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マスター:相沢
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/08/15


みんなの思い出



オープニング

●お菓子の家で甘いキスを
 優しい優しいおかあさん。
 お菓子の家は夢の家、夢を壊そうとするのは誰?

●ヘンゼルと魔女
 パパとお兄ちゃんとわたし、三人で仲良く暮らしていた筈のお家。
 それなのに、ある時からわたしの家には魔女が住み着いてしまった。
 魔女は笑って言う。
「今日はお菓子の家を作ってみたの。どうかな、タクトくん、エミちゃん、味見してみてくれない?」
 魔女は――継母は、笑う。笑う、うそみたいな顔をして笑う。
 それなのに、お兄ちゃんは気付かない。パパもそう。誰一人気付かない、だけどわたしには、……エミにはわかる。このひとは魔女なんだってこと。このひとは悪いひとなんだってこと。だって、お兄ちゃんもパパも、魔女にすっかり心を奪われてしまったからだ。
 エミはお兄ちゃんが大好き。好きって気持ちがいっぱいで、いつも爆発してしまいそう。お兄ちゃんもエミのことが好きだった。二人きりでパパの帰りを待つ夜、いつも二人で手を繋いで眠ってた。エミ、好きだよ、ってお兄ちゃんは言う。だからエミは嬉しくなって、わたしもだよ、って笑ってた。それなのに、あの魔女が来てからは違う。二人で待つことが無くなってしまった。お兄ちゃんもパパもエミだけのものだったのに、パパが魔女を連れてきて、お兄ちゃんも次第に魔女に心を取られてしまった。
「エミちゃん、どうしたの? 美味しくなかった?」
 目の前に置かれたお菓子の家は、前の――わたしとお兄ちゃんをぶった怖いお母さんよりずっと上手。きれいに焼かれたビスケットに、チョコレート、並べられたドロップは宝石みたい。お兄ちゃんは夢中になってビスケットを齧って、「おいしいよ、お母さん!」なんて笑ってる。うそ。うそ。うそ。やだ。やめて、やだよ。
 どうせ、このひとだっていつかエミとお兄ちゃんをぶつに決まってる。お父さん以外信用しちゃあいけないんだって、知ってる。
 それなのに、そうだった筈なのに、お兄ちゃんは魔女に夢中だった。
「お母さん、全部一人で作ったの?」
「そうよ。変なところがあったら教えてね、お母さんが全部食べて隠しちゃうから」
 くすくすと笑いながら人差し指を立てる仕種がきもちわるいと思った。
 エミはお皿を突き返して、席を立つ。どうして座っちゃったんだろう。最初から判ってたのに。でも、だって、お兄ちゃんが一緒に食べようって言うから、仕方なかった。でも、エミには無理。
「おいエミ、どうしたんだよ。皿が割れちゃうだろ」
「エミちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
「お母さん、エミのいつもの癇癪だよ」
 こんな時でもいいひと顔。それに、お兄ちゃんは魔女の味方。お菓子の家を滅茶苦茶にしてやりたい気持ちを押し殺して、エミはダイニングを駆け出す。
(くるしい、くるしい、くるしい、くるしい。つらい、つらい、つらい、つらい!)
 誰も判ってくれない。誰もどうにかしてくれない。エミはこんなに辛いのに、エミはこんなに哀しいのに、誰も味方になってくれない。
 こんなことなら、エミたちをぶつお母さんと一緒だった時の方がましだった。いつもお兄ちゃんはエミを護ってくれたから。いつもお父さんは、エミを護ってくれたから。それなのに、今じゃあてんでだめ。お兄ちゃんもお父さんも、魔女のとりこになってエミをいじめるんだ。
 ――大事な所。大事な心。奪われてしまったのなら、取り戻さなくちゃいけない。
 わたしはいいことを思いついて、立ち止まる。
 お菓子の家におびき寄せられたヘンゼルとグレーテル。捕まってしまったヘンゼルを助ける為に、グレーテルは魔女をかまどの火に投げ込んだ。
 そうだ、助けられるのを待っていたってだめ。助けてあげたらいいんじゃない。
 ――わたしが、エミが、お兄ちゃんのヒーローになるんだ。
 肌寒い、キッチン。
 いつも魔女が使っているマグカップに、いつも掃除に使われている透明な液体を流し込む。ゴインしたら危ない、死んでしまうと、テレビでいつか流れているのを見たことがある。
 魔女が死ねば良いんじゃない。魔女を殺しちゃえば良いんだって、やっと判った。
「――……だめだよ、グレーテル」
「?」
 突然の、声。知らない声。
 振り向くと、そこにはいつの間に部屋に入ったのか、見知らぬ男の人が立っていた。綺麗な金髪に青い瞳、まるで絵本に出て来るような、淡い色彩。
「だめだよ、グレーテル。きみは魔女になっちゃいけない。そうだろ?」
「魔女? 魔女はあいつだよ。エミは魔女になんかならない」
 わけのわからないひとがいる、と叫ぼうと思ったけれど、今エミがしようとしていることもバレてしまうかもしれない。それは避けたかったから、わたしは声をひそめて言った。
「魔女を退治するの。エミがお兄ちゃんを助けなくちゃ」
「きみは未だ助かるのに」
「はあ? ……いいから、どいて! 邪魔しないで!」
 わたしは焦っていた。透明な液体と、コーヒーを注いだマグカップ。きっと魔女は喜んで呑むだろう。そうしたら、魔女は死ぬ。きっとお兄ちゃんは帰って来る、戻って来る。
「――待って」
「なに!」
 しつこいひとだと思った。魔女の友達だったらどうしようと思ったけれど、魔女はそもそもひとなんてうちに呼ばない。じゃあ誰の知り合い?
「最後の忠告だ。止めておいた方がいい、きみの一番大切なものまで傷付くことになる」
「うるさい!」
 まるで学校の先生みたい。上から目線、きっとエミをバカにしてる。
 わたしはキッチンを飛び出して、ダイニングへと向かう。
 ダイニングでは未だ魔女のお茶会が開かれている筈だった。
 わたしがどうにかしなくちゃ。わたしが助けてあげなくちゃ。――わたしが、お兄ちゃんの一番にならなくちゃ!

