●闇への一撃
「――いる」
そ、と扉の影から仄暗い地下駐車場内を覗き込んで、龍崎海(
ja0565)は静かに告げた。
狭い視界の中。
向こう側の壁近く、車と柱の影に、ひょっこりと海を見つめるのっぺりとした面と見開かれた二つの眼球がある。
事前情報の通りだ、と見て、海は扉の影に顔を隠した。
そこからひとつ息を吐いて、海は静かにアウルを燃やし、その波動を静かに広げていく。
「――よし、手筈通りに行こう」
一拍。
共に来た仲間達にそう告げて、頷きを確認する。
事前に練り込んだ作戦が展開され、その幕を開ける。
作戦の骨子はシンプルだ。
ディアボロの性質を利用し、囮を置いて、一体ずつ確実に対処する。
「――さあ! あたいに倒されたい奴からかかってきなさい!」
そう威勢よく啖呵を切って、囮役を務める一人である雪室 チルル(
ja0220)は通路に躍り出た。
ふんっ、と気合をひとつ。
両手剣を構え、辺りの影を見据える。
そして最も重要なのは、複数体のディアボロが囮に攻撃するという状況を防ぐこと。
「――」
那月 読子(
ja0287)は自分の得物にして半身たる大型の狙撃銃をその身に抱くようにして静かに構え、一台の車の上からその為の初弾を放った。
低倍率に換装したスコープを覗き込みながらの一射。
撃ち出された弾丸は薄明かりを切り裂いて飛翔し、車の影から姿を伺わせようとしていた一体のディアボロの足に着弾、体勢を崩れさせる。
ディアボロは影からチルルの様子を伺うのを止め、即座に別の影へと逃げ出していく。
「あら…… 意外と当たるのね」
呟きは短く。
それを確認しつつ、地下駐車場という状況においては取り回しに難のある大型の得物を、読子は苦もなく扱い、次弾の目標を探す。
チルルはその牽制射を横目に、正面の一体と相対する。
仮面を付けた獣、という様子のディアボロは、最初は姿を隠してチルルを覗き見ていたが、今やその姿を完全に露にし、ざり、ざり、と突進の前準備とばかりに足で地面の砂を払っている。
「来たわね! あたいが返り討ちにしてやるわ!」
不敵に笑んでは構えるチルル。
その様は避ける様子など微塵もなく、正面からぶつかって粉砕してやるぞと言わんばかりに堂々としている。
「ちょ、ちょっと心配ですわね…… 大丈夫でしょうか」
そんなチルルを、作戦を本当に理解しているだろうかと心配げに影から見守るのは天道郁代(
ja1198)。
「猪突猛進なところはあるが、チルルも理解はしているはずだ…… 多分」
凪澤 小紅(
ja0266)も側で柱を背にして辺りに目を配りつつ、チルルの様子を伺っている。
「それに、蓮也と海も近くにいる。問題はないだろう――それよりも、他は大丈夫か?」
「はい。今のところ、雪室さんの相手取っている一体のみですわ…… 来ますっ」
郁代が警告を発すると同時。
爆発的な凄まじい急加速を得て、ディアボロがその見開かれた両目で真っ直ぐにチルルを見据えながら、弾丸のように突進する。
「っ!」
撃退士の動体視力を以って、ようやく捕らえきれるかどうか、という速度に、チルルは咄嗟に受けを選択した。
「このぉ!」
吹雪を纏ったかのような光纏が一際強く輝くとほぼ同時、チルルとディアボロが正面切って衝突する。
しかし、圧倒的な速度と重量の違いに、チルルが吹き飛ばされる――かと思えば、そうはならず。
寸前で、がんっ、と受け流したチルルが、ディアボロを背後に流しつつ横に転がって逃れた。
「流したわ! あとはお願い!」
