島に転送された撃退士たち。即座に周囲を警戒するが、その周囲は……驚くほど静かだった。
「人の気配が無いです」
「そうだねー」
斉凛(
ja6571)の呟きに白野小梅(
jb4012)が答える。島民はすべて船で避難したから、当たり前の事なのだが、それを頭で理解しているが、気持ちでは理解していなかった。目の前に広がる人の気配の無い建物、道路、誰も通る事のない道路が寂しさを醸し出す。
「なんだか怖いですね」
この光景にそんな感想を抱く水無月沙羅(
ja0670)。実際に、この島には人間はこの撃退士八人以外は居ないだろう。そして、通常の方法ではこの島から出る事は出来ない。そんな閉息感を感じているようだ。
「大丈夫、なんとかなるって。敵の情報が不足しているみたいだし、さっさと探して戻ろう!」
そんな水無月の様子に、空元気や勇気を振り絞ったような笑顔ではなく、天真爛漫といった雰囲気の笑顔を見せる雪室チルル(
ja0220)。そんな笑顔に救われるのだった。
「島の情報収集に名を借りたベンの捜索だ。それがそのまま偵察になりそうだし、しっかりと捜索するか」
藤堂猛流(
jb7225)は今回の目的をはっきりさせる。本来ではベンの保護は任務ではない。しかし、この依頼を引き受けてくれた撃退士たちは、迷うことなくベンの保護を目的に組み込む。
「なかなか立派な犬みたいですね、無事だといいのですが」
「飼い主を守る為に、必死で威嚇して囮となったのでしょうか」
イアン・J・アルビス(
ja0084)の呟きに水無月が答える。
「グレートデンだっけ? どのくらい大きいのかな?」
写真を手に元気よく笑顔を見せる雪室。その写真には比較する物が移っていないから大きさは不明だ。グレートデンは犬種としては人間に忠誠を誓う種類の犬種。それが、主人を見捨てて逃げる事はないだろう。
「まずは皆でこの周囲を探しましょう」
斉の言葉ですぐに港の捜索を開始する。
アーニャ・ベルマン(
jb2896)は、島民から借りてきた、普段身につけている物を手にベンの捜索を行う。さらに地図と方位磁石を手に最寄りの陸地の方向を確認する。いざという時には、自力での脱出も考慮した行動だった。
そして、そこでは、多量の謎の足跡を発見するが、ベンの姿は無かった。
「この足跡はベンで間違いないやな」
「一度は港に来たようですね」
慎重に足跡を調べていた葛葉アキラ(
jb7705)と斉は多量の足跡から、一般的な犬の足跡を発見していた。
そんな足跡を調べる斉の姿は……いつものようなメイド服。その光景から思わず「家政婦は見た!」というフレーズが頭に浮かぶが、とりあえず黙っている皆だった。
「ここに来ているかもしれないなら、ご飯を置いておくね。お腹を空かせているかもしれないからな」
雪室は用意してきたベンのご飯を港に置く。
そんな、港の様子を確認し、周囲にディアボロが居ない事を確認し、ここで撃退士たちは二手に分かれる。ベンがいる可能性の高いシママート付近と、山のベンチだ。ディアボロを倒すような依頼では分かれるというのは、作戦として難しい選択だが、今回のような調査、捜索及び保護などの目標の場合には、二手に分かれるというのは良い作戦だと思われる。
「くれぐれも無理な戦闘は避けて下さいね」
「大丈夫、あたいに任せろって!」
そんな水無月の言葉に根拠の無い自信で答える雪室。まあ、それが雪室の長所だろう。そう思い、二手に分かれての行動を開始した。
「ここがシママートですか」
シママートは、すでに電気が止まっているのか光は無く不気味な様子だった。入り口から中は窓からの光で明るいが、どうやら倉庫が地下にあるようで、そこは暗い。
「ベンいるー?」
白野の声が響く中、雪室が明かりを準備して探索を行うが、やはりここでもベンは発見出来なかった。
「じゃあ、ボクは外て警戒しているね」
簡単な探索を終えたとろこで白野はシママートの入り口付近に陣取り、周囲の警戒準備をする。
「みんなはぁ、ボクが守るんだもんね」
その様子は一見すると身長の倍以上の長大ライフルを抱えたちびっ子で可愛らしい感じだけど、その周囲を警戒する様子は隙は無い。
「じゃあ、任せた」
藤堂は周囲の警戒を白野に一任して、他の者たちはシママート内部の捜索に移る。
「これはどうするか……」
藤堂が気になったのが、シママートにあった生鮮食料品だった。この島では貴重だと思われる野菜や生肉など。それが電気が止まっている冷蔵庫や冷凍庫に入っている。だが、どう考えても島民が島に戻るまで持つはずがない。
「あたいたちで食べよう」
即座に答える雪室。その腕を捲り、材料を確認する。白菜、牛肉、そして春菊。どうみても鍋の具だ。
「このままにしても駄目になっちまうからな」
藤堂も賛成して、探索の後に食べてしまう事に決定した。
「あれは何だ?」
