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南側の駅から現場へと向かった撃退士たちは、ぶくぶくと蠢くピンク色のディアボロの前に立っていた。
「このむこうに、みなさんが……」
「ん、まずは突破」
点喰 瑠璃(
jb3512)の呟きに麻生 白夜(
jc1134)が頷くと同時に武器を取り出す。
ピアノの鍵盤を模したそれは、白夜の前へ浮遊するとディアボロ目掛けて衝撃波を放った。
「やったっ……!」
放たれた衝撃波はひと一人が充分通り抜けられるほどの穴を開けられたことに瑠璃が喜んだのも束の間。
ディアボロは衝撃波により撃ち抜かれた箇所からぶくぶくっ!とより激しく蠢くと、みるみるうちに再生していく。
身長の低い瑠璃ですら通り抜けるのには苦労しそうなほど小さくなっていく穴に、麻生は顔をしかめる。
「ならもういっかい」
「不要だ」
武器を構え直した白夜を制するようにフローライト・アルハザード(
jc1519)が双銃を乱射した。
絶え間ない射撃によって再生による穴の縮小は免れただけでなく拡大させることができたが、フローライト一人の攻撃ではギリギリ一人が通り抜けられるかどうかの大きさを確保するのが精一杯だった。
「る、瑠璃も、おてつだいしますっ!」
「良い、不要……」
顔色を変えず射撃を続けるフローライトを尻目に瑠璃は召喚を開始した。
展開された魔法陣から青い鱗を持った幼体の龍が現れる。
「ストレイシオン……おねがいっ!」
フローライトの拒否を拒否した瑠璃のストレイシオンのブレスにより、穴は拡大し、白夜が開けた穴と同等の大きさを保つことが出来た。
「……不要と言ったのだが」
「でも、これなら充分」
少しムッとした様子のフローライトを尻目にレインコートを羽織り、突入の準備を整える白夜。
同じように常盤 芽衣(
jc1304)もまたレインコートを着込むと、南條 侑(
jb9620)と蓬莱 紗那 (
jc1580)へ向き直る。
「私たちはコートがある、南條君たちが先に突入してくれたまえ」
「……助かる」
南條はぶっきらぼうに礼を言うと射撃を続けるフローライトを飛び越え、穴の向こう側へと走り込んだ。
それに蓬莱が続き、無事二人の突入を見届けた白夜と常磐も突入する。
「あとは瑠璃たちが移動すれば……あっ!」
後に続こうとした瑠璃の視線の先、常磐たちの通り抜けた穴のすぐ頭上には赤く輝く宝石のようなもの……報告にあったディアボロの弱点が浮かび上がっていた。
「――!」
即座にフローライトが撃ち抜く。
が、弱点はすぐさま泡の中へと隠れてしまった。
弱点が隠れた場所を撃ち抜けば他の場所に浮かび上がってくるものの着弾する前に隠れられてしまう。
「動きも、反応も早い……火力不足か」
「みなさんとちからを合わせないとダメみたいですね」
「早く合流したほうが良さそうだな」
顔にこそ出さないもののフローライトが渋々といった様子で双銃を仕舞うと、それに合わせて瑠璃もストレイシオンの召喚を解除する。
フローライトと瑠璃は物質透過を発動させると仲間の元へ急いだ。
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取り残された車両へと瑠璃が向かうと、そこには苦しそうにうなされる駅員と常盤の姿があった。
「あ、あの、これはいったい……」
「強く頭を打ち付けたみたいだね、表面の出血以上に頭の内部へのダメージが大きいようだ」
「手当てしないとっ!」
瑠璃は急いで救急箱からガーゼを取り出して駅員の額にある傷口へと当てる。
「駅員さん、駅員さんっ、聞こえますかっ」
「う……あ、あぁ、ここは……?」
「すまないが、まだ地下鉄の中なんだ」
「あぁ……助けが、来たんですね……」
駅員が安堵の表情を浮かべたのを見て、常盤と瑠璃の緊張も少し和らぐ。
「そうだ……他の、人達は……?」
「大丈夫、乗客四人の無事を確認済み」
駅員に答えたのは別車両から移動してきた麻生だった。
「麻生先輩っ!」
「向こうに三人居たけど、女の人が足を捻ってるくらいで、いますぐ助けが必要な様子じゃない。ディアボロの撃破を優先した方が賢明」
麻生の言葉に、瑠璃は座席に横たわる駅員を気遣うような表情を見せる。
残された乗客が気になるらしい瑠璃の様子を察した常磐は瑠璃の肩をポンッと叩き車両の扉を出て振り返る。
「それじゃあ、南條君たちの元へ急ぐとしようか」
常磐の意図を察したように後に続く麻生を見た瑠璃は意を決した様子で駅員の手を両手で握り締めた。
