●スイカだらけの砂浜
「ホントに…スイカばっかり…」
夏。
陽射しがギンギンに照りつけるまぎれもない夏のこと。
現場に到着した撃退士たちのうちのひとり、浪風 威鈴(
ja8371)は防波堤から砂浜を見回していた。
「どういう原理でこんなに…いや、ツッコんだら負けなんだろうけど」
その隣に立つ浪風 悠人(
ja3452)もまた、同じく砂浜を見渡すと若干肩を落とした。
「降りて…みる…?」
「あぁ、とりあえず近寄って見てみよう」
二人は防波堤を降りて砂浜へと足を踏み入れる。
海水浴場として整備された広い砂浜には、スイカが点在していた。
砂浜のはじっこが見えないほど遠くまで続く砂浜の至る所にスイカが置いてあるように見えていたが、それぞれのスイカ同士の距離は遠く、てくてく歩いて見て回る分には問題のないものだった。
「砂…綺麗…」
ある程度スイカたちの距離、地形の把握をしたところでぽつりとつぶやく。
「砂?あぁ、そういえばごみひとつないな」
悠人が振り返ると、防波堤から足元まで二人分の足跡が続く以外これといって見えるものはない。
流木も花火の燃えカスも焼きそばのパックとかこんにゃくのパックとかも落ちていなかった。
「これなら目が見えなくなっても躓いたりすることはなさそうだな」
「安全…でも」
「ん?」
「スイカ…夏じゃないの…?そろそろ…秋…」
「………しーっ!」
頭の上にたくさんのハテナを浮かべる威鈴へ、決して同じ疑問を二度と持たないよう悠人はやんわりと言い聞かせるのだった。
浜辺の近くにまでぷかぷかと浮いてきているくらげたちに目を瞑りながら。
●続いて砂浜
「それじゃあァ…始めちゃいますねェ……♪」
浪風夫婦の下見もひと段落したところで、黒百合(
ja0422)がひとつのスイカの前へ立った。
「頑張ってください、黒百合さん」
「ふぁいとですよー」
その周囲には応援役として雫(
ja1894)とRehni Nam(
ja5283)、そして悠人が立ち、すこし離れたところから威鈴がしゃがみこんでいる。
「あらァ……♪ホントに見えないですねェ……♪」
位置に付いた黒百合が心底楽しそうに微笑む。
同時に、雫たちの脳内へ男性とも女性とも取れる不可思議な声で。
『スイカから10m離れてください!10mですよ!』
と、聞こえてくる。
「なんだかご期待のよーすですね」
「あはは……つくづくどういう仕組みなのか疑問だな、このスイカは……」
苦笑いを浮かべながら、悠人たちはスイカから距離を取る。
そして。
「あはッ♪それじゃあァ……スイカ割りスタートですよォ……♪」
黒百合の宣言と共に、回転が始まった。
「浮いてる…」
その様子を注意深くみつめていた威鈴は、黒百合がわずかに地面から浮いて回転していることに気付いた。
それは間違いなく天魔の能力などに由来する未知の方法で起きている現象であることを物語っていた。
そして、まもなく回転が終わると黒百合の目の前に棒が出現し、それが手に取られると。
『制限時間は三分です!さぁ、上手にスイカを割れるでしょうか!?みんな、応援の用意はいいかな〜?よーい、ドンっ!』
と、再び声が聞こえた。
しかし、挑戦者である黒百合はというと。
「く、黒百合さん?大丈夫ですかーっ?」
悠人の呼びかけにも答えず、ジッと地面を見つめたまま動かない。
予想以上の回転だったのだろうか、駆け寄ろうかと皆が考えたその時。
「あはァ……あははァッ!すごォい……♪ぐわんぐわんしますよォ……!!!」
強烈に楽しそうな高笑いと共に棒を投げ捨て、だらんと両腕を垂らした状態でゆらゆらと二歩、三歩と歩く。
「く、黒百合さ――」
「でもォ……でもォ、んふふっ……あははァ……♪」
ザッ、と。
立ち止まった黒百合の指先から赤い雫が滴り落ちる。
滝のようにあふれ出す赤い奔流は黒百合の手元で渦を巻き、螺旋状の円柱へと変化すると一本の槍と化した。
