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マスター:相沢
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/11/28


みんなの思い出



オープニング

●What's your name?
 名前を失くしてしまったきみに。

●迷走ペルソナガール
 二年生のトイレ当番は、綺麗好き。
 隅々まで掃かれた床はゴミひとつ落ちていなくて、どこか安心する。
 ――私の名前は佐伯鏡子。友達にはキョウちゃんと呼ばれていて、その呼び名を私は結構気に入っている。
「キョウちゃん、今朝のニュース見た? うちの学校の近くだって……怖いよねー」
「うん、見た見た! ああいうの、早く何とかなればいいのにねぇ」
 クラスメイトのミーちゃんが、リップクリームを塗りながら話しかけてくる。
 ほぼ毎日のようにテレビでは天魔による被害を訴えてくるけれど、私には関係ない世界。
 ――何故ならば、私は必死に毎日を生き延びなければならないから。
 生き延びるといっても、生と死がかかるような物騒なことじゃない。
 大袈裟だと言われてしまえばそれまで。だけど、私にとって、毎日は戦争だった。
「あ、そういえば二人さあ。ドラマ見た? いつもの。あの展開超泣けるんだけど!」
 ニュースを余り見ないのだと公言しているリッちゃんが、大して興味がないといった様子で別の話題を持ちかけてくる。
 ミーちゃんがちらりと鏡越しにリッちゃんを見て、リップクリームをポケットに仕舞う様子が見えた。
 ズキリ。痛む、頬。
「見たよぉ。あのドラマ、俳優さんがすごい上手だよねぇ、ミーちゃんも見た?」
 私はそれに順応して、けれどもミーちゃんを蔑ろにしてしまわないように言葉を選んで返す。
「見たわ、ほんっと今期はアレだけは絶対見る感じ。マジイケメン」
「あー、あー、めっちゃイケメンだよね! あたし主演のタクヤ超好き。女優はさー、演技棒っていうかー、ただのアイドルって感じ」
 リッちゃんは蛇口を捻り、水を出しながら笑う。
 ミーちゃんも笑う。笑う、本当かな。
 痛み続ける頬を隠して笑いながら、私はハンカチで手を拭う。
 リッちゃんとミーちゃん、二人の会話に相槌を打ちながら、チャイムの鳴る時間を待つ。
 そこにトイレを訪れた別の女の子が加わって、三人になって、四人になって、みんなの顔色を窺いながらお喋りに乗って、ふと気付けば時間が経っていた。

 私には、私が無い。自分が無い。
 いつも誰かに合わせて、いつも誰かの声に従って、ずっとずっと、そうやって生きてきた。
 物心ついた時からそう。
 誰かの影に居なければ生きられない。
 人の輪から外れては生きられない。
 だれか、だれか、だれか。
 誰でもいい誰かに、頼られていなくちゃ生きられない。
 嫌われてしまったら、のけ者にされてしまったら死んでしまう。
 何かに寄生して、根を張って、そうして私は過ごしてきた。

 ――そして私はそんな生き方を、自ら肯定している。

 放課後、いつもの帰り道。
 夕焼けを背にした幼馴染のヒヨちゃんが、真剣な顔で私を見た。
「キョウちゃんはさ」
 なあに、ヒヨちゃん。そう返すより先に、ヒヨちゃんは重々しく告げた。
「もっと自分を持たないとだめだよ」
 それは明確な否定だった。
 悪意はない。ないけれど、それでも、強い否定だった。
 真っ向から私の生き方を否定する、一番大切な友達。
 どうして? どうして――もしかして、嫌いになってしまった。
 嫌われた。嫌われた、嫌われた、嫌われた。
 うそ。冗談だって言って。
 ――ヒヨちゃんに。友達に。人に。嫌われた。
 ヒヨちゃんは、私がこういう子だって、判っている筈だった。
 それなのに、言った。それって、つまり。
「キョウちゃんは――」
「……っ」
 まだ何か言い掛けたヒヨちゃんを遮って、私は走り出す。
 どこへ? どこかへ。
 誰かに嫌われてしまったのなら、もう生きていく資格なんてない。
 そうでしょ。
(――自分って、何だっけ。私って、何だっけ。私が生きてる意味なんて、ない)
 通学路を走り抜ける途中。
 そうだねって、どこからか、声がした。