チルルとの衝突で僅かに勢いを殺されつつも、余りある突進力をそのままに、ディアボロは壁へと突っ込んでいく。
自発的に止まろうとする様子など微塵もない。
撃退士達の用意した油や、転がっていたバナナの皮を踏みつけはしたが、効果があったのかどうか――それすら分からないほどの勢いで壁に衝突し、コンクリート壁を大きく陥没させ、放射状に罅を作り、瓦礫を弾けさせる。
それでも仮面の獣はダメージを負った様子もなく、その頭部を瓦礫から引き抜いて――
「貰った――ガラ空きだ!」
すかさず物陰から飛び出した小紅が、その両手剣と共にディアボロの後を追いかけるかのように吶喊した。
狙うは、仮面の後ろにある、犬などの四足獣を思わせる胴体。
光纏の赤い残像と共に、素直であり、故に鋭く疾い一撃が突き刺さった。
「!」
確かな手応え。
びくんっとディアボロが震える。発声器官がないのであろう。
生々しい反応だが、これを見逃す訳にはいかない。
「私も――はぁっ!」
郁代も立て続けに刀で斬り掛かり、着実にダメージを与える。
アウルを燃焼させながら放つ一撃は、単純でありながらも重い。
常人には掠り傷ひとつ与えることのできないディアボロの身体を安々と切り裂いていく。
海もだ。駆けながらアウルを込めた魔法の一撃を放ちつつ、接敵で鋭く片手槍を突き刺しに行く。
「これで――終わりだ」
槍で払って、止めの一撃。
体力はそれほど高くはないのだろう。それでディアボロの一体は崩れ落ちた。
三人がかりで見事にディアボロを仕留めるのを視界の隅に入れつつ、読子はひたすら牽制弾を放つ。
同時突進を防ぐという彼女の仕事が途切れれば、作戦が崩壊する恐れがある。
プレッシャーもあり、集中力が要求される役目だ。
だが、読子は持ち前の精神力で持って、軽く息を止めながら次弾を一体の前に再び送り込む。
ディアボロは着弾を受けて身を引き――不意に、スコープ越しにその視線が合った。
「っ!」
ざり、とその足が地面を引っ掻くのを見るや否や、読子は狙撃銃を抱いて車から飛び降り、脱兎のごとく近くの柱に隠れた。
その判断は正しかったと言っていい。
直後、猛突進で突っ込んできたディアボロが、読子が寸前まで陣取っていた車を吹き飛ばし、横転させた。
派手に轟音が鳴り、車の破片や砕けたガラスの一部が飛散する。
「読子、大丈夫か!」
轟音に負けぬよう語気を強めた御影 蓮也(
ja0709)の声が飛ぶ。
「大丈夫よ! それより、カバー頂戴!」
破片に打たれつつ、読子は目と鼻の先で車の本体にめり込んでいるディアボロが再動するのを横目に、次の狙撃場所を探しながら隠れる。
予め狙撃場所が複数確保出来ていれば良かったのだが、そこまで恵まれた状況ではない。
とにもかくにも問題は、読子が一時逃れたことで牽制を行う者が居なくなったことだ。
ここぞとばかりに、残った四体のうちの三体がそれぞれ顔を覗かせる。
「いいぜ――来いよ、相手をしてやる」
蓮也は咄嗟にそのうち二体を相手取るように視線の上へ進み出て、じ、と睨み返す。
「チルル、残ったやつを頼む」
「分かってるわよ!」
片方を従来の処理で任せ、蓮也は二体の相手に集中し――同時に、ある一点を目算する。
じりじりと立ち位置を調節。
そうしている内に、二体それぞれが陰から姿を露にし、足で地面を払い始める。
「――」
タイミングは刹那だ。
蓮也は早撃ち勝負に似た感覚を味わいながら、すぅ、と視線を鋭くする。
――ディアボロが駆ける。
今だ。
蓮也は瞬時にアウルを燃焼。
爆発的な加速を得て、蓮也は素早く跳躍した。 ――上へ向けて、だ。