その射程は、6m。
「全ッ然、無駄なんですよねェ……♪」
ドンッ、と。
風が巻き起こった。
ピシッ、と。
スイカの中心が水平に割れる。
『す、すごーいっ!綺麗な割れ口!軸ぶれなし!綺麗な真っ二つ!まんてーんっ!満点でーすっ!』
パンパカパーンッ♪
愉快なファンファーレと共に心底嬉しそうな声が響く。
「し、射程の長い武器を水平に横なぎにして横に割るなんて……」
「アリなんですねー」
「ナイスです、黒百合さん」
呆然とする応援役の三人。
「回転は…必ずスイカの方を向いて…終わる…かも…?」
熱心にスイカ割りを見守る威鈴。
「あはァ……♪」
そして、心底楽しそうな黒百合さん。
ということで、見事一発目から満点を出すことに成功した。
●引き続き黒百合さんのターン
「……俺らは、やっぱり必要なのかな……」
ひとつめのスイカを威鈴とNam及びその召喚獣くんたちへと託してから。
「仕方ありません、そういうルールです」
雫、悠人の二人は再び応援役として黒百合の側に立っていた。
当の黒百合はというと。
「んー……さァ、どこですかァ……♪」
既に回転を終え、棒を手に持ちながら。
目に見えないほどの細い糸でスイカの位置を探っていた。
「あはァ……♪みィつけたァ……♪」
いくら回転で平衡感覚が鈍っていようと複数の糸により多角的に捉えられたスイカの位置を見誤るはずもなく。
「ざァんねん♪」
バゴンッ!と。
棒はスイカ中心を捉え。
『すごーーーいっ!またまた満点ですよぉー!』
ぱっくりと割れたスイカは速やかに威鈴たち消化隊の元へと送られたのだった。
●黒百合さんそのさん
「それじゃあ、次はだれが――」
「まだですよォ……?」
早々に次のスイカへ目星をつけた黒百合が、位置につく。
「せっかくですからァ……普通にスイカ割りを楽しんでみないともったいないですよねェ……♪」
「な、なるほど?」
「応援おねがいしますねェ……♪」
「任せてください」
待ってましたとばかりに応援者として位置につく雫。
「は、はい!」
スイカのひときれを片手に、悠人も位置へつく。
そして回転が終わり棒を手にしたところで。
『黒百合さん…黒百合さん、聞こえますか――今…貴女の心へ直接呼びかけています……』
≪霞声≫によって雫の声が黒百合の脳内へと鮮明に響く。
『12時方向へ一歩…つま先を12度反時計周りにずらしてもう一歩…そうです…そこで……全力で振り下ろしてください……』
適格な指示により、スイカの正面へと行きついた黒百合が棒を振りあげ、叩く。
ズゴンッ!という強烈な音と共に、評価の声が聞こえてくる。
『うぅ〜ん……割れ口は綺麗ですけど、軸がちょっぴりずれちゃいましたし、そのぉ……』
「あらァ……?」
『力が強すぎて、スイカさんが削れちゃってます……7点……』
黒百合の物理攻撃力872から繰り出される全力のスイングはスイカを割るどころから振り下ろされた棒の軌跡上に存在した皮も身も木っ端みじんに吹き飛ばしてしまい、そこら中に果肉が飛び散ってしまったのだった。
「誘導は上手くいったはずなのですが……」
「いいんですよォ……♪」
出目が死んでいたのです。
というわけで次へ。
●名誉挽回雫さん
「では、いきます」
ドゥッ!と雫の周囲に闘気が放たれる。
「ふぁいとですよー」
「なんだかとても嫌な予感がするなぁ……」
応援者としてNam、そして悠人の二人が立つ。
スイカは防波堤に腰かけた威鈴with召喚獣くんたちと黒百合が一緒になって処理中だった。
回転を終えた雫は白く輝く大剣を構え、そして。
「ほっ」
「へっ?ちょ――」
ズドンッ!!!と、凄まじい轟音を響かせながら悠人のつま先5cmのところへと、高い跳躍からの一撃をかましていた。
「しっ、しし雫さんっ!?狙うのはあっち!スイカですよ!?っていうか方向も分からないうちに跳ばないでくださ――」
「よっ」
ズドンっ!!!
