●肢体が輝く日
「……なによ。なかなか可愛いわね」
溢れかえる女性(と一握りの男性)達をジッと見つめ、六道 鈴音(
ja4192)は特徴的な太眉を眉間に寄せた。
視線の先には件の悪魔、サキュバスの姿が有る。
写真と変わりなく、出るところは出て締まるところは締まっている。
ただそれが主張し過ぎているかと言えばそうでも無く、ギリギリ胸の谷間が見えた細めのトップスと、自身の臀部には少し小さ目であろうショートパンツの服が身体のラインを際立たせているのがそう見えるのだろう。
釣り目の瞳は恐い印象を与えるが、下がった眉と丸い童顔の輪郭がそれを緩和している。
セミロングの黒髪は遠目から見ても艶やかで、時折吹く微量な風に毛先を揺れさせていた。
不意に見せる言葉の無い勝ち誇ったドヤ顔が、何とも憎たらしくもまた可愛い。
強敵ね。鈴音は唇に軽く力を入れる。
飽くまで最終の目的はサキュバスの撃退にあるわけだし、直接の情報を仕入れておく事は大事だ。
そう、例え体操着にブルマー姿でいたとしてもこれは立派な情報収集。
大会の内容が内容だし何も変な所は無い。
投票には勿論男性だけでなく、女性も投票できる。
あまりに男性に媚びた格好は、そちらへのマイナスイメージに繋がるかもしれない。
そうして選ばれたのが人目に付きそう、且つ女性にも毛嫌いされる程大胆でも無い衣装。
すなわち大正義ブルマーである。
「それでは、『2015年、夏の納涼特別大会! 第一回女性アピールコンテスト』開催です!」
簡単なルールの説明も終わり、年季の入った屋外スピーカーからそう告げられたのは朝の九時を五分ほど過ぎてからの事だ。
「何時もと違い和装にしてみましたが……」
言葉を発さなくなったスピーカーを通り過ぎて呟いた彼女の肩に、サラリと銀色の髪が触れた。
夏日に見る女性の和服姿と言うのも中々目を引かれる。
雫(
ja1894)は彼女自身、愛想が無いと思っている為、派手なアピールはしないつもりだ。
早速喧騒が増す町中、雫が足を運んだ先は商店街。
今日のイベントに便乗して小物売りや甘菓子、金魚すくいに至るまで花火大会さながらの屋台がズラリと並んでいる。
「あー! また冷やすの忘れてた!!」
不意に、少し離れていた雫の耳にも届くほどの怒声が聞こえた。
そちらに近づくと、商店の側にドでかいクーラーボックスが置いてあり、中は幾つか仕切られている。
どうやらこの中にペットボトルを入れて置いて販売しているようなのだが、今は肝心のボックスの中身が空であった。
「あの……良ければお手伝いしましょうか?」
雫が声を掛けると、店主はタオルで汗を拭ってにこやかに答える。
「お、助かるよ! いやー、思ったより売れ行きが良くてねぇ。人手が足りなかったんだ」
仕入れられてくるペットボトルをボックスの中に移すだけなので、簡単な作業だ。
ようやく落ち着いて来たかというところで、店主から改めてお礼が言い渡され、雫もその場を後にした。
その後も幾つか困っている店の手伝いをし、今度は近場の老人ホームへと足を伸ばす。
と言っても、これはコンテストには影響させないつもりだ。
こういう時だからこそ行ける所もあるのかもしれない。
食事の準備も手伝ったが、甘味系統には手を出さなかった。
料理は出来るがこれだけはダメだ。確実に迷走する。自覚も有る。
係の人からも和風料理の知識を嬉しそうに語られた。
「なるほど……本等を参考にして来ましたが、色々と知らなかったコツも多いものですね」
その後、お年寄りの話を聞く内に話題はコンテストの事へと移った。
「そうそう、今日は駅前で悩み相談所が開かれてるんですってよ。隣のお部屋の方も行ってらっしゃるの」
成程、悩み相談所。悩み相談所……?
