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マスター:相沢
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/02/06


みんなの思い出



オープニング

●階下に散らばる破片
 落としてしまったのは硝子の靴なんかじゃあない。
 滑り落ちていったのは、きみ自身。

●目隠しシンデレラ
 私は物語を描くことが好きだ。絵を描くことが好きだ。小さい頃からずっとそう。ずっとずっと絵を描き続けて、ずっとずっと心を籠めて作品作りをして来た。
 そんな私の、秘密の癖。――好きな人を、創作物の中にモデルとして登場させること。
 誰にも打ち明けたことのない秘密の趣味。絵を見せる相手なんていないから、ただひとりで私は描き続けた。……好きな人、岡野康介くん。小学生の頃から同じ学校で、何度か同じクラスになったことがある。ただそれだけの関係。私は描くだけで満足だった。創作して、物語を紡いで、奏でていく。それだけで私は幸せだった。
 ――そんなある日、家に帰ってかばんを漁ると創作ノートが無いことに気が付いた。プロットも、イラストも、漫画も、全部描いてあるノート。
 誰かに見付かってしまわないだろうか。誰かに拾われてしまわないだろうか。色んな不安が過ぎったけれど、もう時間が遅い。明日朝一番に教室を探しに行こう……そう考えた私は、その日、早めに就寝した。
 次の日登校した私は、教室の扉を開いて直ぐ目に入った光景に声を喪った。
 黒板に貼り付けられた、ぐしゃぐしゃのノート。開かれた頁。見覚えのあるコマ割り。――私の漫画だ。私のノートだ。その横には色々な文字がチョークで書かれている。
『柏木の作品でーす』
『モデルは岡野』
『超キモい××××』
『●●●●』
『オタク女子柏木の夢はマンガ家!?(笑)』
 どうして。どうして判ったんだろう。先ず浮かんだのはそれだった。どうして。どうしてこんなことに。沢山の文字が黒板を埋め尽くして、黒板消しではたかれでもしたのか、私の大切なノートは沢山のチョークの粉で汚れていた。
 作っているだけで、満足だった。創っているだけで幸せだった。それなのに、どうしてこんなことに。
 私が教室の入り口で茫然と立ち尽くしていると、中に居た男子と女子、数人が声を上げる。
「あ、柏木じゃん! あの漫画超ウケるんですけど! 岡野だって判り易過ぎー!」
「大センセェ続きはぁ?」
「○○○○しないのー? ヒロイン柏木とイケメン岡野〜」
 ぶつけられる言葉と共に、向けられる視線が痛い。痛い程判る、私を侮蔑しているんだって。軽蔑してるんだって。気持ち悪いと、目線が訴えてくる。
「やめて」
 小さく逃した声はやっと言葉になった。けれど、近付けない。沢山のことばのナイフが突き刺さった黒板に、近付くことが出来ない。
「あいつにチクっといたから」
「え?」
「メールしといてやったって! ――あ、ホラ、康介おはよー」
 振り向くと、そこには岡野くんが居た。目が笑っていない。いつも明るくて、元気なひとなのに、怒っているようにも見える。
「どいて」
「ち――違うの、ごめんね、嫌な思いさせたよね」
 ひどくかすれた声で弁明すると、岡野くんは私を一瞥して、それから黒板を見て、溜息を吐いた。
「悪い、話し掛けないで。……正直気持ち悪いわ」
「……っ」
 明確な拒絶を示す言葉に、私は狼狽えて、立ち竦む。
 それに続いて、ひゅう、と野次の声が上がる。
 流石ぁ! と笑う声。カワイソー、と笑う声。笑い声、笑い声、笑い声。嘲笑。
 私は思わずかばんを取り落したけれど、もうその場に残ることが出来なかった。
 逃げるように脚が駆け出して、身体がそれについて来る。
 心は置いてけぼり。私の大切なノートは、黒板に貼り付けられたまま。
 大好きな人に嫌われたことがショックだったんじゃない。
 友達だと思っていた人たちの裏切りがショックだったんじゃない。
 私の大切な――心と呼んで良い部分をあんな風に傷付けられて、壊されて、それで平気で居られる程、私は強く無かっただけ。
 死んだ方がましだと思った。誰かに相談する勇気も、気力も、何もない。
 ぐちゃぐちゃに踏み躙られた私。惨めで、みっともない、チョークの粉まみれの私。
 さよなら、私。さよなら、世界。

