●君はいずこブルーバーズ
空近く晴天。
晴れ渡る青空に千切れ雲が流れ、寂れた公園の芝生を風がささと揺らす。
そんなのどかな景色の公園で、軽い探索を終えた後集まった五人はそれぞれの思慕に暮れながら、アウルの力を利用して生命探知を行っている命図 泣留男(
jb4611)を待つ。
「父親の話じゃあ、子どもたちは幸せの青い鳥を信じ込んでいた、そうだ。兄のイチルの性格は大人しく、妹のミチルは気が強い」
事前に依頼主である父親にリサーチを行うことでスマートフォンに収めていた情報を読み上げ、アラン・カートライト(
ja8773)は整った眉を顰めて一度言葉を切る。
「そして、兄妹は揃いのペンダントを持っていたらしい。……ディアボロが子どもであるかどうかは、最悪コレで判りそうだな」
「それじゃあ、注意深く見てなくちゃね」
促しに頷いたのは、桐原 雅(
ja1822)。
幸せの青い鳥。有名な童話の一つで、”子どもたちが本当の幸福の在り処を捜しに行く話”、であるのだと恐らくこの場にいる全員が理解しているだろう。
「青い鳥、か……さて、信じた頃も、有ったかねェ?」
抜ける蒼天を眩しそうに見上げながら、仁科 皓一郎(
ja8777)は胸元を軽く叩き嘆息を吐く。
「まったく……やな予感しかしないぜ」
トレードマークでもある青の長髪とコートを隠した蒼桐 遼布(
jb2501)は頚裏を掻いて項垂れる。
青い鳥を捜しに行った子供たちの失踪と、青い物を捜し奪うディアボロの出現。
その二つに繋がる奇妙な共通点に気付かない者はいない筈だ。だが、それぞれ希望や、可能性を棄て切れずにいる。
(二人の消息が判明していないなら、未だ希望はある筈……)
ポケットの中に忍ばせた青色のハンカチを握り締めながら空を仰いだのは、雫(
ja1894)。長い銀髪を風に靡かせつつ、研ぎ澄まされた意識は辺りの気配を静かに探っている。
子どもたちの生存は絶望的とされた依頼であれ、存命を望むのは当然だった。
無事を祈り、その為に最善を尽くす。それが撃退士であり、彼、彼女たちの使命とも言えた。
「ワイルドな堕天使は黒い衣裳で降臨するのさ……」
そして、そんな小洒落た文句と共に一同の元に帰って来たのは、言葉通り全身黒尽くめの衣服で身を包んだ泣留男……否、メンナク。
この夏日には余り相応しくない服装だが、青いものを狙うディアボロの習性に合わせた彼の策でもある。彼自身、回復役である自分が狙われては致命的と考えての結果だった。
「この近辺で、生命探知の反応はぼんやりとだが二つ。そいつが果たしてディアボロなのか、子どもなのかは幾らクレバーな俺でも――」
「いや、残念だが」
アランがメンナクの言葉を遮り、声を上げる。それに促されるように一同が顔を上げると、高い高い上空から落ちてくる、否、降りて来る影が二つ。
「……ディアボロたちの御来場らしい」
逆光で見え辛くも、それは二羽の大きな鳥だった。徐々に近付いて来る影はその輪郭から全貌を見せ、それが青い鳥だと判る頃には撃退士ら六人は大きく跳躍し、散開していた。
「ちっ……いとけない子どもらを救う未来を切り開く凶暴アンリミテッドはいったい何処にあるんだい? 情けない話だぜ!」
落下して来た鳥は依頼書の通り、嘴の色が異なる一対。ある程度まで降下してきた鳥は、撃退士らの上空で大きく翼をはためかせながら何か狙いを定めるように旋回している。
