●最後の夏に
夏。終盤戦。
「まだまだ暑いね〜」
額から首筋へ流れる汗を感じ取り、佐藤 としお(
ja2489)は呟いた。
早めに到着した彼の手元には、朝市で手に入れた肉や野菜がズラリと揃っている。
どれもここの地元産なのは、彼の拘りであるだろう。
海の家を借りていた彼は今日の準備に取り掛かった。
小麦色の肌が海と砂浜に良く似合っている。
後、準備するものは魚介類。
彼は海の家を背に、青く輝く水面に飛び込んだ。
「ただでご飯食べれて、遊べるなんて最高だね☆」
その数時間後、現地に到着するなり開口一番に柚葉(
jb5886)はそう言った。
太陽の輝きに負けんばかりの溢れる元気さだ。
持って来たクーラーボックスの中には様々なジュースやお茶によって埋まっている。
後ろで同じタイプのクーラーボックスを持っていたエイネ アクライア (
jb6014)に自分のそれを押し付けて、熱した砂浜を駆けて行く。
おおよそ二倍になった飲み物を右に左に提げたエイネを尻目に、快活少女は一直線に山へ向かう。
「あたし猪狩ってくるから荷物よろしく!」
「気を付けるでござるよー!」
呼び掛けは聞こえたか聞こえなかったか、後ろ姿に手を振る柚葉は山へ消えて行く。
重みに一息つくエイネの腕を、黒い長髪が通り過ぎ様に撫でた。
「さてェ……それじゃあァ、私も向かいましょうかァ」
この夏に心残りの無い様にと、黒百合(
ja0422)は同じく山中を目指す。
外見上見分けが付かない義手の左腕は今日も問題無さそうだ。
彼女の後を追うように、陽波 透次(
ja0280)も山へ向かう。
装備の強化で食費含めた自分の生活費がピンチに陥ってしまった彼は、今日の猪で一日分の食料を浮かそうという目的だ。
今日という日を生き延びる為、透次もまた、山へ赴く。
そんな三人を見送ったエイネはフッと自分の右肩が軽くなるのを感じた。
見ると、アルティミシア(
jc1611)が柚葉の分のボックスを抱え、約40センチ程有る目線の下で立っている。
表情には見え辛いが、楽しそうなオーラが纏っているのが良く判る。
今日は皆と小旅行。
バーベキューは初めてだという彼女に、今日は親戚のおじさんとおばさんが沢山の野菜をくれた。
今日は楽しむのが目的だが、皆にも一緒に楽しんで貰いたい。
そんな感情が、きっとアルティミシアの表面から出ているのだろう。
彼女達が砂浜に着くと、香ばしい匂いが鼻孔を擽った。
『良い匂いがします』
スケッチブックにそう書いて見せた黄昏シロ(
jb5973)。
『また海に行ってみたい』。彼女がそう主に言ってみたところ、喜んで手製の弁当を渡してくれた。
式神として主の命をこなすのみ、そう思ってきたが、以前に一人で行動した時のドキドキ感、やりきった達成感。
それが忘れられない。
移動中はその弁当を食べながら、シロはそういう記憶を思い返していた。
「……あの、あっちに……海の家があるみたいです……」
先に浜辺の全体をチェックしていた月乃宮 恋音(
jb1221)が戻って来て伝えた。
牛柄のビキニの上から桜色のパーカーを羽織っているものの、発育の良い……いや良すぎる胸はどうあっても隠し切れない。
「よし、完成だ!」
恋音の言う家の中から男の声がする。
覗いて見れば、短く刈ったソフトモヒカンに頭部の左側に龍のタトゥー。
四人が年期の入った木造りの家へ足を踏み入れると、威勢の良い声が挨拶代わりに飛んで来た。
「へい、らっしゃいっ!」
本日限りの海の家。品書きは勿論、腕によりを掛けた魚介ラーメンだ。
具材には朝市の品に加えこちらも地元の岩ノリなどを中心に、先程獲った魚を焼いて加え旨みを出したアクアパッツァ、鶏肉で作ったチャーシュー、煮卵。
地鶏と魚介を使ったダブルスープは驚くほど澄んでおり、男性には満足に、女性にもすんなりと受け入れられるだろう一品となっている。
彩り鮮やかなアクアパッツァの具材も、食欲をそそる要因だろう。
スープの最後の一滴まで楽しめる。
これだけ地元の食材に拘って作ることが出来たなら、この噂が広まればきっとこの地域に足を運ぶ人々も増えるだろう。
談笑と時折吹く微量な外の風、グラスの中の氷が溶けて傾く音が混じり合う。
バーベキューに向けての準備を進める彼らに、アルティミシアは沢山の野菜を差し出す。
「これ、お野菜。お友達のおじさんおばさんに、皆とBBQ行くって言ったら、くれました」
その野菜を見て、シロも自身に持たされた物を取り出した。
『野菜は主が可能なだけ沢山持たせてくれました。安心してください』
そう書かれたスケッチブックの下に、これまた大量の野菜。
これで野菜に困る事はまず無さそうだ。
『ごめんなさい。料理は出来ません。でもその分他の所でお手伝いしますね』
