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今日も今日とて大盛況な市民プールのプールサイド。
相も変わらず金髪天魔は子供用プールを見ながら、眼鏡天魔は普通の25mプールを見ながらぶつぶつと喧嘩中だった。
「ふんッ、つくづく趣味の悪い奴だ。そもそも貴様のような――」
眼鏡天魔の小言から再び喧嘩が始まりそうになった、その時。
――トンッ。
「む?」
細く華奢な指先が眼鏡天魔の肘を撫でる。
およそ男性らしからぬ美しくしなやかな体躯をした不知火藤忠(
jc2194)その人の指先である。
「すまない、立ちくらみがしてな……どこか、休める場所に連れて行ってはくれないだろうか」
爪先まで整えられた指がツツーと眼鏡天魔の腕を伝い、裾をキュッと掴む。
くたり、としだれかかる藤忠の優雅な所作を眼鏡天魔はじっくりと視線で追うと。
「……私は監視員ではないのだが」
驚くほど冷たい返しを繰り出したのだった。
ピシッと亀裂が入りそうなほど裾を掴んだ姿勢で固まった藤忠。
そんなやり取りも知らず、その逆サイドから、今度は別の男から声がかかる。
「あー、すまん」
「……なんだ一体――」
眼鏡天魔が顔をしかめ、続けざまの事態に文句をつけようとした瞬間、今度は眼鏡天魔が固まった。
「少し休みたいのだが、良い場所はないか?」
鍛え上げられた筋肉質なボディ。精悍な顔立ち。ティアドロップ型のサングラス。
「思いのほか暑くて……だ、な?」
「あぁ、それならば良い木陰が向こうにあるゆっくり休んだほうが良いさぁ肩を貸そうプールサイドは滑りやすいからな」
「お、おう?」
やたら饒舌な眼鏡に肩を貸されながら歩くミハイルと。
「……ほほう?なるほどな?」
パッパッと水着を払い、こほんっと咳払いをして納得した様子を見せる藤忠が続いた。
ミハイルを運びながら期待に胸を膨らませる眼鏡の後ろに。
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どこぞへとトコトコ歩いていった眼鏡天魔を尻目に、金髪天魔がぼーっと。
大人のくるぶしか、膝下くらいまでしかない浅くて安心な子供プールではしゃぐ子供たちを眺めていると。
――コロコロ、トンっ。
「あ?」
ビーチボールが転がってきた。
手に取って、きょろきょろと辺りを見てみてもここは現在大盛況な市民プール。
子供プールの中でもいくつものグループがビーチボールで遊んでいる。どこから飛んできたのかわからない。
「金髪兄ちゃんボールとってー!」
「……あぁん?」
プールから聞こえてきた声の方を見ると、学校指定の水着にパーカーを羽織った褐色肌のザジテン・カロナール(
jc0759)くん中等部三年12歳と。
「にぱーっ」
≪天使の微笑み≫をみせる、水着に袖なしパーカー姿のグレン(
jc2277)くん小等部三年9歳の姿があった。
本来、悪魔側の存在である金髪に≪天使の微笑み≫は発動しないがしかし。
グレンの浮かべる表情は笑顔。
「…………チッ、ほらよ」
そのグレンの表情は、金髪天魔にぶっきらぼうな態度ながら子供プールにざぶざぶと分け入りグレンの懐目がけてぽんっと優しくパスを出させるくらいには効果的だった。
「わぁ、ありがとうございますっ。僕、ザジテンっていいます!」
「僕はグレン!」
「あ?………あぁ」
なんでいきなり自己紹介?と一瞬怪訝な表情を見せながらも金髪天魔の視線はグレンの肘と膝の滑らかな曲線を捉え、続いて同様にザジテンの肘と膝の160cmという身長のわりに滑らかでやはり幼さを感じさせる体躯を確認していた。
「お兄さんのお名前はなんていうんです?」
「なんでんなこと教えてやんなきゃいけねえんだよ」
「えーっ!一緒にあそぼーよー!」
「ダメ、です?」
抗議の様子を見せるグレンとちょっとしょんぼりとした様子をみせるザジテン。
「……………チッ。別にねぇよ名前なんか」
不機嫌そうな返答をしながらも不自然なほどに二人から視線を逸らさない金髪天魔はやはりご機嫌のようだった。
「じゃあ……えぇと」
「きんぱつ兄ちゃん!」
