●
平和な公園への、サーバントの襲来。
事態は緊急を要する。場に集った撃退士たちは転移装置を抜け、現地へと急行した。現場へ駆けて向かいながら、公園内で一般人の避難誘導に当たる撃退士らとそれぞれ連絡を取り合う。
戦闘に割く人手が少ないのだ。そうであるなら、専念しなければ対処し切れまい。予め現地の者とコンタクトを取り、学園で待機するキョウコ(jz0239)を介して情報を得れば、パズルのピースは繋がっていく。
「悠長にしている時間は無いからこそ、確実にいかねばな。分かりやすい状況と言うのは助かるがの」
言いながらスマートフォンをハンズフリーにし、情報を常に耳に入れる状態を保つのは鍔崎 美薙(
ja0028)。求めることで支給されたマップを手に、一般人の位置、撃退士らの位置、誘導経路、避難完了区域、サーバント・一般人の目撃情報等、全てにおいて必要な情報を確認する。
「こちらの位置も定期的に知らせる。避難は任せる故、討伐は任せよ」
頼もしい美薙の言葉に、応える撃退士らの声は士気が高い。一人たりともこれ以上の犠牲を出すまいと、皆必死なのだ。
得た情報によると、どうやら学園生が到着した頃には既に九割以上の一般人の避難が完了していたらしい。残りはサーバントを恐れ隠れ潜んで逃れている者、それ位だろう。
それに加えて、移動前に蛇蝎神 黒龍(
jb3200)は現地撃退士に対し怪我人などを保護する場所――つまり、救急車が手配された場所の情報を入手していた。数ヵ所あったが、トリアージの高い場所は一つ。怪我人を最短距離で搬送し撤退するとなれば、敵の追跡ルートは限定されるだろうという判断から、敵の居場所の絞り込みに宛てた。
「シンプル故に厄介な状況、というべきですね。ただそれだけに対処も明確です、急ぎましょう」
言いながら通常個体より些か小さなヒリュウ――ニニギを召喚し、上空へと羽ばたかせたのは久遠 冴弥(
jb0754)。木々の合間は見えずとも、それはそれで視界の通り辛い場に敵がいるということが判る。遠目から窺える視覚共有によれば幸いにも、サーバントは大きな広場を中心に移動しているようだった。
何より避難誘導の経路から逆算して考えれば、アタリは付け易い。最も近場にいる敵は――公園入口のひとつ、避難誘導経路に向かって血の匂いを嗅ぎつけでもしたのか、奔ってゆく金と銀の狼と虎の姿。
黒龍の読みは当たりだ。
「いつもはディアボロが相手だが……サーバント、か。珍しいな」
アルドラ=ヴァルキリー(
jb7894)がそう感じるのは当然だった。普段キョウコから依頼を受けることが多い彼女は、ディアボロ関係の事件に触れることが多い。
目標地点まで到着するなり彼女は翼を広げ飛行し、冴弥と同じく空からの索敵を行う。現地撃退士から得た情報と照らし合わせつつ、敵の総数と状況の把握が目的だ。
「随分と派手だがこれで感情だか魂だかを集める足しになるのだろうか? それとも時々出て来る趣味優先のタイプか?」
皆と追従する天宮 佳槻(
jb1989)は、得物である護符を手に、氷晶を思わせる光の粒を舞わせながら光纏する。
それに頷いたのはCamille(
jb3612)だ。
「そうだね。休日の人の多い公園を狙いすましたみたい。そしてサーバントの連携のとれた動き。――どこかに指揮してる天使か使徒がいる……?」
情報と、実際に見た所感では狼と虎はどうやら二体一対で行動しているらしい。その可能性は否めない。