気恥ずかしそうにするシロに対し、アルティミシアが優しく言葉を掛ける。
「ボク、お料理出来ます。ボク、役に立ちたいです。皆に美味しいお肉とお野菜、焼きますね」
何もしなくても自然と汗が身体を伝い、塩辛い空気がそれを撫でて行く。そんな浜辺。
「うぅーみぃーっ!!」
水平線の果てに叫んでいるのはエイネの声だ。
海とくればこれをせざるにはいられない。
障害物の無い海の向こう側まで声を響かせるエイネをよそに、恋音は岩場に近い浅瀬でシュノーケリングの準備をしている。
海に入るからには必然と桜色のパーカーは肌を離れる。
雪のような白い肌に胸元の窮屈そうな牛柄のビキニ。
バスト三桁を記録する恋音は、外見が目立つ事は自分で理解している。
極力『目立たない』服装で普段は誤魔化し、更に着痩せするタイプでもある。
が、その体型はいくら服を着こなそうとも、サラシを巻いておこうとも周囲から見て目立つのは一目瞭然である。
そんな体型上、潜るのは苦手とするが、今日はそんな時の為か銛を用意しておいた。
狙うは貝類、あわよくば魚。
恋音は銛を片手に、海へと浸かって行く。
恋音が海へ入るのと同時に、エイネは同じ海へ飛び込んだ。
サラシに褌と男らしい水着姿が青く波打つ水面に飛沫を上げる。
海中の流れが髪を掻き分ければ、そこに小さな二本の角が見えるだろう。
悪魔である彼女は、良く言えば武人として生きている。
そんなエイネにも増えた興味の対象が有る。
それが酒だ。目覚めさせられたとも言うが、特に日本酒は良い。
それに、やはり海も良いものだ。
波間をゆらゆらと漂いながら、エイネはそう思う。
……こうしていると何もかも忘れてゆめみごこごぼごぼごぼ……。
勢いよく呼吸器官に海水が入る。
うとうとし過ぎて沈みかけたようだ。
(め、冥界の漁村出身、魚雷悪魔のエイネともあろう者が海で溺死とか、洒落にならんのでござる……)
そうして一度海から上がったエイネは、「ばーべきゅー」用の魚貝類を獲って来る為、ビーチチェアーでの一眠りに入った。
一方、シロは海を背景にして砂浜を歩いていた。
普段式神という事もあってか、独自に海に来られる機会は少ないのかもしれない。
前に海に来た時は、戦うのに必至で海を見ている暇はなかった。
これも依頼の内だが、戦っている時に比べれば間違いなく落ち着ける。
水際を歩いてみれば、やはり少しだけ冷やりとする気がする。
足元を見れば、それが足先に当たる波のせいだとシロは気付くだろう。
その波に足首を浸けていると、途端に波が引っ込んでいく。
ザァ! と溜めこんでいたものを押し出すかのように寄せた波に、シロは小さく跳ね上がった。
再び引っ込む波の跡を良く見ると、それに連れて来られた小さな蟹。
そんな蟹とひとしきり戯れた後は砂浜で小さなお城を建ててみた。
きっと写真が有ったなら、瞳をキラキラ輝かせた綺麗な彼女の一枚がアルバムに挟まれた事だろう。
●猪だ! 追え!
山の中は、海辺と比べれば幾分か涼し気だ。
日の光を木の葉が覆っているのもあるし、それによって地面が少し湿っているのもある。
そんな中、雫(
ja1894)はジッと息を潜めて獲物を待ち構えていた。
今日、誰よりも早くここに着いていた雫は朝から山野に向かいバーベキューの食材とする為に猪を乱獲していた。
雫の後ろには、すでに積み上げられた猪の肉が見える。
その作業も手慣れたもので、
「内臓は下処理に時間が掛かりますからね。勿体ないですが、今回は土に還って貰いましょう」
と捕えた獲物の血抜きを最初にしたのは、としおが到着する数十分前の事だ。
雫が何体目かの猪を刈り終えた時、急に森が騒がしくなった……気がした。
彼女は警戒して茂みの中に身を潜める。
と、その目の前を黒と紫の混じった衝撃波が一直線に横切った。
直線状に薙ぎ倒される木々の向こう側から陽気な声が聞こえる。
「あー……そうだよね、ただの動物だよね! ちょっと力加減間違えちゃった☆」
なるほどテヘペロ☆
で済まされないような惨状が目の前に繰り広げられている訳だが、ミンチとなった猪は放置して柚葉は次の獲物を探す。
その木々を無視して現れたのは黒百合。
「あらァ……随分と刈ったわねェ」
と言う黒百合の傍らには既に解体された猪。
黒百合はこの後に海底に潜ると言うのだから、そのバイタリティの高さには恐れ入る。
その後ろでも音がするかと思えば、透次が同じくして猪にトドメの一撃を放つ瞬間だった。
透次はこうやって自分で狩りをしている内に思う。
店頭で並んでる肉も、元は生きていた動物の肉……食べなければこちらが死んでしまうから、食べる……。
人間は沢山の命を奪いながら生きている……。
