●肉と野菜と黒い馬
「焼けましたよー」
快晴の元、立ち昇る煙と共に逢見仙也(
jc1616)は受け皿を探す。
時折そよ風が吹いて気持ちが良い。
スーツを着込むミハイル・エッカート(
jb0544)も、一晩たっぷり漬け込んだようなワインレッドのネクタイをわざわざ外さずに済むというものだ。
「おー……って、仙也」
風上に移動しながらミハイルは仙也の紙皿に目をやる。
玉ねぎ、キャベツ、人参に南瓜。
「……野菜ばっかだな」
一応言っておくと、食べられない訳では無い。ミハイル自身も多少ではあるが用意して来ている。
だが、ミハイルは仙也の受け皿にズイッとトングを突き出す。
「……何です?」
「ピーマン」
お前だけは許さない。
知ってか知らずか……いや、仙也のことだから知ってはいそうだが。
まぁ、口にしなければ良いのだ。
「やだなぁ、食べさせたりはしませんよ。仮にミハイルさんの皿にピーマンが乗っていたとしても、それは僕のせいじゃありません」
などと、コテージを背に具材を網の上に乗せ続ける。
無論、これもただ虚しき男二人のバーベキューではない。
その周囲には、既に二人の周辺を中心に目を光らせている者達が居た。
「男を狙うサーバントですか、また物好きな敵もいたものですね」
コテージに身を隠す夜桜 奏音(
jc0588)もその一人。
仮面に素顔を隠す黒騎士、それを乗せる黒い馬。
ごつい鎧に身を包む騎士が男を掻っ攫う光景は、中々想像し難いかもしれない。したくない。
同じ場所に身を潜ませるRobin redbreast(
jb2203)はその馬、バイコーンという名を初めて聞いたらしく、しかしそう思わせるような様子には見え難い。
瞬きしなければ人工物とも思えそうな翡翠の瞳は、肉と野菜の交わる煙を纏う二人を見つめ、同じ個所を見る黒百合(
ja0422)は釣られに来る獲物を待ち侘びていた。
「今回はお馬さん退治ねェ……」
獲物と嬉遊するつもりか、妖しく笑う黒百合はRobinとも別の笑みを絶やす事は無い。
かと思えば、隣では歯ぎしりが聞こえて来そうなくらい歯を食い縛る雪室 チルル(
ja0220)の姿も見える。
(「うぎぎ……重体じゃなきゃあたいが一番乗りなのに……」)
傷の具合を鑑みればこの選択は致し方なき事。
いつもの如く真っ先に向かえば勿論ただでは済まないだろう。
「なあにが黒馬の王子様だ。黒馬といえば拳王さまだろう。これ常考」
一方でコテージ外にも、自身の光学迷彩により草むらと見事に同化したラファル A ユーティライネン(
jb4620)が待機していた。
意識していない者からすれば、草むらがぼやいている様に聞こえるかもしれない。
「ラル、今回の戦闘だけど……」
草と木の影に武者袴の身を隠し、同じく景色の中に潜行する不知火あけび(
jc1857)は男性二人から目を離さずにラファルへと話し掛ける。
それを言われて悟ったらしく、ラファルは相変わらずのぶっきらぼうだが自信を感じさせる言葉で返した。
「おーう。アレだろ? 任しとけって。あけびちゃんからぶっ放しちまいな」
画策する二人の気持ち。未だ奴らが出て来る空気は無い。
(「ぶち殺したら馬刺しにでもしましょうかァ」)
心躍らせる黒百合と共に、コテージ側も機会を待つ。
逸る気持ちを抑えるように、奏音は一言放った。
打ち倒す、その為にも。
「まずは囮役の方に敵をおびき寄せてもらいましょう」
●
その頃、広がる草原の中にミハイルの熱い自慢が轟いた。
「俺の彼女はまさに女神だ、天使だ、聖女だ、俺の太陽だ!!」
