●X村 中央 道路
――きゃああああ!
村へと到着した一行を出迎えたのは村人の断末魔だった。
「うっ……これは……」
村の様子に鈴代 征治(
ja1305)が顔をしかめる。
焼けた家屋、千切られた電線、散らばる蛇のような何かの死体。
生き物の焦げた異臭と黒い煙に村中が包まれていた。
その中心。道路から続く田んぼ道を抜けた向こうでは炎を拡大させるように蝙蝠のような羽を持った三体の天魔が飛行しながら村人の一団を追っている。
「……!」
一際大きな火の手が上がったのを見て取ると、翼を可視化させたフローライト・アルハザード(
jc1519)が布状の槍を構えながら飛び上がり、突進した。
「……堪え性の無い奴だ」
それを追うようにエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が走り出す。
「アルねぇ!」
「シドウ、作戦通りにヤロウ」
続いて飛び出そうとする獅堂 武(
jb0906)を長田・E・勇太(
jb9116)が静止し、紅色と黄色の瞳を持ったスレイプニルを召喚する。
「わあーってるけど……ええいっクソっ!」
「まずは僕らで子供型を抑えましょう!」
純白の弓を構えた黒井 明斗(
jb0525)が駆け出し、ショットガンを構えた獅堂とスレイプニルを従えた長田がそれに続く。
街灯が少ない道路から村内部へと続く道すがらにフラッシュライトをばら撒きながら、鈴代も続いた。
●X村 村内部
村人たちの元へいち早く到着したのはフローライトだった。
飛行するディアボロが炎を吐き出そうとした瞬間、布槍を回転させ村人たちの盾となるように立ちはだかった。
炎は回転する槍に阻まれ、村人たちには届かない。
が、ディアボロは飛行したまま、前進した。
炎がフローライトの頭上を通り越すよう、前進したのだ。
「なに……?」
フローライトを無視したディアボロの炎は村人たちだけを一瞬で包み込んだ。
「こいつ……」
「呆けるな!」
フローライトに追いついたエカテリーナの銃撃がディアボロの翼をカスる。
が、依然としてディアボロは撃退士たちに興味を示さなかった。
「ハンッ、私らには興味ないということか?」
続いて、黒井たちが到着する。
今度はヴァニタスへ向け、黒井の矢が放たれる。
「僕たちが相手だ!かかってこい!」
「カチューシャッ!」
長田の召喚したスレイプニルが咆哮を上げ、威嚇をしてみせる。
が、それでもヴァニタスはディアボロ同様に撃退士たちを見ることはなかった。
「なんだなんだ、どうなってんだ?」
支援するつもりでショットガンを構えていた獅堂は困惑の表情を見せる。
そんな撃退士たちのことには我関せずといった様子で、未だ村人を探すディアボロ。
「あくまで無視するというなら……!」
「嫌でもこっちを見させてやる!」
鈴代、エカテリーナがそれぞれディアボロ目がけて攻撃を仕掛けた。
鈴代の手からは無数の光の爪が放たれ、ディアボロの肉体へと突き刺さる。
エカテリーナの銃撃は今度こそディアボロの翼を撃ち抜き、まばゆい光を伴って炸裂した。
「あ、ぁ……」
初めて、ヴァニタスが反応した。
「ぁ、あぁ、しんじゃう、二人がしんじゃう!やめろよ!やめろよ!!やめろよお!!!」
錯乱したように叫び散らすヴァニタスの手から黒い雷が迸る。
だが、黒い雷は滅茶苦茶な軌道で飛び、撃退士の誰も捉えること無くディアボロの背を焼き、わずかに残っていた蛇たちを焼き払った。
「あ、あぁぁ、死んじゃった、みんな、死んじゃった、死んじゃったじゃないかあ!!」
ヴァニタスは怒りを露わにすると、最も近くに居た長田目がけて突進した。
「こっちに来タゾ!作戦成功ダネ!」
「道路まで下がりましょう!」
「自分でお仲間焼いといてこっちに来んのかよっ!どうなってんだ!」
●X村 田んぼ道
「しんじゃう、しんじゃうんだ、やだ、まもらなきゃ、ボクが、まもらなきゃぁあ!!」
黒井たちを追うヴァニタスは低空で飛行しながら両手をかざす。
「まずいネ、これは……」
黒井たちが走るのは田んぼ道。
追いつかれないよう道路へと全力疾走している状態ではまともに回避が出来そうもない、道を外れれば田んぼに足を取られるだろう。
「任せろっ!」
獅堂は反転しアウルを込めた数珠を網のように張り、ヴァニタス目がけて飛んだ。
黒い雷を受けながらヴァニタスに飛びつくと、数珠でヴァニタス腕を絡めとり攻撃を封じる。
「シドウっ!」
「いってぇ……黒井ーっ!」
「わかりましたっ!」
