●猛火と氷雪
――こぉ、と陽炎の吐息を漏らして『イグニス』が見回し、おぉん、と背筋を凍らせるような鋭い雄叫びを『グラキエス』が上げる。
二匹のディアボロがさんざん暴れ回って、焼き尽くし、あるいは凍て尽くした痕。
T県K市の繁華街近く、大交差点。
焼け焦げたアスファルトの上。
溶融したガードレールや信号機、爆発炎上して黒焦げになった自動車。
あるいは凍て付いて氷を張った街路樹、氷漬けの自転車、自動車。
辺りの建物の窓ガラスは軒並み粉砕され、あるいは飴のように溶けている。
手当たり次第に破壊の限りを尽くして、ひとまず満足したかのように、二匹は佇んでいた。
――だが、その二匹の前に新たに立ち塞がる六つの姿があった。
それは撃退士。
天魔に対抗することのできる、人類の希望の光。
「――では、手筈通り。宜しくお願いします」
彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)がそう言って、そ、と眼鏡を外し、しゅる、とそれをまるで手品のように細身の短杖へと変える。
「よろしくっ」
彩に並ぶは滅炎 雷(
ja4615)。
胸元のペンダントを青白く輝かせて光纏を行ない、静かに身構える。
二人が鳶と紅の瞳で睨むは氷。
氷狼『グラキエス』はその睨みに応じるように、サファイアの瞳で睨み返す。
「任せて頂戴」
「うむ、わしらが往くまで頼むぞ」
蒼波セツナ(
ja1159)が答え、叢雲 硯(
ja7735)がそれに続く。
共に光纏を行なっては、それぞれの魔具――セツナは蓮の装飾が成されたワンド、硯はその身長に倍するハルバードを携えて。
ん、と頷いて突撃銃を構えるのは殺村 凶子(
ja5776)。
魔具としてカスタムが成されたタイプで、シンプルなセットアップだ。
最後のひとりは末松 龍斗(
ja5652)。腰に大太刀を携えて、前を見据えている。
「じゃあ――行くッスよ」
四人がそれぞれの瞳で睨むは炎。
炎狼『イグニス』はその睨みを嘲笑うように、ルビーの瞳を細めてひとつ小さな炎を噴いた。
撃退士達が展開する。
作戦は単純だ。
彩と雷がグラキエスを相手取っている間に、セツナら四人がイグニスに攻撃を集中し、撃破する。
炎の吐息で広範囲を焼き尽くす事ができるイグニスは、長く残しておけば脅威になる。そう考えての立案。
しかし一方で、イグニスに多数を当たらせるということは、それだけ炎の吐息に身を晒す人数が多くなるということ。
「絶対に向こうに行かせるわけには行きません。ライ、宜しく頼みますよッ!」
「うんっ」
彩はこの作戦の長所と短所をそう考えながら、元気よく応じる雷と共にグラキエスに仕掛けにかかる。
素早く距離を詰め、グラキエスの冷気が渦巻いているラインを見切って鋭角に方向転換。
雷はその後ろから、適度に距離を図りつつ、一テンポ早くアウルを練り込んだ炎を打ち込む。
「はッ!」
「いけ〜っ!」
彩がアウルの力を練り込んだ影の刃を打ち込むと同時、雷の放った炎が纏めてグラキエスに命中する。
直後、彩がカウンター気味に飛んできた氷の礫を紙一重で回避。
そのまま適度な距離を維持しながら、グラキエスに相対する。
一撃を受けたことよりも礫を回避されたことに反応するように、ぐる、と唸り、グラキエスは彩に目標を定める。
多数の氷礫がグラキエスの周囲に浮かぶ。
彩を睨む瞳に映るのは、避けられるもの避けてみろ――そんな色だ。
「ッ!」
咄嗟に彩は近くの炎上する自動車の影へと跳び込んだ。
瞬間、ががががっ! と銃弾の嵐に晒されているかのように自動車の残骸が激しく震え、撒き散らされた冷気に炎が消える。
「わわっ、彩さん、大丈夫っ?」
「何ともありませんッ! そちらも気を付けて! いつでも遮蔽物に身を隠せるように!」
応えながら、彩は自動車の影から跳び出して再び影の刃の一撃をグラキエスに撃ち込んでいく。
隠れ続けていればグラキエスは雷に標的を変えるだろうと判断してのことだ。
案の定、というところか。飛び出してきた彩を追い詰めるように、グラキエスは跳躍。その氷に包まれた大爪を振るう。
「くッ!」
近付いてきた途端に身を蝕む冷気に身体を鈍らされ、爪に浅く身を引き裂かれながら彩は必死に逃げる――風を装い、向こうで戦っているイグニスとの距離を離す。
