●字面でドン
女性に声を掛けまくっている男性撃退士がいるらしい。
そんな話をRehni Nam(
ja5283)が聞いたのはいつ頃だったろうか。
何処でどう話が捻じ曲がってしまったのか、あらぬ疑いを掛けられてしまった彼の動向を探る為、後ろ髪を一つ結びに男性に扮したRehniは彼へ接近した。
結果。
物凄く希望に満ちた瞳で両肩を掴まれた。
地味に嫌なモノが出た。
話を伺っていく内、仁良井 叶伊(
ja0618)を含めてこの中の何人がそう思っただろうか。
それは勿論と言うべきか、当初に依頼を請け負った男性撃退士も同じくその様に思っていた。
名前の事を抜きにしても、対策を安直に考えると『囮として胸の豊かな女性を用意して誘き出す』。
そんな中現れたRehniと叶伊は、ともすれば男には天使、もしくは救世主の様に見えた事だろう。
改めて募った撃退士達を端から端まで見渡した時も、「後は任せた」と、太陽に照らされたかのような清々しい顔で言われた事が印象に残っているくらいだ。
もっとも。
「実は僕……本当は女なんだよ!」
とRehniが普段の格好に早代わりした際は彼も困惑を隠せていなかったし。
「ボク、男! 男!」
と撃退士達の間からひょこっと顔を出した犬乃 さんぽ(
ja1272)が名乗り出れば、困惑が混乱に変わっていくのが目に見えた。
念の為に言って置くが、さんぽは正真正銘の男性だ。
ただ、何と言うか……先の言葉にも滲み出ているが、金髪ポニーテールの女性顔、極めつけに細身体型に露出度の高いセーラー服という衣装が見事に発言の全てを打ち消してしまっている。
付き合いの無い男性撃退士からすればその言動の節々からも女性に見えてしまう事は仕方の無い事であり、まさか「じゃあちょっと触って確認……」という訳にもいかないので、微妙な笑顔で返してしまったのは許してあげて欲しい。
とにかく、無事に妖怪退治の面子が集まった事に男性撃退士が安堵したのには変わりない。
乳足りないという名前に依頼の全てを持っていかれそうではあるが、れっきとした天魔であることは証明済みだ。
(「乳足りない……変態……?」)
そうSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)が思う気持ちも解る。
巨乳に固執するそれは紛うことなき変態の姿。
しかし、それを求めて一体何になるというのか?
(「妖怪乳足りないって……何でも妖怪付ければ良いと思ってない?」)
天宮 葉月(
jb7258)の思う所も理解出来る。
やっつけ感は否めない。
だが、それも天魔に対する恐怖心を和らげる為の、一般人の命名だとすればどうだろうか。
無理が有りそうだ。どう考えても面白半分に命名されている。そうでないとも言い切れないが。
それでも数多の天魔を屠って来た一人のラファル A ユーティライネン(
jb4620)ならば、いくら相手がふざけた名前であろうとも油断が危機を招く事は想像出来る事だろう。
今回の面子を並び見れば、油断すらも余裕という言葉に変える事もまた容易、ではあるのだが。
また、依頼に参加した者達に女性が多かったのも男性撃退士に取っては有難い事だっただろう。
強いて言うなら少し物足りないと言うか、彼が予想していた作戦が実行出来るのが葉月くらいか、というところだったが。
「ボクに任せてよ!」
そんな中、前へと出たのがさんぽである。
何度も言うようだが、彼も男だ。
女性を囮にする事は少し躊躇いが有ったのだろう。
