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マスター:相沢
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2014/07/05


みんなの思い出



オープニング

●ベリーメリーエンディング
 姫君の涙で王子様は生き返る――なんて。
 そんな冗句はもう懲り懲り。現実はこんなにも美しい。

●エリサ姫の嘆願
 いとしい恋人が事故に遭い、目を覚まさなくなってから、もう二年と少しが経過した。
 パートナーとして隣を歩んでいこうと将来を約束した彼。愛しているから、それでも待とうと思った。医師から「もう目覚めることはない」と言外に伝えられても、それでも待とうと思った。彼が目覚めた時にもしもひとりぼっちだったら、きっと寂しくて潰れてしまうだろうと思ったから。
 ――野の白鳥、という話を読んだことがある。ひとりのお姫様が、大切な兄たちの為にいらくさで帷子を編む話。ただ黙したままひとりきりでいらくさを編み続けたエリサ姫は、兄たちを助けるというその願いが叶い最後は幸せになったという。
 御伽噺に頼るなんて、我ながら馬鹿げた話だとは思うけれど、それでも彼に目覚めて欲しいと思ったから、わたしは編み物を始めた。帷子なんてものを編むことは出来ないから、セーターを編んだ。一着、二着、三着、四着、――どんどん出来上がっていくセーターは、わたしの家のクローゼットに仕舞ってある。彼のいた場所、彼の使っていたクローゼット。
 彼の顔を見詰めながらセーターを編み続けていると、病室のドアが開いた。
「あらリサキちゃん、まだここに居たのね」
「はい、今晩は。すみません、いつもお邪魔してばかりで」
「いいのよ。そう――――丁度、話しておきたいことがあってね」
 彼のお母さまだった。とてもわたしのことを可愛がってくださって、大切にして貰っている実感がある。そのお母さまからの話なら、わたしは喜んで聞こうと思った。
「どうされたんですか?」
「言い辛いんだけど、ねえ。――うちが裕福じゃあないの、知っているでしょう?」
 お母さまは一度わたしの手許のセーターを見た後、顔を上げると曖昧に笑ってみせた。まるで泣き出してしまいそうな顔。
「……この子の延命措置、取り止めることにしたの」
「え……」
「費用が持たないの。それに――……これだけ目覚めないのなら、もう諦めも視野に入れた方が良いって。そうお医者様に言われたわ」
 延命措置を止める。つまり、彼は、――死ぬ。
 聞いた瞬間、息が止まったかと思った。呼吸が巧く出来なくて、眩暈がする。思わず取り落した鉤棒を拾うことも出来ず、わたしはただお母さまを見詰めていた。
「……ごめんなさい。私たちも疲れてしまったの」
「そんなっ……、そんな、…………」
 止めてくださいと言おうと思った。だけど、わたしにはそんな資格がない。配偶者ではないただの恋人だ。彼にしてあげられることは何もない。それに、責任を取るだけのお金だってない。わたしは余りに無力だった。
「ごめんなさい。ごめんなさい、あなたには、幸せになって欲しいわ」
 ゆっくりと抱き締めてくれるお母さまの言葉に、わたしは自然と涙が溢れた。
 ただただ、痛い。辛い。
 幾枚も編み上げたセーターは無意味だった。御伽噺と現実は違う。理解していた筈なのに、目の前の現実が怖くて、わたしは打ち震えた。
 結婚していたら良かった。繋がりを持っていたら良かった。わたしがもっともっとお金を稼げて、彼を護れるだけの財産を持っていれば良かった。わたしが彼を護るだけの力を持っていたら、良かった。
「リサキちゃん、ごめんね。この子も幸せだったと思う。本当よ。だから、あなたも幸せになって。この子のことも、いつか思い出になる筈だから。あなたは前に進んで良いのよ――……」
「……っ、……」
 お母さまの言葉は、わたしの胸へと突き刺さる。ただただ優しくて、それが辛くて、溢れ出る涙は止むことを知らない。
 その後、彼の延命措置が止められる日を聞いた。
 その日は偶然にもわたしと彼が出逢った日で、何故だか運命のようなものを、感じた――。