「……………」
グレンの天真爛漫、元気いっぱいといった様子に完全に目が釘付けになっている金髪天魔は。
「好きにしろ」
相変わらずぶっきらぼうな返事を返しながらも決して二人の話を無碍にすることはなく。
「じゃあ一緒にあそぼー!」
「いい、です?」
「…………チッ。あんま飛ばすなよ」
ナチュラルにビーチボールを受け返す姿勢を構えてみせるのだった。
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「そういえばやたらと男を見ていたが…ああ、別に偏見はない。久遠ヶ原の人間は何でもアリだし慣れた」
「……久遠ヶ原?そうか、貴様らは撃退士か」
プールから少し離れたフェンス沿いの木陰。
眼鏡天魔がどこぞから持ってきたスポーツドリンクを片手にミハイルと藤忠はスカウトを開始していた。
「あ、あぁ。さっきの金髪との会話も聞かせてもらった。や、しかしだな……そんなに見つめられると穴が開きそうだぜ……」
これまた眼鏡天魔がどこぞから持ってきたビニールシートに寝そべりながら、ミハイルが居心地悪そうにドリンクをあおる。
「私を退治しないのか?」
相変わらずミハイルに視線を向けながらも、傍らに立つ眼鏡天魔は同じくフェンスに寄りかかるようにして立っている藤忠へと問いかける。
「人間と敵対していないなら構わない。それに俺を介抱してくれたお前は良い奴だ。もっとも――」
藤忠の視線が、ミハイルと眼鏡天魔を数回行き来する。
「な、なんだ、藤忠まで俺を見て」
「いいや、手厚い介抱を受けられてよかったなと思ってな」
「ぐっ……!と、とにかくだ!」
流れが悪いことを察したのかミハイルが強引に仕切り直す。
「あの金髪との会話は聞かせてもらった。その審美眼を磨くために久遠ヶ原学園に来ないか?」
「撃退士の本拠地に来いというのか」
「あぁ、そうだ。学園に来れば男子更衣室で拝みまくり、温水プールもあれば寒中水泳だって催される。年中見放題だぜ?こんなところでつまらない言い争いをする必要もないくらいにもってこいの場所だ。なんなら――」
と、ミハイルは藤忠を指さし。
「藤忠に張り付き放題だ。悪くないだろう?」
最高にクールな笑顔を浮かべて見せるが、しかし。
眼鏡天魔の据わった視線は頑としてミハイルの瞳を捉えて離さず。
また、藤忠は笑顔だった。
「あぁ、この男はとても照れ屋でな」
「なっ、お、おい」
「要するに、この男はお前に気があるのだ。ぜひ学園に来てやってくれないか」
「それでは仕方がないな非情に遺憾かつ不本意だがミハイルがそこまで言うのであれば私も争い事を好ましく思っているわけではない無論大勢に文句などつけようという気もないが私自身は隅で平穏を謳歌することが価値あることだと思っているからなミハイルもそうなのだろうそうに違いない分かっているさ何も言わなくても良い私とお前の中じゃないか」
「あ、あぁ、わかった、助かる、だから俺の横に寝そべる必要はないんじゃないかとだな――」
「あぁ、そうだ。実は仲間が来ているんだ。ミハイル、お前は彼とここで休んでいてくれ。俺が呼んでこよう」
「待て!どうして俺を置いていく必要がある!いいだろう待っていればどうせこっちに来る!なんなら俺が呼びにだな――」
「おや、この暑い日本の夏にやられてしまった西洋人を連れまわすのは俺としてもあまり快いものではないからな。ゆっくり、しっぽりと休んでいてくれ」
「しっぽり!?しっぽりってなんだ!おい待て!待てって!おーーーいっ!!!」
ミハイルの叫び声が遠く響く中、藤忠はそっとその場を後にした。
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時は少し戻って。
ザジテン、グレンたちは金髪天魔と一緒にひとしきりボール遊びをしたあと。
25mプールのすみっこでちゃぷちゃぷと浮いていた。
「実は、プールで遊ぶ子供たちの親御さんから依頼を受けてきたんです」
「やっぱり撃退士か、てめぇら」
「ねーねーなんでここだけとってもいい天気なの?」
「俺が晴れにしてっからだよ」