果たして女子力と繋がるのかは些か不明であるが、一体どんなアピールなのか。
雫が「では」と立ち上がると、その老人は声を掛ける。
何もしなくて良かったのか? 老人の問いに雫はかぶりを振る。
「アピール目的で話相手になったと思われるのは双方にとって悲しすぎです」
今一度、老人ホームの皆さんに別れを告げ、雫は場を後にした。
鈴音と雫が鉢合わせたのは、その老人ホームからすぐの横断歩道だ。
大会が始まってからの鈴音はと言うと、体操着にブルマー姿で町のゴミ拾いをしていた。
ゴミは少し放っただけですぐ溜まってしまう。
特に普通に生活していれば、道端のゴミは意外と気付きにくい。
例え目に入ったとしてもそれが無かったかのように通り過ぎてしまう。
上と前ばかり見ていても気付かない事だってあるものだ。
そんなゴミ達を、鈴音は腰を曲げては拾い集める。
自然と強調されるブルマー。
話はまぁ多少変わるが、体操着と言うのは実に健康的な可愛さが無かろうか。
特に後ろから見ると、今のようにしゃがんだり座ったりして腰を曲げた時に上と下が引っ張られ、ブルマーと体操着の隙間が空いて腰の肌色が少し見えるところがポイントだ。
これ故、サイズは一回り小さい方がベスト。
普段見えそうに無い部分だからこそ、見えた時の熱は大きいのである。
ブルマーが嫌いな男子が存在しようか。いや、しない。
きっとしない。
話を元に戻すが、ここの横断歩道には信号機が付いていないので渡る時は少し苦労する。
今も車の行き来で立ち往生している老人が居たもので、鈴音がゴミ袋を片手に先導しているところである。
「宜しければ手をお引きしましょうか」
「おぉ、すまんねぇ……」
そんな二人が前から歩いて来る姿を雫が見つける。
「ところで、何方まで?」
「いや、駅前までちょっとね」
「あれ? でしたら逆の方向ですね」
「……駅、ですか?」
目の前に現れた小さな和服姿の少女に、二人は一瞬ビクッと反応する。
「でしたら、私も丁度行こうかと思っていたとこです。一緒に行きましょう」
こうして二人は、老人に感謝されつつ駅前へと向かう事となった。
●
一方、その数時間前。
雫が商店街の手伝いをしている頃。鈴音なら町の清掃活動に勤しんでいる頃だ。
「うぅ……恥ずかしいです。ですが、これも人助け、頑張れ、ボク」
金魚柄の着物を纏い、いかにも羞恥の色を顔に出している少女、アルティミシア(
jc1611)が居た。
ゆったりと着付けたおかげでキツくない。何処がとは言わないが。
だがゆったりとしたせいで見えそうな感じも有る。何処がとは言わないが。
「うぅ……どうして、ボク背が小さいのに、胸だけ大きいのでしょうか……」
有難う御座います。
……じゃなくて、確かにその胸回りも、ポニーテールにした赤い髪も人混みの中でも一際目立つだろう。
これでいて130にも満たない身長をしているのだから、恐らく需要の有る層には眼福物だ。
頑張って色気を出そうと試みるも、やはり恥ずかしさの方が上回っているようだ。
顔の火照り具合がそれを証明している。
「なんか、胸、見られてる、気がします」
気のせいでは無いだろう。
何と言ってもその豊満なバストであるし、今日はうなじが見えるように髪も纏めてある。
おまけに着物の背から出ている翼を見れば、これで注目しないという方がおかしい気がする。
色気と言う点でも、彼女の思惑通り……と言ってしまって良いのか、町人の視線が集まっているのを見ると成功しているようだ。
ここまでやって羞恥心が全開で表面に出て来ていると言うのが堪らない。
「おじさんおばさん、見に来て、くれるかな?」
彼女には仲の良い人達が居るようだ。けれどこの人混みでは探すのは難しいだろう。
辺りを見回してみると、アルティミシアと同じくらいの見た目の子も参加しているようだ。
「これで、もしかしたら、友達が……なんて。……ボク、頑張ります」
そこから1、2キロ離れた所では、御剣 正宗(
jc1380)が瞳と同じく赤く燃える心情を滾らせていた。
(どうやらボクの実力を見せつける時が来たようだ……)
ゆるりとしたその金髪は、アルティミシアと同じくポニーテール。
中性的な顔立ち、体格の彼は、彼を知らない一般男性に問えば九割九分が「可愛い」と言う事だろう。
そう答えない残りは何かと言うと撃退士だったり天魔だったりだ。それはもう仕方ない。
パッと見た感じ、普通の服を着ていても女性に間違われる事も有るだろうが、彼女は男性である。
しかも今日は女装を怠っていない。グッジョブと親指を立てざるを得ない。
正宗には、今回二つの目的が有った。
一つに、大会でヴァニタスより良い成績を取り優勝を目指す事。
もう一つに、裏で勉強し続けた女子力を披露する事。
コスプレが趣味の彼は、このコンテストを全力で取り組み、楽しむ事も心に置いている。
翔も言っていたが、それでサキュバスも撃退出来るなら万々歳というヤツだ。
自身の女子力を胸に、彼女(彼)はいざ、コスプレ撮影会へと準備を進める。
……と、そこで二人に聞こえたのは愛嬌溢れる呼び掛けだ。
「みんな〜、応援よろしね〜」
二人がそちらを見ると、不破 十六夜(
jb6122)が駅前で精一杯の笑顔を振りまいている。
その笑顔と一生懸命な雰囲気に寄せられるものも多く、気付けば十六夜の周囲には人だかりが出来る程であった。
