
ひとつは瑠璃堂 藍(
ja0632)。
黒焔の光纏にその影とポニーテールの髪を揺らしつつ、速やかに戦場へ。
そっと美月が戦っている一体のディアボロの背後へと回り込むと、攻撃の瞬間にそこへ割り込んだ。
「――はっ!」
短い呼気と同時に、振り抜いた手からアウルを込めた影の刃を投じ、ディアボロの腕である房へと突き立てる。
「ォオォ!?」
声を上げて美月に襲い掛かろうとしていたその動きが止まる。
その隙を見逃さずに、美月が息を合わせる。
振り返って藍に襲い掛かろうとするディアボロを払うように一撃し、それに合わせて藍も大振りのサバイバルナイフでディアボロの乱れた一撃を難なく払うと、お返しとばかりに一撃を見舞った。
前後からの同時攻撃に、たまらずディアボロは崩れ落ちる。
「ありがとっ!」
「どういたしまして」
ふふ、と笑って美月の声に答えると、藍は立て続けに影手裏剣を投じ、離れた一体を牽制する。
「この勢いで、一気に片付けて行きましょう」
「勿論っ!」
藍の的確な牽制に合わせ、美月が短剣でディアボロを薙ぐ。
緊密な連携打に、ディアボロは為す術もなく打ち倒されていく。
「くっ!」
影のもうひとつは、リュウセイガーがディアボロ三体がかりからの猛攻を受けている背後に、すぅ、と音もなく現れると、ずんっ! と大上段から大剣の一撃で一体を斬り捨てた。
「感謝する!」
「……ん。助けに来たぞ」
癖毛を揺らし、続けざまに斬り上げの逆袈裟でもう一体を片付けに掛かってから、ワンテンポ遅れて返事をする影は殺村 凶子(
ja5776)。
リュウセイガーが立て続けの連打で一体を仕留める傍ら、房を振り回しながら反撃を掛けてくるディアボロに対し、凶子は振り上げた大剣を再び振り下ろし、片房を奪う。
それでもなお突撃してくるディアボロ。
「……邪魔」
何に対して言ったのか。
凶子は首を傾げて長い前髪を揺らしながら、はっきりと現れた金色の瞳でディアボロを見据える。
大剣から手を離し、前に突き出しながらヒヒイロカネから拳銃を抜く。
そのまま至近距離から無造作に三発を打ち込んで、拳銃をヒヒイロカネに戻すと同時に、振り上げたもう片手へ大剣を現しては両手で保持。
ずんっ! と振り下ろした大剣で、見事にディアボロを叩き斬った。
「良し、このまま往くぞっ!」
髪を揺らしながら更に向かって来る二体をリュウセイガーと共に凶子も見据える。
「……ああ、異論はない」
返事はやはり一拍遅く。
ほぼ同時に、凶子はディアボロに向けてその大剣を閃かせた。
優勢などひとつもなしにディアボロ達が狩られて――いや、刈られていく。
立て続けに三連突き。
「はっ!」
零瞑が短槍を見事に扱って、下段から中段、上段を突き、ディアボロの三点を貫く。
払って薙ぎ倒しては、そのまま勢いを殺さずに反転し、上段から唐竹割りとばかりに背面のディアボロを一撃。
二メートル近い長身から繰り出される槍術は、ディアボロを寄せ付けない。
武術の型のように洗練された美しさはないが、野獣のような力強い勇ましさと荒々しさが別種の美しさを魅せている。
「ぬんっ!」
ずん、とまた一体が鋭い切っ先に貫かれて崩れ落ちる。
多少は知能があるのだろう、ディアボロもただやられるばかりではなく、一体は背後から、もう一体は側面、とうもろこしの垣根の中から襲ってくる。
「ふ――」
零瞑は間隙を縫って息を吐き、踵を返しながら短槍を一度手放す。
瞬時にヒヒイロカネから苦無を手に。それを側面へ投じて、牽制打を一撃。
「オォォ!」
「遅い――」
背面から迫ってきたディアボロに相対すると、居合のようにヒヒイロカネから抜いた短槍で正面から貫いた。
あとは単純。
一歩遅らされて側面から突っ込んできたディアボロに二度、突きを見舞ってからの縦薙ぎ。
その連撃を最後に、とうもろこし畑での喧騒は途絶えた。
――こうして、畑を荒らすディアボロは、六人の撃退士達の手によって刈り取られたのだ。
●ブログの後付
――目にも留まらぬ乱舞。
戦うことには全くの素人の俺でも、彼らの戦いぶりには惚れ惚れとするものがあった。
彼らは小一時間も掛けずに俺の畑に現れたディアボロを殲滅してくれた。
それだけでなく、奴らに荒らされてしまった畑を整える手伝いまでしてくれたのだ。
畑は気にしなくてもいいと言ったのに、可能な限り気にかけてくれたばかりか、しっかりと仕事を完遂してくれた彼らのことを、俺は忘れない。
彼らのお陰で、収穫の日は近い。
俺は彼らをテレビ越しに応援することも勿論だが、俺は俺の仕事を持って、彼らが力強く戦えるように応援しようと思う。