●三つ子沼の真実を
各所に現れた三つの沼地。
各々が繋がっているのか、はたまた瞬間移動か。
そもそも噂が先か存在が先か。
思う部分は絶えないが、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)に限って言えば。
「帰って来ない若い子に、女の子がいるか……そこが非常に重要だね」
となる。因みにいる。
これが彼の動力源となるのかは定かでは無いが、その犠牲者も噂も今日が最後となるかもしれない。
森の出入り口、つまり『右手』の部位へと集ったのは七名。
実際に行ってみると、異様なのが良く分かる。
天気は快晴、その一帯は直前に雨が降った形跡も無い。
だが、妙に湿気臭いというか、微かなのに何処からか確実に漂う異臭のせいで不快だ。
「ここらに出るって話だが」
言いつつ、ミハイル・エッカート(
jb0544)が辺りを見回す。
異臭のせいで頭が重くなるかもしれない。
龍崎海(
ja0565)が事前に情報を入手したところ、森の出入り口、そして墓地周辺に関しては、特に足場に気を使うこともないようだ。
それに、竜胆は付け加えるように言う。
「沼地の大きさは目算五メートル。三種類それぞれで誤差は有るみたいだけど、おおよそそれくらいだって」
ディアボロの生息するこの沼。実は『沼』であると実際に確認したものではなく、見た目から判断されたもののようだ。
それもその筈。沼とディアボロは同時に確認されており、深さを計測しようものなら犠牲を覚悟しなければならなかった。
良く思い描くような沼は、もっと広範囲を占めているかもしれない。
余談だが、三ヶ所以外にも森の中には前から知られている検証済の沼地は存在する。
そこに今回のディアボロが出ることは無いようだが。
「そうそう、墓地はそんなに広くないみたいだね。道路の脇とか、たまにお墓が固まって並んでる事があるだろう? あの程度だって」
探索を続けながら竜胆は言う。
「へぇ、訊いて来たのかい?」
労うように狩野 峰雪(
ja0345)が言ったことに、竜胆はさも当然に答えた。
「や、壊したりとか拙いし、事前に分かる事は知っておきたいじゃない?」
言ってしまえば墓地自体の幅は十五メートルにも満たない。
また、この森から続く坂道を下った先に繋がっており、雑草などは伸び放題ではあるものの、こちらも撃退士達にとって戦闘が困難な場所ではないようだ。
万が一戦闘場所を移す事になる場合、この情報は貴重だと言えよう。
沼の発見は思いの他早かった。
臭いの元を辿れば、出入口付近の脇道に小さな窪地が在り、その中で茶黒の泥が蠢いている。
普通に通るだけでは気付かれない。だが、探せば早い。
柚島栄斗(
jb6565)、海、ミハイルは発見と同時にそれぞれ阻霊符を展開させる。
もし増援に透過を使っているのなら、これで封じられた筈だ。
「まぁ、他所の仲間を呼んだとしても、総数が増えないだけマシだな」
合体してデカくもならないみてぇだし。
そう言いながら白銀の槍を構え、向坂 玲治(
ja6214)は窪地へと跳び降りた。
先に到着した玲治が近くに落ちた木の枝を差し込んでみたところ、足場はぶよぶよとして柔らかい。
硬さは残っているが、それもある一定の地を過ぎると、急に根元まで突き刺さった。
恐らくはそこが沼地の沿岸部分。
一メートル弱はある小枝がすっぽりと入り、身を隠すくらいには深いようだ。
待ち構える沼地に、玲治に続いて浪風 悠人(
ja3452)、四人も一斉に跳ぶ。
沼が、膨れ上がった。
それ以外に状態を表す言葉は無い。
