●藍ヶ浜病院 四階
「さてさて、未来ある若人たちはどこに居るのかなっと」
病棟東側の非常階段を上り終えた甲斐 銀仁朗(
jc1862)が一息つく。
「もし四階に居ればすぐ見つかるはずですが」
Rehni Nam(
ja5283)も一歩遅れて到着した。
「だったら楽なんだがね。もし開けた瞬間ガァーと来られたらおしまいだな」
「阻霊符を発動させておきます。もしもの時は閉めてください」
「そりゃ頼もしい。んじゃ、行きますかね」
青白い靄状の光を展開させたNamと片刃の赤い大剣を手にした甲斐はゆっくりと非常口の扉を開いた。
●藍ヶ浜病院 三階
同じ頃、西側の非常口から蓮城 真緋呂(
jb6120)と阻霊符を展開させた樒 和紗(
jb6970)が侵入していた。
「阻霊符が展開されてるのに、走ってるような足音が聞こえない……どこかに隠れているのかしら」
「それか、足音が聞こえないほどここから離れているかですね」
「早く見つけてあげましょうっ!」
真緋呂の声に頷き、和紗はスマホを取り出す。
「阻霊符の展開、完了しました。これから捜索を開始しますので、生命探知をお願いします」
●藍ヶ浜病院 二階
「了解です」
和紗から連絡を受けた黒井 明斗(
jb0525)はナースステーションの前で立ち止まると、スマホで撮影しておいた病院の見取り図を開く。
「……うん、この辺りみたいですね」
同行している雪室 チルル(
ja0220)もひょこっと黒井のスマホを覗きみてみたのち、きょろきょろと辺りを見回す。
「まだ残ってる人いるのかなー?」
「見取り図を見せてくださった方が外に出てきた様子は無いと言っていましたから、おそらく。早く助け出してあげないといけませんね」
「よぉーし、すーぐ見つけてやるんだから!」
ふんふんっと気合十分なチルルに頼もしさを感じながら、黒井は光纏を発動させる。
一瞬現れた半透明の羽が霧散し、清浄な光となって広がっていく。
光の粒は壁や床や天井を通り抜けるように広がっていき、周囲の生命反応を黒井へと伝える。
「下の階にひとつ……上の階に、三つ……?さらに上の階にも一つ……」
「なんだー、この階には誰も居ないのね」
「そのようです。みなさん、一階にひとつ、三階に蓮城さんたちを含めて五つ、四階には……おそらく甲斐さんたちの他にひとつの生命反応を確認しました。蓮城さんたちは特にお気を付けて」
●藍ヶ浜病院 四階
「あー、こちら四階チームだが」
気だるげにスマホへ話す甲斐の視線の先。
病室の扉から緑色のヘドロのようなものがブクブクと不快な音を立てながら湧き出していた。
「こっちはハズレみたいだ、倒したら下に降りるからよろしく頼んだ」
通話する甲斐の傍らでNamがアウルを練り上げ炎の球体を構える。
「よし、じゃあぼちぼちいくかぁ」
「発射します」
緑のヘドロが扉から湧き出し終わりひとつの塊になったところに、Namの火球が爆裂する。
意図していない不意打ちのはずだったが、火球の当たる瞬間ヘドロは自ら爆散しダメージをやわらげたようだった。
自ら飛び散ったヘドロの破片たちは天井や床に張り付いており、未だ不気味に蠢いてまたひとつの個体へと戻ろうとしているが、それでも甚大なダメージを受けたのだろう。
明らかに先ほどよりも動きが鈍っていた。
「魔法攻撃は有効のようですね」
「みたいだな。んでは、俺の番だな」
集束に時間がかかっているらしいヘドロに向かって赤い大剣を構えた甲斐が肉薄する。
ヘドロは再び飛び散ることで刃を躱そうとしたらしかったが、銀色の焔を纏った高速の一撃はそれを許さず、ヘドロは緑色の水蒸気となって消滅した。
「復活とかは……ないみてぇだな。んじゃあ、下に向かうか」
甲斐の言葉にNamが頷き、階段を下ろうとしたところでスマホから叫び声が聞こえてきた。
『三階で二人を発見しました!救援をお願いします!』
●藍ヶ浜病院 三階