もしも炎の息でもろとも焼かれては確実にこちらの身が持たない。
「そうはさせないよっ!」
彩に追い縋って一撃を加えようとするグラキエスに、続けざまに攻撃を食らわせていく雷。
被弾の衝撃で爪が鈍り、彩への一撃が外れる。
流石にうっとおしいと感じたか、グラキエスは彩を追うことに専念しつつも、氷の礫を雷へと飛ばす。
「そんなの、これで防いでみせるよ!」
すかさずアウルによる障壁を展開し、被弾の衝撃を軽減する雷。
しかし厚着を貫いて、身体に刃が突き刺さるかのような冷気が身体を蝕むのだけは避けられない。
「っっ、でも、これぐらいっ」
身を震わせながらも、しかし彩に全力で一撃が当たるのだけは妨害できるよう、雷は果敢に攻撃を行う。
一方で、イグニスとの戦いは熾烈を極めていた。
「――来るぞ!」
硯の警告の直後、イグニスの乱杭歯が並ぶその奥で輝いた赤光が吹き荒れる。
轟! と一帯を焼き尽くす炎の吐息。
「っ、熱い……!」
凶子が身を焦がされつつも炎を振り払い、たたたんっ、と指切りを加えた正確な数点射をイグニスに見舞う。
放たれたアウルの弾丸は炎を切り裂いて、イグニスの火炎の毛皮を穿ち貫く。
「気を付けなさい、あまり浴びてもいられないわよ」
セツナもアウルの障壁で炎を振り払いながら、砲火を再開する。
こちらは直接アウルの力を凝縮した一矢だ。
単純ながら、アウルの大砲と称されることもあるダアトの力を持ってすれば十分な威力となる。
遠距離から放たれる二条の火力。
イグニスはそれをまともに喰らい、しかしどこ吹く風という様子で火の粉を散らす炎の爪を振るい、龍斗に叩き付ける。
「く、このっ、痛つつっ、焼けるっ……!」
周囲の景色が陽炎で歪むほどの高熱。
炎の爪を大太刀で受け止めながらも、余波熱によって龍斗の身体は刻一刻と焼かれる。
「龍斗、引け!」
「助かりますッス!」
癒しのアウルを振り撒きながら、ハルバードを振り翳しては硯が龍斗とイグニスの間に割って入る。
ぐる、と炎と共に唸るイグニスは、今度はお前か、と嗤うかのように硯を押し倒さんとばかりに飛び掛っては爪を振るう。
それはまさに猛火のよう。
「なんの――わしらの力の方が、より熱い!」
負けじと真っ向からぶつかり合い、硯はイグニスを押し止める。
爪に対応してがっつりと盾で防ぎ、強引に押しのけながらハルバードの一撃を見舞う。
イグニスの血が振り撒かれ、炎上して、火の海が広がる。
「く……!」
熱が加速する。
アウルによって護られた撃退士には引火することさえないものの、みるみる内に熱が体内に蓄積しては体力を奪っていく。
「硯先輩、代わるッス!」
後ろで体勢を整えた龍斗が再び割って入る。
瞬間、邪魔だ、とばかりに対象を変えたイグニスが、炎を振り撒きながら爪を横に振るう。
「させないわよ!」
「っ、熱いのは、嫌いだ」
セツナと凶子がすかさず支援の砲火を見舞う。
若干離れた熱気の範囲外からひたすら火力を撃ち込んで、少しでもイグニスの攻撃を鈍らせる。
「すまんの、助かる!」
その隙に硯が離脱。間隙にアウルの刃を放ちながらイグニスの絡みつくような熱気から逃れ、急いで癒しのアウルを練る。
それを見てか、再びイグニスの顎が開かれる。
放たれる赤光、アスファルトと空気を焦がす火焔。
「ぐっ……!」
「ぬ、おおっ……!」
「っっ……!」
撃退士達に馬鹿に出来ないダメージが蓄積していく。
イグニスも勿論、無事ではない。
それは零れては燃え盛る炎の一因となっている鮮血の量を見れば明らかだ。
だが、イグニスはその生命を燃やし尽くすかのように果敢に撃退士達へと襲いかかる。
撃退士達が焔に極限まで体力を削られて怯んだその瞬間。
止めだ、とばかりにイグニスがその身体の焔を激しく震わせ、再び顎を開き――
「――これでも、喰らいなさいッ!」
彩の声が響いて――投げ飛ばされたグラキエスがイグニスに衝突。
両者の炎と氷が、ぶわ、と水蒸気に変わり――消えた。
●氷炎を打ち払いし者
彩はグラキエスと戦いながらも、隙あらばイグニスの戦いを観察していた。
雷と共に当たっているとはいえ、主目的は陽動。
イグニスを片付けるまでグラキエスを相手取るのが彩と雷の仕事であり、ダメージを与えるのは二の次。