天魔の魂吸収も、理屈は同じ、なのだろうか。
生きて行くというのはやはり重い。
だが、野生動物だって黙って食われるわけじゃない。
それが故に、今まさに柚葉のグーパンで頭をめり込ませているあの猪も必死に抵抗していたのだろう。
黒百合に暗殺の如く華麗な一撃で仕留められるあの猪だって、生きて行くには仕方が無い。
雫に至っては撃退士としての技を遺憾無く発揮させて吹き飛ばしているが、あれも生きて行く為だ。
相手が天魔とも思える程の巨体だったから、というのも有るだろうが、残念ながらここにその類のモノは居ない。
やがて日が傾き始める頃、彼らの周囲には「どうやって処理すんの? これ」と思える程の猪達が乱獲されていた。
●
同時刻。
再び海に飛び込む音が響いた。
あぁ、エイネが潜ったのか。とアルティミシアととしおが気付いた時、入れ違いに貝類を中心とした魚介を持って、恋音が海面から上がるのが見えた。
アルティミシアがコンロの準備を進め、としおに問う。
「あの、鉄串って、借りられるのですか?」
鉄串とは文字通り鉄製の串だ。
焼き鳥の際にも見かけるが、こういう時の大きな肉にも便利。
鉄を通じて内側からも肉を焼ける良い道具だ。
「鉄串なら海の家に有ったよ」
何本もの串を取り出すとしおと一緒に、具材を差し込んでいく。
コンロに火を点けるついで、近くに居る者達に声を掛ける。
と言っても今は恋音しか居ないようだが。
程良く煙が立って来た頃、山組も浜辺に合流した。
食べ切るのに苦労しそうな量の猪肉を持って。
そこに勢いよく海面から顔を出したのは、エイネと黒百合だ。
こちらも魚介類……と例の巨大帆立が大量に獲れている。
「大物が獲れたでござるよー!」
こうして彼女たちの獲った魚介も、具材の一部になるのだった。
それらが焼ける匂いを嗅いだか、遠くでお腹を鳴らす少女。
シロも慌ててその会場へ向かう。
行ってみれば、既にガツガツと喰らっているエイネの姿。それをツマミに酒を笊のように飲み続けている。
その隣では同じく肉をかじる黒百合が呟く。
「まだ狩り足りないわねェ……この周囲の生態系が変わるくらい狩り尽くしたいのだけどォ……まァ、無用な殺戮は止めた方がいいわよねェ」
是非それを天魔戦で発揮して頂きたい。
柚葉は臭みの有る猪肉に「それがまた良い!」と言って食べている。
新鮮な肉はやはり違うようだ。
猪肉は脂身が固い為、恋音が出来る限り薄くスライスしている。
そのスライスした肉はアルティミシアがそのまま焼き、大きな肉は鉄串に通して火を通す。
焼肉の信奉者という透次は、ひたすら肉を喰らい続ける。
これでその後飲まず食わずで一ヶ月は生きられる……らしい。凄い!
レバーは黒百合が刺身にするという珍しい料理も実施してみせた。
余りそうな肉は、雫が昼前に事前に準備したスモーク用チップで燻製にしてある。
肉をメインに食べる雫は、エイネに訊ねられるとこう答えた。
「成長期に入って、血肉が足りないんです……」
その最中にシロも肉を口に含む。
猫舌にはちょっと厳しい熱さだったが、格闘しながらも焼けた肉に舌鼓。
『凄く美味しいです』
満足そうなシロの表情を見て、アルティミシアはポツリと言った。
「皆と、楽しい思い出を、作れて、ボク幸せ、です」
そうして具材も尽きてきた頃。
全員で片付けも粗方終了し、今は黒百合と雫がロケット花火を飛ばし合っている。
としおの片付けも早くに終わった。
売れ残りを無くしていたのとゴミを最小限に抑えたのが大きいだろう。
そうこうして全員が再び浜辺に集まった、時刻は二十時を迎えそうだ。
九人の頭上高くに、最初は小さな火花が散った。
それは感覚を開けて連続して明るい花を咲かせていく。
やがて感覚の空いていた火の種はリズム良く赤、青、緑、色とりどりの花を空中で咲かせる。
まるで夜空一面を覆うかのように花火が広がり、その輪が暗い海面にも色を付かせた。
「風流ですね……夜になると涼しくって夏が終わり始めたと感じます」
感傷に浸る雫の傍らで、エイネは酒を片手にぽへーっと見とれている。
『本当にお花みたい。凄く綺麗ですね』
と見せてくれたシロは、早速次のページにその光景を描き始めた。
帰ったら主に見せよう。
シロのスケッチブックが鮮やかに彩られる。
最後に空に放たれたのは、七色の玉を使った一際大きな虹色の花火だ。
一つずつが形を成し、七つ全部でまた一つの花火が大きく咲き誇る。
最後の花火が散った後、硝煙の香りと残響が撃退士達に余韻を残した。
これでこの夏も一通り終える事となる。
次の夏も、またこの皆で。
そうあれば良いと、誰かは思ったかもしれない。
また来てくれと、自然の音色からそう聞こえた気がした。
きっと猪じゃないと思う。