獅堂の呼びかけに呼応し、黒井が空中目がけて矢を放つ。
すると、放たれた矢は光の尾を引きながら回転し、一本の鎖となってヴァニタスに絡みついた。
翼を縛られたヴァニタスとそれに飛びついたままの獅堂は飛行の勢いで道路へと転がり込んだ。
「邪魔するなよぉお!!」
すぐさま体勢を立て直したヴァニタスが黒井目がけて両手をかざす。
「させるかッ!」
獅堂がヴァニタスの両腕へと数珠を放ち、絡めとると、思い切り振りあげることで両手を上空へ向けさせる。
雷は道路沿いの街灯へ伝播し、辺りが暗闇に包まれる。
「長田さん、お願いしますっ!」
道路へ辿りついた黒井は足を止め、アウルを集中させた矢を真上へと放つ。
光を纏った矢が上空で炸裂するとまばゆい光が辺り一面を照らし出した。
「お任せデスッ!」
スレイプニルの召喚を解き、阿修羅の力を活性化させた長田の拳がヴァニタスの胴を捉える。
「これで……終わりです!」
間髪入れず黒井の手から聖なる鎖が放たれ、ヴァニタスを拘束した。
●X村 村内部
黒井たちがヴァニタスを引き付けている頃。
鈴代は一体のディアボロを光の鎖によって墜落させ、道路へと誘導していた。
「我が主の命に従い、愚かな我らが殺します」
ディアボロが美しい声で囁くと、地面から次々と蛇もどきが湧き出してくる。
「ここで戦うつもりはありませんっ」
軽快なステップで襲い掛かる蛇もどきを躱しながら道路方面へと後退していく。
時折掴まれそうになった時も、エカテリーナの狙撃が蛇を撃ち抜き拘束へは至らない。
足止めが困難と判断したのか、ディアボロも鎖で翼を封じられながらも鈴代を追いかけていった。
一方、フローライトは翼を失ったディアボロと対峙していた。
エカテリーナの炸裂弾により翼を失ったディアボロは地上から火炎を吐き、フローライトを捉えんとしているが飛行するフローライトには一切当たらない。
「無視をしたかと思えば、今度は狙い撃ち……ヴァニタスに従うだけの木偶か」
意思がない機械のように標的を変えるディアボロに怪訝な表情を見せるフローライトが己を観察していることを察したのか、ディアボロは向きを変え、エカテリーナ目がけて蛇を放つ。
「うっとおしいッ!」
エカテリーナが強酸性の消化液へと変換されたアウルを放つと、蛇たちはあっけなく力尽きてしまう。
「ふんっ、足止めにすらならん」
と、自分から注意がそれた瞬間を見計らったようにディアボロが炎を溜めながらエカテリーナ目がけて跳躍する。
ゆうは10mを超える跳躍はエカテリーナの頭上を捉え、火炎はエカテリーナを中心に辺り一面を焼き尽くすかと思われた。
「状況も判断出来ない雑魚に用はない」
フローライトの白い輝きを纏った鎖が炎を溜め込んだディアボロの口に叩き込まれ、上顎から上を削り取るようにディアボロの頭部を引きちぎった。
「ぁ、ぉ、愚かな我らの断末が、我らが主の想起となります、よう、に」
頭部を失ったディアボロの全身は炎に包まれると地面に着く前に消し炭となって消え去った。
「……ふんっ」
散らばる消し炭を一瞥するとフローライトは村の家々へがある方向へと飛び去っていく。
「さぁ、もう一体だ」
エカテリーナはスナイパーライフルのスコープを覗き、鈴代が対峙するディアボロの方へと視線を向けた。
槍を構え、器用に立ち回る鈴代に翻弄されるディアボロの背後はガラ空きだった。
エカテリーナの炸裂閃光弾が背面を捉え、ディアボロが大きくよろめく。
「そこだっ」
鈴代は隙を逃さず、両腕に光と闇のオーラを纏い、強烈な一撃を叩き込む。
ディアボロの胴を貫いた槍からオーラが爆裂し、ディアボロの四肢がはじけ飛ぶ。
「ガァ、ぁ、愚かな我らの断末が、我らが主の想起と……なり、ます……ように……」
飛び散ったディアボロの四肢は燃え上がると、消し炭となって消え去った。
●X村 中央 道路
ディアボロが撃破されたらしいことを見て取ると、黒井がヴァニタスへ説得を持ち掛ける。
「ここまでです。貴方に勝ち目はありません。大人しく降伏して下さい」
ヴァニタスの目は焦点を捉えておらず、黒井の言葉が耳に届いているとは思えない様子だった。
「ア、ァァ、死ンジャッタ、ミンナ死ンジャッタ……ァァ……マタ死ンジャッタ、守ラナキャ、ボクガ殺シテ、殺シテ、ァァ……」
「っ……もう貴方に勝ち目はっ」
もう一度説得しようとする黒井だが、ショットガンを構えたエカテリーナに静止される。
「人の言葉が理解できないようだな。悪いが、殺処分だ」
「そう、ですね……」