●脱出ペルソナフレンド
 キョウちゃんが人に嫌われることを極端に恐れているのは、知っていた。
 幼い頃からずっとそう。別段家庭環境が悪い訳でも何でもないのに、何故だか彼女はそうだった。
 いつも誰かの為人の為。そう言いながら自分を犠牲にして、押し殺して、嘘の仮面を被って生きていた。
 だけど、万人から絶対に嫌われない生き方なんて出来ない。それは当然のこと。
 キョウちゃんはそれを判ろうとしないし、もしかしたら判っていながら尚、嫌われない自分を求めたのかも知れない。
 長い付き合いになる。幼稚園の頃からだから、多分もう十年近い。
 だからこそ、彼女がどんなに心を痛めて過ごしているか、判っているつもりだった。
 ――あたしはキョウちゃんの本音が知りたかった。
 あの子の本当の気持ち。本当の感情。嘘偽りでも仮面でもない、素の心。
 聴きたい、判り合いたい、そう思ってた。
 だからこそ伝えた筈の一言は、キョウちゃんを深く傷付けてしまった。
「もっと自分を持たないとだめだよ」
 自分を殺しちゃだめだよ。
 どう伝えれば良いのか判らなかった、不器用で、もしかしたら乱暴だったかも知れない言葉。
 目前の彼女の目には涙がいっぱい溜まっていて、哀しみに濡れた眼差しが印象的だった。
(――後で、電話で謝ろう)
 とぼとぼと帰り着くと、ポストに手紙が入っていた。
 消印も無ければ差し出し主も書かれていない、小さく折り畳まれた手紙。
 そこに書かれていた筆跡で、私は直ぐにそれがキョウちゃんからのものだと判る。
『今日の23時、教室で待ってる』
 癖のない綺麗な字。
 少しばかり時間が遅いからキョウちゃんが心配だったけど、あたしは今夜学校に忍び込むことにした。

 冷え込んだ、夜。携帯のディスプレイが示す時刻は、23時丁度。
 守衛さんの目をくぐり抜け、当直室を抜け、たどり着いた教室。
 明かりは点っておらず、月明かりだけが照らす室内に、人影が見える。
「……キョウちゃん?」
 問い掛けには、沈黙。けれど影が動いて、私は安堵の息を吐く。
 輪郭だけ朧気に判る、キョウちゃんだった。
「帰りはごめん。でも、キョウちゃんが大切だから――」
「大切だからって、簡単に傷付けて良いのかな?」
「え……っ?」
 暗がりには、よくよく見ればキョウちゃんだけじゃない。もう一人、鈍い色に輝く金髪の男の人が机に腰掛けていた。
「だ、誰ですかっ!?」
「本当に大切なら、本当に理解してあげなくちゃ」
 男の人は意味の判らないことを言いながら、キョウちゃんの背中を押す。
 誰? 何? どうして?
 そんな想いを渦巻かせながら立ち竦むあたし。
 その間近まで近付いてきたキョウちゃんの様子が、おかしい。
 能面のように貼り付けられた表情。笑顔。笑顔、どうして、笑顔?
「判り合う為に、一つになっちゃえば良いんだよ」
 ぱん、と掌が合わさる音。それと同時に、キョウちゃんの顔が――――落ちた。
 皮が捲れるように滑り落ちた表情は間違いなくキョウちゃんのもので、そして、それまでキョウちゃんの顔が有った場所に、今度はあたしの――あたしの、顔が有った。
「――――…………いやああああああああああああああああッ!」
 悲鳴。喉を劈く、高い悲鳴。こんな声が出せるなんて思いもしなかった、悲鳴。
 教室を、廊下をこだまする自分の声を追いかけるように、あたしは飛び出した。
 天魔だ。キョウちゃんが? 天魔になってしまった。逃げなくちゃ。
 誰か、助けて。