ザジテンの真面目な話に耳を傾けながら、しっかりとグレンの他愛のない話にもこたえる金髪。
「兄ちゃんがやってるのっ!?すごいなー!」
「あまり過激になってしまっては見守ることさえできなくなってしまうかも、ですよ?だから、そう言った発言は控えて欲しいです」
「俺は別に、あの眼鏡野郎が来なけりゃぎゃーぎゃー騒いだりしねぇよ」
「どうやってるのー?僕でも出来るー?」
「出来ねえし教えねえよ」
「ぶー」
「言い訳はメッ、ですよ?」
「いじわるはメッ、だよ!」
「…………おう」
二人に両サイドから叱られて、ぷかぷか浮かびながらも金髪は反省した声色をみせる。
「わかってくれました?」
「わーったよ、俺が悪かったっつの」
「えへへ、ありがとうございますっ」
お礼とばかりに金髪の腕に抱き着くザジテン。
「…………………………………………おう」
グリンッと急速に90度首が回転した金髪。
「あっ、だからね、学園にきたらいっぱいおはなし出来るよ!久遠ヶ原学園においでよ!僕も来たばっかりだけど、皆楽しくていい人だよ!」
「俺がなんだってわざわざ撃退士連中の仲間になんか――」
「金髪兄ちゃんと友達になれたら僕も嬉しい!(にぱぱーっ)」
「んんんんん可愛い」
「えっ?」
「……なんでもねえよ。わーったよ、しょうがねえな」
「ホントに!?やったー!」
ざぶんっ!と金髪にのしかかるグレン。
「………………………」
「あぁっ!だ、大丈夫、です?」
ザジテンに心配されながら。
ぶくぶくとプールの底に沈んでいく金髪はそれはもう幸せそうな真顔をしていた。
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ぽーんっ。
「学園ならっ、同好の士に会えるかもしれません、よっ!」
ザジテンのトスで上がったビーチボールが藤忠の元へ飛ぶ。
「学園なら、男子選び放題だし、変態も多いから、なっ」
次はグレンの元へ。
「男の人なのに男の人が好きなの?いろんな、人が、いるんだねーっ」
続いて金髪の元へ。
「……で、アイツはどこ行ったんだ、よっ」
「眼鏡の彼なら、アイスの買い出しに行ってくれているぞ。ミハイルと共にな」
「ははぁん、なるほどな」
ぽんぽんとボールのやり取りをしながら遊ぶ藤忠、ザジテン、グレン、金髪の四人から離れたところ。
プールサイドの一角に敷かれたビニールシートのところに、ちょうどアイスクリームショップの箱を持ったミハイルと眼鏡天魔が。
「おーいっ!買ってきたぜーっ!」
「アイスーっ!」
「ごちそうになる、ですっ!」
ざばざばとプールを上がり、ミハイルたちのもとに早歩きでぺたぺたと急ぐザジテンとグレン。
それぞれチョコとストロベリー味のワッフルコーンに乗せられたアイスと、雪だるまのようにストロベリーとラムレーズンが乗っけられたアイスを手に取って頬張る。
「ラムレーズンとチョコは買ってあるかな」
藤忠も後に続き、ダブルなアイスをぱくぱく。
「兄ちゃーん!アイスなくなっちゃうよー!」
グレンに呼ばれて金髪もトコトコと駆け寄り、バナナアイスを受け取ってぱくりとひとくち。
「おいしーねっ!」
「……あぁ」
グレンやザジテンと一緒に大人しくアイスを頬張る金髪の逆サイドでは。
「ほら、バニラは嫌いか?」
「い、いや、俺は俺のがあるから、大丈夫だから」
眼鏡にミハイルが迫られているが、しかし。
もうプールサイドで繰り広げられる不穏な会話はなく、ただただ楽しそうにアイスを頬張る光景だけが広がっている様に、子供たちの親御さんたちは一安心。
「一件落着、ですっ!」
「あぁ、だな」
ザジテンと藤忠の笑顔は、市民プールに平和が訪れたことを証明しているのだった。
「そうかそうか、あーんはするほうが好きか。なら、ほら……」
「いや、誰もそんなことは言ってな――いや、構えるな。構えられても俺はしな――」
「よし、それではもう一勝負と行くか」
「わーいっ!ボールーっ!」
「お、おい!またか!また俺を置いていくのか!」
「ミハイル……早くしてくれ……」
「置いてくな!オイ!俺を置いていくなーっ!!!」
めでたしめでたし