 最上階の空き教室、青空、私はひとりきりで窓際に立っていた。窓からは外が見渡せ、登校して来る生徒たちの姿が見える。視界の端には煙を棚引かせる煙突。焼却炉だ。
 ――死ぬしかない、そう思った。全部だめになってしまった。私の人生は、創作で成り立っていたのに、それを否定されてしまったら、もう何も価値がない。見返せばいいとか、気にしなければいいとか、強いひとはきっと言う。だけど、私にそんな強さは無いのだ。
「どうして死ぬの?」
 気付けば隣に、見知らぬ男のひとが立っていた。口許は笑っているのに、目が笑っていない。
「私は無価値だから」
「ひとに価値なんて元から無いさ」
 恐らくだけど、この男のひとは、天使か悪魔の類だろうと思った。そうでなければおかしいのだ。私が鍵を閉めた教室に入って来れるわけがない。
「すべてを否定された。だから、生きていたくない」
「いつか受け入れてくれるひとが現れるかも知れないのに?」
「そんな夢みたいなこと」
 天使か悪魔の癖に、私をまるで生かそうとしているような口ぶりだった。
 それが何故だかおかしくて、私は一度だけ男のひとの目を覘いた。
「……良いの。もう、良い。怖いのは嫌なんだ」
「――……そう」
 最期に話をすることが出来たのがこのひとで良かった、と私は少しだけ思う。
 私の心を、否定しない、受け入れるひとが居るかも知れないって、言ってくれたひと。
 窓を開けて膝をかけると、不意に肩を後ろに引かれる。
「……っ!?」
「御休み、――可哀想なシンデレラ」
 それから急に眠気が襲って来て、私は後ろに倒れ込む。
 抱き留めてくれた男のひとの冷えた掌を感じながら、微睡みに沈んでゆく。

 ああ、――私の心は、何所に行っちゃうんだろう。

●灰の城
「キョウコさんでーす、依頼のお届けに上がりましたー、っとくらぁ!」
 斡旋所に駆け込むなり一通の書簡をデスクに叩き付けたキョウコは言う。
 書簡に描かれているのは――目を隠した『シンデレラ』のイラストと、その名前。救済を謳う冥魔・アベルから送られて来たものだ。
「場所は某県K高校。校舎裏、一限目の授業中、焼却炉付近で発見されたよ。そのディアボロ、『シンデレラ』は灰の中でちょっと大きめの城を築いてるらしいけど……今のところは一切被害は出ていない、筈。何せ学校の敷地内だからね、部外者は侵入しようがない」
 現在学校内では一時避難と人数確認も含めて体育館に全校生徒を誘導済みらしい。
「そうしたら、ひとりだけ登校者の中で足りない子が出た。校舎内を先生方が探索しても見当たらない。おうちに電話しても帰ってない。尚且つ、行方不明になった子はディアボロ発生前に、同級生からある中傷を受けていた。……ここまで言えば察しがつく子もいそうだけど」
 行方不明者の名前は、柏木姫奈。事情についてはある程度入手してある。
「……まあ、真偽は判らないよ。でも、可能性が高いのは事実。生存してるかも! って考えるより、ディアボロがその子なんじゃ、って考えて行動する方が賢いと私は思う。ともかく、被害なんかが出る前に片付けちゃいたいね」