混乱に気付かず逃げ遅れた者がいないとは限らない。理由は幾らでもある、のどかな公園であるのだから、眠っていた者もいれば偶々トイレに入っていたこともあるだろう。そういった逃げ遅れにも注意しなければならないと意識を固めつつ、カミーユは直ぐ先に迫った敵を前に闘気を解放する。
臨戦態勢。
敵の数は見聞きした情報では六体。その内二対がこちらへと向かって来ている。残りの一対がどこに居るかは未だ判らないが、美薙はいつでも生命探知を使用出来るよう気を配っている。それに、現地撃退士がある程度応戦したのか、数匹は傷を負っているようにも見えた。
戦闘開始。残っているやも知れない一般人の保護へも視野を向けながら、総員は向かい来るサーバントへと向き直った。
●
最も先に行動したのは前線に居たカミーユだ。
振るう大太刀で薙ぎ払うは、唸り声を上げつつ噛み付かんと飛び掛かって来た金の狼。その毛並は荒く、碧の眸は紅く血走っている。手負いの獣、正にその言葉が相応しい。
「早い所終わらせて生存者を捜してあげなくちゃね」
カミーユの太刀に容易に斬り飛ばされた金碧は、地面に転がりそのまま起き上がらない。スタンが効いたか――身動き一つしないその体躯目掛けて扇子が飛んだ。
「悲嘆の念を思わせる相手より、ずっとやりやすいのぅ」
ディアボロ化させられた者の悲願や悲哀は十二分に理解している。そんなことを思いながらも前衛として後衛を護り、敵を引きつけることに集中する美薙が投げ放った扇子。青白い光のアウルを纏い金碧を抉り、彼女の手許に戻っていく。
元々傷を負っていた狼の一匹は、その二段構えの攻撃の前にあっさりと地に伏し、残った三体は散り散りになって強い警戒の色を見せる。
それとほぼ同時に、スキルを活用し潜行しながら遠距離からアウルの銃弾を放つのは黒龍だ。その弾は無傷の金碧に容易く躱されるが、それで終わる訳ではない。
「容易く逃しはしませんよ」
冴弥の指示によりニニギが雄叫びを上げ、攻撃を避けた瞬間の金碧に突撃を仕掛ける。回避体勢をとったばかりの狼は逃れることが出来ず、大きく弾かれ地面を滑る。辛うじて立ってはいるようだが、脚は戦慄き、舌を出して息は荒い。元来体力が多い訳ではないのか、そもそもが脆いようだ。
しかしながらサーバント側も、やられてばかりでいる訳ではない。
攻撃により前方へ突出したニニギに向かい、飛び出して来るのは銀の虎。上空へ逃そうとするも、隙を突かれた。荒々しく牙を剥きその皮膚へ牙を突き立てると、冴弥にもそのダメージが向かう。召喚獣と同じ箇所に傷が生まれると、残る金碧、銀蒼は目の色を変えて冴弥を睨め据える。
「成る程、怪我人を優先的に狙って来る――そういう訳ですか」
呟き傷を庇って後方へ退避する冴弥を護るよう、佳槻は八卦水鏡を顕現させつつ彼女を狙うサーバントらに護符の狙いを定める。
ハイドアンドシークを用いて紛れたアルドラは、隙を狙って氷の嵐を巻き起こす。眠りに誘う夜想曲、数体が眠りにつけば、集中攻撃は容易い。
眠りこけた銀蒼の一体に太刀を振り被る一撃をカミーユが与え、それと同時に反射するよう自身の身体に傷が生まれたことに気付くと、それを見ていたアルドラは声を上げる。
「銀蒼は攻撃を反射する性質を持っているやも知れない。注意しよう!」
アウトレンジから敵を狙うアルドラとて、その脅威に晒されるのは同じ。夜想曲の眠りにかからなかった銀蒼をブレスレットから放つ獣で食い破り、僅かながらも傷を負う。
「おぬしの相手は、あたしが務めよう」
立ちはだかるよう足止めをするも、金碧、銀蒼は最も傷を負った冴弥に釘付けだ。悟った美薙は自らの腕を斬り裂き、血を溢れ出させながら言う。
自身を犠牲にし、”タウント”に近しい効果を与える。非常に巧い手段だった。――それに容易く掛かるサーバントらは、巧く分散された形となる。
