●隠し切れない思惑
「……で、どう思う」
数ある岩の影に身を屈め、向坂 玲治(
ja6214)は後ろ三人に改めてそう訊いた。
影になっている場所が多いせいか、ジメッとした空気がこの一帯の足元から立ち昇っている。
「怪し過ぎるだろう」
場所を同じくする不知火藤忠(
jc2194)が答えた。
本当に調査だけで済ませる気なら他の場所でも出来る筈だ。
わざわざ、天魔の居る所に……まるで誘い出したかのように思える。
その疑問はSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)も同じく思っていたようで、口にこそ出さないものの頷いて藤忠の意見に肯定を示した。
(「依頼内容、曖昧すぎる……。何か裏が……?」)
有るとすれば、それは男、パフェの言った『調査』とやらが関わっている事に違いない。
「先に退治してしまう事で、何か不都合が有るのでしょうか」
北班と行動を共にする樒 和紗(
jb6970)が質問を唱える。
それに藤忠は未だ静かな岩の間で静かに呟いた。
例えば。
「女性が天魔に殺されるのを待っている……とかな」
「有り得ない話じゃ無いと思うわ」
同時刻、北グループの四人と少しの距離を空け、南側にて偵察を続ける蓮城 真緋呂(
jb6120)はそう述べた。
「つまり、俺達の護衛も囮……ってか?」
新谷 哲(
jb8060)が訊くと、真緋呂は頷いて答えた。
「漁夫の利……を狙っているのかはともかく、アクシデントのどさくさに紛れて何か企んでいるんじゃないかしら」
その辺の細かい話は気にしないタイプなのか、哲は鼻だけ鳴らすと早くに魔具を取り出す。
「ま、俺はとにかく女性に危害が及ばないようにすりゃ良いって訳だろ?」
間違いでは無い。
極論、女性が無事なら何も問題は無い。
彼と同じく、黒百合(
ja0422)も漆黒の巨槍を片手に長い黒髪を揺らめかせる。
「そうねェ……まずは目の前の問題を叩き潰して安全確保としましょうかァ」
保護対象の彼女がやって来るのは、こちら側からだ。
早くに接触したいが、下手に接触しても本来の目的を達成し難くなる。
複雑な心境と言っても良いだろう。
何にせよ、妖狐というはっきりした敵を始末する事が、当面の目的にはなりそうだ。
その為に探索を続ける南側の元に、黒羽 拓海(
jb7256)が合流した。
「妖狐はまだ確認出来ていない……が、隠れられそうな場所は幾つか見つけた」
言いつつ、拓海は視線でその場所を指し示す。
人間一人なら優に身を隠せそうな岩。
「それと……」
拓海が今度は逆方向に目を向ける。
皆が見上げた先に、もう一つの情報は有った。
「あの崖……」
「はい、上に登れそうですね」
藤忠と和紗がその情報を見上げた。
積み重なった岩、切り崩された足場。
撃退士で無くとも、身体能力に長けているか、或いは訓練を積んだ者なら頂上まで難なく行けるだろう。
そして、もしあの男がここに居て、地上では視界の悪いこの場所を調査するのであれば一度に見渡せる場所が望ましい。
そこを中心に目を凝らした和紗は、その崖上にこちらを見下ろす丸い二つの物体が目に入った。
「……やはり。見つけました、確認に移ります」
頷いた藤忠は一旦呼吸を正して覚醒させた脳内で再び妖狐を探り、和紗は気配と足音を忍ばせ崖下へと寄る。
その途中、ふと岩陰の向こう側から来る女性の姿を見た。
「来たわねェ……」
南側で黒百合もその姿を確認する。
女性、氷室綾香は、崖道に入る直前で真緋呂に声を掛けられた。
「こんにちは」
