●雨音の中のお茶会(ムスカラテッロ級甘口)
宵の口に降り出した雨は変わらず降り続けている。
さらさらと雨音が響き、てるてる坊主が揺れる中――
「――それでですね! やっぱりお菓子は素晴らしいと思うのです!」
テントから少し離れたタープの下。
負けじとばかりに元気な声でまくし立てるのは、二階堂 かざね(
ja0536)。
きゃいきゃいと燥ぐ声には、寝付けない興奮もあるのだろう。
年頃でありつつも、幼い印象を強く残す姿だ。
例え、会話の中身がお菓子な方向(誤字に非ず)に宗教じみていたとしても。
「そう! お菓子とツインテは正義(ジャスティス)っ! というわけで瀬憐ちゃんも遠慮せずもっと食べるのです! あと、ポニテだけじゃなくれっつツインテに! に!」
「そ、そうですねっ。今度、試してみますっ」
回るわ跳ねるわのツインテールと共に繰り出される怒涛のマシンガン・トークに気押されて、宮古・瀬憐は目をぐるぐると回しながらも頷く。
その姿は新興宗教の勧誘攻勢に飲まれてあれよあれよという間に頷いてしまう姿そのものであった。
「うんうん、かざねさんのお菓子は美味しいなのー♪ 希のパンもどうぞー♪」
かざねに同調しつつ更なる寄せ手として位置するのが鳳 優希(
ja3762)。
彼女のちょこちょことした動きに合わせてうねる青色のサイドヘアー。
かざねのツインテールと合わせて、絵面が何だか凄いことになっている。
彼女もこの時間だというのにテンションが落ちる様子はない。
しかもかざねと優希自身が持ち込んだお菓子やパンを持ち寄っている関係で、深夜のお茶会と化している。
寝る前の間食? 最高ですよね! 話せる人が居れば尚更!
そんな状態である。
「ありがとうです! 優希ちゃんもお菓子をどうぞどうぞっ。この日のために多めに持ってきてますし!」
「ありがとうなのー。ふふー、眠くなるまでよろしくですよぅー♪」
「こちらこそ宜しくお願いします。あ、お茶でも淹れますね」
「こちらこそっ! あ、私の紅茶もありますから宜しくお願いしますっ!」
こうして明日を顧みない甘い時間(味覚的な意味で)は続いていくのである。
「おお、やきそばパンも完備っ! さすがです! アンパンも!」
「購買の人気の品なのですよぅー」
「お二人はジャムは入れますか? いちごジャムとチョコレートジャムがあるんですけど」
「両方で!」
やたら甘くなったお茶を傍らに、かざねと優希推薦のお菓子とパンをお茶請けにして。
ひらすら甘いお茶会は、雨音に負けじと繰り広げられた。
●残り香と+α
「――」
ぱち、と目覚めて、青空・アルベール(
ja0732)は軽く頭を振った。
眠りが浅かったせいか、目覚めの悪さのようなものはない。
「うぅん……」
落ち着かなさそうに唸りを上げて、アルベールは上体を起こし、寝袋から這い出た。
眠れない原因は明白だ。
テント内に満ちている甘い香り――この依頼で同行した同じ学園の少女達の香りだ。
今回の依頼では男子がアルベールのみとなった上、野宿に使うテントが三人用を二つしか確保出来なかったのである。
前者はそれほど珍しいことでもないが、後者は幸か不幸か、というところだ。
そのため、アルベールの寝ていたテント内には同じテントを使っている少女二人の荷物と寝袋が置かれている。
香りの発生源はそこからであろう。
健全な男子ならある意味で喜んだかもしれない。
だが、いわゆる草食系男子であるアルベールには、毒にはなっても喜んでいる余裕などそれほど無かった。
「……うん、起きよう」
軽く頭を振ったのは雑念を振り払うためか。
アルベールはいそいそと寝間着からいつもの格好に戻ると、そそくさとテントを這い出た。
夜闇の中、雨はまださらさらと降り続いている。
アルベールはふと周りを見回して、テントから少し離れたターフの下で少女三人が談笑に花を咲かせているのが目に入った。
何とも楽しそうではあるが、若干頭がのぼせているこの状態で入っていくのは躊躇われて――よし、素振りでもしよう、と降り続ける雨を見上げて思う。
この雨に打たれていれば少しは頭も冷えるだろう。
ちなみに撃退士は風邪など滅多に引かない。
「寝付けないの?」
と、一歩を踏み出そうとした時に、近くからそう声がした。
アルベールは振り向く。
とは言え、この一日で何度も聞いた声だ。振り向かなくともその主は分かる。
予想通り、そこにいたのは暮居 凪(
ja0503)。