ある程度集まったのを見計らった十六夜は周囲を見回し、ふと目の前に立っていた青年を見つめニコリと微笑んだ。
可愛い表情に見つめられ、青年は少し頬を赤らめる。
と、不意にトトッと近寄り、十六夜はその青年に声を掛けた。
「ね、もしかして……何か悩んでる事無い?」
良かったら聞くよ。
その問いかけに、青年はキョトンとし、慌てて目の前の少女に答える。
「え……? あ、あぁ。良く解ったね。うーん……実はさ」
最近全然学校の成績上がらなくて……。
良く有りそうな勉学の悩みだ。
最も、会話の中で悩みの原因がそこ以外に在る事は、十六夜には簡単に予測出来た。
「それって勉強以外にも何か原因が有りそうだね。例えば……恋愛とか」
途端、青年が目に見えて身体を強張らせる。
つまりは、好きな子が出来た。
しかしその子の事を考える余り、勉強を疎かにしてしまっていた……と。
「両立は難しいけど、キミなら出来るよ! 大丈夫!」
など、当たり障りのない受け答えで青年は何かやる気に満ちてきたようだ。
「よしっ、これで頼れる女子のイメージ付けに成功だね」
他にもペットが逃げ出しただの、最近嫁が口を利いてくれないだの、そんなこんなで数十分。
「……ちょっと、女子力よりオカン力をアピールした気もするけど気のせいだよね?」
そうして、時間は老人を連れた雫と鈴音が来た現在に至る。
駅前で老人に別れを告げ、二人が見やるは何故か出来ている行列。
準備の為か正宗の姿は無かったが、途中、真っ赤な顔をしたままのアルティミシアと合流する形でその行列を眺める。
「人、凄いですね……」
アルティミシアの感嘆に、誰にともなく鈴音が言う。
「握手会……にしては列の進みが遅いよね」
列の最前の様子を見てみる。
小太りの中年男性が、十六夜に頭を垂れているのが見えた。
「実は私、会社で不倫相手から劣化版ローストポークってあだ名を付けられてまして……」
最早話の内容が見えて来ない。
「あの子は……何度か依頼で一緒になった子ですね」
つと、雫が十六夜の顔を見て反応する。
「確か同学年で……」
記憶を探すように十六夜の身体を見つめる。一瞬、十六夜と視線が合う。背中の傷跡が疼いた気がした。
天魔……傷跡、胸……。
「あの胸の大きさですか……敵ですね」
フイっと視線を外して踵を返す。
その金髪の姿に、十六夜もふと気付く。
「あれ? 今のもしかしてお姉ちゃん?」
視線が人混みの中を泳ぐ。
が、結局は雫の姿を見つけ出すには至らなかった。
「見間違い……って訳は無いよね……」
人混みの中を再度確認すれど、その人物は見当たらない。
「ボクと視線が合ったから気付いて無いって事は無いし……」
自身の顎に片手を当て、十六夜は思案した。
「どういう事?」
どうやら、姉妹が巡り合う事はまだ出来ないらしい。
●
時刻は昼から夕方にかけ。
正宗はショッピングセンターの屋上に居た。
握手会やサイン会を兼ねたコスプレ撮影会を開くなら、人が多く、専用の広さもあるここがこの町では最適だ。
どのような言動でも女性らしさを意識した正宗は、言われなければ男性と思っている者が居ない程だ。
それは撮影中にも同じ事。
美しい、と声も上がるが、それもいつも気に掛けている美意識の賜物であろう。
数種類用意し、時間置きに変えてくれる衣装のお陰で会場の客足も途絶えない。
時にはツーショットで写ったり、際どい角度のポージングもあったりしたが極力応えていく。
ここまでくればプロ意識だ。
そうして何十枚目かの写真を撮り終えた時、屋上に設置されている舞台用スポットライトが光を放った。
そこに躍り出たのは十六夜だ。
「応援よろしくー!」
輝く電光を肢体に纏い、勿論歌うのは得意とする曲。
派手な動きこそないものの、アイドルさながらの演出に観客も大いに沸いた。
観客の一人から正宗に声が掛かる。
正宗も元々は余裕が有ればリサイタルを行う予定だった。
目の前には女子力を大いにアピール出来る絶好のステージ。
かくして、飛び込みで出来上がったのは十六夜と正宗の美少女コンビだ。
曲の合間で十六夜がふわりと淡い光を放つ。
煌びやかな結晶が空を舞った。
十六夜と正宗を中心に、アルティミシアを、雫を、鈴音を包み込む。
少し肌が冷える気がしたが、文字通り納涼の祭りとなった一日限りのステージは、何故か他の参加者までもが賑わせる大舞台となった。
●
「聞いたよ。君達、全員優勝だってね」
後日、撃退士達は久遠ヶ原学園の中、澄凪翔の元へ集められた。
あの後、十六夜が駄目押しに開いた握手会は大盛況だった。
正宗もサイン会、握手会は屋上が満杯になった程だ。
鈴音は子供達にも大きな子供達にも大人気だったし、アルティミシアには恐らくコアなファン層が設立された事だろう。
アルティミシアにとっては、この町の住人に限りだが友達の繋がりも出来たかもしれない。
ステージが終わり次第、撃退士達の投票箱には各々溢れんばかりの紙が投入されており、もう数えきれない、と役所の人は嘆いていた。
「結局、サキュバスは何も言わず町から姿を消したそうだ。これで取り敢えずは一安心だろうね」
町の人からもお礼を言われてるよ。
ニコリと微笑んだ翔を見て、鈴音は投票後に思った事を再度思い出す。
やっぱり、勝っても負けても人の役に立つって気持ちいいよね!