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マスター:相沢
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/11


みんなの思い出



オープニング

●綻ぶは
 ――夢のようなあの日だから、夢のように咲むんだろう。

●むかしばなし
 あるところに、美しい娘がいました。
 名は桜姫、”桜樹の杜”と呼ばれる社の巫女として、大切に大切に育てられました。
 そこは、周囲と隔絶した場所。
 誰の為に造られた社なのか、何の為に造られた社なのか、始まりは昔過ぎてそれすら判りません。
 ただ彼女は、その場所を護る為だけに生きていました。

 ――桜樹の巫女、桜姫。

 彼女の名前を知らない者は村ではひとりもいません。
(桜樹の巫女様。桜樹の御子様。桜樹の祀子様)
 彼女の名前を聴いて崇めない者はひとりもいません。

 彼女には友と呼べるひとも居なければ、家族と呼べるひとすらひとりも居ませんでした。
 そんな環境において尚、彼女は彼女を遺して流行り病で逝ってしまった家族たちに託された”巫女”としての生き様を護るよう、ずっとひとりで杜の番人を続けていました。

 ――けれどある日。

 宅地開発事業という”事情”によって、村は封鎖されることとなりました。
 勿論、桜樹の杜のある森とてその対象外ではありません。

 村長は言います。
『そんな古い社なんて棄てて、人里へ戻っておいで』
 桜姫は反発します。大切な場所。親から譲り受け、代々受け継ぐ大事な場所です。それを、業者から金を受け取り大切な村を棄てるという選択をした村長に気安く言われたくなどありません。
『そんな古い習わしに従って、囚われ続けて何になるんだい』
 桜姫は反発します。古い習わしに囚われ続けていたのは村長たちとて、大人たちとて例外ではありません。山が痩せれば桜樹の杜に神頼みに訪れ、水が枯れれば桜樹の杜に酒を供えに訪れました。

 桜姫は何が間違っているのか、何がおかしいのかが判りませんでした。
 勿論桜姫は無知なわけではありません。むしろ、彼女は物事を知り過ぎていました。書物や新聞、言伝、様々なことで知る手段は知っていましたし、持っていました。何れはこの場にも宅地開発の事業の手が伸びることとて、理解していました。
 けれど、だからこそ、彼女は血の涙を流すのです。
 桜樹の巫女であるだけで幸福だった時代はもう終わりを告げ、彼女はひとりの人間、ヤマガミオウキ――ひとりの少女として生きていく決断をしなければなりませんでした。
 ですが、彼女には択ぶ道など最初からひとつしかありません。
「わたくしは桜樹の巫女、桜姫。それ以上でも、それ以下でもありませぬ」
 涙をはらはらと流しながら森の中の杜で自ら命を断とうとした瞬間、その手を留めるひとりの男が突如現れました。
「泣くのは早い、桜華姫。きみは未だ、死を選んではいけないよ」
 金の髪に、蒼の眼差し。その目は哀しみと同時に深い決意を抱いているように思わせ、桜姫は手にしていた短刀を落とし、男の話に耳を傾け始めました。