 キッチンに取り残された金髪の青年――アベル(jz0254)は目を細め、それから深く溜息を逃す。
「――……なんて憐れなグレーテル。どうして誰も気付けなかったんだろう」
 それと共に落とすのは、一枚の絵本の頁。
 記されている絵柄はお菓子の家と――『グレーテル』という名。

●グレーテルは魔女
「○○○! ××××! ▲! ■■■! ――――魔女!」
 泣き声雑じりに投げ掛けられる言葉、ぶつけられる罵声。
 魔女? ――彼は彼女を魔女だと言う。
 彼女は言葉の意図を理解しかねて、小首を傾げる。
「エミ、どうしてこんな――こんなことを……エミ!」
「お父さん、エミは魔女だったんだ! エミは最低だ! こんな、こんなっ……」
 幼い彼女、エミは瞬きを幾度か落とし、兄と父を見上げる。
「よくもお母さんを! この、魔女!」
 転がる死体。いろんな汚物をぶち撒けて倒れた、彼女にとって魔女だったもの。
 うれしい、と思う。これでやっと、幸せな日常が取り戻せるのだと。
 それなのに、兄は彼女を魔女だと言う。
「お兄ちゃん、どうして?」
「……っ、――……お前なんて、妹じゃない! この、悪魔!」
 ぱん、と乾いた音。兄たる彼が、妹だった彼女の頬を叩いた音。
 そこで、漸く気付く。エミはヒーローになったのではない。エミは、兄にとっての悪魔に成り下がってしまったのだと、いうことに。
「――……っ!」
 エミは立ち上がる。そして、駆け出す。どこでもいい、逃げ去りたかった。魔女を恋しがって泣く兄の姿を見たくなかった。誰も理解してくれないこの場所に居たくなかった。――ただただ、そう、痛かった。


