●広場
久遠ヶ原学園の一角。
いくつかの寮の中心に設けられた広場は、色とりどりの衣装に身を包んだ学生たちや、きらびやかなイルミネーションに彩られ、陽が沈んだ頃だというのに肌寒さを感じさせないほどの盛り上がりを見せていた。
「わう……すごい人……」
大勢の学生の中、藍那湊(
jc0170)が心配そうに呟く。
タンクトップを着込み、ジャックオランタンをズボン代わりに履いたスタイルの彼だったが、しかしこれといって注目を集めてはいなかった。
「心配ないさボーイ」
なぜならば藍那湊と全く同じ格好をしたマッソォな軍団が彼と共に談笑しているからである。
「はいっ」
大胸筋をピクピクいわせながら微笑むマッソォと共に藍那湊は笑い合う。
そうして広場北側からやってくるという黒幕軍団の登場を警戒していると、広場西側で女性たちの歓声が上がった。
●広場西側
「ボンソワール、可愛いマドモアゼル達。この冷える心を一緒に暖めてくれる親切なレディを探してるんだが、もしかして君達かな?」
黒猫衣装に身を包んだ女性たちの前で、カッコつけながら言い放つ男がいた。
その男は一川 夏海(
jb6806)。
≪タウント≫によって放たれた赤いバラのようなオーラは彼の情熱的な赤い髪色を思わせ、超常現象を見慣れた撃退士たちが思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど美しく彼を引き立てた。
「あぁ、貴方こそ待ち焦がれた理想のお方…」
胸元にペンライトをさした大空 彼方(
jc2485)が、魔女軍団の中から一川の前へと躍り出る。
「私の全てを、捧げますわ…」
陶酔しきった様子で一川の手を取り、グイッと身体を寄せると周囲の学生たちからヒューッ!と大きな歓声が上がる。
「吸血鬼サマは初心な少女の血が大好物なのさ」
ニヤリと笑みを浮かべる一川が、大空の頭をふわりと抱き寄せ。
「ちょいと失礼するぜ…」
マントで大空の身体を抱き寄せるように包みながら、しかし首筋をはっきりと見せつけるようにして、ゆっくりとその首筋へ顔を埋め……ようとしたとき。
「「「ダメーーーーーーッッッ!!!」」」
「ぐっへぇっ!?」
「!!!!??!?!」
一川を突き飛ばすようにして数人の黒猫女性が大空を引きはがした。
「あ、あの、お姉さま達?あれ?なんで?」
「馬鹿っ!彼方ちゃんはまだ若いんだからあんな軽薄そうな男に気安く触らせちゃダメでしょっ!!!」
「そうよそうよ!絶対嫁居るんだから!!絶対そこら中に作ってるんだから!港の嫁さん的なのをとっかえひっかえなんだから!」
「い、いやぁ……そんなことないと思うんだけど、なぁ〜……?」
事前に魔女軍団と接触し、友好関係を築くことに全力投球で接していた大空の好感度は一部の魔女軍団の面々には大変高く、そして同時に魔女軍団に残っているような女性は大空のような女性を見てしまうと心配で心配で仕方なくなっていた。
「いって……く、ない?」
「ん・ふ・ふ♪」
「へ?」
が、しかし。
全ての魔女軍団の女性が大空を心配するばかり、なわけもなく。
突き飛ばされた一川はがっしりと両腕両足、腰、腹、手、頭、肩、もうありとあらゆる部位という部位を魔女軍団に受け止められていた。
「「「ふ・にゃ・ニャ?」」」
「は、はは、ニャ?」
もはやかわいらしさの欠片もないドスの効いた猫真似に若干恐怖を覚えながら一川はなんとか体勢を立て直そうと身をよじるも、一切動かない。これっぽっちも動かない。
魔女たちの爪が食い込みそうなほどに一川の肉体をガッチリとホールドし、一切動けないことを悟った一川が冷や汗をみせた、その瞬間
「「「ッシャアアアッッ!!!男だ男だァァァ!!!」」」
「うぼああああああッ!!!いでっ!!いででっ!!!服!!!衣装!!!俺の衣装がぁぁぁああっっ!!!!」
ゾンビの波に呑まれる被害者の如く、魔女軍団の波へと呑まれていく一川。
「ほらっ!もう良いから上着羽織ってほらっ!」
「もうだめよあんなことして。なあに?依頼?依頼なの?何かあるの?うん?お姉さんに言ってごらん?」
「い、いやぁ、はは、は……」
ベンチに座らされ黒猫衣装のまんまな女性たちに囲まれて完全に親戚に囲まれる若い子状態になってしまっている大空。
当初の予定とはかなり違う形ではあるが、二人は見事魔女軍団の足止めに成功していた。
●教室棟の一室
「よぉ〜〜し、よし。広場は予定通り大盛り上がりのようだな」
広場の北側に設けられた教室棟の一室で、自称救世主は満足そうに広場の方を見て微笑む。
「よし行くぞ!混沌に満ちた広場を我の手で救うのだッ!」
そう高らかに宣言する自称救世主の後ろに続く黒子たち。