時は少し戻り、三階東側の病室前。
真緋呂と和紗が発見した時、タクミは油汗をかきカイトの手を借りてようやく動けるような状態だった。
カイトの姉が狙われた時うめき声をあげたように、やけど痕が痛みを生んでいるらしく、逃走による疲労も相まってかなり体力を消耗しているようだ。
「カイトくんとタクミくんよね、大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど、タクミが!さっき急に痛がり出したんだ!」
「あ、あんたら、撃退士だよな……ぐっ……あいつら、透過能力が使えなくなったからって”斥候”の痕を……うぐっ」
呻くタクミとそれを支えるカイトの傍へと和紗がしゃがみ込み、二人の腕に手をかざす。
アウルによって描かれた墨文字が二人の力を高めたが、それでもタクミはまともに走ることは叶いそうにない様子だった。
「敵の姿は?近くで見ましたか?」
「わかんない……でも、近くに居ると思う」
カイトの言葉に真緋呂と和紗が周囲をぐるりと見回すと、どこからかゴボッと不快な音が聞こえた。
二人がそれぞれ刀と弓を構えた直後、廊下の天井に設置されたすぐそばの通気口から紫色のヘドロの塊が勢いよく噴き出してきた。
明らかに異常な存在を確認した和紗が弓を構えながら叫ぶ。
「三階で二人を発見しました!救援をお願いします!」
●藍ヶ浜病院 二階 西階段
「救援に向かいたいですが……無視するわけにもいきませんね」
一階の生命反応を調査している途中、階段を上る茶色いヘドロを見つけた黒井とチルルは三階へ向かわせまいとヘドロを追いかける形で応戦していた。
「先には行かせないんだから!あんたの相手はこのあたいよ!」
チルルの周囲に白色の光球が浮かび上がり、ヘドロ目がけて発射される。
ヘドロは光球が着弾すると自ら飛び散り、光球の直撃を回避しては集束するとジリジリと三階へ進んでいた。
「ちょっとはこっち見なさいよー!」
「視覚があるかはわかりませんが、確かに僕らを無視しているようですね。タクミさんが近いのでしょうか」
「うぐぐぐ……あ!ねぇ、ズガーンって出来る!?」
「ズガーン、ですか……サンダーブレードなら可能ですが……」
「じゃあそれ!あたいが回り込むからズガーンってしてよね!」
そう言うとチルルは光球を作り出すと、並走するようにヘドロ目がけて飛び込んでいった。
「雪室さんっ!?」
黒井は驚きながらもロザリオから無数の風の矢を生み出し、チルルの周囲を飛ぶように援護する。
黒井の矢とチルルの光球を躱すように自らヘドロが飛び散ったタイミングでチルルは飛び込むと、三階側へと回り込むことに成功した。
そして、すぐさま光球で円を作り出し、氷の結晶でそれを覆うことで大きな盾と化すと黒井の方を向き直った。
「どんとこーい!」
「そういう……ことですかっ!」
黒井は雷の剣をチルルの氷の盾目がけて振り下ろす。
粉々に砕け散った氷の盾は雷を伴った氷塊の嵐となり、散らばったヘドロの破片を一掃した。
「ふふんっ、あたいにかかればこんなもんなんだから!」
「無茶しすぎです、もう……」
幸いにも傷が無いらしいチルルに黒井はほっと息を吐きながら、念のため[祝福]による回復を施した。
●藍ヶ浜病院 三階
和紗の長大な和弓から凍てつく龍を纏った矢が紫色の塊目がけて放たれる。
が、ヘドロは円を描くように変形してそれを躱す。
『こちら四階チーム、場所はどこだ』
通話に答える間もなくヘドロが円錐状に集束してタクミ目がけて飛びかかってくる。
タクミとヘドロの間へと黒い刀を構えた真緋呂が飛び込み、刀身から発せられた炎の障壁を展開させる。
ヘドロは障壁に阻まれたと分かると、そのまま障壁の表面に張り付くように自身を薄く広げ真緋呂ごとタクミを包み込もうとする。
真緋呂はヘドロの拡散を見て取ると、刀身を勢いよく振りぬく。
