●デパート三階
エレベーターで現場へとやってきた撃退士一行は、エクセリア=バーグ(
jb7454)を先頭に西側通路を歩いていた。
「ありました、情報通りですね」
エクセリアがいくつかのマネキンを発見する。
通路に置き去りにされたマネキンはそれぞれバッグや帽子、パーカーを身に着けている。
通路脇に展示されたマネキンは衣服一式を身につけているもの、つけていないものとさまざまだった。
「それでは……」
エクセリアの生命探知により通路上に設置された12体のマネキン。これらが人間であることを確認する。
同時に、異界認識でディアボロが含まれていないことを確認した。
「おい、こん中ディアボロはいねえのか」
確認を終えたエクセリアに天王寺千里(
jc0392)が声をかける。
「今のところ確認できませんね」
「やはりどこかで奇襲の機会を伺っているのだろうか」
遠石 一千風(
jb3845)が緊張した面持ちで、エクセリアを手伝い、マネキンを台車へと乗せていく。
「この階には北側と南側を繋ぐダクトがあるみたいですから、展示物にそれらしいマネキンが見られない今でもどこかからは見られていると考えた方がいいでしょうね」
「……つくづく悪趣味な奴だ」
何かに怯えるような姿勢で固まるマネキンを台車に乗せながら、遠石が顔をしかめる。
「まずは戦場を整えるのが先だ、運ぶぞ」
「一応、ダクトの出入り口は避けて行きましょう」
エクセリアと同じように台車を取り出したフローライト・アルハザード(
jc1519)の声で一行はエレベーターへと引き返し、あらかじめ下の階で待ってもらえるよう言っておいた警察へ向けてマネキンたちを送った。
●
警察から被害者の保護が完了したという連絡を受けた一行は二手に分かれていた。
「よし、どっからでも来いってんだ」
獅堂 武(
jb0906)は囮役として北側通路の男性向けコーナーを歩いていた。
フローライトの提案で盗られても構わないよう黒い帽子を身に着けている。
『気を抜きすぎるなよ、獅堂』
通話状態でキープされている携帯からは少し離れた位置で獅堂を見張っているフローライトの声が聞こえる。
「わかってるってアルねぇ、こんぐらい余裕だぜ」
『いいか、くれぐれも馬鹿な真似をするんじゃないぞ』
「わーかってるって!俺が無茶しないで済むようにアルねぇと遠石に見てもらってんだから」
『……自爆なんぞしたらどうなるかわかっているだろうな』
「し、しねぇって、んなこと」
『……ふんっ』
不機嫌そうにフローライトの声に獅堂は苦笑いを浮かべながら小太刀を握り締めた。
「ま、いざとなったらしゃーないよな」
北側の壁沿いに並べられた三つの更衣室のうち、真ん中のひとつ。
その前辺りに陣取り、周囲に数珠を広げた。
数珠は獅堂を中心に円を描くように地面スレスレに浮いている。
「これで準備万端だぜ」
どこからでもかかってこいとばかりにぐるりと周囲を見回す獅堂。
と、通路西端の天井から何かがぶら下がっていることに気づいた。
「ありゃぁ……人の腕か!?アルねぇ!遠石!天井から腕が!」
『私が確認しよう』
遠石が警戒体勢で通路西端へと近づく。
「もう被害者は居ないはずだが……」
十中八九、ディアボロか。そう思いながらダクトの真下まで辿り着いたところで。
ポトリと、腕が落ちてきた。
「なっ!?」
腕が襲いかかってきたかのように見えた遠石は飛び退いた。
「分離出来るなんて聞いていないぞっ!……ん、これは……」
しかし、よくよく眺めてみると球体関節となめらかな質感が明らかに作り物であることを物語っていた。
ディアボロでなかったことに一安心した遠石は携帯を取り出す。
『ただのマネキンの腕だったぞ』
連絡を受けた獅堂は安心から大きく息を吐いた。
「なんだよ……まだ被害者が残ってたのかと思ったぜ」
やれやれといった様子でワシワシッと頭を掻く獅堂。
『獅堂、帽子はどうした』
「へっ? あっ、ねぇ!」
帽子が無くなっていることに動揺し、辺りをキョロキョロと見回した一瞬。
獅堂のすぐ側にある更衣室からマネキンが飛び出してきた。
「げぇっ!?」
がっしりと背中に飛び乗られた獅堂は両腕ごと後ろから抱きかかえられるように締め付けられ、身動きが取れない。
「こんのっ……離れろっ……!」
マネキンを振りほどこうと身体を振るが、がっちりとしがみついたマネキンは離れない。
その間にもみるみるうちに獅堂の身体が衣服ごとマネキンのような質感に変えられていく。
「だったら……!」