リプレイ本文

●わたしはだぁれ!
 撃退士らが訪れたのは、閑散とした公園だった。郊外ということ、また、夕暮れ時ということもあってか、ひとけは全くない。退避勧告は為されていなかったが、特に改めて行う必要は無さそうだった。
「避難はまだじゃ、周囲にも気にかけておかねばな」
 警戒しながら辺りを見回す鍔崎 美薙(ja0028)は、ふと気付いた違和感に目を留める。
 公園の中心部に飛び散った血痕。しかし学園に被害報告は出されていない。――ではこの血は誰のものか?
 その答えは直ぐに判った。遊具から外れた砂場、そこで二頭の黒犬と戯れる少女――の形をした何か、が駆け回っているのが見えた。肩程までに切り揃えられた髪、目玉がぎょろぎょろと動く、笑みの形をした仮面。そして纏う衣服は血塗れだった。
「――……見付けたのです!」
 メリー(jb3287)の声に、少女型のディアボロ――グレーテル、は振り向いた。彼女が事前に抑えていた、少女『エミ』の身体的特徴と、そのディアボロの特徴は一致していた。顔こそ仮面に隠れ見えないものの、服装、背丈からそうと見て取れる。
「間に合わなかった……?」
 幼い子どもの犠牲は耐えられない。無事でいて欲しい――そう願っていた山里赤薔薇(jb4090)は、落胆に息を呑みその姿を見詰める。グレーテルの周りにいる黒犬二頭が、大きく吠える。
(どうしてグレーテルなんだろう?)
 その様子を見ながら、紫ノ宮莉音(ja6473)は斡旋所で見た絵本の頁を思い出していた。
 頁に載せられていたのはお菓子の家と、『グレーテル』。ヘンゼルとグレーテルは両親に棄てられてしまう子どもたち。調査の結果からは子どもたち二人が棄てられるなどという未来は到底考えられなかった。
 アベルがエミをディアボロ化させたのは過去の事象から言ってほぼ間違い無いだろう。でも、何故グレーテルに?
 臨戦態勢を取る三体のディアボロを前に、ユーノ(jb3004)はヒヒイロカネから銀槍を取り出し構える。
「9歳、ですか。冥界と人界は違うのでしょうけれど、道理よりも感情が走っても不思議ではない年頃ではあるのでしょう」
 義母を殺した少女、エミ。一方的に不仲であったのは確かなようだが、何を思ってそうしたのかは判らない。
「だからといって許される事ではありませんが……認めてはあげませんとね」
 撃退士は七人。ディアボロは三体。不利を悟ったのかは判らないが、笑みを浮かべたままのグレーテルはまるで癇癪を起こしたように砂場で地団太を踏んだ。
 行方不明になった子ども――エミが、グレーテルであるということはほぼ間違い無いようだった。貼り付けられた仮面以外は全く同じ。エミという名の少女だったものが、今はお菓子のスティックを握り締め、撃退士らと対峙している。
「やっぱりあの子がグレーテルなんだー。アベルの仕業なら当然だよね、当然」
 人間同士のしがらみは一切関係無い。そんなアリーチェ・ハーグリーヴス(jb3240)は飄々と言って、闇の翼で宙を舞うとその手にビスクドールを具現化させアウルを篭める。
「グレーテル……君もまた、傷を負っているのか……」
 アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)はそう呟き、痛ましげにグレーテルの姿を見た。
 故意的に親を殺した娘。そうして消え去った娘。その娘がどういった経緯でディアボロとなったのかは判らない。それでも、撃退士たちにとって討伐すべき対象であるということは変わらない。
 グレーテルが動くより先に、黒犬の二頭が駆けて来る。
 戦闘開始。撃退士たちはディアボロを迎え撃つべく、散開した。