穏やかな微笑で話し掛けられ、綾香は驚きはするものの会釈して返す。
真緋呂は後ろを向き、歩み寄る三人を横目で見ながら説明を始めた。
拓海はやや離れた位置に居たが。どうも、他曰く隠し事というのが下手らしい。
「ごめんなさい、今……」
その時。
皆が携帯している無線機からノイズ混じりの音が走った。
『遭遇した、交戦に入る!』
●
連絡は簡潔に、迅速に行われた。
北組の見上げた、その正面の岩の上に堂々たる姿で二股の狐が見下ろしている。
「そこに居たか……!」
妖狐の姿を最初に視認した藤忠がそいつを見上げた。
スキルによる索敵では無かった為か、かなり接近を許してしまった。
それでも強襲とならなかったのは警戒したお陰か。
飛び降りた妖狐にSpicaが急接近する。
Spicaの身に迫る妖狐の牙、が、翼の加護に吸い寄せられる。
牙の攻撃を引き受けた玲治。その隙だらけとなった妖狐の側面にSpicaは雷神を模した一撃を叩きつけた。
一歩、二歩、下がって日の元に妖狐が照らされた時、足元に出来た影から玲治が発生させた無数の黒い手が伸び、妖狐を捕えていく。
「逃がさねぇよ」
妖狐は目前の玲治とSpicaに牙を向ける。
しかし、獣はもう一つの存在を忘れていた。
否、認識が甘かった、という方が正しいか。
Spicaとは逆の側面より、不意に炎弾の塊が撃ち込まれた。
「悪いが一応忍生まれなんでな」
驚き見回す妖狐だが、声は聞こえど姿は見えず。
藤忠がまた岩陰から岩陰へ身を移す。直後に玲治の鋼鉄の一撃が妖狐へ振り下ろされた。
「始まったか」
遠くの騒音を聞き、拓海が呟く。
未だ状況を理解出来ない綾香は撃退士達を交互に見ていた。
「え、あの」
「サーバント出現の依頼が有って、今退治中なの。大丈夫。すぐに終わるから貴女はそこに居て」
ゆっくりと真緋呂は女性を落ち着けさせ、共に安全な場所へと移動する。
離れた場所での戦闘音を耳にしたのか、綾香は恐る恐る真緋呂へ尋ねた。
「あ……と……あそこで戦ってるなら大丈夫じゃないでしょうか? えぇと、私、守られる必要が……?」
「念の為に、ね」
と、離れる真緋呂とは別の三人が、何かが駆ける音を聞く。
「……正面!」
哲の言葉に皆が一斉に身構える。
一瞬の後、正面の大岩を透過した妖狐が撃退士達へ突進して来た。
目測を誤ったか、そのまま反対側の岩辺りまで突っ込んだ妖狐は、土煙と共に撃退士達へゆっくりと振り向く。
北側の妖狐よりは一回りくらい小さいだろうその体躯だが、敵意と殺意は変わらぬものを見せていた。
『南、こちらも遭遇。迅速に片をつける』
無線機へそう飛ばした拓海の身体がゆらりと揺れる。
無駄の無い動作で一気に妖狐の目の前まで踏み込むと、紫炎残る斬撃が妖狐の身体を一閃した。
黒百合も漆黒の槍を手元で振り払うと、ひとっ跳びで間合いを詰めて刺突を繰り出す。
「戦いになりゃいよいよ俺の出番って訳だ! あいつの動きはバッチリ抑え込んでやらぁな!」
追撃を重ね、前衛と交差するように後ろへ跳び、ライフルへ持ち替えた哲の銃弾も妖狐へ撃ち込まれた。
その光景を、両面ともから離れた位置で見下ろす視線が有った。
まず交戦に入った北、そして現れた女性へと、拡大された視界で確認しながらその視線は呟いた。
「お、早速現れやがったな……よし、良いぞ……ん!? あれが目標か……よしよし、そのままそう……あー! 惜しい!」
俯せになったまま地面を拳で叩く。
その背後で、崩れた崖を足場にして、アウルによる擬態を施した和紗が覗き込む。
男の手元には長い銃器。
(「あれはライフル?」)