「だからぁ!方向が分からないならぁ!!!」
「えいっ」
ズボンっ!!!
「あーっぶ!!ちょっとぉ!」
「ユートお義母様はもう少しひだりですよー」
「ちょっとどこに誘導してるんですか!?」
「うそはついていません」
「ほいっ」
バボンッ!!!
「だからぁーっ!!!」
そんなことを繰り返しながらいくつかのスイカを跡形もなく蒸発させたのち、棒に持ち替えても繰り返し、そして。
「そろそろ良いでしょう、十分感覚はつかめました」
回転を終えた雫が、阿修羅の描かれた鞘を持つ刀を構える。
「ぜぇ……はぁ……ひぃ……」
「ユートお義母様、応援しないと」
「誰のせいだと思ってるんだっ!」
応援者二人を置き去りにして、雫の意識が研ぎ澄まされていく。
解放された闘気がにわかに渦を産み、波の音までもかき消してゆく。
そして。
「……――ッ!」
研ぎ澄まされた一閃はスイカの芯を捉え、水平方向に一本の直線を刻み付けた。
果汁の一滴も落とさない神速の一撃は綺麗な割れ口を生み出し。
『ま、満点だよぉー!やっと満点でーす!』
「ふぅ……やりました」
見事満点をたたき出した。
「うん……それは、良かったよ……本当にね……」
●ターンオブNam
「よろしくおねがいします、クレナイ」
位置に付いたNamの掛け声と共に、赤いカナリアの姿をした召喚獣が呼び出される。
同時に、Namの体表へ≪聖なる刻印≫が浮かび上がってゆく。
召喚獣と≪聖なる刻印≫により状態異常に対する抵抗を得たNamは長い白狼の日本刀を構え、特に禍々しいスイカの前へと立った。
「おー、見えます」
位置についたNamは相変わらず声を聞いたが、しかし視界が奪われることはなく、また回転が起こることもなかった。
だがスイカ的には進行しているつもりらしく。
「いきますよー」
掛け声と共に、スタートし、そして。
てくてく……スパンっ、と。
クリアな視界と切れ味抜群の日本刀のおかげで、スイカは綺麗に真っ二つになった。
「これはもーただの調理ですね」
「ただ日本刀でスイカを切っただけだな、もう……」
●Namその2
「ふっふっふ、大佐との視覚共有を使えば私の目が見えないところで無意味」
引き続きNamがスイカの前へと立ち、左目に傷のある召喚獣を呼び出す。
召喚獣を通して見えることにより、視界は鮮明なものに!