そう言えば凪さんはそろそろ交代の時間か、と脳裏で確認する。
「うん、まあ、ちょっとね」
「……お察しするわ」
そう凪に言われて、アルベールは複雑な気持ちに苛まれた。
「どこかに行くのはいいけど、あまり遠くに行っては駄目よ? 声の届く範囲には居てね?」
「大丈夫、素振りでもしてくるだけなのだ」
鍛錬用の木刀を片手にアルベールは言う。祖父の教えを思い出しながら。
「そう。 ……付き合いましょうか?」
「いいの?」
「もう十分寝たから、眠気覚ましに、ね」
得物である槍と盾を持ち出して、凪は小さな笑顔で言う。
「それに――一人じゃ分からないこともあるものよ。お互いに、ね」
●ゆっくりとした時間
雨音はごく僅かながらも次第に勢いを緩ませながらもまだまだ降り注ぐ。
交代の時間になって、新井司(
ja6034)はゆっくりと、それでいて無駄なく着替えを終えては、テントから外に出た。
軽く見回す。
気配は多い。ターフの下では小さな女子会が繰り広げられているし、少し離れたところではアルベールと凪が打ち合っていた。
しばし観察して、訓練故に青空が致命打を狙いにくい分暮居がやや有利か、と見る。遠慮のない実戦なら互角もあるだろう。
視線を外して、ゆっくりとターフの下へ。
「――やっぱりチョコウェハースは舵天照チョコだと思うのですよ!」
そんな声が聞こえる。かざねの休まらぬ声だ。
司が近づくと、目敏くもさっと気付いた優希が挨拶を投げかけてくる。
「あ、新井さん、おはようございますですよぅ」
「おはようですよ! 司ちゃんもどうですか、起きがけにひとつ!」
「おはようございます」
続けて二人が挨拶し、かざねはすかさずお菓子を勧める。
お菓子トークの勢いは冷めやらぬという様子。チョコバーを差し出し、私のお菓子が喰えんのか、とでも言い出しそうな勢いだ。
「ありがとう」
しかしそこは司。
乱れぬ淡々とした口調で冷静に対応し、かり、とバーを齧る。
糖分たっぷりのカカオの味が寝起きの頭をじっくりと溶かし、豊富なエネルギーが身体を温めていく。
「良かったら、お茶もどうぞ」
「ん」
チョコレートに包まれたスナック部分を咀嚼しながら瀬憐からお茶を受け取る。
程良く熱い緑茶だ。甘い菓子との相性は悪くない。
チョコバーと緑茶でひとつ息を吐きながら、司はそっと周囲を見回す。
視界に入るのは、様々なもの。
干されている夕食の食器類。
お菓子とお茶を囲んで談笑する三人。
立て掛けられた武器――V兵器、魔具類。
雨の中で良い感じに打ち合う二人。
半分は、普通の学生に相応しい光景。もう半分は、撃退士に相応しい光景。
「――ねえ」
思わず口が開く。
「もし――アウルの力なんかなくて、天魔もいなくて――そんな『普通』があったら、どうなっていたと思う?」
「普通、ですかぁ」
「そう」
お菓子トークが一時止まって、呟くようにひとつ考え始めた優希に、司は頷き返す。
「私は絶対ケーキ屋さんですねっ! そしてゆくゆくはツインテールとお菓子によるかざね帝国を築くのですっ!」
すぱっとそう即答したのは勿論かざね。
思い切りよく、そして何とも彼女らしい答えに、小さくない笑いが沸く。
「……戦うのは本来、好きでないので、まったりと平穏に暮らしてたかなあ」
優希は、んー、と少し唸りを上げてからそう答えた。
「うん、そうですねぃ。やっぱり、普通に、平穏に。代わり映えはしないかもしれませんけど、希はそのほうがいいですねぃ」
優希が思い出すのは学園に来るまでのこと。
あの苦難があったからこそ、鳳 優希はここにいるのかもしれない。でも、もしもあの混沌がなければ――
天魔とアウルの力。
それは久遠ヶ原学園にいる学生達にとっては、切っても切り離せないIFの要石。
分かれ道に打ち立てられた道標。
「――私も、そんな感じかしらね。家庭に入る為に色々と覚えて、普通の女として、ひとり」
続いて答えたのは、いつの間にやら鍛錬を終えたのか、アルベールと共にタープ下に入ってきた凪だった。
彼女の声色も、滲ませているのは過去の時間。
もう戻ってこないと思っている、失われてしまった何かへの感傷。
「私は、どうなんだろう。恥ずかしながら、何も分からないのだ」
アルベールのそんな言葉は重い。
幼くして天魔によってその生き方を変えられた人は少なくはない。アルベールもそんな一人だ。
だから、天魔がいなかったら――その想像が遥かに遠い。
「なんだ、皆、起きているのか」