リプレイ本文

●ガール・ミーツ・ブレイカー
 夜の校舎の静寂を裂いて響く爆音。
 磨り硝子越しに見える景色は、不詳。
「キョウちゃんと……撃退士の皆さんが、戦ってるんですか」
 ヒヨ――日和と名乗った少女は、安瀬地 治翠(jb5992)と神崎・倭子(ja0063)に挟まれる形でベッドに腰を下ろし、漸くと落ち着きを取り戻し始めていた。
 問い掛けに対し、倭子は首を横に振る。
「そうなるけど、少し違う。あれはもう抜け殻で、多分キミのことももう判らない」
「はい……」
 治翠から受け取ったいちごオレに視線を落としながら、日和は唇を噛み締める。
 ――『それで、お前自身はどうしたいんだ』。
 先程訪れた撃退士の一人、アラン・カートライト(ja8773)に掛けられた問いが蘇る。
 ああなってしまったキョウには、もう何も届かないと言う。言葉も通じず、友人として認識もされない。襲い掛かってくるかもしれない。
「大丈夫。ボク達が来たからには、キミの不幸な運命も打ち砕いてみせるよ!」
「……不幸、なんですかね」
 倭子の言葉に返した日和は、どこか気落ちした様子で笑みを浮かべている。敏くその様子を拾い上げた治翠は問う。
「どういうことですか?」
「あたしがじゃなくて、キョウちゃんが不幸だなって。ううん、不幸にさせたのはきっとあたしで」
 ぽたり、頬を伝って落ちる雫。
 日和は静かに泣いていた。
「違いますよ」
 治翠は日和の頭に掌を乗せると、そっと撫でる。
「全ては冥魔が仕組んだことです、日和さんは何も悪くありません。……どうしてこの状況になってしまったのか、心当たりはありますか?」
「キョウ嬢を傷付けてしまった、と言っていたね。その後呼び出しを受けて教室に行ったら、彼女と金髪の男が居た、と」
 二人の言葉に日和は小さく頷くと、しゃくりあげながら目許を擦る。
「あんなこと、言わなければ良かった」
「あんなこと?」
「……”キョウちゃんは自分を持たないとだめだよ”って」
 保健室の中、響く嗚咽。
 良かれと思って伝えた結果がこうなるとは、誰も予測出来なかっただろう。
 言葉と意志のすれ違い。
 治翠は静かに日和の頭を撫で、倭子は彼女の背を撫で摩る。
 少女の泣き声がわんわんと鳴り響く、校舎。

●鏡映しの心
 時は少し遡る。
 冴え冴えと光る月、薄闇が満ちる学び舎。
 ディアボロ――”キョウ”について日和から情報を得た撃退士らは、その特性から人物をコピーする可能性を懸念した。能力のコピーについては判らないものの、念には念をと二手に分かれ、それぞれ待機場所を確保してディアボロの到着を待った。
 敵が訪れると予測される方向は保健室左手を少し過ぎた先の階段、それぞれが待ち伏せするには丁度良い。
 鍔崎 美薙(ja0028)の生命探知に掛かる、階段付近を歩む何者か。
 美薙はハンズフリーの携帯で全員に周知させつつ、肌寒さが服に凍みる屋外で白い息を吐きながら、藤咲千尋(ja8564)、ユーノ(jb3004)と共に身を潜める。
「また金髪の男……アベル。これも『救済』のつもり? そんなの、わたしは救済だなんて思わない」
 以前の依頼で対峙した金髪の男。少女の母親をディアボロ化させ、偽りの”救い”を与える冥魔。千尋は滲む怒りを言外に篭めつつ、恋人の名を持つ弓を固く握り締める。
「また、あやつか」
 美薙もまた、金髪の男を知る者の一人だった。
「心の柔らかい女子を狙う不逞の輩、真実を暴けば残酷さを突きつけられるのじゃろう。……けれど、残酷さを受け入れねば得られぬ救いもある筈じゃ」
 ため息雑じりに呟いた彼女の言葉は、夜の静寂に融けてゆく。
 秘められた真実の在り処はいずこ。迷い走る少女の心の在り処は、同じ場所に。
「ディアボロと化した友人に追いかけられる……穏やかな話ではありませんわね。何よりも、素材が分かるように作る……魂の輝きを奪っておいて、その器を恥ずかしげもなく冒涜するとは、特に嫌いなタイプの同属ですの」
 千尋と反して滲む苛立ちを隠さないユーノはヒヒイロカネから霊符を具現化させながら、美薙と同じく息を吐く。
 彼女たち三人は奇襲班、コピーされることを危惧し、距離を取る者たちだ。
 そして反対に、囮となって対峙することになる班は、扉を開け放った教室で待機している。
「人間ってのはメンドくせぇな……」
 ひとりごちるのは、恒河沙 那由汰(jb6459)。
「友だちがディアボロになんて想像もしないわよね」
 その隣ではポーラ(jb7759)が神妙な面持ちでヒヒイロカネを握り締めている。
 双方天魔からはぐれた存在であるというのに、心持は異なるようだ。
 神経を研ぎ澄まし辺りを探るアランは沈黙。
 ――そこに、響く、足音。
 こつ、こつ。こつ、こつ。明らかに魔物のそれではない人の足音に、けれど三人は警戒を怠らない。
 闇の蟠る校内。
 階段を降り廊下を歩いて来るのは、壮年の男性の姿をした、”何か”。
 教師を含む全ての人間に退避するよう指示が出された後だ。既に連絡網も回っている以上、それでも尚校内にいる影が人であるわけがない。
 外から窓枠越しにその様子を捉えた千尋は弓矢に番えたアウルでマーキングを打ち込み、味方との識別を可能にする。
「これで誰の姿を真似てもお見通しだよ」
 影に身を潜めたまま言う千尋に、男性の姿をした”キョウ”は気付けない。
 廊下で立ち竦んだまま、何かをされたという状況に戸惑うように辺りを見回している。
 ゆらりゆら、動く影。
 ――そこに、那由汰によって風のアウルを施されたアランが飛び込む。
 見舞うは腹部への掌底突き。既に開け放たれている窓へ向けて押し込まれるキョウは成すすべもなく吹き飛ばされ、阻霊符の効果も伴い壁にぶつかり、よろめく。
 窓の外に押し出すには至らないその一撃に被せるように、間に滑り込んだ那由汰が鞭の力技で押し飛ばす。
 直ぐさま跳んだアラン、那由汰に続き、保健室を庇うように立っていたポーラもまたその後を追い窓から外へと身を躍らせた。