振りほどけないことを悟った獅堂は右手の小太刀を逆手持ちにし、右手首あたり目掛けて突き立てようとした。
「傷はつけらんなくても血のあとぐれぇなら……!」
「背中を向けろ、獅堂ッ!」
物陰から飛び出してきたフローライトの声に合わせて獅堂が背中を向ける。
「え、あっ、こ、こうかっ!?」
「そのまま動くんじゃないぞ、獅堂 武!」
両刃の直剣を構えた遠石が獅堂の背中目掛けて走り込んでくる。
その後ろには手にアウルを集中させたフローライトが。
「ちょちょちょ待っ……!」
「吹き飛べッ!」
遠石の直剣の柄が鋭くマネキンの上半身へと突き刺さり、マネキンは体勢を崩す。
直後、フローライトの放った光の波がマネキンの身体を大きく吹き飛ばした。
吹き飛ばされたマネキンは獅堂に被せようとしていた黒い帽子を投げ出し、通路東端の天井に設置されたダクトへと滑り込むように逃げていった。
「逃がしたか……」
遠石が素早く縮地で近づいたが、捕まえる間もなくダクトへと逃げ込んだマネキンを追いかけるのは難しそうであった。
仕方なく遠石は携帯を取り出し、別行動しているエクセリアたちへと連絡を飛ばしたのであった。
●
「了解、です」
遠石から連絡を受けたアルティミシア(
jc1611)が携帯をしまい込む。
獅堂たちとは反対側、南側通路のダクト下で時々立ち止まって商品を覗き込むフリをしているアルティミシアは頭の上に小さなハットを乗っけている。
その様子を少し離れたところで衣服の間に隠れながら見守っている天王寺は奇襲の機会を今か今かと待っていた。
「さっさと来やがれ……サンドバックにしてやる……!」
「そう焦らずとも、もうすぐ来ると思いますよ。天王寺様」
天王寺の横で同じように待機しているエクセリアがアルティミシアの頭上を指差す。
「あぁ?」
特になんでもないアルティミシアの頭上。
天王寺は怪訝な表情を見せたが、ガコッとダクトの柵が外されるのが見えた。
そして、マネキンがそーっとアルティミシアの小さなハットに手を伸ばしているところで。
「アルティミシア様」
エクセリアの声が、携帯を通してアルティミシアに伝わる。
アルティミシアは商品を手に取ろうとしていた右手をゆっくりと掲げ、真上を指差して微笑んだ。
「オマエ、本当しょうもないね。笑えて来るよ」
アルティミシアの手から放たれた見えない弾丸がマネキンを撃ち抜く。
衝撃でズルリとダクトから落ちてしまったマネキンを、アルティミシアの追撃が襲うが素早く体勢を立て直したマネキンはシャカシャカとおよそ人間らしからぬ動きで弾丸をかわした。
ダクトへ逃げ込むのは不可能を判断したマネキンは踵を返し、アルティミシアとは逆方向へと逃げようとするがそこには。
「よぉ、人をマネキンなんかにしやがって……」
真っ赤に燃えるような髪をなびかせ、全身を紅蓮の炎に包んだ天王寺が立っていた。
呆気に取られたように一瞬動きを止めたマネキンの背中に、アルティミシアの追撃が突き刺さる。
「キモい面で、アタシを見るんじゃねぇ!」
体勢を崩したマネキンへ天王寺の腕に装着されたドリルが轟音と共に放たれ、重い一撃がマネキンを粉々に吹き飛ばした。
「戦い甲斐のねぇ奴だぜ」
不満そうな表情を浮かべる天王寺の髪が元の黒い髪へと戻っていくのを見たエクセリアが携帯を取り出す。
「こちらエクセリア=バーグ、ディアボロの撃破を確認しました」
●
戦闘終了後、現場の掃除を申し出たエクセリアと共に天王寺、アルティミシアもまた現場のお片づけをしていた。
「あの、ボク、お役に立ちましたか?」
「はい、アルティミシア様が囮を引き受けてくださったおかげです」
「!……♪」
「ごめんなさいねぇ、片付けまで手伝ってもらっちゃって」
申し訳なさそうに言うミドリにダクトの柵を取り付け終えた天王寺が笑いかける。
「ま、いいってことよ」
一方、遠石たちは無事マネキンから元に戻れた人たちを見送っていた。
「本当に、本当にありがとうございましたっ……!」
「いいんだ、あなたたちが無事で本当に良かった」
深々と頭を下げるクミたちを前に心底安堵した表情を見せる遠石とは対象的に、フローライトに睨みつけられた獅堂は不安げな表情で固まっていた。
ガシッと掴まれた右手首には僅かに小太刀の先がかすった痕が残っていた。
その痕を見たフローライトの視線はより一層鋭いものになる。
「……自己犠牲は、大概にしろよ」
「お、おっす」
「あなたたちも見送ったらどうだ、みなさんおかえりだぞ」
遠石に促され、クミたちを見送る獅堂たちの目には仲良く手をつないで帰るおそろいの格好をした姉妹がうつっていた。