●スーパー前
「敵がディアボロなら、元は人間……なのに……」
スーパー周辺に設けられたブルーシートのバリケード、その端。
一枚のシートを捲りあげながら店内を観察する雪ノ下・正太郎(
ja0343)は、重く吐息を吐きながら項垂れる。
「雪ノ下さん……」
傍らに立つ浪風 悠人(
ja3452)は、雪ノ下を慰めるようにして手を置きながら。
「大丈夫ですよ、天魔の犬ですからッ! 容赦なく行きましょう!」
「え、あの、ちょっと……?」
「ふふーん! 犬型の天魔とかあたいの敵じゃないわね!」
ちょっぴり困惑する雪ノ下を差し置いて、雪室 チルル(
ja0220)はぶんぶん腕を振り回しやる気十分。
「……さすがにアレは可愛いというよりキモイですね。迅速に片づけましょう」
雫(
ja1894)も、重苦しい空気などどこにもなく、お豆腐の着ぐるみに身を包み準備万端。
手にはフライドチキン入りの袋が。
「うん、私、猫派ですし」
Rehni Nam(
ja5283)もまた召喚準備を整えながらやる気十分といった装いだった。
「落ち込んで手元が狂うよりずっといいよ、雪ノ下さん」
あっけにとられる雪ノ下を慰めつつ、龍崎海(
ja0565)は小型通信機を取り出す。
「みんな、通信機は持ったかな」
全員が頷くのを見ると。
「行こう」
撃退士たちはブルーシートの中へと踏み込んだ。
●スーパー内
「店内の生命反応は10……報告通りみたいだね」
先頭に陣取る龍崎は≪生命探知≫を使いながら、東入口の前にかがむ。
「入口すぐのところに動かない反応……まずはこっちから行こう」
『こっち側、犬がよんぴき居ます』
「了解。そっちは一時待機して、動きそうだったら誘導をお願い」
『あいあいさー』
「店員、確認しました。東入口から西へ二つ目の商品棚、その奥……店内中央通路近くの位置に立っています。天魔は見当たりません」
店員の立っている列だけでなく、出入り口側の壁沿いや一つ手前の列を覗いてみても天魔の影はない。
「行こう」
「ちっちゃく……龍転っ」
控えめにポーズを取る雪ノ下は光纏し、自身と龍崎の≪聖なる刻印≫を重ね掛けすることにより特殊抵抗を高め、店内へと足を踏み入れる。
自動ドアの開く音に反応する影はなし。
三人は二列目まで急ぎ、雫が店員の耳元で≪ヒプノララバイ≫を歌う。
倒れ込むように眠った店員を龍崎が受け止めた、その時。
――コトンッ、コロコロ……コツンっ。
倒れ込んだ店員の指先が、目の前に並ぶ化粧品にひとつを床に落とし、それは中央の通路を横切って北側の棚にまで転がって行った。
「――ッ」
息を呑む三人。何も鳴らない店内。
「ほぅ……」
雪ノ下が一息吐いた、その直後。
―――ガシャガシャガシャッ!