 窓から転がり落ちてきたキョウは、その姿を変じさせている最中だった。穏やかな笑みを浮かべていた男性の顔の皮が一枚剥がれ、新たに生まれ出たのは”那由汰”の相貌。それに伴い骨格、衣服も変じている。
 それを見ていた奇襲班は、千尋の合図で攻撃に掛かる。
「いきますよ――自由にさせると厄介そうですし、ね」
 ユーノが言葉と共に練り上げた魔力は、雷の鎖。茨の如く”那由汰”の姿をしたキョウに絡みつく鎖はその肌に傷を付け、徐々にその体躯を石へと染め上げる。弾ける雷光は音を起てて華を咲かせながら、キョウを完全に物言わぬ石と化させた。
「……案外複雑なもんだな」
 那由汰は自身の姿のまま石像となったキョウの姿を眺めながら思わず一言、その石の体躯に鞭を振るって数歩と下がる。
 それと入れ替わりに袈裟斬りに戦斧を落とすはアラン。
「誰かになって、誰かに好かれようとでも思ったか?」
 もうディアボロになってしまった以上、真意は判らない。
 茶化すような問いかけ、けれどその言葉には攻撃と等しく重みが篭っていた。
 敵との距離を十分に取って召喚されたポーラのスレイプニルもまた、石化したキョウの腹を削っていく。
 美薙が氷翡翠色の連珠を構えると同時、声を掛ける。
「千尋! 機を合わせるぞ。皆退くのじゃ!」
「オッケー!! 行くよ、美薙ちゃん!!」
 美薙の手により紡がれるアウルが導くは、蒼の彗星、コメット。夜の帳を裂いて幾つもの星がキョウの元に降り注ぎ、瞬き、爆発する。
 その星を追うように射られた光輝く矢はキョウの胸を穿つ。
 一方的な攻勢。だが、キョウを覆っていた石はぴしぴしと皹割れ、次の瞬間霧散。――するが早いか、憾みの一撃とばかりにキョウが腕の振り抜きざまに放った鏡の刃は夜を映して黒く煌き、美薙へと向かう。
「美薙ちゃんっ!」
「……くっ」
 回避を狙った千尋の弓の射出を受けて尚、不意を打った一撃を避け切れずに腹にまともに攻撃を受け、呻く。深々と裂かれた傷口からどろりと溢れる血は着物を汚し、鈍い痛みに美薙はよろめいた。
 美薙を庇うように立った那由汰を前に、”那由汰”の顔をしたキョウはにこやかに笑ってみせる。
「ちぃっ、何笑ってやがる……」
 死んだ魚の目でへらりと笑う眼前の相貌に馬鹿にされているようで、癪に障るものの攻撃の手は弛めない。
 のらくらとかわすキョウの背から、続いてアランが斬り付ける。
「こっちだ」
 振り向いたキョウの顔は――”美薙”に。薄らと笑みを浮かべたその表情はどこか寂しげで、けれどそれも物ともせずにアランは斧で攻撃を受け止める。
「俺が引き付けている間に回復なり何なりしてくれ」
「すまぬ」
 振るわれる鏡の刃と鍔迫り合いながら美薙を庇い、アランは余裕めいた口調で言う。しかし互いに籠める力は同等か、相手が上。長く対峙すればする程消耗するのはこちらだろう。
 その負担を少しでも軽減すべくストレイシオンを呼び出したポーラは数歩下がり、距離を取ってPompeuX R7をかき鳴らす。弾ける音、明るくも不安定な短調の音色は衝撃波となってキョウを襲う。
「しかし……作り手も悪趣味なら、作られた紛い物も悪趣味ですわね。腹立たしい」
 ”美薙”の形をしたキョウの背に向かう、ユーノから放たれた雷符の一撃。ばちばちと放電する刃を鏡のシールドで防ぎ弾き返しながら、キョウは距離を取ろうと跳ぶ。
「他人をいくら真似たところで、そこにある輝きは手に入らない……むしろあるべき光を霞ませるのみと知りなさいな」
 魂の器を穢す行為を無粋と断じ誰より厭ったユーノの苛立ち孕む一言。
「逃がさないよっ!!」
 後ずさる姿に追い縋る千尋のスターショットは、キョウの腿を射抜いて融ける。
 キョウは三度刃を飛ばさんと振り被るものの、射線には味方を庇うように那由汰とアランが立ちはだかっていた。
 手近な位置――那由汰へと斬り付けた刃は予測防御で弾かれる。
「人の弱みに付け込んで、優しいふりして絶望の淵に追い遣って。……許せないわ」
 静かな怒りを湛えたポーラの言葉に呼応するよう、ストレイシオンが鳴いた。