『女性の調査』というだけの依頼にはあまり似つかわしくない武器だ。
だが、天魔の居る場所に赴く……となれば、まだ何とでも言えそうだ。
「実行犯で確保しなければ、護身用などと誤魔化しそうですね……」
機会が訪れるのは一度切りだろう。
その時を待ち、和紗はジッと忍ぶ。
アウルの刃が飛来する。
抜刀後、すぐに移動する藤忠と入れ替わりにSpicaが着地する。
そこへ噛みつく筈の妖狐の牙は、玲治の堅牢な盾の前に虚しく阻まれた。
そのまま再接近し、Spicaは再び雷を纏った、巨大な槌かとも見間違うような攻撃で打ち抜く。
その一撃でついに意識を失った妖狐に絶え間なく攻撃が加えられる。
まさに、的であった。
大きく振りかぶられた玲治の一撃、藤忠がアウルの刃で斬り刻めば、Spicaが紫炎の一振りを放つ。
「報告通り……。何も、できないまま……ただひたすらに、死ぬがよい……」
再び取り戻した意識の隅に、水平に刀を構えた藤忠の姿がようやく映った。
舞い上がる砂塵が妖狐の身体を覆っていく。
妖狐の尻尾に炎が灯ろうとした、その時であった。
「どうやらお前達も利用されたようだ」
動けぬ身体となった妖狐へ、玲治は白銀の槍を振りかぶった。
「だからって、手加減はしないけどな」
妖狐の身体にヒビが入る。
「消してあげる……」
続くSpicaの三撃目。
妖狐へと迫りながら自身の内に眠る「書庫」へ接続、神々しく輝いたかと思うと、すれ違い様に一閃させた。
ゆっくり、妖狐の身体が二分に別れ落ちる寸前に、Spicaは槍を振り払った。
北より少し遅れて交戦に入った南側では、やはり多少の手間は掛かっているようだ。
というのも、綾香が居る分、立ち位置には成るべく配慮しなければいけない、というのがあるのかもしれない。
それでも、真緋呂という直接的な護衛人が傍に居る事で、戦い易さは格段に違っただろう。
拓海の刃が妖狐をまた紫炎一閃、反撃に噛みついた妖狐の牙を、黒百合の腕が受け止めた。
隙を見て哲が気を集中させ、その間にも拓海が剣を横凪ぎに払い、黒百合は瞬時に召喚させたヒリュウを妖狐の背後から攻撃させる。
反転した妖狐が背後の正体へと向き直る。
が、そのまま再度撃退士達を見たかと思えば、四足を踏み尾を立てて威嚇。
その尾に紫の炎が灯り出すのを見て、拓海は迷いなく踏み込み、蒼雷の一閃を叩き込んだ。
もんどりを打つ程仰け反った妖狐の脚部へ、気を宿した哲の銃弾が撃ち込まれる。
「今だ!」
哲が言い終わらぬ内に黒百合が妖狐の正面に跳び。
「残念だったわねェ……」
漆黒の槍がその身体を見事に貫いた。
●
『そっちはどうだ』
『終わった。殲滅完了、だ』
無線機を通じて玲治と拓海が言葉を交わし合う。
拓海達の後ろでは、綾香が深々と頭を下げていた。
「有難う御座いました……まさか、こっちにも居るとは」
「いえ、無事で何よりよ。じゃあ、私達はこのまま周辺調査に移るけど……気を付けてね」
真緋呂がそう言って見送ると、綾香はまた頭を軽く下げて岩の道を進みだす。
「さて、と」
行ってしまったのを確認して、真緋呂は三人と目を合わせ頷き合う。
同じタイミングで北側の三人も言葉無く合意の合図を互いに送り、真緋呂はアウルによる光の屈折を、玲治はアウルによる塗装の擬態を施し岩陰の中に潜行した。
「あー、やっぱ駄目だったかー。撃退士ってのは見た目によらねぇモンだな……っと」
男、パーフェクト・ストロベリーは傍らの銃を手に、双眼鏡からスコープへ拡大する物を変える。
「仕方ねぇ、こんな時の俺の銃だ。唸るぞー、今日こそ唸っちゃうぞー」
スコープが綾香の行動を追いかける。