●桜華姫と桜樹の杜
「依頼だよ、……へい、ロンのモチアベルの話。しかも、何でか……や、考えるのは取敢えず依頼を終えてから、か。説明入るよ、きちんと聴いといて」
 書類を手に斡旋所に現れたキョウコ(jz0239)は、唇を引き結び気を引き締めると同時、一瞬不安げな表情を浮かべた後、笑った。
 ――アベルから、又も書簡が届いた。
 それは毎度のことだ。だが、いつもとは違う点が幾つかあった。
 むしろそれは類似点と呼べるか。前回――”シンデレラ”を謳われた姫君の居た学校で起こった、籠城に似た事件。その際彼は少女をディアボロ化せず、人間のまま、学園生に救いを求めた。
 書簡の内容は、それと至極似ていた。それでいて具体的に、場所、リミット、諸々が丁寧に記載されている文面。几帳面なのか、折り畳まれた書簡には封蝋がなされた痕がある。
 詳細はこうだ。
 ――とある村にある杜に棲む巫女が危機に瀕している。彼女は杜と共に生き、杜と共に死ぬ覚悟を持っている為、生半可なことでは心を動かすことが出来ない。その為撃退士の力を借り、彼女の心、そして村人の心を動かしてやって欲しい。
 実に具体的で、それは最早依頼書か何かのようだった。
「気になって調べてみたんだけどさ。とある場所にある村が、宅地開発事業によって立ち退きを命じられてて。勿論村人やらに引っ越し資金やその後の住まいは貸与されるんだけど、その時に――ま、古くからあるお社ってやつをね。一度動かして、開発工事後に元の場所に戻すかどうか……そういうのの話をした際、村長がお金を出し渋ったらしいんだわ。元々は信仰心が物凄く厚い村だったんだけど、時代がそうはさせてくれないってやつだね。
 だからこそ杜の守り人、山上家の人は激おこ。そんで現在は籠城立て籠もり状態で、一ヶ月も出て来てないみたい。その山上家の人……っていうか、今は一人しかいない、山上桜姫ちゃんって子、もしかしたらこのところはろくな食事も摂れてないかも知れないんだってさ。そりゃそーだ、元々閉鎖的な村で、尚且つ自給自足で賄い合ってたなら尚のこと。……まあアベルが目をつけそうな子だって言えばそうだけど、どうやらアベルは今回も、その子をディアボロ化はしてないみたい。書簡の言い分ではね」
 キョウコは言い切ると書簡をデスクの上に置き、目を伏せて嘆息を洩らす。
「……長々語っちゃったね。ま、これが概要ってやつですわ。調べられる限りのことは調べたし、出せるだけの情報は出した。だから、これから先どうなるか――そいつはみんな次第ってこと」
 彼女の手許には古びた杜の写真があった。桜が美しく咲き誇るさなかに佇む杜。
「村長ら辺から話を聴いた感じじゃ、杜と一緒に心中し兼ねない雰囲気らしいし。それはそれで目覚めが悪いからって、村長からも『巫女を如何にかして欲しい』って言われてるんだわ。金はあんまり出さないけどどうにかーって、……業者から寄越された大金に目でも眩んじゃってんのかね?」
 アベルの書簡とは別件の依頼書をひらひらと揺らすとキョウコは目を細め、それから浅い溜息を吐いて椅子へと腰掛けた。

 ”救済”と銘打たれた事件は先日の茶会により終息へ向かうかと思われたが――どうやら未だ続くらしい。
 ヴァニタスアベル、彼の主たる悪魔ルクワートとの話し合いも再度行わなければならないとぼやきつつ、キョウコは撃退士らに依頼を託した。


リプレイ本文

 異例と言えば異例だが、筋道は通っている。
 救済を謳うヴァニタスから寄越された書簡、それは確かに撃退士へ助けを求めるものであった。
「前回の事でアベルも何か心境の変化でもあったのか……いえ、今は山上さんの事、です」
 久遠 冴弥(jb0754)は眼前に広がる村の光景に目を細めつつ、小さく呟いた。
 アベルとは別に、村長から託された依頼もある。
「安瀬地殿のお陰かの。奴の信頼に応えるよう努めねばな」
 長い黒髪が風に煽られ舞うと、それを押さえながら鍔崎 美薙(ja0028)は空を見上げた。
「……本当に連絡を頂けるとは思いませんでしたね……」
 安瀬地 治翠(jb5992)は過去のやり取りを思い出し苦笑しつつ、小さく頬を掻く。
 真意は定かではないが、変化があった事は事実。
 彼の動向を探るといった意味でも今回の事件を解決しなければならなかった。
(ま、巫女だの村だのはどうだって良いんだけどー)
 後ろを歩くアリーチェ・ハーグリーヴス(jb3240)の胸中はさっぱりとしている。
 アベルの動向を探りたい、唯それだけ。絵本を使わない為に助けを求めたのか、それとも他に意図があるのか。村のいざこざはもののついでで、アベルの真意を探る事が叶えばそれで良し。