それに、さんぽの案は名乗り出るに相応しいものであったと言えよう。
彼女……ではなかった、彼の容姿ならではの術。
「そっちの方が似合ってるんじゃないのォ……?」
後ろを向いたさんぽは手をかざすと、クスリと笑う黒百合(
ja0422)に一度振り向く。
「……すっ、好きで女装するわけじゃないから」
そばかすの頬を赤らめ、光に包まれるさんぽを見ながら、伊座並 明日奈(
jb2281)は自分の胸に手を当てた。
(「乳足りない……お胸……ボクも欲しい……」)
●
街道に人影は見当たらない。
ただの田舎道には、寂しげに揺れる草花が願わくば人の手が入る事を拒むように生い茂っていた。
民家という民家は広大な風景画の一画に点在しているだけであり、何処か生暖かい風に運ばれてくるとすれば何かを燃やしたような焦げ臭さ。
葉月達はその道の真ん中を真っ直ぐに進む。
敵の出現は道から外れた草の中。
彼らの位置ならば、天魔が突然現れたとしても戦闘準備の猶予は充分に与えられるだろう。
ここからでは未だその姿を視認する事は叶わない。
草が邪魔をしているのか、道外れの畑が予想より深い位置に在るのか。
どちらにせよ、無闇に動く事は避けたいところだ。
やがて、彼らの進む道の両脇に生える草が、段々と高くなっている事に気付くだろう。
恐らくは、ここからが奴らの生息地帯。
特に目印らしい目印は無い。
強いて言うなら、この自分達の腰、或いは肩まで伸びきった草の道がその印、といったところだろうか。
人の歩く道を進むのは黒百合を含んだ七名。
黒百合も自身の姿を変える術を心得ている。
普段は小柄な彼女だが、今日の胸は一段と高い。
これも敵を誘き出す為とは言え、巨大な二山を周囲にすれば、見方によればモデルの集団とも間違われそうだ。
だが、そんなモデル達の一員である黒百合の顔は何処か憂鬱そうに溜息を吐く。
(「なんか珍しい敵ねェ……歯ごたえなさそうだけどォ……」)
索敵の合間に、ラファルはもう一回黒百合からの溜息を聞いた。
「熱でもあんのか?」
同じく変化の術で、こちらは男性に変装したラファルが黒百合に訊いた。
元々の性格と口調からかラファルも随分と似合っている。
名はラファ郎、といったところか。
「いいェ……まァ、さっさと捻りつぶしてやるわァ……」
その会話を飛翔した状態で真上から聞いていた明日奈がふと訊ねた。
勿論ディアボロへの警戒も怠らない。
上空から見下ろした先に何も見当たらなかった報告のついでに、彼らに話し掛けた。
「でも、この中で一番狙われ易いのって……天宮さんなのかなぁ?」
言われた葉月は少し悩み、改めて周りを見回す。
確かに、傍から見ても彼女のスタイルは良い。
だが、外見だけなら葉月にも負けない容姿がその場に二人揃っている。
それに、話では男性も多く襲われたと聞く。
それが事実なら、自分だけ狙われる恐れは少ない……筈だ。
「まァ、私達の今の胸は巨乳ではなくて虚乳(偽乳)だけどねェ……あァ、別に悲しくなんてないわよォ、無駄な乳なんて被弾面積や空気抵抗が上昇して役に立たないでしょォ?」
歩きながら、黒百合が明日奈へと返した。
これも戦闘狂ならではの考え方か。
と、叶伊が急に足を止め、草の一点を振り返って凝視した。
それに続いて、Rehniも叶伊の視線の先を見やる。
「やはり……そこですか」
その言葉に撃退士達は身構えた。
出て来るとするなら、奴らしか居ない。
街路灯の頼りない明かりをよそに、葉月は自身を中心としてその辺りを照らし出す。