ガチャリ、とショットガンの引き金にエカテリーナの指がかかった時。
「ァアアッ!!嫌ダッ!!殺サナキャッ……殺サナキャイケナインダア!!」
鎖が引きちぎられ、ヴァニタスの両手がエカテリーナへと向けられる。
これまでと違う炎を伴った黒い雷が球体となってエカテリーナたちへと放たれたが。
「死を、受け入れろッ!」
至近距離で放たれた炸裂弾はヴァニタスの放った球体を貫き、両手に埋め込まれたペンダントを砕き、ヴァニタスを粉々に吹き飛ばした。
●X村 中央 道路
ヴァニタスたちを撃破した後、エカテリーナたちを恐れて先に学園へと戻った長田と、フローライトのライトヒールで生命力は回復したものの念のため治療をと一足先に学園へ帰らされた獅堂以外の四人はX村内に生き残りが居ないか捜索していた。
日が昇り、村を覆っていた火の手が消えるまで捜索した結果、僅かに生き残った村人たちから話を聞くことが出来た。
迎えの車を待つ間、情報交換することとなった。
「では、おそらくあのヴァニタスはコウタくんといういつもペンダントを持っていた記憶喪失の男の子であった、と」
鈴代の確認に黒井が頷く。
「えぇ。村長さんのお話では最近村にやってきたばかりだったんだとか。ご両親の話も聞ければよかったのですが、この村で一緒に暮らしていたのは本当の両親ではないとかで。そのお二人も残念ながら……」
「本当の両親ではない?」
「コウタくんはここから離れたZ市で悪魔の襲撃に巻き込まれたんだそうです。そこで両親を亡くして、このX村の夫妻に引き取られたと」
「斡旋所に来た依頼で言ってた二体の化け物がどうたらって話も、そのコウタってのがよく言ってた夢の話らしいな。村のガキどもが言ってた。そして実際二体の化け物がやってくるのを見た、と……あのディアボロがヴァニタス化させたっていうのか」
エカテリーナの問いに黒井が答える。
「それは無いでしょう。あるとすれば近くに悪魔が居るか、それとも……自分がヴァニタスであるという記憶ごと全て忘れていたか、でしょうか」
「これだけドンパチやらかしても無視するような悪魔が居るとは思えないがな。記憶を無くしていたとしてもエネルギー供給はどうしていたんだ?そもそもまともに生活できるとは思えん」
黒井の意見に納得がいかない様子のエカテリーナに続き鈴代が疑問を口にする。
「しかし一体なぜこの村に?なにかの狙いがあったのだろうか?」
「執拗に村の人たちを狙っていたようにも思えますが……殺戮行為そのものに執着していたようにも見えました。記憶喪失説を推すならば、ディアボロがヴァニタスであるコウタくんを見つけたが、高すぎる殺戮衝動故に本来の目的を果たす前に殺戮行為に走ってしまった……というところでしょうか。それでも、コウタくんをヴァニタスとして復活させた目的はわからないですが」
「……もし、Z市で悪魔に襲われた時ヴァニタス化していたのだとしたら、ディアボロごと焼き払うような奴の記憶を奪ったとしてもおかしくない」
沈黙していたフローライトが口を開く。
「まさか、ヴァニタス化させたはいいけど、手綱を握りきれないから記憶を奪ったってかい?」
エカテリーナの問いに頷き、フローライトが続ける。
「ヴァニタスとして生かすためにもエネルギーが必要だ。わざわざ生かしておいた以上、何かしら使い道を考えるはずだ。だが、ゲートを張るような場面では邪魔になる。ならば使い道は辺りが人間だらけの場所が適任だろう」
「だから人間に紛れ込ませて、ディアボロで記憶の解放を……」
「……手の込んだことをする奴が居たものだ、もしそうだとしたらの話だが」
しばらくの沈黙のあと、黒井が口を開いた。
「……コウタくんは直前まで、村の人たちに危険を知らせようとしていたそうです。もし、ディアボロたちがコウタくんを見つけなければ、たとえヴァニタスであったとしても心優しいコウタくんのまま過ごせたのではないでしょうか」
「無理だろうな」
エカテリーナが答える。
「身体がヴァニタスである以上エネルギー供給という悪魔との繋がりもあったはずだ、いずれ今回のようなことになっていただろう」
「そうかも、しれませんが……」
「それに、もし心優しい人間として生活し続けたとしても、ヴァニタスと成りえるほどの殺戮衝動を抑えきれるはずがない。マトモな頭のまま殺しまくるよりも化け物として化け物らしく死んだほうが幸せだと思うがね」
と、迎えの車がやってくる。
四人を乗せ、学園へと車は走り出した。
悪夢のような戦場をあとにして。