 彼が亡くなるのは、あっという間だった。
 延命措置というものが、どれだけ大事なものだったのか思い知らされる。
 そして、どれだけの負担が彼の家族にかかっていたのかも、はっきりと判った。
 憔悴しきった顔。辛い選択だったんだろう。それでも選ばなければならなかった。
 夜半。ご家族の皆さんにお礼を言って、わたしはひとり公園に向かった。初めて彼と出逢った公園。お互いにペットの犬を連れて出逢った散歩道。
 誰もいない、暗い闇の中、街灯がぽつぽつと立っている。
 一つ見付けたベンチに腰を下ろすと、走馬灯のように彼との思い出が蘇って来た。今わたしは彼を思って編んだセーターを着て、彼と座っていた場所に腰を下ろしている。
「――なんだか、随分遠くまで来ちゃったな」
 今から死のうとしている人間らしくない言葉。
 ――わたしには、堪えられなかった。彼を喪った喪失感に、彼に何もしてあげられなかった自分の不甲斐無さに。すべて自業自得。
 かばんの中には、包丁が入っている。家族の皆さんにバレなくて良かったなと思うと、それだけで笑いがこみ上げて来る。
 取り出した包丁は、きらりと刃が光って、きれい。
 わざわざ新品のものを選んだ。だから研ぎ澄まされた刃は刃毀れひとつなくて、きっとこれはわたしを葬ってくれるだろうと、思った。
「きみは、死ぬの?」
「……え?」
 気付いたら、隣にひとが立っていた。
 こんな時間、こんな場所、危ないひとだなあと思ったけれど、もう構わなかった。
 ライトを受けて淡く輝く金髪に、覘き込んで来る蒼い眸。
「そうなんです。ですから、離れていただいた方が良いですよ」
「……止めた方が良いって言ったら?」
「止められないんです。ごめんなさい」
 危ないひとだと思ったことを、心の中で訂正する。
 襲われないだけましだった。
 それに、心配してくれているような眼差しが印象的で、わたしは笑って返す。
「すみません、あまりお見せしたくないので」
「エリサ姫、――」
 男のひとは何かを言い掛けたけれど、わたしはもう、躊躇わなかった。
 包丁を喉元に当てて、一気に横に引く。痛みが突き抜けるけれど、それも堪えて必死に力を籠めた。ぎちぎちと鳴る何かの音。繊維にでも引っ掛かっているんだろうか、――そう思った時、ぶつりと大きな音がして刃が首元に埋まった。だくだくと勢いを持ってこぼれ落ち始める血液に、ああ、これでもう大丈夫だ、と思う。
 隣に立っていた男のひとをふと見上げると、辛そうな、痛そうな顔をしていた。当然だ。目の前でひとが死ぬのだから。
 ――ごめんなさい。それでも、わたしはやめることが出来なかったんです。
 言葉にはできなかった。だからゆっくりとわたしは目を閉じて、激痛を噛み締めながら、意識を手放した。

 彼女が事切れて、暫く。
「――やっぱりこの手では何も叶わない。命はこうして零れ落ちていく一方だ」
 アベル(jz0254)は嘆きに満ちた声音を逃すと、そっと姫君の目蓋に触れた。
 抜け落ちていく魂、指先から伝わるぬくもりの残滓。
 無力さを悔いても仕方がない。
 ただ、自分自身が出来ることをするのみ。
「願わくば――……」
 静かに目蓋を伏せると、アベルは息を吐く。
 再度目蓋を開くと、そこには常の飄々とした双眸が有った。
「――それでも俺は、××を続けるだけさ」
 ヴァニタス・アベルは笑う。糸を手繰り、運命を探り、それが自身の道であると、確固たる意志を持ち、進む。