中心を沸騰させたように隆起させた沼が、枯れ木と異臭を落としながら右手の形を模っていく。
皆、アウルを解放させたと同時。
遠く離れた場所で、銃音が響き渡った。
●
「フン……」
二発目の銃弾を撃ち込んだところで、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は鼻を鳴らした。
不可視の闇の矢は確かに泥の顔へと命中している。
効いていない訳では無い。が、効果が薄い。
何より、撃ち込んだ後に沼が倍以上に広がっている。
美しい金髪にはもう何カ所か泥の跡が目立ち、持久戦になれば状況不利にはなるだろう。
新たに湧いた沼から左手が姿を現す。
短期決戦の集中攻撃としたかったが、一対二では難しいかもしれない。
逆に、この場に二体集まって来たとなればまとめて排除する作戦には出来そうだ。
墓石の隣に着地したエカテリーナは再び銃を構え、そしてすぐに身を反らす。
直後、真横の墓石に泥の塊が直撃し、抵抗少なく墓が崩れ落ちた。
一方で、右手へ峰雪の腐敗の矢が命中したと同時に近接隊が一気に距離を詰める。
合間を一直線に縫って現れたのはミハイルの破魔の弾丸。
右手へ着弾したと同時に、悠人の形成したアウルの植物が泥の右手を絡み取る。
動きの制限された右手に、竜胆は咲散る爆炎を起こし、栄斗の弾丸が爆炎の中の右手へ吸い込まれる。
「取りあえず泥団子に当たらないようにしてっと」
充分に相手との間合いを測る栄斗は後方に、そこまでの距離に届かないことを判断したのか、右手は手元の沼を一すくいすると、悠人を対象に反撃のマッドボールを撃ち込んだ。
泥臭い。いや、沼臭い。
束縛により思う様に力が入らなかったのか、右手の攻撃が軽微なダメージで済んだ悠人は、きっと一番にそんな感想を抱く。
その前方で、海と玲治が槍の波状攻撃を繰り出す。
一閃、海の槍が突き刺さると同時に身体ごと横薙ぎに斬り払い、続けて玲治が刃先を前に突進を仕掛ける。
ズン……と確かに右手に深々と槍が突き刺さった。が、身体は沼地ごと吹き飛ばされる。
どうやら、このディアボロは沼の外側に追い出すことは出来ないようだ。
顔、左手も同じ結果になるだろう。
着地した玲治の側面から、峰雪が和弓より放った蛇の幻影が泥の右手へ喰らいつき、牙を立てた箇所を黒に染める。
続けて悠人とミハイルが前後で交錯して素早く入れ替わり、射程を伸ばした悠人が大剣の一撃を、ミハイルは近づくと沼の地面ギリギリに片手を押し出し、泥右手の周囲に土棘を突き出す。
目標は沼底。手応えは……。
「(ハッキリとは無し……か。微妙だな)」
隆起した土の棘は、沼の表面から右手を突き刺す。
だが、それで沼底を見極めるには手段が足りないようだ。
直後、沼の周囲から砂塵が巻き起こった。
一緒に沼も砂塵に巻き込まれ石化が広がる。それも塵へと分解され、右手を固めるための礫となっていく。
「ちょっと物理に強くなっちゃうけど……ま、その分は責任持って魔法で叩きましょ」
逃げの手を失った右手に、茶色の瞳が照準を合わせる。
「当て易くなって助かります」
栄斗の銃弾が撃ち込まれれば、海の槍が石化の右手に傷を与え、間合いから充分な勢いを付けた玲治の槍が叩きつけられた。
ひび割れる右手に峰雪は再び腐敗の弾を、指の関節部分へと向かって撃つ。
景気の良い音が響くが、壊すにはもう一押し、といったところか。
間髪入れずに先の宣言通り、竜胆は護符の陣を展開させると、生み出した雷刃を右手へ向けた。
激しく光る雷光が一瞬強く弾け、次の瞬間には右手の中心を穿つ。