●友の答え
「言葉は罪ではありません」
「……え?」
 治翠の言葉に瞬いた日和の手を、倭子がそっと握り締める。
「その誤解は、本来であれば日常を過ごしていく中で次第に解決していく筈のものでした。それが、要らぬ横槍によって機会を奪われただけです」
 日和は暫く目を丸くしていたが、またひとつ、ふたつ、涙を溢すとこくりと頷く。
「そう――だね。それに、彼女が抱いていた嫌われなくないという思いは誰だって抱くもの、悪いことなどではないよ。それが、何故このような悲しい運命へと帰着してしまったのだろうね」
 ひどく痛ましげに呟く倭子に、口調こそ大仰であれど言いたいことは伝わったのだろう、日和は手を握り返して応える。
 治翠は日和にしっかりと目を合わせ、あくまで穏やかな口調で促すよう尋ねる。
「貴女は何を望んでいますか?」
「あたしは……」
 倭子と治翠、両方に視線を巡らせた後、細く息を吐くと視線を落とす。
「始めは、キョウちゃんに謝らなきゃいけないと思ってました。でも……あたしは謝りません。謝ったら逆に失礼だと思うんです。だから、謝りません。それに、もうあそこにいるのがキョウちゃんではないのなら……あたしは、皆さんの邪魔になるから、逢いにも行きません」
「日和嬢……キミは」
 言葉を詰まらせる倭子の手を握ったまま、日和は涙でぐしゃぐしゃの顔を崩して笑う。
「キョウちゃんのことが大好きなんです。だから、――倒されるところも、見たくない」
 心からの本音。
 キョウがどれだけ聴きたかっただろう、日和がどれだけ伝えたかっただろう、計り知れない思い。
 二度と届かない、けれど穢されることのなかった清廉な祈りを二人は聞き入れ、そして、『手紙』の話を聴いた。