リプレイ本文

●禊の刃
 ――鐘の音が、聴こえる。

 矢野 古代(jb1679)は焼却炉に築き上げられた城の前でひとり佇む。
(鐘の音。そして灰。――シンデレラか)
 生徒が野次馬目的で訪れないよう、牽制の意味もある。
 だが。
(聴取をして、どうなるって言うんだろう)
 古代は静かに思考を巡らせながら、灰の城へ――中に佇む姫君に向けて、『独り言』をこぼす。
「鐘がなっているけど、きっと君には助けてくれる仙女も、名付け親も居なかったんだろうな」
 義姉達はシンデレラを殺さなかった。けれど、生きて飼い繋がれる事は死と同義かも知れない。助けが無ければ物語の少女はきっと姫君にはなれなかった。
「ほんの少しでも。残したい想いがあるのなら。――俺に見せてほしい。最期くらいは汲み取って俺の中に残しておこう」
 返事はない。それでいい。あくまで『独り言』で、答えを求めるものではないのだ。



 帰宅する事も出来ずに体育館に集められた生徒と教師達。
「避難者については任せるがよい。捜索頼んだのじゃよ」
 スマートフォンで別班にそう告げると、鍔崎 美薙(ja0028)は避難者へと向き直る。
 巫女装束を纏い、阻霊符を敢えて見えるよう使用し、『護られている』という状態を示す。使用されたマインドケアの効果も相俟って、撃退士の訪れに安心し、気を弛めた生徒も多い。
「成る程。……そういうことか」
 行方不明になった生徒の担任から事情を聴いていたアルドラ=ヴァルキリー(jb7894)は、合点がいったように頷いた。
 中傷を受けた生徒。深い傷を負ったに違いない。そして救済を謳うヴァニタス。この繋がりは――。
「大体察しはつくが……全く、嫌なものだ。これも人間、か」
 聴いた話だけで、推察出来た。
 アルドラは人間が好きだ。だからこそこの場に来た。けれど、虐めという現実を知るのは気分の良いものではない。
 それも人間の側面だと判っていながらも、少し、哀しかった。
「関係者に事後の事情聴取がある。必要な事じゃ、すまんが協力して欲しい。何か影響が残っておると良くないのでな」
 美薙は柏木姫奈のクラスメイトを集め、言った。
 未だディアボロは敷地内にいる。行方不明者の捜索も未だだ。
 けれどその間でも聴き出すことは出来る。

「最悪の事態は想定しておきましょう。その上でどうするかですね……」
 体育館にいる仲間からの情報を聴きながら、安瀬地 治翠(jb5992)は時折痛ましげに表情を歪める。
 ドアが開け放たれたままの教室。
 行方不明者――柏木姫奈のクラスだ。
「いじめられたシンデレラ?」
 Robin redbreast(jb2203)が発した第一声はそれだった。
 鐘の音。灰まみれの城。そして届けられた書簡の内容。鍵は揃っている。
 冥魔の普段の傾向から、虐めの被害者が素体なのだろう。
「……どうして」
 酷い有様だった。矢野 胡桃(ja2617)が震える声で呟く。
 丁寧に描かれた絵を塗り潰すようなチョーク。埃。
 黒板一杯に書かれた中傷。幼いからこそストレートな言葉は、見るだけで胸が痛む。
 一限目は移動教室だった。その後ディアボロが出現し、教師は生徒の避難誘導に当たった。柏木姫奈ついては『保健室に行った』等と嘘をついた生徒がおり、状況把握が遅れたそうだ。
「おサボり先生かと思った」
 貼り付けられたノートを丁寧に外すと、ロビンはチョークの粉をはたく。
 乱暴に扱われでもしたのか、よれたそれ。
「シワ、伸びるかな?」
 丁寧に粉を落とす様子を見ながら、治翠は静かに落胆の息を吐く。
(また悲劇が起こったのでしょう、どこにでも有り得る故に本人にとって重要な悲劇が)
 声にはしなかった。口にすると、心を揺らす胡桃を傷付けてしまうような気がしたからだ。
 ――何の変哲もない事。特別でない事。それでも、本人にとっては堪らなく、辛い事。
 三人はノートを回収すると仲間へ連絡し、そのままディアボロの元へと向かった。