唯一明日奈だけは、街路灯が朧げに点灯を始めるその更に上を飛翔し、草むらの中を見下ろした。
叶伊が聞いたのは、微かに草の擦れる音。
Rehniが感じたのは、そこに蠢く二つの生命。
そして明日奈が見下ろしたものは、草を倒しながら蛇行して接近する影の塊。
「皆、来るよっ」
言葉の終わる前にSpicaの身体を銀のヴェールが纏う。
紫の瞳が迎撃態勢に入る皆を通り越し、今やハッキリと近づく草の音の元に向けられた。
明日奈が言葉を終え、旋回して自陣へ舞い戻る。
その、直後。
草の根元からそいつらは這い出した。
地を這う動作のくせに割と素早く、水溜りが流れ出て来たかのように撃退士達の前で起き上がる。
青い宝石の名にはふさわしく、やすりで丹念に磨き上げられたような滑らかな肌。
水色と表現出来るには出来る色。だが、混じり合う暗い影はどうしても禍々しさを拭い切れていやしない。
確実な二本足はおぼつかない足取りで撃退士達へ歩を進める。
やがてそれは、倒れ込むような勢いを付けて攻撃の足取りとなり。
「お……ちち……くれ……」
刃を模した掌と共に接近。
その正面から、ミサイルが撃ち込まれた。
●
「わかってる? これはレフニーちゃんに対する挑戦だぜ」
後方に跳んで距離を取り、ミサイルを撃ち込んだ張本人のラファルが言う。
前衛の撃退士達の合間を掻い潜ったミサイル群は、正面から突っ込んだブルージュエル達に激突。
一瞬固まったRehniを尻目に、Spicaと黒百合は翼を顕現させ、同時に明日奈の滞空する真上へと上昇する。
「ボクだってお胸欲しいよ!」
彼女らが飛翔した事で舞い上がった風は、空に染まる黒いオーラの端をなびかせる。
さながら魔法少女のように瞳を閉じて空中で一回転した明日奈は、黒のオーラを纏いながら自身の武器を敵へ向けた。
猫の頭部にデフォルメされた悪魔の羽根。
「本気(マジ)狩るしちゃうぞッ☆」
少女チックに明日奈を彩るその杖を向け、オーラを振り払って一気にブルージュエルへ滑空する。
「キャット・サンダーストライク!」
形成された猫の手が未だ残る爆風の中へ押し込まれ、手前に居たジュエルがそれに飛ばされた。
入れ替わって地上からは、叶伊が斧槍から衝撃波を巻き起こして残る爆風ごとブルージュエルを追撃する。
叶伊の背後から天高く放られたのは、さんぽがアウルで創りだしたヨーヨー。
「待っていたよ、妖怪ちちたりない……くらえ、鋼鉄流星ヨーヨー★シャワー! 降り注げヨーヨー達!」
高められた力は空中で解放され、ブルージュエル達にのみ無数のヨーヨーとなって降り注ぐ。
回避も叶わずヨーヨーに身を撃たれたブルージュエルだが、ラファルが放ったミサイルの重力にも屈せずに一番近い位置に居た叶伊へ攻撃を仕掛けた。
明日奈の攻撃で怯むブルージュエルとは別に、叶伊と同じ射程を持ってもう一体が地面に手を突き刺すと掘り起こすようにして一直線に隆起させた。
これを跳躍して躱した叶伊は、隆起した土の上に乗るとその上を伝って一気に接近する。
それと同時に前方へ駆けた葉月もギリギリの間合いから野太刀を斬り払い、ジュエルの身体を斬り裂く。
序盤から一気に攻めに転じる事が出来た撃退士達。の、後方で盾を翳したRehniの姿。
挑戦ってどういう事だろう。
敵は胸の大きな人を狙うんじゃないのかな?
というかよくよく見れば自身のそれよりは相手の方が『有る』ように見えなくもない。
抉る気か?
確かにAだけど。
確かにAだけど!