「棚の上だッ!」
龍崎の声と共に雪ノ下が棚の上を見上げると、すぐそこにおぞましい姿をした天魔が居た。
「行ってくださいッ!」
雫がフライドチキンをぽいーっと投擲した先――化粧品が転がっていった先の棚の上にも、もう一匹の天魔が姿を見せていた。
「おっ、おぉ……? なんともない……よぉし、おいでおいで! こっちだよぉ!」
店員を抱え店外へと下がる龍崎とは反対方向、中央通路を東側へと歩きながら雪ノ下はすぐ目の前の天魔を誘導する。
「ふむ……ずいぶんお腹が空いてるみたいですね」
雫の投げたフライドチキンも効果抜群、がっつりと天魔をその場に釘づけにしていた。
「そちらにもおひとつ如何ですか」
「あっ、どうも」
雫からフライドチキンを受け取りつつ、雪ノ下が野菜コーナーへと歩いて行けば。
棚の上の天魔もひょこひょこと付いてきて、ぱくぱくむしゃむしゃフライドチキンを頬張る。
「はぁ……こんなに荒らして、全くもう……あれっ?」
足元でフライドチキンをむしゃむしゃ食べる天魔を尻目に、雪ノ下はボロボロに食い荒らされた野菜たちを見ながら。
「龍崎さん、雫さん、野菜コーナーに二人目が確認しました」
無事一人目の救助を終え、続いて二人目の救助へと移るのだった。
●
「大学生……報告通りだね」
「では催眠を」
今度は物を倒さないように、龍崎があらかじめ押さえながら雫が耳元で≪ヒプノララバイ≫をかける。
「天魔は……本当に動かないね」
大学生を抱えながら、雪ノ下の足元でフライドチキンを食べる天魔をよくよく見つめる龍崎。
龍崎の視線なんておかまいなしにフライドチキンを貪る天魔。
「危害を加えるつもりは、ないんでしょうか……」
「わからないな……とにかく、今のうちに二人目も運んでしまうよ」
「まだまだありますからね、ゆっくり食べててください」
ぽてん、ぽてんと天魔の側へフライドチキンを重ねる雫にも、決して襲い掛かることもなく。
――ムシャムシャッ!
ひたすらにフライドチキンを貪っている天魔なのだった。
●スーパー店内 西側入口
『二人目の救助も完了。これから店内南側のバックヤードへ入るから、西側で誘導をお願い』
「うおー! やっとあたいの出番ねっ!」
チルルは目元にスマートフォンをガムテ―プでくっつけ、カメラアプリ越しに視界を確保しつつ槍を構える。
「俺が引き付けるから、二人は盛大にお願いしますね。あ、盛大にといってもお店への被害は最小限に」
「それじゃあ≪審判の鎖≫でディアボロかどうか、試してみましょうか。上手くいけばやりやすくなって結果的に被害軽減になりますし」
Namはフェンリルを召喚しながら、≪審判の鎖≫を構える。
「あたいの槍でぶっすりいってやるんだから! ぶっすりよぶっすり!」
「……お店までぶっすり行かれかねないから、よろしくお願いします」
「りょうかい」
そうして三人と一匹は店内へと踏み込んだ。
――ガサガサ、ムシャムシャ。
店内の生鮮コーナーでは三匹の天魔が等間隔に並んでお魚類へと頭を突っ込み、お食事中。
手前ではアイスコーナーをかたっぱしから箱ごと食べている個体が。
「手前のアイスは私が」
アイスコーナーの脇を通る浪風たちに、天魔は目もくれずアイスをムシャムシャ食べるばかり。
Namも問題なく射程範囲内に天魔を捉える。
「えい」
Namの手から放たれた聖なる鎖はアイスコーナーの中に入り込んでいた天魔の身体を捉え、引きずりだし、地面に縛り付けた。
「ふむ、痺れてますね」
天魔は四肢をぴくぴくさせながら抵抗する素振りを見せるものの、鎖を振りほどけることもなく。
「では、失礼して……ほい」
Namの手に収束するアウルが巨大な包丁を形作ってもなお、天魔は鎖から逃れられず。
――バゴンッ、と。
一閃のうちに切り伏せられた天魔はパキーンッと甲高い破裂音と共に、光の粒子となって霧散したのだった。
●
「敵はディアボロ、≪聖なる刻印≫もしっかり発動中……だったら」
Namの撃破を見届けた直後。
≪挑発≫によって一体の天魔を引き付ける浪風は、長い数珠を取り出す。
浪風が数珠を振ると白い軌跡が宙に刃を描き出し、電流を纏いながらいくつにも折り重なっていく。
――ガアッ!