それぞれが得物を具現化し攻撃態勢を整え始めると、殊更二羽は色めき立ち飛行位置を低くする。どうやら遼布の帽子からはみ出していた青い髪に誘われて現れたらしい。
予想より些か早い主賓の登場にも撃退士たちは怯まず、戦闘準備を終えさせる。
――そうした彼らを見守る、ひとつの影があった。闘いを繰り広げ始める六人の撃退士を眺めながら、面白そうに口許を笑みの形に結び、絵本のページを捲る男。
「……さあ、どんな物語を彼らは作ってくれるんだろうね?」
公園の隅、木蔭の下で彼はひとり、ふたつの鑑賞会を見始めていた。
●ハピネス・ブルーバーズ
真っ先に動いたのは、黒い嘴をしたディアボロだった。
旋回から滑空する勢いそのままに狙いをつける先は、勿論青一色で統一された衣服を纏った遼布。髪を、服を、武器を、全てを奪い取るべく嘴を向ける。
「削竜active。Re-generete――……ッうぉ!? 本当に青いもん狙ってきやがるな!」
しかし、辛うじて避ける。髪の数本を犠牲にしながら踏んだ数歩のステップで回避し、削竜の劔を打ち込み引き摺り下ろす。尖った刃に引っ掛かった身を削り千切られ、黒嘴は小さく悲鳴のような鳴き声を上げ再度飛翔した。
黒嘴の声に誘われるよう、矢次に遼布へ向け鋭く降って来たのは白嘴だった。番いの片割れを労わり翼を広げた滑空と共に、足爪を伸ばして大剣を攫む腕へ大振りに薙ぐ。
流石の連投にテンポを崩した遼布は浅い傷を負うが、そのチャンスをアランは逃さなかった。二羽の集中攻撃を目算しての駆け足からの掌底は、攻撃タイミング丁度の衝撃で白嘴をアランと遼布から遠ざけ地へと転がらせる。
「今だ、仁科」
「あァ。……こっちにゃ向いてくれねェかね、と」
声掛けに促されるより先に盾を持って割り行ったのは、皓一郎。陽炎のアウルを纏った皓一郎を前に白嘴は警戒心を露わに身を毛羽立たせ飛び立ち、けれどその挑発の効果から取る距離はそう遠くない。
白嘴は威嚇の為に青天を背に鳴き、大地を震わせる。けれど、それだけだった。彼らの意識を奪うには足らず、鳴き声を虚しく響かせただけ。
黒嘴はその声に共鳴するよう少し声を上げ、得物を狙う猛禽のそれで翼を大きくはためかせる。
――結果的に、分断作戦は成功だった。
番って合わさるように飛んでいた二羽は引き離され、低い位置で円を描くように飛んでいる。
戦況が落ち着いた所で漸くと意思疎通を行う手立てが整うと、メンナクは大地に二本の足を立て、遼布の周りを旋回している黒嘴へと意識を向ける。
『おい! まさかとは思うが……お前ら、イチルとミチルじゃないだろうな?!』
それは疑問であり、希望を託した願いも僅かに秘められた問い掛けだった。
ディアボロである相手から返事が返るとは思わないが、けれど、それ以上に”ディアボロ以外が見付からなかった”この公園で子どもたちが行方不明になった事実は変わらない。
託す祈りに、人語を解すことの出来ないディアボロからの返事は無い。
けれど、向けられた反応は”返事”と呼んでも差支えが無い程不自然な動き。
空を旋回していた黒嘴は一度大きくはばたき、それからメンナクの元へと緩やかに降下していく。余りに敵意の無い大人しさに、メンナクは思わず腕を差し伸ばした。そこに黒嘴が止まろうとした瞬間、――羽毛に覆われた大鳥の胸元に、シルバーのペンダントが見える。
「……くそったれ」
呟きと共に咄嗟に引いた腕のあった場所を、黒嘴の翼が薙ぐ。