誘き出す為とは言え、間近で聞かされる仙也はどう反応すれば良いものか。
囮としての行動ならば「では僕も」と名乗り出るのが得策かもしれない。その続きを譲る相手が居ないのが惜しいが。
それ故か、ミハイルの彼女自慢も止まる事は無かった。
優しくて。
美人で。
可愛くて。
料理が上手くて。
素晴らしい彼女。
多分本人がこの場に居れば赤面待ったなしではないだろうか。
ここまで言われれば認めざるを得ない。
ミハイルの想い。そして純情な愛を。
すると、一陣の風が背の低い草々を波打たせた。
今までおおよそを生返事で返していた仙也が、背後の音に振り返った。
「ミハイルさん」
合っているようで何処か不釣り合いな蹄の音。
重なって聞こえる金属の擦れ合う音。
目の前に広がる湖からゆっくりと反転したミハイルは、それがあけび達のものでも、Robin達のものでも無い事は察しが付いた。
鼻息荒い二本角。対照に沈黙を守る堅固な黒の外套。
その黒の鎧は、草原を一気に駆け抜けるとミハイル一直線に突進。
だが、傍らで広げられた仙也の庇護に阻まれると、弾かれたように旋回して馬上の騎士が大剣を二人へ向けた。
「出たな、黒騎士。お前、中身は女だろう? 男じゃないよな?」
光纏に染まった銃を構え、前方を闊歩する黒騎士へミハイルは訊ねる。
が、相手も沈黙を破りはしない。
代わりに鎧の向こうの眼差しが、返答としてジッとミハイルに向けられた。
「倒して見てみろ、ってことですかね」
仙也の掌で電気が弾けた。
一呼吸、直後に文字通り電撃の影が飛び交う。
十メートル程の距離に在ったコテージからはRobinが飛び出し、黒騎士の目前と自身の足元にとぷんと影を落とすと、林の中より切り離されたラファルのワイヤーランチャーから放たれたクローアームが地を這ってバイコーンの足を狙う。
その中、ワイヤーに紛れて迫る雷光の紫が一瞬見えた。
加減が難しかったか、ワイヤーは上手く足には絡みつかなかったが、直接当たった馬の身体にアーム部分が掴み掛かった。
逆の側面をあけびの刀が一閃。
到達の間際に力を抜き、無駄を失くした剣閃がバイコーンを斬り裂き、アームから起こる振動と共に、黒馬の身体を鈍らせる。
ミハイルが電撃を放出すると、バイコーンはけたたましい鳴き声を上げてその場に崩れ落ちる。
同時に崩れた黒騎士へ仙也は間合いを詰め、物言わぬ兜に向けて言い放つ。
「すいません、お宅の馬に食材ダメにされたんですが?」
それは先程の庇護の翼を広げた時だ。
見れば確かに受け皿ごと地面に打ち捨てられている。いや、これに限って言えば何とか救えたとは思うのだが。
電撃を叩きこまれた黒騎士は同じく膝を突き、すかさず、バイコーンの顔面側へ回り込んだ奏音の掌底が落ちる馬面の下顎を捉えた。
叩きこまれた掌、放電。
瞬間にして視界を逆転させたバイコーンに向け、黒百合は槍を大旋回させると地面に突き立て、燃え盛る火炎の渦を解き放つ。
その後方では、今自分の動ける移動範囲のギリギリまで立ったチルルが氷結の和弓から矢を放ち、荒れ狂う炎を掻き分け砲撃となった氷の一閃を払った。
たまらず振るい落とされた黒騎士は、直後に妙な危機感を覚え、注意だけ払った。
その足元、黒騎士の影と混じり存在する一つの黒。
やはり、正解だった。その場に居続ける事がどれだけ危険であったか。
地に纏わりつく闇から、更に深い闇を纏って放たれたRobinの弾丸。
穿たれた鎧はそこに無感情の殺意を垣間見た。