 終焉を目指して。


リプレイ本文

●ひとりきりきりいらくさまみれ
 月が中天に坐す夜半。
 星々の仄かなあかりと共に月光がライトのように降り注ぎ、街灯も伴って木々と遊具を浮かび上がらせている。
 場に到着するなり分担して周囲にひとけのないことを確認した撃退士らは、改めて公園の入り口に集合した。
 辺りを見通すには十分な明るさを保つその場所に、七人は静かに足を踏み入れる。
「どう戦うにせよ、機動力があって困ることはないよね♪ 宿れ風神!!」
 静寂を割るような明るい声で風神の力を纏わせ、藤井 雪彦(jb4731)のアウルによって韋駄天の如し素早さを得た撃退士ら。
「それにしても何故、わざわざ書簡を送ったんだろう? 何かのメッセージなのかな? ボク等自身で知っておかなきゃいけない気がする……」
 素体と思しき人間の調査は済んだ。その上で、雪彦は思い悩みながら夜の公園を駆けていた。
 彼女の想い人は既に亡く、その両親を責めるような性格では無いという。
「自殺……その上でディアボロと成したと言うのか」
 鍔崎 美薙(ja0028)は顔を僅かに顰めながら、救済を謳う冥魔アベルの行為に思いを馳せる。つい先日顔を合わせた者。
「感心は消してせぬが後追いした者の救済は何じゃ。何を狙い……否、願いを託した? ――此度の事は奴の救済を知る足掛けとなるやも知れぬのう」
 救済とは何なのか。何を意味しているのか。
 織宮 歌乃(jb5789)もまたその意味を問う。
「愛しき恋人を想うが故に、死したその後を追う姿。悲しく、やるせなくとも、それが彼女にとっての美しき愛だったのでしょう」
 恐らく、故に、今その身に纏うのは想いで紡いだ幾重ものいらくさ。片割れと離れ離れの儘の魂を苛む、現実というひどく美しく無情な棘。そうして童話のような救いは勿論無く。
「……救済、とは何でしょうね」
 口吻けでも涙でも祈りでも叶わないのであれば、祓魔を歌う剣を以て、歌乃はすべてを終わらせる。
「共に”い”きたかったのでしょうかね……」
 安瀬地 治翠(jb5992)の言葉に篭められた意味は折り重なり、人払いのされた夜の公園に響く。
 生きたかった。行きたかった。逝きたかった。いきたかった。
 叶わなかったから、叶えようと思った。きっと、それが理由。
「大事な人がいなくなったら皆悲しいし、逃げたくなっちゃうし、逃げないのって凄く辛いんだよ。だから早くディアボロさんとかは終わりにして、大事な人の所に行けたら嬉しいなって思うよ」
 エローナ・アイドリオン(jb7176)の幼い声音に呼応するかのように、――長く艶やかな銀髪を背に流す女性のような姿が茂みから現れた。
「愛する者を喪うと言うのは、かくも悲しいものだ。――せめて、安らかに眠れ」
 アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)は闇の翼を広げ地を蹴った。
 ふと、雫(ja1894)は視線のようなものを感じて顔を上げる。
「この感じ、何時かの依頼の時にも有った様な気が……」
 いつかの時との、デジャヴ。あの時は青い鳥。今回は――。
 けれど、今は戦闘寸前。
 再度彼女に眠りを与えるが為に訪れた撃退士たち。
 エリサ姫と思しきモノがこちらを向いたことを皮切りに、戦いは始まった。