メンナクが反対の方向で空を泳ぐ白嘴を目で追うと、同じく胸元には羽毛に埋もれながらも銀に光るものが見えた。
それは問いへの返礼だった。希望を喰らい尽くす、失望の。
「あいつらは……青の化身は、幸福を望んだ子どもたちのなれの果てだ! あの胸に掲げるSILVERのペンダントが証拠だッ!」
傷を癒すことの出来るメンナクにとって、身に傷を負うのは大した問題ではない。
他者を護ることを強く願い、祈る優し過ぎる彼にとって、他者が心に深い傷を負ってしまうことの方が、余程痛みを覚える事実だったのだ。
「……せめて、その蒼を抱いて、幸福を信じて、――逝け!」
痛みは嘆きへ、嘆きは悼みへ。
誰が悪いでもなかった幸福だった絵本の結末に、撃退士たちは憤り、奔る。
青いハンカチを手首に巻いた雫と、青いイヤリングを嵌めた雅とが共に大地を蹴る。
主に遼布へと狙いを定める黒嘴の降下タイミングを狙っての攻撃だ。
「はッ!」
青とは言えど黒みの深い雅の眸より先に、この空に似つかうイヤリングへと狙いはぶれる。
降下タイミングを狙い蹴り落とした雅の脚は黒嘴の背に重い音を起てて吸い込まれ、嘴から飛び散る僅かな黒血。大きく翼を広げ再度飛翔しようとはばたいた黒嘴だったが、大きく痙攣した後直ぐに意識を失った。
「……これで、苦しまないで済みますから」
そして更に襲った追撃と呼ぶにはいささか過ぎる、雫の重い鉄槌での一撃は黒嘴の腹を打ち砕き、その身を地へ無残に落とさせる。
過ぎるダメージに黒嘴の意識はもう無いのだろう、翼を悠とはためかせることも出来ず、ただもがきながら地でばたついている。
「やな予感的中、か」
黒嘴の翼をを抉る刃を振り落としたのは遼布。
結果その身を地に縫い止める形となり、黒嘴の敗北は決定的となる。
感慨は特に含まずとも、遼布の太刀筋にも僅か乱れが有ったのは確かだった。
(――嘆く必要も、結果も何も無い。ボクの力が及ばない事まで嘆くのは、きっと傲慢だと思うから)
雅は、片翼を踏み付け青の羽毛を散らす。その心に迷いは無かった。
(……母親を慕うことが出来なくなってしまった、子どもたち。母と父と、触れることはもう二度と出来ない――……ああ、なんて)
雫は、自身でも制御出来ない内から臨む感情に歯噛みして愛用の得物を握り緊める。そして、振り下ろした先は、無防備な大鳥の後頭部。
黒嘴はその命を散らして地に転がり、ただの死骸と成り果てた。
――持たなくとも良い感傷と斬り捨てた少女と、持ちたくない感傷に苛まれる少女。
それぞれが顔を見合わせ頷き合うと、三人は共に、急いてもう一羽の元へと向かった。
黒嘴の死から暫くして公園に響いたのは、強い耳鳴り――否、悲鳴にも似た鳴き声、だった。
相棒が斃れたことを知った、悲壮の声。哀しみを強く湛えたその音は、撃退士たちの意識を揺さぶる。
●ぼくらはブルーバーズ
「イチル、ミチル、あなたたちは世界一かわいいわ」
お母さん、本当?
「ええ、本当よ」
お母さんはいつだって嘘をつきません。
だって、ぼくらの世界一のお母さん!
「イチル、ミチル、あなたたちはわたしたちの宝物なの」
お母さん、本当?
「ええ、本当よ」
お母さんはいつだって嘘をつきません。
だって、ぼくらの宝物のお母さん!
「イチル、ミチル、あなたたちをずっとずっと愛してるわ」
お母さん、本当?
「ええ、本当よ」
お母さんはいつだって嘘をつきません。
だって、ぼくらもお母さんを――
”愛してるんだから!”