ディアボロ同士が衝突する。爆発にも似た凄まじい衝撃音。
「囲もうとも上がある、互いにぶつかってろ」
天井に張り巡らされたパイプに片手でぶら下がって、蓮也は哀れにも衝突した二体を見下ろして言う。
見れば、二体は衝突地点でしばし硬直していたが、直にむくりと顔を上げ、蓮也を見た。
視線が合う。
仮面のような頭が割れている。そして、四つの眼球が血走った目となって、じ、と蓮也を見つめていた。
一拍の間。
奇妙な圧力を感じて、蓮也の項に汗が流れる。
――瞬間、連続した銃撃音が響き――二体が連続してびくん、と震えた。
読子が新しい狙撃位置に就いたのだろう。
ディアボロの注意が蓮也から逸れ、怨敵を探すかのように読子の位置を探す。
「させるか」
蓮也はすかさず飛び降りては、踊るように回転しながら腕を一振りし――その指先から伸びる、アウルを通した鋼糸でディアボロの身体を引き裂く。
「――はっ!」
同時に小紅も飛び込んでくる。
隙を見逃さない勇猛果敢な飛び込みから、アウルを一点に集中、放出させて相手を貫く一撃。
赤い残像が凝縮されるように濃くなり、そこから剣が伸びるかのごとく二体を貫く。
それで二体ともが吹き飛び、もんどり打って倒れた。
「やあああっ!」
「あたいの一撃、受けてみろーっ!」
一方で、チルルの方でも順当に一体を処理する。
チルルの受け流しから大上段斬りを起点に、郁代の懸命な強撃と海の的確かつ鋭い連撃が壁に衝突した一体を打ち倒す。
僅かに崩れた撃退士達の連携も、蓋を開けてみれば撃退士達は上手く乗り越えた。
後は残りの一体。
「チルル、まだいけるか?」
「大丈夫っ」
「無理はしないようにね」
海がチルルの傷を癒しつつ、最後の一体が釣られる。
今までがそうだったように、愚直に吶喊してくるディアボロ。
それをもう手慣れたのであろう、チルルが難なく弾いて受け流す。
壁に衝突するディアボロ。そして、その仮面の後ろ、無防備な胴体に、小紅の一撃を起点とした連続攻撃が叩き込まれる。
無論、耐えられるものではない。
「!」
過度のダメージに、ディアボロは断末魔の代わりとばかりに身を震わせ――そして倒れたのだった。
「処刑完了…… やりましたわ!」
郁代が鬨の声を上げる。
初めての依頼をほぼ問題なくこなせたということもあってだろう。
読子もそれは同じく。
狙撃銃を抱き締めて、次も宜しくね? と銃に話しかけている。
鈍い輝きで狙撃銃が答えた――かどうかは、恐らく彼女にしか分からないのだろう。
そんな二人を見て、蓮也は人知れず安堵の息を漏らす。
「とりあえず車の大破や爆発で火の海、なんてならなくてよかったよ。あとは掃除して終了だな」
今回は無事に勝利へと運べたが、いつも連携をただちに回復できるとは限らないし、最悪、運悪く――という事さえあるのだ。
もしも読子に体当たりが行った時に車が爆発して、それが誘爆を招き、連鎖爆発などしていたら――可能性は低いが、ありえなくはない。
各々が頷き、片付けに掛かる。
撃退士はそのパワフルな働きによってアフターサービスも完全なのだ。
「うわ…… このエンブレム、凄い高級車だよな。修理にいくらかかるんだろう」
「……具体的なところは分からないけど、ガラスが全部逝って、フレームも滅茶苦茶だからなあ」
「買い替えた方が早そうね!」
「請求、こちらには来ませんわよね?」
「大丈夫だろう。学園が何とかしてくれるはずだ…… 多分」
――不安はいくらかあったが、それでも撃退士達の戦いは続く。