そう声を上げて割って入ってきたのは、最後のひとりであるアニエス・ブランネージュ(
ja8264)。
やや濡れて沈みがちな雰囲気を察してか、優しげな声だ。
そんな彼女にも、司は質問を投げかける。
「ブランネージュ。あなたは『普通』があったら、どうなっていたと思う?」
「普通、かい?」
「そう。アウルの力なんかなくて、天魔もいなくて。そんな普通」
言われて、アニエスはなるほど、とひとつ呟く。
答えはすぐに来た。
「教師になっていただろうね。勿論、普通の学校の。でも、諦めたわけではないよ」
小さく笑ってアニエスは言う。
そこにあるのは流石の年長者の雰囲気。
「戦いは苦手なのだけれどね。でも――この天魔争乱を乗り越えれば、まだいくらか修正が効く。そう願って戦っているよ」
「――そう」
司は頷く。
「私も、そうですね。色々変わっちゃいましたし、乗り越えないといけないものはありますけど――きっと、何とかなるって信じてます」
最後は瀬憐。
それぞれの顔はそれぞれの色を帯びている。
しばし雨音だけがさらさらと続いて。
「……でも。仮にアウルの力が私に無かったIFがあっても。それによって皆と出会う事が無かったとしても――それでも私は、今日集まった皆と一緒に一夜を明かしたいと思うのでしょうね」
「勿論よ」
くすりと笑って凪が同意する。
「私達が友達になるのに、天魔はアウルは関係ないわ。そうでしょう?」
その言葉に、皆が笑って頷く。
司も、僅かに唇の端を歪め――笑ったのかも知れなかった。
司はアルベールを見る。
アルベールも司を見る。
二人の悩みはある種で似ている。
天魔と戦って人を護るために生きてきたようなもので――その天魔がいなかったら、自分はどうなっていたのか、何になりたかったのか。
でも、ひとつ助言を得た。
それは、何がどうあれ自分は自分だということ。
天魔やアウルが関係なく存在する自分――それを探せばいいのかもしれない。
●朝に向けて
朝が近付くにつれて、ゆっくりと雨音が消えて行く。
日の出が近くなり、辺りが穏やかな光で満ち始める。
「――よし、これで良いよ」
アルベールは優希の包帯を巻き直して、そっと撫でる。
「ありがとうなのー」
日が昇って視界が明瞭になり次第、締めの山狩りが再開される。
次の戦いに備えて、撃退士達はそれぞれ支度を始める。
「他に怪我をしとる子はおらん? 無理は許さんよー」
「じゃあ、青空。私もお願い」
「ん、じゃあそこに座って欲しいのだ」
司が小さく名乗りを上げて、次の患者と相成る。
「二階堂さん、あなたも怪我してたと思うけど、大丈夫?」
「私は大丈夫ですよっ! お菓子で回復ですからっ! 暮居さんもどうぞっ!」
ペロペロキャンディ片手にお菓子な理論をツインテールと共に振り回すかざね。事実元気そうな彼女である。
しかし凪、キャンディは受け取りつつもそれを冷静にスルー。
「駄目よ。痛むならちゃんと手当なさい」
「う…… わ、分かりましたっ」
「よろしい」
言い知れぬ圧力にかざねが頷くと、小さく笑う凪。
戦闘時の役割的にも盾役を務める凪に言われては、なかなか抗いがたいのも無理はない。
「じゃあ、僭越ながら私が。かざねさん、痛むところあったら教えて下さい」
瀬憐が救急箱を片手に微笑む。
そんな中、アニエスが鍋を運んで、ごとんとテーブルに載せた。
「ちょっと早いけど、朝御飯だよ」
「おー、なんですかー?」
「スープをちょっとね。そんな大したものじゃないけど、味の保証はするよ。あと、今からでも休みたい人は、ハーブティーもある」
「ご飯ですか!」
「いいわね」
「身体があったまりそうだねぇ」
「あ、私、ハーブティー貰っていいでしょうか」
朝ご飯に皆が沸く。
小さくも賑やかなキャンプ地に押されるように、雨はいつの間にか止んでいた。
「ほらほら、皆、写真じゃないから動いてねー」
言いつつ、優希がデジタルカメラを動画撮影で回す。
写すのはそれぞれの笑顔。
これからまた戦いに赴くとは思えない――少年少女(約二名除く)達の輝かしい表情だ。
「戻ったらデータ送ってほしいな」
「勿論ですよー」
アルベールの声に頷き。
優希は最後にタイマーを使って、全員がファインダーに収まっている一枚を撮った。
その一枚に、どんな題が付けられるだろうか――
そうして、撃退士達の雨に濡れた一夜は終わる。
小さな休息を終えて、それぞれの思いを胸に、撃退士達は戦いに赴くのであった。