●鏡の世界
 それは奇妙な感覚だった。姿が、音が、光が、全てが乱反射する。
『大丈夫だよ』
 響く、少女の声。
『平気だよ』
 再び、声。
『ごめん』
 三度。
 年の頃は中学生程の、少女の姿。
 その空間が鏡張りの部屋であるのだと気付いた時には、もう遅く。全面に映る、一人の少女の姿。幾重にもかさなった残像。
 けれど、那由汰は声を張り上げた。
「嘘で塗り固めた仮面被って被害者ぶってんじゃねーよ!」
『――大好きだった』
「悲劇のヒロイン気取る余裕があるならてめぇの言いたい事言いやがれってんだよ!」
 ディアボロとなってしまった以上、もう声は届かない。そう理解していながら、那由汰は嫌悪を篭めた怒声を上げる。
『――大事な友達に、大事なあなたに、嫌われたくなかった』
 泣きながら、こぼれる言葉。それが本心なのか、偽りなのか、彼らは判別する術を持たないが。
 鏡張りの幻惑の中。少女の泣き顔だけがはっきりと、撃退士たちの網膜に焼き付いていた。

 鏡張りの空間が開けた後。先程まで浮かべていた笑顔を崩して泣いている、”美薙”の顔をしたキョウの姿がそこにはあった。
「――これがキョウちゃんの本音なのかは判らないけど、ヒヨちゃんに伝える価値は有りそうね」
「魂の輝きの損なわれた紛い物に、意志が有るとは思えませんが」
 ストレイシオンを再召喚するポーラの呟きに、雷符を構えながら異を唱えるユーノ。どちらが正しいのかは、判らない。
 ディアボロ自体が冥魔の作り出したものだと考えれば、掌の上で転がされている可能性も十二分にある。
「……どちらにせよ、ヒヨちゃんとキョウちゃんの為にも、今ここで討たなくちゃ!!」
 意気込む千尋は弓を絞る。
 治翠と倭子、日和の会話はハンズフリーから聴こえていた。
「鏡映しの姿、か。けれど誰しも人に己を重ね見るものじゃ。……まず向き合うべきは鏡の向こうの己なのじゃろうな」
 ”美薙”に対峙しながら、美薙は珠を握る。

 六対一、じりじりとした進捗であれ、削り終えるのは早かった。
 足掻くように姿を変え技を変え、一様に笑顔を浮かべ――最期の最期まで誰かを映し続けたディアボロは、結局借り物の姿のまま亡骸と、なった。

●彼女の名前は
 キョウが日和に残したラスト・メッセージ。
 それを見付けたのは、教室に残された鞄の中。
 手紙を読みながら日和は泣き崩れ、ただ「ありがとう」と撃退士たちに言った。
 幻覚に映った情景をポーラから伝え聞き、日和はくしゃくしゃの顔で再び笑う。
「キョウちゃんは嘘が上手なのになあ」
 ――と。
「せめて、お前は覚えててやれよ。ディアボロじゃなく、お前の友人の事を」
 アランが背中を押すと、大事そうに手紙を仕舞い込んだ少女は頷く。
 根差していた彼女の影は取り払われた。
 未だ涙の痕が残る顔で唇を引き結び、再度深々と頭を下げた日和。
 背筋を伸ばし前を見据えた少女が両親に迎えられる姿を見届け、撃退士たちは漸く安堵の息を吐いた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 幻翅の銀雷・ユーノ(jb3004)
 花咲ませし翠・安瀬地 治翠(jb5992)
 人の強さはすぐ傍にある・恒河沙 那由汰(jb6459)
重体: −
面白かった!:8人

命掬びし巫女・
鍔崎 美薙(ja0028)

大学部4年7組 女 アストラルヴァンガード
図書室のちょっとした探偵・
神崎・倭子(ja0063)

卒業 女 ディバインナイト
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
微笑むジョーカー・
アラン・カートライト(ja8773)

卒業 男 阿修羅
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師
花咲ませし翠・
安瀬地 治翠(jb5992)

大学部7年183組 男 アカシックレコーダー:タイプA
人の強さはすぐ傍にある・
恒河沙 那由汰(jb6459)

大学部8年7組 男 アカシックレコーダー:タイプA
V兵器探究者・
ポーラ(jb7759)

大学部5年127組 女 バハムートテイマー