藤堂がシママートを調べていると、その一角に仏壇があった。別に珍しい事ではないのだが、その仏壇に何か違和感がある。それが何なのか、そこまでは分からなかった。ただ、その仏壇にベンらしき足跡を発見した……。
さて、山へ上ったベンチ捜索組は、事前説明のあったベンチへ到着した。そこには、手作り感の溢れるベンチがあった。そのベンチは長年使われた跡が残っているのだった。
「ディアボロに囲まれたら怖いですね……」
「そうですね。周囲の警戒も怠らないようにしないと」
ベンの捜索と同時に周囲の警戒を行うイアンと水無月。アーニャはベンチに島民から借りた持ち物をベンチに置く。実際、50体ものディアボロだ。強さが不明だから、数が多い分弱い可能性もあるが、それでも50もの数に囲まれれば危険だろう。
「ワン、ワン!」
そんな風に捜索をしていると、森の奥の方から犬の吠える声が響く。この島にいる犬はベンしかいないはずだから、ベンだろう。急いで吠える声の聞こえた方向に走る。
その先には……勇敢に吠えるベンとその周囲を囲むように対峙するクマのようなディアボロだ。
「こらあかん!」
ベンを守るために走る葛葉の背には、光纏と共にアメノウズメノミコトが幻影で現れ、同時に弓を引き絞り、ディアボロの眉間を狙い矢を放つ。
その攻撃で大きく悲鳴を上げ倒れるが、他のディアボロは怯まずに葛葉を睨み付け、口を大きく開ける。その口の中から深紅の炎弾が吐き出され、葛葉を狙う。
「熱っ!」
その炎弾でダメージを受けるも、それに耐える葛葉。
「援護はメイドにお任せ下さいませ」
葛葉を援護するように援護の動きを見せる斉。そんな動き一つでもメイドの優雅さを失わない。優雅な動きでスカートの中から取り出すスナイパーライフルを構え、クマのディアボロの眉間を打ち抜く。しかし、眉間を打ち抜かれたクマのディアボロは、煩わしそうに顔を動かすだけで、そのままもう一度口を開く。
「さっきは、倒れたのに!」
「何か違うのでしょうか……」
疑問を抱く葛葉と水無月。同じような外見をしてるはずなのに、強さに差があるのか……それとも何か区別するのもがあるのか、冷静に敵の様子を探るのだった。
「ちょっとの間ですが、こちらを見ていただきましょうか」
イアンはオーラを身にまとう。そのオーラは周囲の注目を集めるオーラ。そのオーラによってディアボロの視線ハイアンに突き刺さり、ベンへの注意が逸れる。
「今です!」
そんな連携行動の間に水無月はベンを無事に保護する。元々、人に飼われていた犬だから人間を信用しているのだろう。すぐに水無月の指示に従うように動く。
「ベンは保護しました。撤退しましょう」
水無月がベンを保護したのを確認して斉が声を上げる。同時に撤退を開始する。
「了解しました」
クマの炎弾を盾で防ぎながら撤退を開始するイアン。そして、少し距離が離れると……それ以上は追ってこない様子だった。ただ、斉から眉間にスナイパーライフルの一撃を受けた個体は、じっと撤退していく撃退士たちを睨むように見つめていた……。
そして、山を降りる撃退士たちだが、同じように山から降りる気配を感じていた。その気配は港に向かっているようだった。隠れながら港に向かうと、港には30を超える数のディアボロが集まっていた。この状態では、迎えに来るだろう船も戻るしかない。帰還は明日の朝の便か、それとも自力での帰還になりそうだった。
「とりあえず、シママートへ向かうとしよか」
葛葉の意見に皆、同意しシママートへ向かう。
「ベンは大丈夫?」
イアンは途中でベンの様子を見る。最初はディアボロを威嚇するのに吠えていたはずだが、今は静かにしている。そして見ると口に何かをくわえているのだ。
「あ、手伝いますよ」
シママートでは……何か暖かそうな雰囲気が漂っていた。まさか店の中で火を使う訳にはいかない。入り口付近でカートリッジ式のガスコンロを借りて、生鮮食料品の処理……という事で鍋をやる事に決定したのだった。山から戻ってきた水無月も手伝い、鍋の準備を進める。
周囲はもちろん、他のメンバーが警戒している。そしてアーニャや白野は、港へ様子を見に行って、状況の確認をしている。
そして、この生鮮食料品の処理が、後々このシママートの店長である山崎から、とっても感謝される事になるのだろう。それは、普段から山崎が注意している事なのだが、野生動物の多いこの島では、決して人間の食べ物を与えてはならないという言い伝えがあったのだ。
言い伝えはともかく、野生度物が人間の食べ物を食べるのは、あまり良くない事だ。塩分豊富な食べ物の味を知る事で、その後も人間の食べ物を狙うようになり、人里に降りてくるようになってしまうからだ。
そんな理由はともかくとして、鍋が完成し見張りを交代しながらいただくのだった。
「これ美味しいね」