●どうしていじめるの!
「こっちに来るのです!」
 黒犬が駆けて来ると同時にタウントを発動させたメリーに、二頭は容易く釣れた。ただがむしゃらに撃退士へ向かって来ていた黒犬は、メリー目掛けて走り出す。
 二頭が纏めて駆け寄って来た所に狙いを定めて色とりどりの火花を撒き散らすのはアルドラ。ファイアワークス、広範囲に巻き起こる爆発からは逃れられない。
「先ずはお前たちから仕留めてやろう」
 炸裂した火花に巻かれ足止めを喰う黒犬たちを尻目に、立ち竦むグレーテルの許に奔る美薙。攻撃動作を取ろうとしたグレーテルを封じるよう、抑えに入る。
「多少であれば、耐えられよう。そなたの痛みと憤り、聞かせるがよい」
 艶やかな紫色の布槍を翻し彼女の眼前に立ち塞がる美薙に、グレーテルは貼り付けた表情を崩さぬまま手にしたスティックキャンディを振り翳す。
 虚空から生まれ美薙に向かい投げつけられる飴玉。防御の姿勢を取り尚痛いが、堪えられない程ではない。
 その美薙からワンテンポ置いてグレーテルに向かったのはユーノだ。先に風神の力を脚に纏わせ、駆ける姿は韋駄天の如く。
「近接する気なら一気に行きませんとね」
 言葉通り場を駆け抜けたユーノは、一気にグレーテルに接近する。美薙の対応に追われていたグレーテルは、ユーノを迎え撃つことなど出来ない。
 収束した雷が輝く小さな針、それは見事グレーテルに打ち込まれ、その身体を蝕む。それは蛇の毒にも似た苦痛――火雷針。
 ぎゃあ、とグレーテルから悲鳴が上がるが、その声は少女のものではなく、ひとでは無くなってしまった化物のもの。
「なぜ、あなたはそんな姿になってしまったの。……救えなくて、間に合わなくてごめんなさい」
 メリーに向かう黒犬目掛けてファイヤーブレイクをぶち込みながら、赤薔薇は謝罪する。
 救いたかった。犠牲を出したくなかった。無事でいて欲しかった。それでも、現実は違う。ひとを殺した少女は魔女となり、魔女はグレーテルとなった。
「ヘンゼルとグレーテルの解釈に、魔女を殺したグレーテルが、第二の魔女になるというものがあったのぅ」
 毒の痛みに身悶えするグレーテルと相対しながら、美薙は言う。
 少女はやがて母となり、そうして魔女となる。――彼女が誰かを”再び”殺してしまうより先に、眠らせてやらなくてはならない。
 タウントの効果によりメリーに向かう黒犬をいなすよう莉音は薙刀で払う。攻撃を警戒して中段に構え、跳びかかってくる一頭を難なく受け止めた。
 二連続で火球を喰らった黒犬の内一頭は、莉音が振り下ろした薙刀のひとふりであっさりとその身を地に横たえる。
(ホント人間ってバカだよねー)
 それは口には出さないが、率直な感想。自由奔放で気紛れ、そして高慢たるアリーチェらしい感想。
 闇の翼で宙を舞いながら、グレーテルの頭上に雷を落とす。仮面目掛けて仕向けられた一撃――だが、その面を割るには至らない。
 しかし、敵意を浚うには十分だったらしい。グレーテルが手にするスティックが掲げられ、今度は虚空に大小様々なクッキーが浮かび上がりアリーチェへと降り注ぐ。
「……っ!」
 クッキーの雨の攻撃速度は速く、命中率も高い。無数のクッキーが飛礫のようにアリーチェの身体を傷付け、流石に飛行を続けることが出来ずに落下する。
「アリーチェさん!」
 彼女の安否を気にする声は誰のものだったろう。
 回復手である美薙は墜落するアリーチェを見遣るが、何とか意識は在るらしい。
 安堵の息を吐くのも束の間、黒犬はメリーへと襲い掛かる。
「その仮面……今に剥させて貰うのです!」
 細剣で黒犬を振り払いながら、メリーはグレーテルに向かって声を上げる。
 赤薔薇とアルドラが再度それを魔法で巻き込み、黒犬は喚きもせずに崩れ落ちた。
 それでも笑みを浮かべたままのグレーテルは、毒を放ったユーノに対してキャンディを投げつける。回避し切れずまともに攻撃を喰らうユーノだったが、美薙から事前にアウルの祝福を受けている彼女にとってはそこまで脅威ではない。
 すかさず奔り込み、攻撃の隙を縫った莉音の目にも留まらぬ鬼神一閃がグレーテルの腹をぶち抜いた。
 貫く速度と同様に素早くステップを踏み下がる莉音に追撃は来ない。
 グレーテルが癇癪を起こしたように再度地団太を踏むと、大小様々な光が瞬く。その輝きは次第に強さを増してゆき、撃退士たちを包み込んだ。
 それを知る者は皆、幻覚だ、と思った。
 何の意味も無い、効果も無い。けれど――唯一、生前の素体の想いを知る手段。
 それを何の為にアベルが施しているのかは判らない。
 今は、未だ。