おやすみなさい、おやすみなさい。
だからぼくらは鳥になって青い鳥をさがしに行くんだよって、お母さんが起きたら伝えてね。
●愛してブルーバーズ
ぶれる眼前が痛むのは何故だろう。メンナクは歯痒さと口惜しさから噛み締めた唇が、裂ける音を聞いた。
揺れる視界、戦慄く身体、幻惑術のようなものから復帰した六人には僅かずつながら、戸惑いがあった。
白嘴と交戦しながら細かな傷だらけになった皓一郎へ向け、メンナクは走る。
「……漆黒の中にこそ、輝きは封じ込められている!」
幸福が閉じ込められてしまったものは漆黒では無く、真っ青であったけれど。
盾を構え青いハンカチを腕に巻き、白嘴を相手にしていた皓一郎の傷は、メンナクの唱えた治癒のアウルでやわらかに癒え薄らいでゆく。
「ありがとよ。……バステは皆案外、イケるか?」
「……青き化身の片割れは……もう、終わりだ。ガイアの守護を受けた俺たち相手に敵うわけがない」
言葉通り、何らかの効果を受け立ち竦んだ者は居なかった。
傷を負い相棒を喪い、元来気性が荒いわけでもない白嘴の気概が折れたのは誰の目から見ても明らかだった。
宙を旋回する白嘴は翼を伸ばし、撃退士らに向けゆっくりと高度を下げて降りて来る。
警戒し盾を担ぐ皓一郎を尻目に、白嘴はそれよりなお早く飛翔し、黒嘴を屠った三人の元へと急降下した。
「危ねぇっ」
「……っ!」
それぞれが飛び退いたのも束の間、白嘴は彼女らへ攻撃すること無く、地面へと翼を閉じて降り立った。とんとん、と爪先で地を蹴り跳ぶと、地に転がった黒嘴の亡骸へ近付く。
まるで小鳥が仲間に身を寄せるように。
まるで生き物が温もりを求め擦り寄るように。
一度作り変えられ偽りの魂を与えられた筈のディアボロに、まるで命が、意志が宿っているかのように、撃退士ら六人の目には見えた。
そう”創られた”のか、そう”出来て”しまったのか、彼らには未だ判らない。
「……柄じゃねェ、けどよ」
白嘴を追ったその背後、へら、と濁して笑った皓一郎の手には、ヒヒイロカネから具現させた細身の大太刀。本来で有れば避けるであろう一閃を、地に足を付けた白嘴の背に切り付ける。
――そしてそれは、一瞬。白嘴は自ら添うように釼先を通り、太刀の光を弾かず片翼を落とした。ぼたぼたと散る黒血を気にするでもなく再度地を蹴り跳ねると、黒嘴の傍らで止まった。
「――……嗚呼、御休み」
アランの声に白嘴は、振り返らない。
戦斧を振り被ったアランの振り落とすような一撃を受け、白嘴は二度目の生の末、元妹の亡骸に寄り添い絶命した。
誰も口を開くことが出来ず暫くして。
外へと常に意識を払っていた雫が不意に顔を上げる。
「どうかしたの?」
「いえ……」
尋ねる雅に、雫は怪訝な表情を僅かに覘かせながら辺りを見回した。
「一瞬、誰かに見られていたような気がして。……でも、気の所為かも知れませんね」
絵本を片手に笑う、男のビジョン。
見知らぬ残像を振り払うように首を振ると、雫はハンカチをきつく握り緊め息を吐いた。
●ララバイ・ブルーバーズ
痛みは嘆きへ、嘆きは悼みへ。
戦いが終わり、ひとけの去りつつある公園で。
地に落ちた羽毛の内の一枚ずつを拾い上げたアランは、一抹の感傷を覚えながらそれらをゆるく掌に収めた。
依頼上父親に子どもたちの生存報告を伝えることは出来ない。
だから、代わりに二枚の羽根を。
「青い羽根届けに行く、てなら付き合うわ、見てるだけだがよ」
羽根を摘まみ上げたアランに近付いた浩一郎は、双眸を眇めて僅か笑う。
「あァしかし、お前さんらしいねェ……」
「何だよ、らしいって」
アランと足取りを並べた皓一郎は、肩を竦めて言葉は返さなかった。
「単なる気分だ、深い意味はねえよ」
雲の散った空は、抜けるような青天。
何よりも青く澄んだ宙の下、青い幸福の亡骸を二枚携えて、撃退士二人は四人の元へと向かった。