「そうね。ほら、野菜も食べないと駄目だよ」
「春菊も旨いやな」
小梅、斉と葛葉たちは仲良く鍋を食べる。調理をした斉や水無月の料理の腕もあるが、何よりも八人という大人数で食べる鍋というのは、やはり何よりものご馳走なのだろう。
「さ、一杯食べて下さいね」
「おう、いただこう」
そして、後半で鍋を食べる藤堂の姿は、その外見通りよく食べた。その光景は、作った者たちが思わず笑顔になるような食べっぷりで、タフガイと鍋という黄金の組み合わせに見えるのだった。
そして、10人前を越えるほどの量があったが、それでも藤堂の活躍もあって綺麗に平らげる。
「ご馳走様でした」
そして皆で声を揃えてご馳走様をしました。
それから夜はシママートを拠点とし、寝る者は緊急用に用意されていた寝袋を借り、店の中や倉庫で寝かせてもらう。そして、交代で周囲の警戒に当たるのだった。
「よしよし、怖かったか? もうちょっと我慢すれば主人の所に連れてってやるからな」
ベンを撫でながら藤堂はベンに約束する。そしてベンは寡黙にそのまま口に何か咥えたままじっとしているのだった。
その途中で港へ偵察に向かった斉たちは、ディアボロたちがばらばらに港を離れていくのを確認していた。監視していた範囲では、港では魚などの海産物を捕食していた様子だった。彼らに食事の必要は無い筈だが……? どちらにせよ、このまま放置してはこの島付近の海産物にダメージを与えてしまうかもしれない。しかし、数が多いのが問題だ。
今は慎重に事を運ぶ為、偵察を続けるのだった。
そして朝、偵察から戻った斉がスキルの索敵を使って調べた情報を皆に報告する。
「港にはディアボロが3体いますわね」
この迎えの便を逃せば、帰りは自力での帰還するしかなくなる。しかし、港にはディアボロが3体ほど、待ちかまえている。いや、ただの偵察なのか、それとも徘徊しているだけなのか……少なくとも、すぐに港から去る様子は無い。
「踏み込むぞ」
そんな迷う皆に決断を下す藤堂。他の者であれば反対意見が出たかもしれない状況だが、その風体がその決断に信頼感を与えたのかもしれない。その言葉に皆が即座に首を縦に振る。
「戦いに肝心じゃない時なんてねぇよな!」
先頭で雷を剣状に形成した藤堂がディアボロを貫く……が、そんな攻撃に反応せずに轟音を響かせ口から炎弾を発射し藤堂を打つ。
「ぐぅ!」
しかし、藤堂も怯まずに耐える。その藤堂を援護するよに水無月は大太刀に紫焔を集中して燃え上がらせ加速した動きでディアボロを一閃するが、それでも倒れない。
攻撃で動きが止まった隙に残り2体のディアボロが炎弾を放つ。その炎弾を防ぎ盾で防ぎダメージを最小限で止めるイアン。
「あいつを狙って〜」
影分身を使い様子を探っていたアーニャは、雪室に指示を出す。
「了解!」
その言葉に従い、ツヴァイハンダーを構える。その大きな大剣にい、渾身のエネルギーを溜める。
「いっくぜ!」
気合いの声と同時に大剣を振り抜くと黒い光の衝撃波が放たれる。その一撃に2体が巻き込まれ倒れる。どうやら、攻撃力は低いが防御力の高い個体、攻撃力は高いが防御力の低い個体が紛れているようだ。
「いっくよ〜」
元気な掛け声と共にアーニャはベンを抱き抱え海に大きく跳躍する。そして、まるで地面のように水面に立ち、そのまま船に向かって疾走する。そして一足先に船に到着する。同時にベンを下ろして、忍刀・蛇紋をを構える。
ベンの安全が確保され、動きやすくなる撃退士たち。ディアボロをやりすごしながら船へ向かう。しかし、行く手を阻むつもりなのか、船への道を塞ごうとするディアボロ。
「ボクに任せてぇ!」
そこで突出する白野。ライフルを構え挑発するように動くと、ディアボロは白野を狙い追いかける。残り1体だから大丈夫かと思っていると、別の場所からディアボロが増援として現れる。
しかし、その時に煌めくように白野の背中に光輝くのは、光の翼。その翼を羽ばたかせ、空を舞い船へ飛翔する。その華麗な光は常人ならば目を奪われそうだが、ディアボロは好機とばかりに炎弾で白野を狙う。
「だ、大丈夫ー」
やせ我慢をしながら船へ逃げる白野。斉と葛葉の援護射撃を受け、何とか船に乗り込む。作戦を知っていた斉の指示で船は出発していたから、もうディアボロは追ってこれない。無事に撃退士たちは島を脱出したのだ。
そして、ベンは安全だと理解したのか、ずっと大切にくわえていた何かを放して、それを抱くように体を横たえる。
その隙間から見えた何かは……位牌だった。たぶん、山崎の奥さんの位牌。それを守るためだけに島に残り、そして助けが来ると信じて守っていた……のかもしれない。
「この位牌を守るために島に残ったのか……」
ベンの頭を撫でながらイアンは優しく声をかける。そんなイアンの優しい手に体を委ねながら、ベンは静かに大切な物を守るように位牌を抱くのだった。