●きらいきらい、だいきらい!
 あんな魔女のことをかばうお兄ちゃんやパパも、だいきらい。
(本当は、だいすきなのに)
(本当は、好きだよって言って欲しいだけなのに)
(本当は、本当は、本当は)
 どうしてエミばっかり悪者にするの。
 どうしてエミばっかりいじめるの。
 ――エミはひとりぼっちになっちゃった。
 ――エミの味方なんてだぁれもいない。
 動かなくなったあの魔女。こわい顔で睨むお兄ちゃん。魔女だけを見ているパパ。
 さみしくってつらくって、逃げだしたら誰かが助けてくれると思ったのに。エミを待っていたのは学校で習った、こわい天魔だった。追いかけられる。囲まれる。痛い。怖い。ひとりきり。

(お兄ちゃん、パパ、助けてよ)

 死んじゃうよ。痛いよ、怖いよ、――ねえ、エミはひとりぼっちで死んじゃうの?

●ひとりにしないで
 幼いひとりの少女が義母を信じられず、兄と父以外のすべてを拒絶し、結果孤立してしまった話。
 ただ居場所が欲しかった。奪われるのが怖かっただけ。
 そして道を誤り、最も犯してはいけない罪を負った。
 人殺し。ヒトゴロシ。
 そんな少女の独白。愛する兄からの拒絶を受け、逃げ惑い、その先で――少女はディアボロに殺されてしまった。
 流れ込んでくるのはその瞬間の恐怖、怒り、嘆き、苦しみ。
(恐ろしい魔女のいるお菓子の家。食べられてしまうヘンゼル。だから魔女を殺したグレーテル)
 聞きかじった情報から、思い当たる節は幾つか在った。
(エミさんにとっては、そうだったのかも)
 莉音は苦虫を噛み潰したような気分になった。
 ただ少女は居場所が欲しかっただけ。けれど、父も兄も優しい”魔女”を愛した。彼女を愛せないまま、グレーテルは幸せに過ごすことが出来なかった。棄てられてしまうと――そう思ったかも知れない。
「小さい子だと、説得も聞き入れられないかー」
 過ぎった幻覚に残る、アベルの引き留める声。
 彼は確かに『止めるべきだ』と言っていた。
 アリーチェはそれを反芻し、しみじみと呟いた。
「小さい子なら罰せられないで矯正施設に入れられると思うけど、アベルはもう、矯正できないって判断して生きてても幸せになれないって、ディアボロにしちゃったのかな? ――私刑だよね私刑」
 それはアリーチェの憶測でしかない。けれど、そう考えるだけの要素も多く在るように思えた。
「居場所が欲しかったならちゃんと自分の口で言わないと駄目なのです! 思ってるだけじゃ誰にも伝わらないのです! ……それに、メリーのお兄ちゃんの方が全然紳士だし格好良いのです!」
 正論。と、愛する兄自慢。確かにそうだった。言葉にしなければ何も伝わらない。事実、エミの想いは誰にも伝わらなかった、だからこそ、事件が起きた。
「親と子でもっと意見交換ができていれば、とは思うが……それももう遅いか」
 アルドラの言葉は尤もだった。過ぎたことはもう還らない。
「どうか、安らかに……」
 憐れみは、手向けの花に。
 赤薔薇の言葉と共に両掌に生まれるのは、高熱度の火球。
 前衛へと意識が向いている今、側面から攻撃をぶつける最大のチャンス。
 ユーノの火雷針によって蓄積されたダメージ、莉音の追撃、そして赤薔薇の放つドラグ・スレイヴ。