喰らい付く金碧の攻撃をシールドで美薙が弾き、飛ばされた狼に向けて佳槻が舞い起こした砂塵をぶち撒ける。
「ホラ――やらせへんでっ!!」
見事命中すると同時に石化した金碧を、黒龍が今度こそアウルの銃弾で撃ち抜きその動きを完全に止めた。
攻撃や反射によって傷を負った者が増えれば、それだけ敵の狙いは分散する。だが、逆に言えばその隙を突くことが容易くなると言う訳だ。
その為、残りのサーバントを撃破するのは簡単だった。
どうやら性能自体に特別特化した点は無く、脆い。一般人にとっては脅威でも、手練れの揃った撃退士にとっては然したる問題では無いと言うことだ。
六人はサーバントの亡骸の残る入り口広場を後にし、再度索敵と生存者の探索を開始する。
「子供が隠れたままの可能性もあるしの、なにせ公園じゃ」
万一を考え、隠れ易い場所・把握困難な場所にて生命探知を使用した美薙の網に掛かったのは、残りのサーバント二体と、隠れ潜んでいた子ども達。泣きじゃくる子どもを現地撃退士への連絡で引き継ぎながら、その間にも撃退士らは金碧・銀蒼と対峙した。
――美薙の治癒により大した傷は負っていない六人と、脆いサーバント二体。
どちらに利が有るかと言えば、前者と決まっている。
佳槻が敢えて攻撃を受けることで引きつけると同時に石化させ、そこを冴弥が紫電を奔らせる布都御魂を召喚し、叩きのめす。
決め手はカオスレート差が十分過ぎるとも言えるアルドラによる影の獣の一咬みと、黒龍の一太刀。ひとつ小さく咆えたサーバントはそのまま首をかくりと折り、紛い物の生を終えた。
「逃げ遅れた子はもう居ないかな? サーバントは退治したし、捜してみようか」
カミーユの提案に頷き合う撃退士らは、存外早く終えることの出来た討伐に、油断せずとも束の間の安息への息を洩らす。
そこで。
「ははァ、随分鮮やかなお手並みで」
男の声。
――それは唐突に、背後から聴こえた。
振り返った先に居たのは、一組の、男女。
●
最後のサーバントを地に葬り、安堵した撃退士たち。
「よ、撃退士サマ」
その背後に不意に現れたのは――一対の金の角を生やした天魔らしき黒髪の女と、一人の金髪の男。
「何者だ」
呆気無く倒れたサーバントだったとは言え、皆多少なりとも傷を負っている。天魔の訪れに警戒した面持ちで振り返り、威嚇も含めて問うアルドラだったが、その男の顔を見て一瞬動きが止まる。
(――アベル?)
柔らかな金髪に、蒼の眸。面立ちがどこか似ている。けれど、違う。決定的に違うのだ。かの救済を謳うヴァニタスと雰囲気は全く異なり、冷えた狂気が感じられる。
「俺はカイン、唯の通りすがりの覚醒者さ。天使サマの拵えたサーバントとの追い掛けっこは楽しかったか?」
声音も非常に似ていた。穏やかな調子で言い、緩い仕草で髪を掻き上げる。
(カイン……? といったらアベルもおるんやろか)
そう思案するのは黒龍。
――カイン。聖書で言う、世界初の身内殺しにして、神の烙印の所為で誰も手出しの出来なかったという『兄』。そうして、殺した弟の名は、アベル。
その名に心当たりのある者はこの場に多くいた。救済を謳いディアボロを造り、撃退士達に討伐と共に”救済”を行わせる、ヴァニタス。それに酷似した見た目と、その名前。
向けられた言葉から彼が、”サーバントを操る天使と共に行動している”ということを理解した冴弥は、嫌悪をひた隠した眼差しで男を見詰めた。
「アウル覚醒者が、何故堕天していない天使と共に? ……察しはつきますが」