 焼却炉。撃退士らが集う事によって事実上封鎖されることになる。
 即ち、危険が拭われる。その報を得て、美薙とアルドラは先ず、無関係の生徒達を帰宅させた。そして、教師と共に事件のあった教室へと引率する。
「どんな理由があれ中傷は悪事じゃ。そんな事は判っておるじゃろう」
 美薙は振り向くと、汚れた黒板を示しながら言った。
 教室を捜索していた班からこの惨状については聴いていた。
 だからこそ、片付けさせなければならないと思ったのだ。
「どれほど正当化しようと、それを理解っている以上向き合わねばならぬ。謝るべき相手はもういないのじゃから。――故にまずは己で書いたものの始末をせい」
「柏木が死んだってこと?」
 波紋が広がった。そもそも、それは生徒は勿論、教師にも判らない話だ。柏木姫奈が行方不明になった事実は皆理解しているが、彼女がディアボロになっただとか、彼女が自殺しただとかという事は、確定事項ではない。
「俺達はただからかっただけだ」
 ただ揶揄っただけ。それだけで彼女が自殺するとは夢にも思わない。
「少し、話をしよう。ある少女の話だ」
 ざわめく生徒と青い顔の教師を尻目に、アルドラが静かに言った。
「そいつは物語を描く事が好きで、恥ずかしがりだった。誰の為でもなく、自分の為に描く。彼女だけの秘密だった。――だがある時、秘密は乱暴に暴かれてしまう。彼女の心も踏み躙られた。心を壊された彼女は姿を消して、それっきり、だ」
 生徒達は顔を見合わせる。アルドラは「勿論未確定ではあるが、九割方彼女はもうこの世にいない」と付け足して続けた。
「……もう気付いているかもしれんが、誰の事かは分かるな? 無理は言わんし、君達を裁こうとも思わん。怒るつもりも叱るつもりもない。ただ、君たちが何をしたか、意識してみて欲しい」
 柏木姫奈。撃退士には、彼女がアベルの手によってディアボロ化しただろうと想像出来る。だが、それを伝えられていない生徒達が戸惑うのは当然だ。
 美薙が黒板に書かれた文字を指差す。その中心にあったノートはもうない。
「悪事をしたら、背負わねばならん。相手にとってそれだけの事をしたのじゃから」
 彼女の言葉に、生徒の中で反発がうまれた。
「悪事って……私達はからかっただけだって言ってるじゃん。結局説教?」
「キモいとは思ったけど、別に死ねって言ったわけじゃねーよ」
「勝手に悪魔だか何だかに捕まった柏木が悪いんじゃないの」
 生徒達の非難も当然だった。まさかクラスメイトが自身の言葉で死を選ぶとは思わない。自殺という事実も、未だない。だから、沸いた。
「不愉快なら、気味が悪ければ、相手を殺して良いのか」
「だから、殺してなんかないって言ってんじゃん!」
 反発は強い。結局の所何の責任も感じず、何の理解も無く彼らは”虐め”に加担した。
「ならば今、不愉快さを感じ人の痛みへの無理解に嫌悪を覚えたあたしがおぬしを殺しても、自業自得じゃな?」
 真っ向から生徒を見据え、厳しい口調で言い放った美薙。
 その鋭い言葉に、言い返せる者はいない。