そして、その中には一際身長の高い男……黒子に扮した砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)の姿があった。
「へぇ〜、なんかかっこいいねーソレ」
砂原はスマホを構えた撮影係の黒子へとフレンドリーに話しかける。
「あーこれ?スタビライザーって手ぶれしないようにするやつなんだけど高かったんだよー」
「えーホントにー?いくらいくら?」
「3万5千」
「ひぇ〜!ちょっと触ってみてもいいかな?」
「良いよ良いよ」
撮影係からスマフォを借りた砂原はこっそり生放送をスタートさせる。
すると、ポロンッと放送開始の音と共に画面のコメント欄には続々とコメントが並んでいく。
「ん?今なんか押した?」
撮影係の怪しむような声と共に強引にスマホを奪われてしまう。
完全に生放送をスタートさせたことがバレる……砂原の、だが。
「あー大丈夫だったごめんごめん。これただの放送スタートのボタンだから」
最初からやる気のない黒子は、大して舞台裏が映ることにどうとも思っておらず。
「さぁ!この日のために馬鹿を焚き付け、年増を煽り、監視カメラでせっせこ情報を集め続けてきたのだ!行くぞお前たち!今夜が審判の日である!!」
べらべらと自分から悪事をしゃべりまくる救世主の姿がばっちりと生放送されるのだった。
「これじゃあせっかく盗み出した監視カメラの映像データも無駄かなぁ……ま、いっか♪」
心底楽しそうな砂原は黒子の面のしたでニコニコしつつ、仲間たちへ「出発するらしいよ〜」と連絡を飛ばすのだった。
●広場北側
『これただの放送スタートのボタンだから』
『――行くぞお前たち!今夜が審判の日である!!』
「………本当に何がしたいんでしょうね、この通報者たちは」
生放送を見ながら頭を押さえるのは雫(
ja1894)。
「あの、本当にこんな格好で皆さん注目してくれますかねぇ……っ」
雫の隣でもじもじしているのは悪魔っ娘のコスプレをした月乃宮 恋音(
jb1221)だった。
露出度高め、かつ特に上半身に視線を集めるようなきわどい衣装に身を包んだ月乃宮は、既に周囲でスタンバってもらっている『自称救世主の行動を快く思わなかった協力者たち』から熱い視線を集めているのだが、本人はまったくもって自分への視線だとは思っていなかった。
「ええ、絶対大丈夫ですよ。とってもかわいらしいですから」
「そ、そんなことないですよぉ……」
二人が雑談していると、周囲のサクラ以外の人間がざわつき始める。
見れば、広場のあちこちでもめ事や探し物をお手伝いするスタッフさんのようになっていた藍那湊たちマッソォ軍団が広場北側へと集まってきていた。
「なんだなんだ?」
「何かイベントが始まるらしいですよぉ」
「ほう、そうなのか。面白そうだな」
「わいのわいの」
「やいのやいの」
雫と月乃宮、そして協力者たちのひそひそ話は事情を知らない一般人へも広がっていく。
そしていよいよ、救世主の登場となった。
●
広場の北側は、ざわざわとした話し声が徐々に小さくなっていく。
カメラを構えた黒子の前へと、一人の男が静かに躍り出る。
男は顔を伏せ、黒くたなびくマントを翻し、そして高らかに――。
「さぁ!この混と「はーーーいご苦労さんッ★」へぶしっ!」
――宙を舞った。
「ここから先は僕に任せてねー☆」
輝く笑顔で雷撃を帯びた一撃を自称救世主の腹へとお見舞いした砂原は、空高くファイアワークスと共に自称救世主を打ち上げる。
「行きますよ、今こそ熱い筋肉で人々を救う時ですッ!」
砂原の一撃に合わせて羽を生やした藍那湊が宙へ飛びつつ蜃気楼で姿を消し、ダイヤモンドダストで自称救世主へ追い打ちをかける。
自称救世主を絡めとりながら、氷晶は広場を彩るイルミネーションと砂原のファイアワークスに照らされてキラキラと宙で輝く。
その光景は音と光で広場中の注目を集め、北側を中心に歓声と拍手が巻き起こる。
「見つけましたッ!貴方が撮影係ですね、今すぐ月乃宮さんを映しなさい!」
その隙に人込みを掻き分け黒子達の一人……撮影係を取り押さえた雫は、砂原を中心とした集団から少し離れた位置へと撮影係を引きずり出し、月乃宮をずずいと押し出す。
「え、えぇっ!?あの、あの、雫さん、自称救世主の方は捕まえなくてもいいんですかぁ……?」
「藍那湊さんたちマッスルの方々や一川さんたち魔女軍団の方々が連れてきてくれるはずです。さぁ、今は放送を独占してください!ほら!撮影係の貴方!この学園有数のスタイルを持つ美女を撮影せずして何が撮影係ですか!」