それでも、本人の口から聴くまでは判断出来ない。そう考えた冴弥の思考を読んだかのように、男は笑って言う。
「はは、面白いからだよ、嬢ちゃん」
「能力者の犯罪者と言うことか、痴れ者め」
アベルを知るのは美薙も同じだった。そして、男がサーバントを操っているということは、その言い草ではっきりと判った。嫌悪を隠さぬ言葉の切っ先を向ける美薙に、カインは茶化して肩を竦める。
更に送った追撃の言葉。
「アベルの身内か? それで――よもやおぬしも救済と言うのではないじゃろうな」
「そ、彼奴は俺のカワイイ弟。……ま、この名は嘘っぱちだし、あの”アベル”の名前も嘘っぱち。彼奴が馬鹿みてえな名前でヴァニタスなんかになって、馬鹿みてえに暴れてるってのを知ったから俺も真似しただけだぜ」
アベルへの皮肉と嘲笑を篭めた言い振りに怒りを覚えたのは、美薙のみならずアルドラもだった。だが互いに歯を食い縛り、飛び出そうとはしない。何せ黙しているとはいえ、相手には天使がついている。傷を負った状態で敵う相手ではあるまい。
聖書で言うカインは、殺人者であり追放者。弟殺しの名を態々名乗り、アウル覚醒者でありながら天使に与している理由――思案したカミーユは僅かに眉を顰めた。
(天使を利用して、人と接することが多いアベルへ、間接的な宣戦布告?)
向けられる嘲笑は不快感しか生まない。まるで愉快犯だ。
「と言うことは、聖女とやらに帰依した奴等の残党という訳じゃあ無さそうだな」
「連中も派手にやらかしてたみたいだな。残念だけどそれは又別、俺は独り身――ああ、今はこいつが居るけど」
違うと判っていながら口にした佳槻に、男は笑ってウインクを飛ばす。どこまでもふざけた男だ。
天魔に擦り寄る覚醒者は珍しくも無いが、過去の依頼書等で見聞きしたヴァニタス――アベルと関係が有るのならば、彼の謳う救済と、この男が覚醒者であることが何らかの関係が有るやも知れない。そう、佳槻は思う。
そこで、不意に天使が口を開いた。
「こいつなんて言い方は止して、可愛い子。私はシェリエ・マユ」
「悪い悪い、撃退士サマ方に判り易くと思ってさ。――ま、そろそろ行こうぜ」
無表情ながらに不機嫌さを露わにした天使を宥めつつ踵を返そうとした男の背に、黒龍が声を掛ける。
「待たんかい。何の用でここに来とったんや? 目的は達成されたん?」
「ああ、勿論。ま、もうちょっと殺せりゃ楽しかったんだけどな」
「殺しが目的なんか。何の為に? きみがほんまに人間なら別にメリットなんか無いやろ」
警戒は解かずに魔具を手にしたまま、真っ直ぐ見据えて天魔の舌で黒龍は搦め手を狙う。が。
「人間が無様に泣き喚いて騒いでる姿が見たいだけだよ、俺は」
外道たる発言を飄々と言ってのけると、男は再度踵を返して天使の手を取った。彼女は嬉しそうに目を細めると、髪色と同じ漆黒の翼を具現化させ、男と共に空へと舞い上がる。
「また逢うだろ、多分。それじゃあ、――”また”」
告げる語調は柔らかく、どこかアベルのそれに似ていた。
そうして去りゆく姿は、あっという間だった。
何らかの魔法でも使っているのか、広げられた翼には光の粉が舞い、速度を上げて、けれど優雅に空を駆ける。追い掛けるには分が悪く、公園での事後処理も考えればその背を見送ることしか出来なかった。
「……アベルとカイン、ね」
憂いを帯びた声音で呟いたカミーユは、記憶に確りと刻み付ける。
きっと、再来するのだろう。きっと、再会もあるだろう。
救済を謳うヴァニタスと、その兄を名乗る覚醒者。
――嫌な予感がする。
それが杞憂であれば良い。唯そう願いながら、美薙は皆に癒しのアウルを施したのであった。