 語らずの姫君を起こす時が来た。
 合流した四人は顔を見合わせ頷き合う。
 城内に入り無傷で戻った生徒がいるとはいえ、油断は出来ない。盾を顕現させ、直ぐ仲間を護れるように警戒する治翠を先頭に狭い城を進み、開けた場所で彼らはその存在と対峙した。
 遠目では、煤けたドレスを纏った少女。目隠し、灰塗れ、裸足。彼女は書簡にあった”シンデレラ”と瓜二つだった。
 静かに佇む姫君と対峙して、数秒。何事も起きない。
 更に数分。何事も、起きない。
 怪訝に思った治翠が一歩と近付くより先に、胡桃が行った。そして、躊躇いもなく姫君に触れる。それでも、何も起きない。まるで何も感じない草木のように佇んでいた。
「……そう、なの。この子もなのね」
 何となく、察しはついていた。教室のノートを見た時から感じていた胸のざわめきは、確信に変わる。
 怪訝な治翠や古代、ロビンに対し胡桃は説明する。
 過去にアベル絡みで遭遇した、”人間に害をなさないディアボロ”の存在について。
「……親指姫の依頼報告書は拝見しましたが、本当にいるのですね」
 そう言って治翠は盾を下ろす。何の為にそんな存在を生み出したのかは図り兼ねるものの、アベル曰くの『救済』の一環なのだろう。
 改めて美薙とアルドラに連絡を取る。無害という事は、現時点でこれ以上死者が出ることはない。
「目隠ししてると、顔が見えなくて、行方不明の子か確認できないね」
 ロビンの発言は尤もだったが、ほぼ同化しているそれは、外そうとすれば彼女を傷付けかねない。
「頑張ってきれいにしたよ」
 自身の服で表紙を拭いたロビンは、姫君にノートを差し出す。
 出来るだけ内容を見ないよう進言したのは治翠だった。彼女にとっての秘密、たとえ暴かれた後でも可能な限りは護り通したい。
 姫君は差し出されたノートを前に黙していたが、ロビンはその手に握らせる。
「……王子様にはなれないけれど。せめて、貴方の為の南瓜の馬車に」
 今にも感情が爆発してしまいそうな胡桃は払うよう首を振り、浅い笑みを浮かべる。
 僅かに震える肩に気付いた古代は、さり気無く彼女の背を叩いた。
 自己満足。死んでしまえば皆無意味。鳴り続けるのは悼みの鐘でも、死者である彼女の心を救う術は誰も持たないし、人間相手に弔い合戦が出来るわけでもない。
 古代は真っ直ぐ姫君を見詰めた。
 ロビンが目隠しに触れると、鐘が一際大きく鳴り響く。
 異変。警戒し身構える治翠が盾を構え直すが、シンデレラは動かない。
 そして、視界はホワイトアウト。

●砕けた靴
 私はお姫様にはなれっこないけど、夢の中ではきれいでいられた。
 私は魔法使いにもなれはしないけど、夢の中ではなんでも叶った。
(想いを描くだけで良かった)
(夢を見るだけで良かった)
 だけど、いけないことなんだって。全部全部否定されちゃった。もうだめ。弱いのかな。弱いのかも。でもね、私のすべてだった、心だった、大切にしてた、だから、粉々にされたらもうむり。