影を伝って現れたRobinは命中した事を確認すると、再び影へと身を落とす。
そうして元の位置へと戻れば、今度はミハイルの自在花火が二体のみ目がけて撃ち込まれる。
景気の良い爆発音だ。派手に飛び散ってくれる。
だが、黒騎士とてそこまで呆けてはいない。
馬が駄目になったとしれば、自身の足で迫るのみだ。
この身体さえ動けば、の話だが。
先の駆け抜け様にあけびはすぐに反転、二体が動けぬ様子を見て取ると、バイコーンへ迫る中で相棒に目配せした。
「連携ならこっちも負けてないよ! ラル!」
一呼吸、その瞬間だけ吐息を零して地を蹴れば、向かう先の林からも金色の髪が空を切る。
火花裂き、蹴った土に音を残し。軌跡に散りしは紫の花弁。
水平に構えたあけびの軍刀が、彼女の身体ごと疾空一閃し、入れ違いに交錯するラファルの魔刃が、あけびとほぼ同時にバイコーンの身へと到達。
あけびが置き去りにした真空の風は斬撃の音と化してバイコーンの身を斬り刻み、刃と同時に送り込んだラファルのナノマシンが斬撃直後にバイコーンの内側を滅ぼしていく。
「将を射んと欲すれば」
「まず馬を射よ、ってね」
壮絶な嵐の後、静かに奏音は薙刀を向けた。
刃を煌めかせるは太陽の光。
太陽の陰にまた月光も有り。
降り注ぐ月光の欠片は、奏音の薙刀へと収束する。
そうして輝く薙刀に手を添えた奏音は、振り払った薙刀から月の力を解き放ち、バイコーンの前脚から直線を走らせた。
重ねて、チルルの氷砲が地を裂いてバイコーンの身体を撃ち抜き、ミハイルと黒百合、火花と劫火の祭りが二体を巻き込んで踊る。
あけびが羽断ちならぬ足断ちによって二度目となる脚への斬撃を受ける間、ラファルは光学迷彩を展開して潜行。
ようやくバイコーンが意識を取り戻せば、背で声が聞こえた。
「まだ、攻撃は終わりませんよ」
奏音が付きの光を解放する。バイコーンの、後ろ脚へ向けて。
前後の脚を失ったバイコーンは最早立ち上がる力も無く。
哀れにも自慢の二本角を見せつける事無く、最後に一鳴きだけすると、血だまりの中に伏せたまま痙攣を終わらせた。
同時に気絶をかましていた黒騎士。これは一度目の月の光。
混じって放たれたRobinの電撃に、黒騎士は再び意識を落とした。
仙也が湧き起こす号令、噴出する水のような力で周囲及び自身の魔力を高めた横で、チルルの放った氷砲がバイコーン目がけて駆けていった。
最後の月光がバイコーンを絶命させると、光を飲み込みながら黒騎士へ放たれたのは、Robinによる闇の弾丸だった。
それによって黒騎士の鎧が後方にぐらつけば、その方向からミハイルの花火と共に黒百合が飛び掛かり、肉体操作した牙を鎧に立てる。
Robinが狙った箇所もそうだったが、この鎧、決して継ぎ目が無い訳でも無ければ、隙間も有る。
そこへ黒百合は牙から毒を流し込み、鎧を足蹴りにして飛び退く。
さて、彼女の毒には幻覚物質が含まれている訳だが、無抵抗な様子を見る限りきっと黒騎士もこれに侵された事だろう。
騎士の視る夢は絶望か快楽か。
この場に敵対する者達が皆、美男の王子にでも見えたろうか。
答えは聞いちゃいない。
仙也が舞い上がらせた砂塵によって身を固めさせられると、いよいよ眼前へ迫ったチルルの両手から形成されるは氷の剣。
「っけえぇぇ!!」
天高く突き上げられた氷剣が内包しきれぬ冷気を放ちながら、黒騎士の身へ振り下ろされる。
鉄球にも似た、それ以上の衝撃が兜から垂直に走り、散った氷の礫を纏ってミハイルの銃弾が撃ち込まれる。
その銃弾から電撃が発せられたように見えたが、これはRobinの放出したものだ。