「……と、いっても。そもそも視界が奪われないのですが」
聖なる刻印によって視界は正常なまま、光り輝く武器の一閃によって真っ二つなスイカさんがもうひとつ生み出されたのだった。
●浪風
「悠人…ふぁいと…けぷっ」
いよいよ悠人の出番というところで、満を持して静観に徹していた威鈴が腰をあげた。
「距離よし……位置もOK、1mの幅も……よしっ」
入念に立ち位置を見定め、全長2mはある大剣を握り直す。
「あもあも……私は見守っていますので、ごじゆーにどーぞ」
にわかに緊張が走る浪風夫妻を応援役その2として見守るNamはスイカを片手にあもあも言っているが、しかし雰囲気はシリアスそのものだった。
悠人が回転を終え、構える。
「スイカとの距離…6mぴったり…軸も…合ってる…」
「よし……それなら…っ!」
夫婦の≪絆≫は悠人に絶対的な自信を与え、1mずつ進んでいく歩に乱れは生じない。
そして4歩、ほぼ4mぴったり進んだ位置で刃を地面と平行に、スイカの中心になるよう構える。
「もう少し上…行き過ぎ…そう…そこ…!」
「ふッ……!!」
視界を奪われ、回転により平衡感覚を損なっているとは思えないほど正確な斬撃が放たれる。
大剣による豪快な一撃はスイカの上部を飛ばしたが、砂がつくまえにレジャーシートが着地点に現れる。
果たして結果は。
『割り口よし、ふたっつだけ、大きさも均等……満点で〜〜すっ!』
「ふぅ……よかった」
「ぱちぱち…」
「あもあも……ないすふぁいとですよー」
●浪風その2
「次は…ボク…」
悠人と入れ替わりに、威鈴が位置につく。
「落ち着けば大丈夫だぞ!」
「あもあも……ふぁいもー」
応援役は引き続きNam、そして悠人の二人。
のこりの面々は町内会の子供たち大人たちと共にスイカを消費しながら防波堤でやんややんやとしている。
「すぅ…はぁ…」
回転を終え、棒を手に取りスタートしたのち棒を元の位置に戻し、≪鋭敏聴覚≫を発動させる。
『スイカまで5mと半歩だ、まずは半歩進んでから…』
鮮明に悠人の声が聞こえる。
『あもあも……』
鮮明にNamの咀嚼音が聞こえる。
「ごくり…」
そして鮮明に舌へと蘇るスイカの甘く、果汁に溢れ、シャクシャクの果肉の味。
高い糖度だけでなく、スイカ独特の旨味がふたくち目を誘い、いずれ止まらなくなるエンドレスシャクシャク。
時折混じる種は、防波堤から砂浜へ向けてぷぷぷっと飛ばし、町内会の子供たちと競う。
『そのあとは1m感覚で一歩ずつ、左右の微調整をしながら…』
鮮明に悠人の声が聞こえる。
『あもあも……うまうま……』
鮮明にNamの食べてるスイカの音がする。
「スイカ…」
少なくとも4切れは食べてしまった。
だというのに、舌に蘇るスイカの誘惑が心を惑わせる。
『次は2cm左へずらして一歩、そうだ。次は…』
僅かな瞬間、心は惑った。
しかし、その惑いは確実に欲望であり、すなわちそれは成功を渇望する絶大なエネルギーと集中力を生む。
全神経は再びスイカの果肉を味わうことに集中し、その集中はスイカの気配を捉える。
『――よし、そこだッ!』
「スイカ…!」
振りあげられた手から、パキパキパキッ!と氷の鞭が伸びる。
高く振りあげられた氷の鞭は大きくしなり、そして。
「食べるッ…!」
パァァアンッ……!
勢いよく振られた鞭はスイカを両断するように空気を弾き、その勢いで自壊した鞭の破片が沈み始めた陽に赤く照らされて、砂浜に光る。
パラパラと氷片が舞い降りる中、下された評価は。
『……文句なしの、満点です』
静かな静かな満点だった。
『ありがとう……こんなに綺麗に割ってもらえて、たくさん食べてもらえて、とっても幸せな気分です……本当に、ありがとう』
涙ぐんだような声と共に、浜中のスイカは宝石のように輝きながら光の粒子となって風に飛ばされていった。
「これで一件落着かな。お疲れ、威鈴。……威鈴?」
防波堤には事態の解決を喜び、美しい光景に感嘆の声を漏らす町内会の人たちと撃退士。
「…スイカ…たべたかった…」
「……買って帰ろうか」
「…うん…」
こうして事件は解決し、威鈴は町内会からのお礼として美味しいスイカをいただき、みんなで最後の種飛ばしを楽しんだのだった。
おしまい