●夜のモノ
『幽霊』を目撃したとされる深夜帯。
(「お化けねぇ……怖くないのなら良いや……」)
二重童顔の女性、猪川 來鬼(
ja7445)は何も言わずに目を少し細めた。
お化けの類は苦手だが、ディアボロならまぁ気にならない。
そんな彼女の心情を代弁するように、冷静な女性の声がピシャリと言う。
「幽霊か……子供騙しもいいところだ」
冷徹そうな印象を受ける第一声を放った大柄な金髪女性、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)はその青く鋭い眼光を持って学校を見据えた。
大柄と言えど艶やかな容姿、しかし、そこには静かな威圧感を感じさせる。
今回のディアボロは三ヶ所に出現するという話だ。
よって彼らも、基本三グループに別れての撃退戦となっている。
他の場所で待機しているであろう仲間との連絡の為、携帯電話の確認をしている御剣 正宗(
jc1380)の横で、紅毛の女性がニッと笑った。
「夜はいい子が寝る時間。徘徊する悪い子は埋めちゃおうぜ〜」
その男性、ジョン・ドゥ(
jb9083)の言葉にゼロ=シュバイツァー(
jb7501)も笑いながら小さくかぶりを振る。
「物騒やなぁ……」
撃退士達の前に重い空気を漂わせる夜の学校。
「ほな、行きますか」
ゼロの言葉に、ある者は頷き、ある者は無言で集中を高め。
その校内へと足を進めた。
校舎一階。
深夜帯なので当たり前と言えば当たり前なのだが、撃退士達以外の誰の気配も無い。
この階を担当する正宗、ジョン、そして暗さ故に思いなしか、身体を小さく震わせているアルティミシア(
jc1611)を残し、各人目標の階への移動を開始した。
携帯をしまうゼロは天井を見上げている。
三階待機中の仁良井 叶伊(
ja0618)より、丁度「待機完了」の連絡が入ったのだ。
天魔の翼をはためかせ、天井をすり抜け一気に三階へ飛翔して行く。
「ゼロ……行っちゃった」
淡々と話すアルビノの少年、ハル(
jb9524)が階段から後を追う。
追いながらも彼の思考は、久遠ヶ原学園以外の学校への興味へ注がれていた。
夜の学校……普段生徒で賑わうだろうこの廊下も教室も、今は騒ぎ立てる生徒も居なければ仏頂面で歩く先生も居ない。
……何だか不思議な空間だ。
そう思いながら三階へ到着したのは、ゼロが二階で待機する雁鉄 静寂(
jb3365)とジョンへ連絡を終えた時だ。
携帯からの合図が有った事で、同時のタイミングで各階での札が展開される。
「さ、サクサク行きますかいな〜」
堂々と闊歩し、廊下からの探索を開始するゼロ、それに続くハル。少し離れた物陰には叶伊が武器を構えている。
と、その影は不意に見えた。
廊下の曲がり角、丁度窓の間で壁になっている部分だ。
とは言え、現在この場の三人以外に見える影が有るならばディアボロで間違い無いだろう。
ゼロがそれを携帯で連絡しようとした時だった。
取り出す直前、携帯が反応を示している事に気付く。
それは下の階、静寂と正宗の二人からほぼ時差無く入った連絡だった。
簡易的に書き出せばそれは以下の連絡だ。
『ディアボロ発見。交戦に移る』
●
他の仲間達がそれぞれ向かった後、一階に残る三人は暗闇の廊下の中に佇んでいた。
「後は連絡待ち、だな」
アルティミシアと正宗に視線を向けたジョンは、懐から阻霊符をピッと取り出す。
「予備として、ボクも一枚、持ってきました。いざという時に、使いましょう」
念の為に、と周到な準備を見せるアルティミシア。だが、内心はそう穏やかでは無い様だ。