石が零れ堕ちた。
それは自らの意思で解除した訳ではない。
生命の停止。
煙を上げ、沼の中に崩れ落ちた右手は、もう現れる事はなかった。
迅速に右手を撃退したのは喜ばしいが、一つ、疑問が浮かぶ。
束縛、石化と右手が逃げなかったのは分かる。
だが、他の部位は何故来なかったのか。
状況不利と見て集まる事を恐れたか。もしくは……。
「まだ戦闘中……?」
悠人がポツリと呟いた言葉に、他の皆も納得する。
その悠人へ応急手当を施す海が言う。
「なら、残るは墓地か湿地か」
探すなら湿地より墓地の方が早い。
撃退士達が一斉に駆け出した。
竜胆の事前情報も有り、墓地の特定から道程まで時間が掛かる事は無かった。
「こっちだね」
その後を追って彼らは坂を下る。
やけに急勾配だ。下りで良かった。
そう思う坂の半ばで、ミハイルを含めて皆が音に気付いた。
「銃声だ」
間違いは無い。何度もこの耳で聞いた事が有る音だ。
決してクラッカーの音でも無ければ、風船が破裂した音でも無い。
「生きたまま沈むことは許さん。ここは今から貴様の墓場となった。天魔として生まれた不幸な自分を呪いながら、無惨に散れ!」
エカテリーナの銃口から無数の刃が飛来する。
顔と左手、その両方を切り刻むが、反撃に左手が沼ごと移動し、エカテリーナを殴りつける。
活性したスキルは今ので打ち止め……顔本体も口の中で泥の塊を形成し、頬を膨らませた、その時。
「見つけたよ。そこまでにして貰おうか」
峰雪の銃弾が泥の顔を貫通した。
次いで、ミハイル、悠人、竜胆が左手とエカテリーナの間に立ち塞がる。
「間に合ったみたいですね、良かった」
栄斗もその間に入り、青の銃を左手へ向ける。
と、左手が大振りの構えを取っているのに気付き、狙われているのが自分だと知ると三人と余裕を持って散開する。
その内、後方では無く前方に跳んだ者が二人居た。
悠人は大剣で左手を上段から、ミハイルは道中入れ替えたスキルで盾をアサルトライフルへ形状を変えるとバットのように振りかぶる。
「手出しできないまま沼に沈め!」
銃身を持って左手の上部へフルスイング。
弾け飛ぶ泥の手は怯み切ったか攻撃に移れず、顔と左手が範囲に収まっているのを確認し、竜胆は右手と同じく、沼地の中に爆発を落とした。
「キミら泥臭いから、火花で飾ってあげるよ」
これを笑いながら言う辺りに恐怖を感じる。
当初の予定より少々ずれたが、この場に二体とも集まったのは好都合だ。
落ちた火花は反撃の狼煙。
怯む左手に玲治が極大の衝撃を打ちつける。
直線に並んだディアボロ達を目標に、側面へ移動した海はアウルによる聖なる槍を形成し、空を切って二体同時に投擲する。
同時に逆方向からもエカテリーナが銃弾を撃ち込み、顔が発射した泥の塊は明後日の方向へ飛んでいった。
既にエカテリーナとの戦闘によって少なからず疲弊していたのだろう、動きを鈍らせている左手の指関節部に峰雪は銃弾を撃ち込む。
中指第二関節、その半分ほどが削ぎ落され、ズルリと沼の中へ落ち込んだ。
その周囲からまたもや砂塵が舞い上がる。今度はミハイルのものだ。
手出し出来ないまま。まさにその通りになるかのように淀んだ氣と砂塵が沼と左手全体を石に仕立て上げて行く。
その隙を突いて悠人の白銀の大剣が鈍く光った。
左手へ接近、しかし、そこへ顔が狙いを定めていることに気付く。
「そのまま突っ込んで」
聞こえた声を信じて悠人が左手へ跳ぶと、竜胆が泥の顔面へ雷撃を飛ばした。
左手へ一閃、大剣が左手へ傷を作る。
「助かる!」
「お気遣いなく」