と、炎の障壁はいくつもの渦を巻き、直後に花火のような爆発を起こしヘドロを弾き飛ばした。
「三階東側から西に向かって後退中です!」
和紗が応答しながら、先ほどよりも洗練された所作で矢を番え、集束しようとするヘドロ目がけ放つ。
集束中のヘドロは回避行動を取れず、龍の牙の如く鋭く咆哮の如く強烈な一撃は大部分を凍結させ、細かな破片へと砕き消滅させた。
が、僅かに残ったヘドロは小さな塊を作ると弾丸のような勢いで滅茶苦茶に跳ねまわる。
そして、地面を這うように目にも留まらないスピードでタクミへと迫ってくる。 と、その時。
「――了解しました、援護します」
四人の足元を澱んだオーラが駆け抜け、小さなヘドロを捉えると砂塵へと姿を変えたオーラがヘドロを包み込んだ。
小さな砂嵐と化したオーラが一瞬でヘドロを石化させる。
「そこよっ!」
そして、石化したヘドロ目がけて五つの光球が飛び、塵も残さず消滅させた。
「ふぅ、間に合ったみてぇだな」
オーラを放ったNamの横で、甲斐が息を吐く。
「みなさん無事のようですね」
ヘドロを撃破して得意顔のチルルの横で、黒井も息を吐く。
「えぇ、助かりました。他の敵は?」
「撃破済みです」
「あたいがしっかり倒してやったわ!」
「そう……よかったわ」
撃破の報告を聞いて真緋呂は緋色の瞳を藍色へ戻すと、安堵の表情を浮かべた。
「おわぁっ!た、タクミ!?」
ヘドロたちが撃破されたことで激痛から解放されたタクミは気が抜けたのかドサッとカイトにもたれかかる。
「ほれ、とりあえず外出るぞ」
甲斐がグッとタクミの片腕を持ち上げると肩にかけた。
「ガキにしちゃよく頑張ったな。そのクソ度胸をちゃあんと『いい方向』に向けてくんだぜ?」
「へへっ、そりゃどうも」
そうして、撃退士たちは二人を伴って病院を後にした。
●藍ヶ浜病院前
「甲斐はああ言いましたが、俺は褒めませんよ。特にカイトは一度外へ出たのですから、そのまま避難しておくべきでした」
タクミとカイトを救出したあと、病院施設へ被害が出た個所に関して報告するため別れた甲斐たちから二人を任された真緋呂と和紗は救護テントで休む二人にお説教中だった。
「だって……」
「だってではありません。それにタクミも、襲撃が予測出来ていたなら撃退士へ伝えておくべきでした」
「そこは、ほら。なぁ?いやぁ、ハハハ」
「ハハハではありません!」
「ヒッ……ウィっす……」
「そうよ、男の子が頑張るのも良いんだけどカイト君がお姉さんと同じことになったら哀しむ人も居るよ?」
「……ごめんなさい」
「……すんません」
真緋呂と和紗のお説教に二人がしょんぼりとうなだれたところで、ギターケースを抱えた黒井とNamがカイトの母親を伴ってやってきた。
「カイトっ!なんてことして……もうっ……!」
涙ながらに自らを抱きしめる母親に、カイトの目にも涙が浮かぶ。
「黒井さんに、Namさん。報告はもういいの?」
「えぇ、甲斐さんと雪室さんが任せて大丈夫とのことだったので。それより、タクミさんのギターと、お二人の傷をと思いまして」
「あー、傷は良いわ」
「?」
タクミの言葉にNamがキョトンと小首をかしげる。
「ぐすっ……お、俺も良い!」
涙をふき、カイトも同じく治療の拒否を申し出る。
「背中の痕はもうねぇし、腕のコイツは消えねぇけど……いいんだ。な?」
「うん!」
「ってことで、俺はもう行くわ」
「え、ま、待てよタクミ!どこ行くんだよ!」
「アイツら見つけんのに、いろんなとこにいろんな貸し作ってきたらか返しに行くんだよ」
そう言ってタクミがギターケースを背負い、テントを出ていくと、慌ててカイトもテントを飛び出す。
「また……また!コンサートしに来いよ!」
タクミは振り返らず、去っていく。
「また、聴いてやるからな!」
それでもタクミは振り返らなかったが、カイトは黙って見送った。
素直になれない男の背中を、左腕に刻まれた勇気の証を握り締めながら。