雫の剣幕に押されながらも撮影係が大人しく月乃宮へレンズを向けると一気に閲覧数は伸び、やれ腕をあげてくれだやれ二人で写ってくれだとコメントが殺到する。
「皆のハート、盗みに来たよーッ★」
「「「きゃあああっ♪♪」」」
女性たちは砂原を中心とした北側で大いに盛り上がり。
「ふむ……要望の内容がいまいち分かりませんが、ぴょんぴょんしてみせればいいそうですよ、月乃宮さん」
「えとっ、こっ、こうっ、でしょうかっ」
「「「ごくり……っ!!」」」
「………チィッ!」
「えっ、えぇっ!?雫さんっ?」
「なんでもありませんよ、ほら、いいから飛んで、ほら、ぴょんぴょん言うっ!さぁ!ジャンプしてください!もっと!ほらあ!!」
「ひゃっ、ひゃいぃっっ」
男性たちは月乃宮と雫を中心とした北側のちょっと東側で盛り上がりを見せた。
と、そんな雫たちの元へ。
「へぶちっ」
マッソォ軍団に捕らえられた自称救世主が放り込まれる。
「マッソォな兄さんたちは、復讐のため筋肉制裁なんてしません。ただし、貴方のような”心の筋肉”の足らない方には”心の筋力トレーニング”が必要なんです」「「「Yes、マッソォ」」」
そこへ、着地しながら姿を現す藍那湊とマッソォ軍団のマッソォたちと。
「あれあれ!あいつが今回の黒幕ですよ、お姉さまたちっ!」
大空率いる魔女軍団たちがやってくる。
「な、なんで、どうして」
困惑する自称救世主。
「あっ、あの方が首謀者ですっ!」
ずびしーっと指さす月乃宮につられて、自称救世主を映すスマホ。
「ずいぶんと手間をかけさせてくれたものです、ええ本当に……それではみなさんどうぞ一列にお並びください」
そして、自称救世主に迫るカメラの横で静かに雫が呼びかける。
「被告、名前も知らない自称救世主。貴方は自らの欲望のためマッソォな方々とねこねこにゃんにゃんな方々に悪事を働くようけしかけましたね?」
「は、へ?な、なにを根拠に――」
「問答無用ッ!」
バサーッとマントだけ残して衣装をひっぺがされた救世主は、一列に並んだマッソォと魔女軍団の前へと転がされて。
「さぁ、準備は良いですね?貴方の心にッ!」
「Yes!」
「筋力を!」
「Yes!」
「トリック!」
「「「オア!!!」」」
「「「マッソォ!!!」」」
掛け声と共に藍那湊とマッソォ軍団から一発ずつ心のこもった平手打ちを受ける自称救世主。
「あー、終わったらお姉さまたちからのお説教がありますからねぇ〜」
その様子を後ろで見守る大空と魔女軍団。
「えー彼が行った悪事は、まずは許可を得ていない監視カメラによる盗撮……そして様々な団体への不当な勧誘ですね。こちらは、えーとまず”ラッキースケベを合法的に勧誘する会”さんからの報告があったようですね。他には――」
平手打ちされ続ける自称救世主を映すカメラの傍ら、罪状を読み上げていく雫と月乃宮。
「へ、へへ、みっともねェことになっちまって……ざまぁねえぜ、ったく」
未だ広場西側で魔女軍団(一部)に捕まりながらも生放送でその様子を見届ける一川。
「イェーイっ☆」
「「「いぇーーいっ!!!」」」
そして、広場北側で大盛り上がりする砂原と生徒たち。
そんなこんなで、ハロウィンは大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
●その後
ハロウィンが終わったあと。
マッソォ軍団と魔女軍団は月乃宮や砂原たちの勧めでお互いにコンタクトをとってみることになっていた。
「そうなのよね、アンタのためだけにオシャレ磨いてんじゃねーっつーの!って思うのよねぇ」
「分かります分かります、自分を磨きたいという意思のもと行っている……そこを勘違いしてほしくない気持ち、ありますよね」
「そうなの〜〜〜〜!」
両陣営はなんだかんだとウマが合い、中には良いパートナーが見つかった人も居るとか居ないとか。
結局、無事魔女軍団もとい女子会は結果的に解散。
マッソォ軍団は女性も含めたエクササイズ同好会となり、形を変えて存続。
マッソォ軍団のハロウィン当日の熱心なボランティア活動と、当日の生放送が大いに話題となり、学園全体でもちょっぴり話題になるほど大きな同好会として再び話題を呼ぶのだった。
……そして、そんな中には。
「21……22……ひぃ、はひぃ……」
「はいあと8だよー」
「まだまだいけるよ救世主ー」
「うるっ……さいぞっ……このっ……はぁ……くそっ……ぐぎぎっ、ぎぃ……!」
救世主というあだ名の青年と、無気力な数人からなる仲良しグループがあるとかないんだとかいう話は、大して噂にならないのであった。
「ぜったい……いつかっ……かつやく、してやるからなあ……!」
「「がーーんばれー」」
おしまい