(「骸骨化け猫ミイラ骸骨化け猫ミイラ骸骨化け……がんばれ、ボク、幽霊、怖くない……これも人助けです」)
耳をそばだてればそんなアルティミシアの呟きが、もしかしたら微かに聞こえた、かもしれない。
「早く、解体して、しまいましょう。主に人々と……ボクの心の安寧の、為に」
「そうだな……手早く片付けよう……」
答えた正宗は、対して落ち着いたように言う。
赤く光る釣り目の瞳は静かな校内へ向けられていた。
(「……真夜中の学校か……こういうのも悪くない……」)
間もなくして阻霊符発動の合図が入り、ジョンが透過阻害の領域を展開させた。
それから数分……は経ったろうか。
ただ待つだけの時間とは嫌に長く感じられる。
カシャ……という何かが落ちる軽い音が……いや、そもそもそれは音だったのか。
とにかく、人間が出し得ないだろう何かの近づく音、それが三人の耳に入った。
「……おトイレ、行っておいて、よかったです」
一際大きく身体を震わせ、アルティミシアがボソリと呟く。
アルティミシアのオッドアイにも映ったその姿。
猫背気味に力無く歩き、視線は床を這わせ、不慣れな歩幅でぎこちなく歩む。
ひびの入った骸骨。
三人の撃退士達を前に、ピタリと止まった。
と、風の抵抗をモロに受けた、明らかに異常な体勢で突然走り出す。
その脇を黒と白の翼が掠め通った。
突撃、急転換、眼前での飛翔。
正宗の撹乱にスケルトンは視線を奪われる。
その細い背中をジョンの掌底が力強く弾き飛ばした。
「コイツら、出る時期を間違えているよな……」
距離を開けたジョンは左の掌を構えたまま言う。
「ここが文化祭の真っ最中で、それでお化け屋敷とかあったらそこに出たら効果バツグンだったろうに……」
大丈夫か? と横目で投げかけたその後ろで、ジョンと同じ紅い髪が揺れ動いた。
「な、ナメないで下さい! ボクは、嫌いなものは、即刻処理するって、決めてるんです」
思わず一歩後退ったアルティミシアから巨大な岩が射出される。
狭い通路に放たれたその大岩が、避ける隙間無くスケルトンに命中した。
無抵抗のまま着地し、無造作に振り回した腕が一番近い距離にあった正宗の鼻先を掠める。
ギリギリで回避した……が、正宗の代わりに教室の壁と窓が大きな音を立てて割れる。
やはり力は侮れない……。
しかし、だからと言って怖気づく訳にもいくまい。
正宗の振り払う一撃が、スケルトンの足元を止める。
その背後に浮かび上がったのは針の無い時計の文字盤。
次いで現れた針は何時を指す事も無く、鐘を鳴らすでも無く、真紅の槍としてスケルトンへ矛先を向ける。
十二の円盤から抜け出たそれが、スケルトンへと襲い掛かった。
骨の動きが目に見えて鈍くなる。それはまさに、どの時間も示さない時計に時を奪われたかのように。
攻撃を終え砕け散った時計、の破片に混ざり、アルティミシアの岩が飛来する。
それと連携し、正宗の大鎌が今度は確実にスケルトンを捉えた。
もう一度の正宗とアルティミシアの追撃を受け、動きを止めたスケルトンの瞳には何が映ったろうか。
それは、王笏のような装飾の施された黄金の槍。
「……二回目ならよく眠れるだろう?」
ジョンの具現化させた神々しき光の一撃。
スケルトンには、それを躱す術は無かった。
「上は來鬼と静寂……エカテリーナか」
ディアボロの残骸を前に、ジョンは天井を見上げる。
一発の銃声が上から響き渡った。
●
二階に上がったエカテリーナと來鬼の目に最初に入ったのは、大型の段ボール箱だった。