 ――桜樹の杜の言い伝え。

 神木である桜は樹齢不詳。村が成り立つ前からこの土地に根差しており、余りの美しさと神々しさに見惚れた人々はその樹を崇め、社を造った。山上桜姫の先祖はその守り人として志願し、代々生まれた娘を巫女として仕えて来たそうだ。
 そんな歴史を持つ杜だが、神道とは言え田舎の伝承に基づいたもので、土地の信仰による部分が大きい。
 ――撃退士達が山道を登り茂みをかきわけ訪れたのは、のどかな村だった。
 奥には桜が緑に紛れて咲いている。見頃の季節、路面には花弁が多く散る。
 美薙とアルドラ=ヴァルキリー(jb7894)は手近な場所にいた村人に声を掛けたが、反応は鈍い。問いを投げれど、曖昧な返答。撃退士の訪問については事前に聴かされていたらしいが、どうにも警戒心が強い。
 社へ向かおうか。そう目配せし合った所で、村人数名が駆け寄った。
「巫女様の所へ行かれるのですよね」
 これを、と差し出されたのは、幾許かの米と野菜。巫女様に――そう心配げな面持ちで言う村人を見て、撃退士は安堵の息を吐く。
「あたしらも世話になりましたから、あのお社様と巫女様方には」
 村人の信仰心は、全てが失われた訳ではない。それは、きっと僅かでも足掛けとなる。
 未だこの村には明かりが灯っている。神を慕い神職を尊ぶ、心の明かりが。



 辿り着いた先にあったのは小さな社。
 手狭ながらも綺麗に均された土地の中心に、立派な桜が在った。数人が両手を一杯に広げて漸くと囲えるかといった程、太い幹。風に舞い起こる花吹雪は、息をするのも忘れる位に美しい。
 大地に根差す神木には、見る者を圧倒する強さと、清廉さがあった。
「まずは拝礼じゃ、この地に関わるのじゃからな」
 美薙に作法を教わりながらグィド・ラーメ(jb8434)が手水舎を眺めていると、その背後にはいつの間にか一人の少女が立っていた。
「こんちは。桜が綺麗でいいとこだな」
「有難う御座います」
 気さくな調子で言うグィドに、少女はほほ笑む。
 白い小袖に緋袴の似合う、美しい少女だった。長い黒髪を結う姿は大人びており、彼女が山上桜姫だという事は直ぐに判った。
 社で手を合わせる美薙、グィド、冴弥、アルドラの四人を見詰め、巫女は静かに言った。
「唯の参拝の方、では無さそうですね」
「俺はグィドってんだ。嬢ちゃんが桜樹の巫女、桜姫かい?」
 頷く少女に、グィドは柔和な笑みを浮かべて返す。
「アベルの坊主から間接的に連絡を貰ってな」
 その言葉に、桜姫は社の裏手にある小道を示した。
 清掃は、敷地内の細かな箇所まで為されていた。狭いとは言え、容易なことではない。
「よい社じゃな、一人で清め維持するのは大変じゃがよく行き届いておる」
「わたくしの誇りですから」
 美薙の素直な言葉に、桜姫もまた素直にほほ笑んだ。
「あたしも神社の娘じゃ。――今となってはあたしだけが祭司となってしまった神社の、な」
 同じ立場、同じ目線。告げられた台詞に一瞬巫女は唇を閉ざし、それから「そうですか」と短く呟き目を伏せた。