銃弾、電撃、加えて連撃にあけびの雷遁が黒騎士を襲う。
こうした攻撃の数々から生まれた数ある死角。その内の一つに彼女は潜む。
描かれた星は五芒星。
ラファルが動くと同時に、その星が乱れた。瞬間。
銅鑼を砲撃したような音が、辺り一面に広がった。
その姿誰一人見る事叶わず。
黒騎士の堕ちたその背後に、ラファルは悠然と降り立ったのだった。
●
「やー、良かったぜ。ナイスあけびちゃん」
「ラルこそ! 決まって良かったよ」
戦闘後に、ラファルは早速あけびに対して好評を述べた。
敵の動きを封じたタイミングで放てたというのも、技の成功率をあげたかもしれない。
仙也が自分の傷を癒す中、ミハイルは黒騎士へと屈む。
「ミハイル、何してるの?」
Robinがそちらを見れば、彼は兜に手を掛け、力を込めているようだ。
「こいつの……! 取れん……! 素顔を拝んでやろうとな」
最初にも質問したが、黒騎士が女かどうか確認する為だ。
誤解はしないで欲しい。他の女に興味が有る訳では無く、そっちのケに狙われていなかったという安心感が欲しいだけなのだ。
「あたいも手伝うわ!」
そう言って、チルルも兜の出っ張りを掴んだ。
「固ってぇな。ラファル、そっち持っててくれ」
頷くラファルが黒騎士の身体を押さえつける。
先に首が取れそうだ。
すると、まるで蕪が抜けたように勢い良く黒騎士の兜が外れた。
「あら……」
先に声を出したのは奏音。本気かどうか、馬刺しに使えるか話し合う黒百合と仙也も何事かとそちらを振り向く。
覗き込んだ面々がどう声を掛けてやるか悩む中、Robinはおっとりとした口調で口を開いた。
「ミハイル、これ」
「よし」
Robinの声に食い気味に、ミハイルは黒騎士へ踵を返してサングラスを押し上げる。
「よし……俺達は何も見なかった、良いな」
有無を言わせぬ彼に、あけびはやっと声を掛ける事が出来た
「バーベキュー……続きする?」
「する」
戦いのせいか時々コンロが上手く機能しない分は、仙也のトーチで炙り焼きに。
この時を見越して買った肉が、油をしたたらせて口へ運ばれるのを待っている。
光沢と網目の付いた厚めの肉をタレに染みこませ、鉄串に通した肉野菜もその頃には鮮やかさに少しだけの焦げ目を付けていた。
「肉焼けたよー」
「待てあけび、それは俺が育てた肉だ!」
ミハイルとあけびの間で静かにゴングが鳴る。
「まだ残ってんだからそう焦んなって」
「賑やかねェ……」
鉄串を頬張るラファルと、それを鑑賞する黒百合。今、酒缶が零れたのは取り合う二人の身体がチルルの頭上を掠めて台に当たったからだろう。
「そう言えばァ……結局見られたのかしらねェ」
先程離れていた黒百合は、黒騎士がどうなったのかを確認しないままに終わった事を思い出す。
「あぁ、それでしたら」
仙也は語る。
焼け爛れたような皮膚。目も口も開付いているか定かではなく、兜一杯に収まりきらない程肥大化した顔。
最早人の形としての原型を留めてはいない。一様に抱いた感想は。
「まぁ女……には見えませんでしたね」
化物……。
プリンを手に取るミハイルはその光景を思い出した。
女なら良かった。男だったほうがマシだったかもしれない。
ミハイルは、今更ながらに最初に向けられたゾッとするような眼差しも思い出すと共に、パンドラの箱を覗いたような気がした。
(「化物にも好かれちまったか……?」)
そう思いながら、デザートのプリンを一口。
もしかしたら、新たな境界線に臨んでしまったのかもしれない。