「駅員さんっ、すぐもどってきますからねっ!」
必死な表情の瑠璃の様子に駅員の様子が和らぐ。
「あぁ……心強いよ……」
駅員に見送られ、車両を飛び出した三人は先行して北側へと向かった残る三人の元へと走り出した。
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瑠璃と分かれ、まっすぐ北側へと向かったフローライトは苦戦を強いられていた。
「……蓬莱」
「これでどうか…なっ!」
フローライトの合図に合わせて蓬莱の炎夏霊符から炎の槍が放たれる。
槍は突き刺さった場所を真っ赤に熱し、弱点の行き場を塞ぐ。
その衝撃で表面へと浮かび上がってきた弱点をフローライトが狙い撃つが、蓬莱の炎夏霊符だけでは逃げ場を塞ぎきれずに逃してしまう。
「……悪魔」
「俺は悪魔のハーフだ。……炎陣球ッ!」
南條の炎陣球により、より広い範囲が円形に熱される。
熱された部分にフローライトの銃撃が当たり、僅かに欠けるもののとても削り切れる大きさではなかった。
「なら、これならどうだ……!」
南條の大瑠璃翔扇が放たれる。
瑠璃色のアウルを纏った扇はディアボロの表面を削りながら弱点を浮き上がらせる。
南條の攻撃によって浮かび上がるタイミングに合わせてフローライトが狙いを定める。
炎陣球により熱された円、その周囲に一回り大きい円を描くように蓬莱の炎夏霊符の槍が放たれる。
槍の跡と炎陣球の跡に挟まれるようにして赤い宝石が浮き沈みを繰り返しながら移動する。
そして、炎夏霊符の跡が一周した時。
「ッ!」
フローライトの射撃が浮かび上がった弱点の位置を撃ち抜く。
だが弾丸は僅かに遅く仕留めるには至らず、しかし確実に弱点へとダメージを与えた。
その証拠にじりじりと近づいていたディアボロは動きを止めている。
「仕留めきれなかったか」
「――だが、奴にもはや活路無し」
そう言いながら黒色の大剣を構えて現れたのは常磐。
その後ろにはヒリュウを従えた瑠璃と鍵盤を模した武器を構えた麻生の姿もあった。
「同時にかかれば、逃げられない」
「弱点を炙り出してあげよう、点喰君ッ!」
「はいっ!」
レクイエムブレイドを構えて走りだす常磐に合わせて瑠璃のヒリュウがディアボロ目掛けて突進する。
「はぁッ!」
常磐の闇の力を纏った一撃と共にヒリュウの体当たりがディアボロを揺らす。
「ここか……!」
強烈な衝撃で飛び出さんばかりに浮かび上がった弱点を中心に捕らえた炎陣球が周りに炎夏霊符の槍を携えてディアボロを焼き尽くす。
弱点は周囲ごと熱されほとんど身動きが取れない状態になってもなお、ずぶずぶと音を立てながら内側に逃げ込もうとしていた。
「逃がしません」
麻生の放った衝撃波が熱された部分を弱点ごと切り取るように吹き飛ばす。
「――終わりだ」
宙に投げ出された弱点を、フローライトの緑色の一閃が切り裂いた。
バキンッ!
甲高い音と共に赤い宝石が砕け散ると、残された銀色の壁も同時に粉々になって砕け散った。
「まずは北側、撃破だ」
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「南條先輩こっちですっ!駅員さんがたおれててっ……!」
北側のディアボロを撃破した瑠璃は南條と蓬莱を連れて車両へと戻ってきていた。
「あぁ……キミは、さっきの……」
急いだ様子の瑠璃を見た駅員はフッと表情を緩めたが、明らかに戦闘前の時よりも苦しそうな様子に瑠璃は驚いた。
「駅員さん、だいじょうぶですか……?」
駅員は意識を失ってこそいないものの額には汗が浮かび、息は荒く、体力を消耗していることが見て取れた。
南條は、駅員に寄り添う瑠璃の側へと腰を下ろすと駅員の身体全体をなぞるように手をかざす。
「……これで、少しは楽になるはずだ」
南條の治癒膏により生命力を高められた駅員はみるみるうちに汗が引き、体力が戻っていった。
「わぁ……!」
「……急ぐぞ」
「え、えっ、でも駅員さんまだあるけませんよっ」
「じゃあ、点喰さんの召喚獣に乗せてあげるのはどうかな?」
立ち去ろうとする南條に代わって瑠璃の問いに答えたのは足をくじいた女性に肩を貸しながら歩いてきた蓬莱だった。
「ね、南條さん?」
蓬莱はパッと片手で扇子を開くと口元を隠し南條へ意味ありげな視線を送る。
扇子に書かれた『不器用さんめ』という言葉に一瞬ギクリとした表情を浮かべる南條は逡巡ののち蓬莱の扇子を遮るように女性へ肩を貸した。