敵意を感じた天魔が浪風の顔面目がけて飛びかかるが、宙に描かれた刃は天魔の胴体を捉え、バチンッと弾ける。
「よっ」
天魔がスタンした瞬間――その時には、既に距離をとった浪風が新たに攻撃を構えていた。
研ぎ澄まされた魔力の流れは数珠を通して一つの細い細い矢を形作り、地面へと落ちていく天魔の眉間へと放たれる。
ストッ。
音もなく天魔の眉間を撃ち抜いた魔力の矢は、生鮮コーナーに設けられた”のぼり”の端を削りながら消え、同時に撃ち抜かれた天魔も床に着く間もなく霧散した。
「はぐれディアボロ、ってところなのかな」
苦戦はなく一安心、と思ったところで視界の端で死闘を繰り広げるフェンリルと一匹の天魔の姿が映る。
互いに≪威嚇≫するフェンリルと天魔は棚の商品を蹴散らし、お魚の入れられた箱から氷を散らしながら一進一退の攻防を繰り広げる。
フェンリルへ天魔が飛びかかり、それを避けた、その瞬間。
浪風の手から再び放たれた研ぎ澄まされた魔力の一撃が天魔の眉間を捉えた。
「店舗の被害は最小限に、ね」
●
Nam、浪風が戦闘している最中、チルルもまた戦闘の真っ最中であった。
「ほっ! せいっ! そいやっ!」
チルルの槍が幾重にも軌跡を描く。
が、どの一撃も天魔の身体を捉えることはなく、身軽に飛び跳ねる天魔の四肢に致命の一撃を与えることはない。
「あぶなっ!」
しかし、天魔の一撃もまたチルルを捉えることはなく、戦闘を開始して数分……戦況は膠着状態にあった。
なぜか。
「くぅ……視界がぶれるっ!」
それは勿論、スマートフォンのカメラアプリを目元にガムテープで張り付けるという荒業のせいであった。
≪魅了≫は視線を合わせた者にしか効力を発揮しない……その読みは見事に的中し、チルルが≪魅了≫に冒されることはなかった。
が、しかし。
「ふんぬっ! こんのっ!」
ぶれる、ズレる、見えにくい……そんな視界の中で放つ槍が天魔を捉えることはなく。
「うぐぐ……! えぇい邪魔っ!」
ついにスマートフォンをべりりっとはぎ取ってしまった。
「要は目を合わせなきゃいいんでしょっ!」
チルルはグッと目を瞑り、天魔に背を向けたまま槍を構える。
腰を低く、両手で槍を構え、目を瞑ったまま背へと神経を集中させる。
幾度も槍を振るい、何度も避けた天魔の軌道・クセ・タイミング……感覚に刻まれた映像が、チルルの瞼に映る。
距離を測り、こちらの動きを見計らい、ぺたぺたと床を歩き、グッと天魔が構えてみせた――その瞬間。
「そこぉっ!!!」
――ゴリンッ!
真後ろを突き上げるように振られた槍の石突きは天魔の下あごを捉え、天井目がけて打ち上げる。
打ち上げた瞬間踏み出した足を軸にして身体を反転させながら、槍を振りあげると。
――パキィンッ!
切っ先は天魔の胴体、その芯を捉え。
天魔は甲高い破裂音と共に、霧散した。
●スーパー店内 バックヤード
「店員さん、催眠完了です」
「これで三人目ですね」
「了解……西側も撃破完了したそうだよ。そっちから出よう」
浪風、チルル、Namがそれぞれ天魔を撃破した直後。
バックヤードで店員の一人を確保した龍崎たちは、残る一人の一般人を探しながらバックヤード内を西側へと歩き、バックヤードから店内西側へと続く扉を開くと。
「おつかれさまです」
Namたちがお出迎えした。
「あと一人は二階みたいだから、向こう側の二匹を頼むよ」
「りょうかいです」
さてあと少し――と、それぞれが最後の一仕事に向かおうとした時。
――バウバウッ!