 案内された母屋は、随分小さなものだった。

 最低限の広さと家具。そして、室内には若干の生活感があった。コンロに置かれた鍋。村長から聴いていた、食事も碌に摂れていないのでは――そんな言葉と若干の食い違いがある。
「突然の訪問のお詫びにお供えを。あと、嬢ちゃん食事は?」
 掲げられた神酒と餅を受け取ると、桜姫は深々と礼をしてから顔を上げ、小首を傾げる。
「今日は未だですが……」
「んじゃ、今から話をしたり聴いたりするからよ。栄養が足りなきゃ頭もまわらねぇし、社へのお供えと一緒に嬢ちゃんもどうだ?」
 今日は。若干の引っ掛かりを覚えつつ、グィドは粥と野菜スープの入った水筒を差し出す。
 続けて冴弥から「村の方々からの差し入れです」と渡された食料に対し驚きの表情を隠せずにいた桜姫だが、こくりと頷くとその荷を抱き締め黙り込んだ。
 思い詰めた風の彼女に対し、アルドラは宥める様にゆっくりと話し掛ける。
「村の者達は心配していたようだぞ。君が食事を摂れていないのでは無いか、と」
「……アベルさんが時折食べ物を。要らないと言ったのですが、”心身共に健康で無ければ巫女として穢れを祓えない”と」
 スープを椀に注ぎ、口を付けると桜姫は目を細めて言った。
 促され、少女はぽつりぽつりと話し始める。
 社の事。彼女自身の事。そうして、彼女がどう考えているか。
「社を完全に、有りの侭守る、という事への協力は出来ません。山上さんも恐らく判っている事だと思いますが、一度決められた事を覆す事は困難ですから」
 暫し話を聴いていた冴弥は静かに告げた。
 協力は出来ない。けれど、重んじられるべきものは重んじたい。
 そう正直に、実直に伝えられた言葉を巫女は噛み締めている。
「心中するならそれはそれでいいだろう。が、それでは今まで続いてきた歴史も途切れてしまう」
 アルドラの言葉に、彼女の持ち込んだ手料理に箸をつける桜姫の手がぴたりと止まる。
 歴史。重み。幹から枝葉を広げ、成長したそれ。
「私個人の考えを言うと、この素晴らしい場所の歴史が途絶えてしまうのは非常に悲しい」
 独りで背負い生きて来た桜姫にとって、きっとこの現状は酷く辛いものだろうとアルドラは思う。
 歴史が途切れる事は避けたいが、彼女に巫女として生き続けろと言う気も無い。その未来は彼女が選ぶべき道であり、口を挟む余地は無い。
 桜姫は黙したまま、粥を匙で掬う。その視界の片隅に映る、村人達からと渡された食料。
 村人全てが桜樹の杜への信仰心を棄てた訳では無い。きっと、桜姫の死を望む者等いない。それは彼女が理解しながら意識を避けていた事。
「あたしは説得に来たのじゃ。――古くより受け継ぎ伝えて来たものを、伝えられるのはお主しか居ないのなら死ぬなとな」
 同じ巫女として、美薙は真摯に告げる。
 神と人との対話の仲介者である巫女。新しい住人が来た時、桜姫以外の誰が土地の神との絆を掬ぶ事が出来るのか――けれどそれは理想論であり、長い長い先で無ければ叶わぬ話である、と桜姫には判る。
 宅地開発事業は、数年に及ぶ。遷宮を行えばこの先数年、桜姫は”桜樹の巫女”として過ごす事が出来なくなる。彼女にとっての存在意義はあくまで”桜樹の巫女”であって、どこか別の場所の巫女ではない。
 卵が先か鶏が先か。
 考え出せばキリの無い、けれど結論は既に出ている筈の話。
「どうすれば良いかは、理解している筈だ」
 アルドラの言葉に、桜姫は唇を噛む。
 賢い、だからこそ歯痒い。理解出来るからこそ直視する事を避け、現実離れした『社と心中』なんて結論を先走って出してしまった。
 彼女は本気だが、それが幼い癇癪と変わらないとも知っている。