勢いを付けて前方に跳躍したRehniの盾は、葉月の剣に仰け反ったジュエルの身体を強かに打ち付けた。
「お、心なしか効いてるっぽいぜ。流石レフニーちゃん、男装してるままなだけあるな」
「もう解いてます」
笑わない瞳で返すRehniの後方から、ラファルのバズーカがジュエルの一体に着弾。
その上空から、黒百合とSpicaの銃弾がそれぞれに追撃を喰らわせた。
「近接、ばっかり……いいカモ……」
動く標的に照準を合わせ、Spicaは淡々と呟く。
確かに、あの隆起の土もここまで伸びる事は無いだろう。
その真下で、一番近かったRehniに対して刃の手刀が突き出された。
もう一体のジュエル近くまで移動していたRehniの頬を刃が掠める。
軽微なダメージだ。しかし、麻痺を伴うならば油断は出来ない。
その間に割り込んだ叶伊は、雷の刃を形成すると横薙ぎに振り払った。
迸る電流が宝石の身体を駆け巡る。
目に見えた電撃の欠片は、ブルージュエルの体内を逆に侵食させた事を物語っていた。
猫の手で追撃を加えた明日奈の後ろで構えたのはさんぽ。
「お前達が2人なら、ボクだって……♂双忍♀ダブル☆ステルス! おいで、もう一人のボク」
さんぽの呼びかけに応え、地上に二人目のさんぽが映し出される。
いつもなら逆の性別が出でるのだが、今日はそのままの分身体がその場に並んだ。
攻撃を受けたRehniの元へ駆けた葉月は彼女の傷を瞬時に見て取り、癒しの光でRehniの傷を回復させる。
大丈夫だ、動けている。麻痺に陥ってはいない。
再びラファルの砲弾が手前のジュエルに飛来する。
すると、それを上空で見ていた二人は途端に行動を起こした。
「隙だらけだわァ……」
黒百合が仰いだ両手から劫火が二体のジュエルへ降り注ぐ。
Rehniに釣られてジュエルの移動した先が、二体同時に固まってしまったのだ。
「固まるの、狙ってくださいって……言ってるようなもの……」
そこへ、槍へと持ち替えたSpicaは三日月の刃を放ち、二体へ斬撃を浴びせかける。
続けて、包丁もとい刀を撫でながらRehniはゆるりと接近。
妖怪・乳置いてけとしては善き仲間と言いたいが……。
「残念ですが」
ディアボロと言う時点で殲滅確定だ。
その刃にあえなく終わりを迎えたジュエル、その奥のもう一体に向けて、さんぽは言い放つ。
「さぁニンジャの時間だ……影時シャドー★クロック!」
さんぽの姿がぶれる。
一瞬にしてジュエルの視界から消え失せた彼は、分身と共に死角から合わせて三回の挟撃を重ねた。
宝石の身体が斬り刻まれる時、さんぽはその断末魔を耳にする事であろう。
「おま、え……ちち……おや、を、くれ……」
●
「どういう事かしらァ……?」
僅か三分足らずの殲滅後、周囲索敵の後に黒百合は地面に降り立って訊ねた。
どうやら、潜んでいたのはあの二体だけだったようだ。
敵の言葉を繋げて聞くなら「おまえのちちおやをくれ」。
「お前の父親をくれ?」
野太刀で伏兵が居ないか探索していた葉月が考えを復唱する。
つまり、ディアボロが狙っていたのは女性ではなく、その時一緒に居た男性だったのだろうか。
だとすれば、男性側に被害が多いのも少しわかる。
胸の大きな女性というのも、共に居たのが男性であるならば……もしかしたら、単に巨乳ではなかった、と。
「私の子の父親になってくれ、とも推測出来ますね……」
Rehniは顎に手を当て、少し思考する。
狙われた中には胸の無い女性が含まれる事も考えられる。
これ以上の情報は、詳しく調べてみるなら判明するだろう。
だからといって余計な詮索をする必要も無いが。
これも、飽くまで予想の範囲で考えられる事である。
だが、これでこれ以上の被害は止められたと言って良いだろう。
あのディアボロ達が、一体何を求めていたのか。
それは、今や皆の想像に任せる他にないのかもしれない。