一際大きな鳴き声が店内に響く。
「不味い――ッ!」
自らが魅了した一般人が連れ去られようとしている……それに気づいた天魔は全力疾走しながら、龍崎目がけて走り込んでくる。
無数の眼球が龍崎を捉えたまま、頭が裂けるほどに開かれた牙が剥き出しになる。
浪風、チルル、Namの足元を走り抜け、龍崎の顔面目がけて飛び込んできた、その時――。
「リュウセイガー……アックスッ!」
叩き落とすように繰り出された雪ノ下の肘打ちが、天魔を捉えた。
龍崎援護のため構えていた雪ノ下の一撃は外すことなく天魔の急所を捉え。
――バウ……ッ!
パキィンッと甲高い破裂音と共に天魔は霧散した。
「人を運んでいるところを見られるのはまずいみたいですね……慎重に行きましょう」
「あぁ……そうしよう」
店員を担ぎ直し、龍崎は警察へと引き渡しに店を出た。
●スーパー二階 倉庫
「暗いな……」
バックヤードの店員さんを運び出し、再びバックヤードに戻ってきた龍崎・雪ノ下・雫の三人は店舗二階の倉庫入口に立っていた。
浪風たちは一階と店舗入口の外――二階の窓から飛び出した場合に落下してくるであろう場所で念のため待機中だ。
「中にもう一匹……最初に私がフライドチキンをあげた個体が来ているはずですが、見えませんね」
元々暗いことに加えて、天魔が荷物を荒らしたせいで窓は塞がり陽の光が入らない倉庫。
いくら目を凝らしても、中々天魔も人も見えてこない。
「じゃあ、もう一度≪生命探知≫を……」
龍崎が意識を集中させると、倉庫の中央付近に二つの生命反応が見えた。
二つの反応は密着しており、どうやらじゃれついているらしい。
「じゃれついてる……ということは、まさかフライドチキンが効かない……ッ!?」
「じゃれつくのは満腹のサイン、という話だからそうなるだろうね」
「それなら、コンビネーションでいきましょう」
雪ノ下の≪闘気解放≫に合わせ、龍崎は店舗入口付近に浪風たちを誘導、雫は辺りから手頃な袋を見つけ出しぷすぷす穴をあけて準備完了。
「じゃあ……行きますッ!」
雪ノ下の合図と共に、三人は倉庫内へと飛び込んだ。
真っ先に飛び込んだのは雫と雪ノ下が入口付近の荷物・倒された棚をバギリッと踏み抜く。
音に気付いた天魔が二人を見た瞬間、後ろに構えた龍崎が≪星の輝き≫を放つ。
眩しさに気を取られて動きが止まった天魔、それにつられて一般人もじゃれつくのをやめて棒立ちになる。
棒立ちになったところへ雫が袋をかぶせるのと同時、雪ノ下の蹴りが天魔をすくい上げ、流れるように放たれた右ストレートが天魔を吹き飛ばす。
飛ばされた先――店舗外に構えた浪風たちから指示された、開け放たれたままの窓目がけて天魔は飛んでいく。
立てかけられた段ボールで倉庫内からは窓の開閉状態が見えないが、しかし龍崎の≪星の輝き≫によって確保された視界の中で雪ノ下の一撃が見誤ることはなく、指定された窓へとまっすぐ天魔を飛ばす。
天魔は段ボールを突き破り、店舗外の宙へと飛び出したところで――。
「「「そこォッ!!!」」」
外で構えていた三人の研ぎ澄まされた全力の一撃が、天魔を同時に貫いたのだった。
「あ、あんな全力でやらなくてもっ!」
「情けをかけないことは良いことだよ。さ、引き渡しに行こう」
「うぅ……南無阿弥陀仏……」
●
こうして、スーパーに突如現れたくりくりおめめたちは退治された。
魅了された一般人たちは魅了されていた間のことは覚えておらず、念のため病院へと運ばれたものの健康そのもののようだった。
そして、スーパーはどうなったかといえば、大量の食料品が無くなった損害は大きいものの店舗そのものの被害はほとんどなく。
冷蔵庫やアイスコーナーの冷凍庫など、食料品に関わる設備やバックヤードの道具などは全て交換となったものの戦闘による店舗建て替えなどはなし。
撃退士たちのスマートな戦いによって、スーパーは一月ほどで再開となったのだった。
おしまい