 ……巫女の決断は、未だ出ない。 



 対して、村人に聞き込みを行うアリーチェと治翠。
 彼女の人懐っこさと、彼の穏やか且つ的確な先読みによって、村人達は徐々に心を開き始めていた。
 アリーチェは考える。ついでとは言え解決しなければ先に進めない。チェス盤の上に並べられた駒を動かさなければゲームは展開しないのだ。
 ――全てを犠牲にして捧げて来た事を否定された悔しさ。唐突に存在意義を失う恐怖。
(トクベツな存在から一般人への格下げを拒む気持ちとかもあるんかな)
 ――自身が一人で護って来たという誇り。親から受け継いだ形見。それに加えて注いだ労力への執着と、築き上げて来たものを手放す不安、不満。
(ま、一からやり直すより逃げちゃいたいのは判るけど、現実って理不尽で思うようにはいかないんだよねー)
 得た情報から推測する桜姫の心情はそんな所で、恐らく間違いは無いだろう。
 だが永遠は有り得ない。儚く散るからこそ美しい――そう、桜の様に。
「では、村の方全員が合意した物では無い、と」
 一方治翠は、的確に切り込み話を詰めていた。
 大まかながら、得た情報は十分。
 先ず、多くの村人から信仰心は絶えていないという事。
 二つ、遷宮は叶えたくとも様々な都合――金銭面のみならず、時間や場所の確保等、多方面に渡って実現不可能な点が多いという事。
 そして三つ。桜姫と同世代や、桜姫の親世代の村人達と話した結果。
「桜樹の巫女である彼女の事です。どう思われているのか……例えば、話をする事、交流する事、等」
「どんな子なのかって興味ある! ちょっと怖いけど、超綺麗な子だし」
 同調し騒ぐ少女達に、嫌悪は見られなかった。寧ろ、神格化にも似た状態に置かれた少女に対して僅かな畏怖と同時に、大きな興味が生まれていたようだ。
 そして、親世代。
「可哀想、ですね。憐れむのは巫女様に悪いと思いますけど……違うんです。娘と同じ位の子がたった一人で、私らの爺さん曾爺さんの世代から祀られてる神様を護って下さってるって」
 造営から幾代も経た村人の抱く気持ちは、少しずつ、確実に現実を見詰め始めたもの。社を尊ぶ気持ちはあるが、時代がそうはさせてくれない。
 無論、上の世代には桜姫と同じく立ち退きを厭った者も多く居たらしい。だが、それは村長の声によって封殺されたと聴く。
「それって、村長には勿論ナイショで寄付とか頼めないのかな?」
「ええ。金額の問題では無く、人の数の力は侮れないものですので」
 アリーチェと治翠の言葉に、集まっていた村人達は瞬いた。
 遷宮を行う為の資金には及ばなくとも構わない。唯、これまでずっと一人で社を守り続けて来た山上桜姫という少女であり巫女である彼女に、届ける想い。
 村の最後に何か出来る事は無いか、そう洩らしていた村人達は顔を見合わせ、それから大きく頷き合った。

 村長宅を訪ね、茶の間に通されたアリーチェは、先ず本題を切り出した。
「実際さ、村長って桜姫の気持ち考えた事ある?」
 唐突だった。唐突だからこそ、村長は狼狽した。
「村長が不味かった部分もあると思うんだよね。桜姫が折れないのが悪い、みたいな言い方っしょ?」
「それは……」
 図星だった。村長は損得勘定のみで行動した訳ではない。実の所、幾許かの罪悪感を覚えていた。けれど、余りに頑なに過去に縋る少女に対し、つい厳しい態度を取ってしまった。
「困った時の神頼みだけして、お金が絡んだらポイした勝手を詫びるとか。今まで任せっきりで甘えてきた事とか、守っててくれた事に感謝を述べるとか。それこそ、社はなくなっても生きていれば記憶の中で生き続けるとか?」
 アリーチェが並べ立てる言葉は正論、けれど彼女の胸中は違う。
(くっさー)
 余りにありふれた正統派ヒューマンドラマ。思わず吹き出してしまいそうになりつつも、アリーチェは続ける。
「……ま、やり方は桜姫の気持ちを考えたら色々あるじゃん。要は存在意義や目標を与えてあげればいいんだよ」
 怒涛の勢いに押されていた村長だったが、反論は無い様だった。
 何せ、悩み焦れていた部分を一度に暴かれたのだ。返す言葉等ある筈もない。
 暫くして村長が落ち着きを取り戻すと、治翠はゆっくりと切り出した。
「どうでしょう。遷宮費用には及ばずとも寄付を募って来ました。村を封鎖する前に、何かしらの祭事を催す事は出来ませんか?」
 遷宮を行う事が非常に難しいのだと治翠は理解していた。それに加えて、桜姫を巫女としてでは無く、一人の少女として迎え入れる器が村にはある。
 だからこそ、仲間――冴弥が言っていた、”祭事”を提案した。
「……祭事、か」
 村長は咳払いをひとつ。それから、箪笥の上の写真立てを指差した。
「あれは……」
 一枚のモノクロ写真。灰色と黒の風景、けれど、確かに映るのは――。