「……入りたがるかなって」
物陰に姿を潜ませていた静寂が顔を覗かせて話す。
ゼロからの連絡後、二階のメンバーは阻霊符を発動させ、各部屋の探索へと出ていた。
來鬼の探知に反応は有る。居る事は間違いないが、激しく動き回っているのか特定が難しい。
だが、その來鬼が照らす美しい光源によって、探索は比較的スムーズに行えた。
「猫退治頑張りましょう」
と意気込む静寂に二人も頷く。
探索中、教室の扉を開け放ちながらエカテリーナは強い口調で挑発する。
「夜間に活動するとは、いかにも幽霊らしいな。だが、我々が幽霊を恐れると思ったら大間違いだ!」
その三人の後ろを、黒い影がシャッと横切った。
エカテリーナには、その影が確かに猫の形をしていたと視認出来るだろう。
と同時、床を滑り抜ける大きな擦れた音がした。
音のした方へ行ってみれば、先程の段ボール……に頭から突っ込んで尻尾を振る巨大な猫の尻。
(「入るんだ……」)
(「入るんですね……」)
來鬼と静寂が同じ感想を抱き、來鬼の方が別の何かに反応した。
「……後ろ!」
静寂もその言葉に予測を立て、咄嗟に身を屈める。
その頭上を鋭い爪が飛び越えた。
二匹目の化け猫。
エカテリーナと静寂が即座に銃を構える。
銃声が、エカテリーナのアサルトライフルから放たれた。
その弾は着地寸前の化け猫に命中し、小さな血飛沫を上げさせる。
体勢を立て直した化け猫に絡みついたのは來鬼の聖なる鎖。
冥魔へ特殊な効力を及ぼすその鎖が、化け猫の一体をその場に貼り付ける。
その化け猫に対し、闇に溶け込む様な銃身から静寂の弾丸が鈍く光った。
「わたしは猫は好きですが、天魔はお断りです」
脇の下、そして心臓部位へ。
動けぬ化け猫の体内に、ことごとく銃弾が傷を作り出す。
そこで、ようやっと段ボールから頭を引っ張り出したもう一体の化け猫が唸りを上げた。
空の段ボールを前足で踏みつぶし、撃退士達へと襲い迫る。
と、ポツリ、と目の前の者が呟いた。
「切り刻め」
來鬼の合わせた両手の内から現れたのは折鶴。
來鬼の言霊と同時にそれが化け猫へ飛来する。
化け猫の足止めが成ったところで、身体の麻痺したもう一体が喉を唸らせた。
唸らせたが、如何せん痺れで動けぬその身体、遠距離から無慈悲に攻撃を仕掛けるエカテリーナと静寂には、文字通り手も足も出ない。
その化け猫の脳天に、出刃包丁のような來鬼の鉈、それが星の輝きを持って振り下ろされた。
ゆっくり、一体目の化け猫は最後の息を終え、身体を横たわらせる。
一息吐く暇も無く、二体目の化け猫が飛び掛かる。
散開した三人の居た場所に、重たい化け猫の身体が圧し掛かった。
再度静寂からの銃弾が撃ち込まれる。
次いで、エカテリーナの銃弾と合わせ、來鬼が斬り込んだ。
そのまま反対側へと転がり込む來鬼へと、化け猫は攻撃の視線を向ける。
その無防備となった背中に、二人が銃弾を叩き込んだ。
反転する化け猫。最後の抵抗と言わんばかりに銃弾を受けつつ尚二人へ迫る。
「貴様らの居場所はない、早くこの世から去るがいい!」
エカテリーナの放った銃弾、それが化け猫の眉間を直撃した。
距離にして後1メートル。
化け猫の牙はついぞ届く事は無く、その場に崩れ落ちた。
「他の階は……どうなっているのでしょう」
その時だ。
上階からけたたましい叫び声が轟いたのは。
●
『ディアボロ発見。交戦に移る』
その連絡を受け、三階の三人は目の前の陰に集中した。
この階に出るのはミイラ男……。
ハルは思い返しハタと思う。
……ミイラって何だろう。早く見てみたい。