(「進め……」)
岩陰……平地……また平地。
(「進め……!」)
岩が、邪魔をしなくなった。
「ここだ!」
『真緋呂!』
同時に聞こえた大声に男、パフェの身体が跳び上がる。
その声と共に放たれた和紗の一矢がパフェの銃弾を掠め、僅かに狙いの逸れた先に歩く綾香。
の、前へと飛び出した玲治が庇護の翼で彼女を包み込み、同時に飛び出した真緋呂の電磁バリアによって小さな音を立てながら銃弾が消滅した。
「……こういう事だったのね」
真緋呂は追撃が来ないのを確認すると、後ろの綾香を横目で見た。
これらが一瞬の間に起こった後、二人の傍には尻もちをついた綾香が、目を丸くしたまま二人を見上げていた。
●
崖下へ乱暴に引き摺り落とされたパフェはあぐらを掻いてそっぽを向いている。
いや、逃げ出したいのは山々なのだが、そうしようとすると和紗の髪が纏わりついてくるような、妙な圧迫感があるのだ。
「言い逃れは出来ませんよね?」
言いながら和紗はパフェの両手に手錠を掛ける。
「新品の銃……予備までバッチリだ」
玲治が傍らのスナイパーライフルを持ち上げる。
(「これなら確実とでも……?」)
それが自身の得意とする獲物だった事にSpicaは内心で皮肉を放ち、隣では藤忠が呆れ返っていた。
「彼女が天魔に殺されることを期待したのか?」
「ふん……仕事に使えるんなら利用しない手は無いだろう」
その言葉に、藤忠はまた溜息を吐く。
「俺の妹分は生粋の忍だが、あいつなら自分の手で確実にやれと言うだろう」
言葉が効いたのか、悔しそうにまたそっぽを向く。
「……で、何のために……? 依頼者は……?」
詰め寄ったSpicaだったが、パフェは依然として沈黙を守った。
「守秘義務は結構だけど」
と、真緋呂もパフェに対して迫る。
「それだと貴方だけの殺意になるし更生する気無し、再犯の疑い……となるわね、きっと」
笑って言うが、そんな優しいオーラでは無い。
黒百合と哲、拓海も互いに武器をしまってないのもそう思わせた。
「貴方が言わずとも勝手に読み取っても……良いのですよ?」
和紗が妙な木枠を出現させながらパフェへ問い掛ける。
こいつらなら……いや、有り得る。そういう能力も有り得る。
だが、脅迫にもパフェはギリギリで踏み止まった。
「へ……それでも言えねぇな! お前らみたいなガキんちょ」
パフェの頬を拓海の銃弾が掠めた。
再度、真緋呂が微笑を崩さずに屈む。
「え、何て?」
「待って待って!!」
「あの、何だか有難う……御座いました?」
疑問形で礼を言い直す綾香に、撃退士達は改まる。
「お友達がこの男を怪しんで私達にこっそり護衛を依頼したの」
「オペレータも俺達もとても心配していた。貴女が無事で本当に良かった」
真緋呂と藤忠が説明を加える。
結果として囮にしてしまった事に、謝罪も込めて。
「私達の案だから、お友達は責めないでね……貴女の事、心配してたもの」
「申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた和紗だが、綾香は逆に驚いた様子で両手をパタパタ震わせた。
「わっわっ、そんな……助けて頂いたのは事実ですし、頭を下げるのはこちらの方です」
そして、綾香はふと、当然の疑問を口にした。
「私は何で狙われたんでしょう?」
結局、あの脅迫を凌ぎ切ったパフェは連行された後で話す事を約束に、女性の殺害を取り止めることで落ち着いた。
その後の真実は光に照らされたか、未だ闇のままか。
撃退士に依頼をした迂闊な暗殺事件は、こうして一旦幕を下ろしたのだった。