 語り終えた桜姫の頭を、グィドは粗雑ながら優しい手で、撫でた。
「今までよく頑張ってきたな」
「……」
 久方振りに感じる人のぬくもり。
 彼女は瞬き、それから目を伏せる。
「巫女として勿論偉いが、俺は嬢ちゃん自身を褒めたくてな」
 言葉を失う桜姫を優しい眼差しで見詰めながら、グィドは穏やかに尋ねる。
「嬢ちゃんはどうしたい? ――巫女って肩書も大事だが、俺は嬢ちゃん自身の考えが聴きたいな」
 桜姫は巫女であらんとした。けれど、グィドは巫女でなく彼女の言葉を知りたいと言う。
「神ってのは、想いを伝えていく人がいてこそ存在できるのかなって。場所を守るのは勿論大事だが――まだお前さんには先がある、この社と神の想いを、生きて伝えていこうぜ」
 安易に死を選んではならない。言外に篭もるそれに、桜姫は俯く。
 それから響く治翠からの着信。
 伝え聴いた村の真意を耳にすると同時、嗚咽を洩らし桜姫は泣き崩れた。様々な想いをずっと一人で耐え忍んで来た彼女が、生まれて初めて人前で露わにする感情の奔流。――安堵、だ。
 その背を擦り宥めていた冴弥は桜姫の手を両手で取り、凛とした眼差しで言った。
「例祭を、行いましょう。――桜樹の祭を」
 冴弥の言葉に、桜姫は泣き腫らした顔のまま、小さく頷いた。



 毎年行われていた桜樹の祭、今年で最後になるのだと皆知っている。
 満開の桜が舞い散る社。村人らによって行われる神楽や、桜樹の巫女の祓いの儀。

 楽しげな笛の音が鳴り響く中、桜姫は神木を見上げ、そっと幹に触れた。
「……有難う」
 向けるは、撃退士へ。そして長年共に寄り添った、社へ。



 遷宮は出来なかった。だが神木の桜は、別の場所へと植樹される事となった。それは桜姫の懇願のみならず、村人達の訴えの結果だ。社は消えるが、樹は残る。巫女は消えるが、少女は残る。



 ――悠と佇む桜の傍で、未来を選んだ”山上桜姫”は笑って樹を見上げた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 華悦主義・アリーチェ・ハーグリーヴス(jb3240)
 豪快系ガキメン:79点・グィド・ラーメ(jb8434)
重体: −
面白かった!:3人

命掬びし巫女・
鍔崎 美薙(ja0028)

大学部4年7組 女 アストラルヴァンガード
凍魔竜公の寵を受けし者・
久遠 冴弥(jb0754)

大学部3年15組 女 バハムートテイマー
華悦主義・
アリーチェ・ハーグリーヴス(jb3240)

大学部1年5組 女 ダアト
花咲ませし翠・
安瀬地 治翠(jb5992)

大学部7年183組 男 アカシックレコーダー:タイプA
天使を堕とす救いの魔・
アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)

卒業 女 ナイトウォーカー
豪快系ガキメン:79点・
グィド・ラーメ(jb8434)

大学部5年134組 男 ダアト