そんな彼らの眼前に、何処からともなく包帯が集まって来た。
その包帯は何も無い空間に収束し、巻き付き、人の形を成していく。
この包帯に巻かれた異形の存在がミイラ男のそれである。
その眼前に立ち塞がったのはゼロ。
知性が優れていればこれが挑発の構えと見て取れたかもしれないが、このディアボロにそこまでのものが有ったか。
少なくとも叶伊が放った弓の一矢に気付く事は無かったようだ。
ハルの投擲したアウルのナイフが続けてミイラ男へと突き刺さる。
無抵抗に後退るミイラ男の包帯が、不可思議な動きでうねった。
一瞬緩んだかと思うと、素早くゼロの身体に巻き付いて来る。
対し、高熱の火球でそれを迎え撃つゼロ。
「む……」
飛んでくる包帯は撃ち落とされる……が、それが燃える事は無いようだ。
その火球に紛れ、白い髪がフワリとミイラ男の懐へ潜り込んだ。
片刃の斧を手に、不健康そうな見た目に想像出来ない力で下から上へとミイラ男をかち上げる。
宙で身動きできないミイラ男の身体へと、又しても気配外から叶伊の矢が突き刺さる。
元々不気味な容姿が一層と気持ち悪さを出した所に、ゼロからの火球が直撃した。
「人魂のゲストはいかがかいな?」
そんなものは要らない。
そう言いたげに燃え盛る空気の中を突き抜けたミイラ男の身体に、顔面に、包帯に、ハルの聖なる鎖が絡みつく。
鎖の隙間を縫って現れた叶伊の矢は、正確にミイラ男へ命中する。
ミイラ男からすれば闇からの狙撃。居ない筈の場所から突如飛来する一筋の矢に対処しようもそれは叶わない。
何せこの動かない身体では、自ら近づこうとする者にしか攻撃は出来はしまい。
が、その者は居た。
漆黒だった。
天魔の翼だった。
その瞳は赤く光っていた。
ゼロの振り下ろした鋭い一撃が、ミイラ男の身体を穿った。
あまりの衝撃だったのだろうか、ミイラ男は鎖の中で暫し痙攣を見せると、それから解放されると同時に床へ落ちて行った。
ミイラ男がピクリとも動かなくなった後、それに近づいたのはハルだ。
それは単純な疑問からだった。
(「包帯、全部解いちゃったら……中身はどんなの、かなぁ」)
恐れを知らない興味と疑問が包帯に手を伸ばす。
崩壊していくミイラ男の包帯が解け……。
「ギャアアァァァァァァァアア!!」
辺りに絶叫が響き渡った。
それは確かに包帯の中から聞こえて来た声。
『マンドラゴラ』という架空の植物の名が思い浮かんだ。
と同時に、思わず耳を塞いだ。
しかし、後に残っていたのは……中身が虚無になった包帯のみであった。
●
「もう学校の脅威はありません。ご安心くださいね」
事件後、静寂が三種のディアボロの消滅を確認し、それを学校関係者と女子生徒にそう伝えた事で無事に解決となった。
あの戦闘後、学校中に響き渡った絶叫に驚いていたアルティミシアも、今ではすっかり立ち直っている。
「うぅ、こ、腰が抜けそうです。もう、何もいませんよね」
と膝をプルプルさせていた所をジョンと正宗が宥めていたのを、上階から降りて来た叶伊とエカテリーナ、來鬼は見た。
ハルがミイラ男の中身を伝えようとしていたが、恐らく聞く余裕は無かっただろう。
ゼロは現場の修理、整理と共に本物の幽霊が居た、というような細工……もとい演出を施し、後日学生達の間で噂が流行る事になった。
その影響か、学校に『オカルト研究部』なるものが出来たそうだ。
賑わう学内を尻目に「……良いのか? あれ……」と腕組みをした正宗が問うと、ゼロはフッと笑みを零した。
「心霊に季節は関係ないしな♪」