 ――ああ。ああ。何も見たくない。何も聴きたくない。何も言いたくない。もう痛いのはいやだよ。

●拡がる膿
 映し出されたのは、ひとりの少女の悲痛な叫び。
 偶々夢を見た。偶々形にした。偶々見付かって、それで。
 少女は脆く、逃げる事しか出来なかった。自らの心を護る事すら出来なかった。もしかしたら味方だっていたかも知れない。その可能性すら斬り棄てて、少女は逃げ出した。
 よくある話。結末が死に至った時点で、簡単に済まされるものではないけれど。
「もう、いいの。灰被りのお姫さま。貴女の心は……もう、穢させない」
 見せられた”現実”は胡桃の胸を抉る。
 虐めと呼ぶ程ではない。けれど、脆い心をひどく痛め付ける中傷。他人からは揶揄い程度のもの。それでも、そっと夢みるだけの心を笑われ、穢されてしまった。
 姫君がまるで自分自身のようで、胡桃は溢れる涙を止められなかった。
 ゆっくりと近付いて、抱き締める。反応は無い。
 重く鳴り響き続ける鐘の音。全てを閉ざす反面、気に掛けて欲しいと訴えているのかも知れない。
「何と言うか……心を慮ればこんな事にはならなかったんだろうな……」
 今更の話だと古代は思った。生者がどう省みようと、踏み躙ってしまった傷は戻らない。
 だから。
 ぽろぽろと涙を流す胡桃の頭をくしゃりと撫でて、姫君に真っ直ぐ向き直る。
 王子様になるには少しばかり薹が立ち過ぎている。それでも、古代に出来る事。
「――おやすみなさい、シンデレラ。お前のかんばせは見えないが。きっと誰よりも『綺麗』だったろう」
 据えた銃口と、姫君の胸元が重なる。
 本当に必要なのは死者への弔いの言葉ではなく、生者がこの先どう生きていくかの指標。
 中傷の現場を学生達に掃除させたと聞いたが、その程度で禊になる筈もない。人が死んでいる。償いになるかと言えば、否。
 ――精密殺撃。練り上げたアウルを篭めた銃弾で、シンデレラを穿つ。
 最期は呆気無い程静かだった。聴こえたのは銃声ひとつ。彼女は静かに崩れ落ちる。もがくでも、呻くでもない。痛みを忘れた姫君は、ただ静かに歪な生を止めた。
 崩れ落ちる瞬間、治翠はアウルで精製した風をシンデレラへ向け、煽る。
 主が事切れると同時に罅割れ始めた城の中を吹き抜ける風、それは彼女が纏っていた灰を吹き飛ばす。
(傷つけられても傷つける事を選ばなかった彼女に敬意を)
 治翠は灰が散って汚れが落ちたシンデレラの亡骸を見て、ほんの少し安堵した。
「もう、傷つかないで。もう……だいじょぶ、よ」
 胡桃は膝をついて、亡骸をもう一度、そっと抱き締めた。
 地に伏した姫君の手には、撃退士らの手で彼女の許に戻された大切なノート。
 けれど、それでめでたしと纏めることは叶わない。
「シンデレラに意地悪した義姉達は、何食わぬ顔して日常に戻り、彼女の結婚式に出席したが――」
「どうなるの?」
 古代の語り口に、ロビンが小首を傾げる。
 それは因果応報、連鎖する物語。
 果たして、負の連なりを断ち切ることが、叶うのだろうか――。



 教室の清掃を行う生徒と、それを監督する教師。
 美薙の言葉を受け、反発する者はもう誰もいなかった。それは皆が皆反省したからではない。心の底から恐怖を覚えたからだ。
 黙々と片付け、作業をこなす。
 その現場を訪れた治翠は、教師にディアボロ討伐の報告を行うと同時に、今後の生徒のフォローを強化するよう頼んだ。
 自分たちの言葉でクラスメイトが死んだ。その事実を実感するまで数日要する者もいれば、必要以上に自身を追い詰める者だっているやも知れない。特に、柏木姫奈の想い人の少年や、交流の在った者には注意が必要だと告げ、アルドラもそれに同意した。
 泣き出した生徒もいた。軽い気持ちだったと後悔する者もいた。自身の罪を認められない者も。
「怒ったり、叱る事では解決すまい。くれぐれも、第二の被害が出ないように」
 教師は撃退士らの依頼に頷き、憔悴した顔をしている生徒たちを見渡した。










 ――結果的に。










『別に俺達は虐めなんかしてなかったのに』
『ていうか岡野ひどくない?』
『柏木が自殺したのは岡野の所為』
『あーあ、柏木かわいそ』


 数ヶ月後、柏木姫奈の在籍していたクラスでは冗談半分の揶揄ではなく今度こそ『虐め』が起こり、連鎖した先の被害者――岡野康介は転校した。事前に撃退士から、重点的にフォローを行い注意するよう伝えられていた為に被害は最小限で抑える事が出来たが、彼は執拗な中傷を苦に自殺を図った。何とか一命は取り留めたが、未遂で終わったその後の委細は知られていない。
 教師の責任如何の話ではなく、”今度は”完璧に隠し、団結し、敵を作り、攻撃した一部の生徒たちの行動力が問題だった。

 ループアンドループ。生者の行進は止まらない。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 花咲ませし翠・安瀬地 治翠(jb5992)
 天使を堕とす救いの魔・アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)
重体: −
面白かった!:4人

命掬びし巫女・
鍔崎 美薙(ja0028)

大学部4年7組 女 アストラルヴァンガード
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
花咲ませし翠・
安瀬地 治翠(jb5992)

大学部7年183組 男 アカシックレコーダー:タイプA
天使を堕とす救いの魔・
アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)

卒業 女 ナイトウォーカー