「……あぁ、頼めるか?」
蓬莱に代わり、女性に肩を貸す南條が背を向けながら言う。
「は、はいっ!」
南條が駅員を見捨てるつもりではなかったことに気付いた瑠璃は嬉しそうに頷く。
瑠璃が召喚したストレイシオンに駅員を乗せ、他の乗客が歩けることを確認すると南條を先頭に三人は車両を出て、避難を開始した。
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瑠璃たちに乗客の救助を任せ、常磐たちは南側のディアボロの排除へ向かっていた。
常磐の空劫のリングから放たれた無色透明の玉とフローライトの双銃がぶくぶくと蠢くディアボロを穿っていく。
怒涛の攻撃が次々とディアボロに穴をあけていくが、攻撃された箇所はすぐさまブククっと一層激しく蠢き再生していく。
全体を削りきることはできそうになかったが、しかし弱点は北側のディアボロと同じように攻撃に反応して浮かび上がっては泡へと沈み込む行動を繰り返している。
常磐とフローライトの攻撃に追い立てられた弱点を狙い麻生の衝撃波が放たれ、弱点ごと泡の一部を切り取る。
北側のディアボロへ止めを差した時のようにフローライトのエメラルドスラッシュが泡ごと弱点を切り裂く。
しかし、弱点に僅かに残された泡が切り離された壁との間を再生し、フローライトの一撃を避けた。
「小賢しい泡だね、まったく」
「再生力が弱点の機動力を助長するように働いてるな」
「ん、それなら考えがある」
麻生に促され、常磐とフローライトがディアボロから距離を取る。
二人が充分距離を取ったことを確認すると、麻生のポイズンミストが放たれた。
ピンク色のディアボロは毒に冒された箇所から黒く変色していき、ぶくぶくとした動きも失われていく。
「効いてるみたい」
上手く作戦がハマったことにほくそ笑む麻生。
その様子に常磐もクックッと大げさに喉の奥で笑ってみせるとリングを構えた。
「ふふ……なら、さっさととっぱらってしまおうか」
変色したディアボロは再生力を失い、麻生の衝撃波、常磐の空劫のリング、フローライトの双銃で瞬く間に削られていった。
そして残された赤い宝石のような弱点はボトリと落ち、麻生の衝撃波で甲高い音と共に砕け散った。
「ん、南側撃破」
麻生が満足気に頷くと南條たちが乗客を連れ、避難してきた。
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無事二体のディアボロを撃破し、乗客を南駅へと避難させた撃退士たちを迎える救護班。
「駅員さんっ、すぐ病院ですからねっ」
「あぁ……ありがとう、お嬢ちゃん……」
ストレイシオンから降ろされた駅員は瑠璃に微笑みかけると、ストレッチャーで運ばれ迅速に病院へと送られていった。
「……よろしくお願いします」
女性へ肩を貸していた南條は救護班へと女性を引き渡すと踵を返した。
「あ、あのっ!助けてくれて、ほんとにありがとうございました!」
「……あぁ」
女性の娘らしい少女の礼に、南條は短く答えるだけだった。
そして、救護班の中には高橋由美子の姿もあった。
「お父さんっ!!」
「あぁ、由美子……」
「良かった……ほんとに……」
「娘の我が儘も聞いてやれなかった罰が当たったのかもしれないな」
「そんなことっ!……ないよ、絶対……」
「……あぁ、ありがとう、由美子」
「うんっ」
二人は、しばしの間無言で抱き合い、再会の喜びを噛み締めた。
その様子を見ていた麻生はフイッとそっぽを向くといち早く駅の出口へと歩き出した。
「あれ、麻生さんもう帰っちゃうの?」
「ん、私にも帰るところがある」
「そっか、お疲れ様」
「ん」
二人の様子を見ていたフローライトは眉一つ動かすことはなかったが、ただ去っていく麻生の背中と未だ抱き合う由美子たち親娘を見つめていた。
そして、撃退士の活躍により巨大な二つの壁が取り払われた地下鉄は運転を再会し、事件は解決した。
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「あ、もしもしお父さん?」
『あぁ、もう着いたのか』
「うんっ、これから寝るところ」
『帰りの電車も気をつけるんだぞ』
「はーいっ。……ねぇ、お父さん」
『ん、なんだ』
「お泊り、許してくれてありがとね」
『……あぁ』
「それとね、お父さんのこと、大好きだよ」
『……あぁ、俺もだよ』
「じゃあ、おやすみっ、お父さん」
『おやすみ、由美子』
ブツッ、プー……プー……プー……。