 それらすべてが合わさり、重なり、グレーテルは作り笑いを浮かべたまま、逝った。

●消せない事実
 アキノ家を訪れると、そこには茫然としている父親と、いまだ泣きじゃくっている兄の姿が在った。義母の遺体は検死の為に病院に搬送されており、また、別口で前妻の生存も確認済みだった。
 グレーテルと共に倒したヘルハウンドは、元々U市で確認されていた野良ディアボロであるということが現地撃退士の報告によって判明した。
 愛する者を喪ったばかりの家庭だ。そこに踏み入ることへの考慮をし、美薙はマインドケアのアウルを行使して二人にエミについての事情を話す。エミがディアボロ化したということはユーノの意見で伏せ、ディアボロに殺された、というていで話をした。
「おぬしが恨めば、息子も恨む。その未来は子を愛した母も望むまいよ」
 落ち着きを取り戻すかと思いきや、父親は矢張り、茫然としていた。兄は泣き止むと同時に無言を貫き、唇を白くなるまで噛み締めている。
 母親を亡くした矢次に娘をも喪ったのだ。受けるショックは当然と言えよう。
 人を殺すということは許されるものではない。遺体も残さず消えてしまうことが償いになるのかどうかも判らない。
「それでも大切な妹だって、言ってあげられませんか?」
 莉音は兄と目線を合わせるよう背を屈め、尋ねた。
 きっと、同じ立場であれば沢山後悔するだろう。そして、それしか出来ないのだ。妹と、再度呼ぶことしか出来ない。喪ってしまったのだから、当然だ。
 けれど、兄は唇を閉ざしたまま頑なだった。母親を亡くしたショックと、罵倒したばかりの妹が消えてしまったというショック。それらが綯い交ぜになっている風だった。
「彼女がした事は許される事では無いのです……でも……彼女を憎まないであげて欲しいのです。大好きな人が違う誰かにとられちゃうんじゃないかって思うと凄く不安だし……怖いのです」
「……」
 メリーの言葉に、兄は拳を握り締めて項垂れた。
「お兄ちゃんもお父さんも新しいお母さんに夢中で……きっとエミちゃんは寂しくて不安で怖かったのです。ただ抱きしめて大丈夫だって……好きだって言って欲しかっただけなのです」
「……っ、そんなの、言われなきゃ判んないんだよ! それに、エミは人殺しなんだ! お母さんを殺した! あんな奴、妹なんかじゃ――」
 ばっと顔を上げた兄は、真っ赤に腫らした目でメリーを――否、撃退士らを睨んで叫んだ。ヒトゴロシ。重い言葉が、場にずっしりと圧し掛かって消えない。
「――すみません、お手数をお掛けしました、有難う御座います。手続きや……色々と、すべきことがありますので、お引き取り願います」
 茫としていた父は、憔悴し切った顔でそう言った。息子を宥めるように手で制しながら、深々と頭を下げる。その眦からは、涙が伝っていた。
 結局、彼女らはその場を後にすることとなった。
 残されたのは、傷付いた心を抱えた二人のみ。
「何が幸福で、何が不幸なのか。――何が真の救済で、ハッピーエンドなのか。私は少々混乱してきた」
 アルドラは自身の掌を見詰め呟くと、苦々しい嘆息を洩らす。
 撃退士らは言葉も無く、静寂に包まれた空を見上げた。

 ――暗闇。星空。瞬く煌めきに、命を喪った彼女たちは成ったのだろうか。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

命掬びし巫女・
鍔崎 美薙(ja0028)

大学部4年7組 女 アストラルヴァンガード
夜の帳をほどく先・
紫ノ宮莉音(ja6473)

大学部1年1組 男 アストラルヴァンガード
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師
華悦主義・
アリーチェ・ハーグリーヴス(jb3240)

大学部1年5組 女 ダアト
蒼閃霆公の心を継ぎし者・
メリー(jb3287)

高等部3年26組 女 ディバインナイト
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
天使を堕とす救いの魔・
アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)

卒業 女 ナイトウォーカー