ならばと、追加の一撃を加える代わりに観察を行なっていたのである。
「(不味い、ようですね)」
彩が危惧した予想のひとつ。
四人とイグニスのダメージレースは拮抗しつつも、僅かにイグニスが先行しているようだった。
ならば賭け、そして独断の判断になるが、アレを実行するしかない。
「ライ、氷狼を炎狼に近付けます! カバーしてくださいッ!」
「えっ!?」
「問答の時間がありません、今は従ってッ! 合図で氷狼の動きを止めるッ!」
叫ぶように言いつつ、彩は作戦を実行に移す。
素早く踵を返し、氷の礫を避けてはグラキエスの真横を突っ切って、近くの遮蔽物の陰へ。
「わ、分かったよっ」
雷も同じく彩と同じ、イグニスの方向へ移動しながら彩を追うグラキエスに一撃を加えていく。
何をする気なのか――確かに遠目から見てもイグニス側の戦況は良いとはいえない。
こちらも辺り一帯が氷だらけで全身が青くなりそうなほどに冷え込んでいるが、向こうはまさに火の海という言葉通りだ。
あの中で戦っている四人のことを思えば、戸惑っている暇はない。
とにかく。
彩を信じて、雷はグラキエスの攻撃に合わせて一撃を見舞っていく。
「――!」
雷の攻撃支援を受けてグラキエスの爪を躱しながら、彩はアウルを込めてその手の短杖をするりと半透明の緑色の触手――いや、短鞭のように変え、腕に巻きつかせた。
ケーンとはよく言ったものだ。
二歩、三歩。
慎重に間合いを図りながら、紙一重でグラキエスの爪と礫を回避し――氷原の境目、背後に炎の海を背負って立ち、
「――ふッ!」
乱杭歯の顎を開いて飛び掛ってきたグラキエスに、その腕から伸びた鞭で、その額を一撃した。
凝縮されたアウルが一気に流れ込んで、グラキエスの視覚野を撹拌する。
堪らずサファイアの瞳を閉じたグラキエスを、彩がすかさず捕まえた。
「今ですッ!」
「うん――これで、止まってっ!」
合図を受けて一息に至近距離に飛び込んだ雷がその手からその名の如きアウルの電撃を放つ。
猛烈なアウルの負荷がグラキエスの神経系を一時的に焼き尽くし、その行動を停止させる。
「ぉおおおッ! ――これでも、喰らいなさいッ!」
掴んだことによる凍傷を物ともせずに、彩は一吠え。グラキエスを投げ飛ばした。
その先には、今にも炎を放たんとするイグニスの燃え盛る背中がある。
両者は見事に衝突する。
猛烈な炎と氷。
それが相反し合った結果――見事に霧散した。
イグニスもグラキエスも、慌てて身を立て直してはお互いに、何をするか、と睨み合う暇もなく、すかさず跳び退いてはその炎と氷を再燃させようとする。
――だが、その致命的な一瞬を見過ごす撃退士達ではない。
「させないわ…… 消えなさい!」
「――終わりだ」
セツナと凶子が全力の一撃でイグニスを撃つ。
今までの返礼とばかりにアウルを爆発的に込めた一撃と、ここぞとばかりに放たれたフルオート射撃によるアウルの弾丸の嵐。
「龍斗、往くぞ!」
「承知ッス!」
これが決定的一瞬とばかりに防御を捨ててハルバードと大太刀を振るう硯と龍斗。
それぞれがイグニスの胴を、頭部を穿ち――絶命に至らせる。
ぐら、と揺れたイグニスは、最後にひとつ、おぉん、と鳴くと、轟、と爆発じみた炎を上げて燃え盛り――塵ひとつ残さずに焼失した。
「あとは――」
ひとつ息を吐いて、彩は再びグラキエスのサファイアの瞳を見据える。
片割れを失っても、氷の瞳は怯まない。
撃退士達を睨んでは、ぉん! とひとつ吠え。冷気を爆発させるように再展開しては、襲ってくる。
「その意気や、良しッ――!」
氷狼と撃退士達が激突する。
一撃が確実にお互いに傷を負わせ、体力を磨耗させていく。
四人に取っては、今度は猛火とは真逆の凍てつく冷気。
それでも後少しと果敢に攻撃を加え、やがては氷狼の身体が不安定に揺れる。
「これで――終わりっ!」
雷の一撃に倒れ。
最後に吼えることもなく、氷狼は氷の塵となって崩れ、ぶわ、と一迅の吹雪になって消えた。
こうしてT県K市に出没した二体のディアボロは撃破された。
影から、遠目から見守っていた人々が歓声に沸く。
撃退士達もそれぞれ息を吐きながら、お互いの健闘を称え、人々に手を振るのであった。