その頭上をエカテリーナの銃弾が一気に撃ち込まれ、銃弾の後に玲治はまだ堅い部分の地面を蹴った。
上段、真上、光輝く血塗られた白銀の槍。
勢いの付けられた槍の一撃は石化の身体でも受け止める事が出来ず、叩きつけられた瞬間に爆発する様に破裂。
沼に崩れ落ちる左手。残るは、顔のみ。
残されたから沼に潜り込むという事も無く、むしろ逃げられぬ事を悟ったように、口から泥の塊を射出する。
それは攻撃直後の玲治を掠めた。
直撃ではない分ダメージは軽い。
そして、当たった事で泥の飛沫が辺りに飛び散った。
「チッ……」
近くで舌打ちが聞こえたのに気付き、ミハイルはそちらを向く。栄斗だ。
「ザってーんだよ泥人形がァ!」
突然の豹変に空気が熱くなった。
これでも思考は冷静、冷酷なのだが、こうも突然だと周囲からすれば前者は気付けないかもしれない。
二丁拳銃から狂ったように銃弾が撃たれる。
泥を撒き散らしながら踊り狂う泥の顔を海が一突き、栄斗の銃弾とは別に、峰雪は頭部の口へ銃弾を穿つ。
押せど止まぬ撃退士達の攻撃の最中、頭部用にスキルを入れ替えたミハイルは、先程峰雪も狙った頭部の口へと光の波動を撃ち放った。
ぐちゃぐちゃになった泥の顔面は薄く穴が空いている。一時的に攻撃を潰せたかもしれない。
その攻撃の手段を失った頭部へ、悠人は駆けた。
沼は広がる。頭部はその中。
だが、攻撃の為に沼の端へ寄っていたのは失敗だった。
握り締めた大剣が泥の頭部を薙ぎ払う。
泥が波打つ。一瞬、向こうの景色が細く見える。
二分された頭部は、引っ付く事無く、沼の中へ消え去った。
●
「これで終わりか……ったく、思いのほか泥だらけになっちまった」
辟易しながら、玲治は纏わりついた泥を出来るだけ払った。
あれだけ近接を仕掛けたのだ。無理も無い。
臭い以外は勲章としても良いかもしれない。
海が負傷者を手当する中、気になるのはやはり沼。
この中に行方不明者が引き摺り込まれたのか。中がどのようになっているのか。
深さが一メートル以上は有る事は、最初に玲治も確認している。
それでも、一応は行方不明者の捜索はしておきたい。
といっても、わざわざ……と言うか、むざむざ沼の中に嵌ってやる事も無い。
「……そう言えば長いのあったな」
竜胆が懐に手を入れ、それは丁度良い、と皆も期待したところ、彼が取り出したのはヒヒイロカネ。からの蜻蛉切。
それに魔具を使うのか……とは思ったが、竜胆が気にしていないなら大丈夫だろう。
だが、長さ六メートルもあるその槍は、殆ど根元まで入ってしまった。
それどころか、まだ底が見えそうにもなく、これ以上は武器を失くしかねないので竜胆は蜻蛉切を引き上げる。
「ぐおぉ……!」
傍ではミハイルが左手の残骸を引き上げようと試みているが、こちらは途中で千切れてしまった。
彼の声を聞くに、それなりに重量も有る様だ。
もしくは、泥のせいで負荷が掛かっているのかもしれない。
気になったのは、石化が沼にも影響していたという事だ。
ここから、ミハイルは自分の仮説の一つを確信へ近付けた。
一言で言ってしまえば、沼自体がディアボロである事。
今、沼が活動を停止させているのは、恐らく両手含む本体が核となっていたからだろう。
更に言えば、この三体のディアボロは蟻の巣のように地下で繋がっているのではないだろうか。
それは深さが見えない事からもうかがえる。
ともかく、活動を停止させたならこのまま放って置くのが吉だと思えた。
あとは乾燥し、元の地に戻るだけだろう。
行方不明者が何処まで引き摺り込まれたかは分からない。
彼らの冥福を祈り、沼地を一瞥する。
どうか、安らかに。