「禍事祓いの加護、受け取るが良い。そちらは、任せたのじゃ」
「有難う御座います」
 治翠と雫に対し聖なる刻印を施す美薙。いらくさが絡むバッドステータスを警戒してのことだ。
 その加護を受けるなり、雫は疾駆し、アウルの闘気を解放しながら剣と呼ぶには余りに分厚く、重く、大きな鉄塊のような代物を振り被りエリサ姫へと肉薄する。
 破壊力がずば抜けたそれで姫君の側面を狙い斬り付けると、ワンテンポ遅れ彼女の身体に巻き付いている棘が飛び散り、雫の、大剣を振り抜いたままの無防備で華奢な体躯に無数の傷痕を残した。
 どうやらいらくさに絡む棘は全方位へと向かうらしい。
「どうやら棘は全方位、しかも射程も中々のようですね」
 滲んだ血を気にする様子もなく、冷静に分析しながら雫は剣柄を改めて握り締める。
「アレが王子を待つ姫の成れの果てか。彼の許へ送ってやろう」
 接敵するなり飛行し棘の射程から外れたアルドラはギリギリの位置から書にアウルを篭める。
 放たれた捻れる血槍がエリサ姫の白い頬を掠め、それとほぼ同時にいらくさから再度棘が放たれる。続けざまのそれだが、雫は地を蹴って難を逃れた。
 それと入れ違いになるように歩みを進めたのは歌乃。手に握るは人の祈りを以て天魔を伏す為に打たれた退魔の太刀、緋願・契。注がれたアウルによって刀身は色鮮やかな真紅に染まり、刃は漣の如し波紋が波打ち、光を散らす。
「アナタの進みたかった道は、アナタの逢いたい人のいる道は、こちらではありませんよ?」
 肩へと狙いを研ぎ澄ました刺突は、見事エリサ姫の肩口を貫く。
 上がる呻き声、もう人ではないものになっているというのに、人の声をして呻くエリサ姫。
 矢張り一拍開けて訪れるのは、隙の無い棘の雨。範囲内にいる雫と歌乃を襲う。
「もうアナタには届かないのでしょう。もう理解は出来ないのでしょう。……なんて儚く脆く、切ない」
 棘をその身に受けながら踏み止まる歌乃に向かい、エリサ姫は刺突でぐらつく身体のバランスも整えぬまますすり泣きと共に指先からいらくさの糸を伸ばす。
 絡め取るのは糸、けれどそれを阻むのもまた糸。盾代わりに絡み合う闇蜘蛛とエリサ姫の糸はぎちぎちと鳴り合い、ぴんと張り詰めた糸が今度は巧みに捻った太刀に巻き取られる。
「今です」
 それが歌乃の狙い。一瞬でも隙を作り、他者が糸を断ち切るタイミングを作る。
 そしてそこを掬うように駆け込み狙いを定めたのは、治翠。翠色の輝きを纏う盾槍による糸の切断を試みる――と、意外にもあっさりと糸はぷつり途切れた。
「――いけました、ですが油断は出来ません」
 治翠の言葉通り、途切れさせられたいらくさは別の個所からしゅるしゅると伸び始めていた。糸の復活の兆し、身体中に巻き付くいらくさが、たった一本斬られた程度ではどうということもないということか。
 それを見ながら中衛位置から銃を向けるのは、エローナだ。エリサ姫が歌乃と治翠に意識を奪われている今、チャンス。
 周囲とは距離を取って狙撃のタイミングを狙っていた彼女だったが、ターゲットが固定されていると判るや否や妖蝶の舞をエリサ姫に向かい放つ。
 エローナが放った蝶の群れはエリサ姫を囲い、視界を、思考を阻害し、その気を見事刈り取った。
 朦朧としてふらつくエリサ姫を真っ向から見据え、明鏡止水――意識を覚醒させ、静けさを纏い灰燼の書を構えるのは雪彦。エリサ姫の隙を巧く縫う炎の一閃は、いらくさの一部を燃え上がらせる。
 それと同時に放たれる棘の雨はどうやら、意識が無くとも行われる自動式であるらしい。雫、歌乃、治翠の三人を傷つける棘。
「早く眠って、大切な人の許に行くんだ!」
 雪彦の言葉に反応は無い。当然だ。それは雪彦自身も理解している。
 ディアボロとなってしまった以上は倒すこと以外で救われない、救えない。
 そうであるのに、救済を謳う冥魔は彼女をディアボロと化した。
 それは何故か――。
 思案するのはその冥魔を知る誰もが同じ。
 先の戦いで多くの仲間が傷を負い、討伐に失敗したアルドラはそれを思い出し、内心で歯噛みする。
 ――理解したい。理解出来ない。届かない。届けたい。
 手にしたアブラメリンの書から血色の槍を放ちつつ、アルドラは翼で宙を舞う。
 些か傷の数が多いか。美薙がエローナに目配せすると、その合図のままに少女は駆け出し磁場形成を行い、囮役をかってでる。
「――こっちだよ!」
 エローナの声に呼応するようエリサ姫は顔を上げる。
 再度絡んでくる糸を太刀で巻き取りつつ堪える歌乃の眼前の糸をサンダーブレードで断ち切り、エローナは前面に出る。
 その背後、三人を範囲内に収める位置に立ちながら美薙は癒しの風をアウルで紡ぐ。
「おぬしらをやらせはせんよ」
 三人の傷痕をアウルの風が撫でるたび、身体の痛みが引いてゆく。
 それとほぼほぼ同時、風神の加護を受けたその脚で駆ける雫。
「もう眠りなさい。貴方が起きている限りは想い人に会えません」
 いらくさの波をすり抜けるように突き攻撃を行う雫に、エリサ姫はまた声を上げる。悲痛で、哀しげな叫び声を。

 ――そうして、全員の視界が白んで弾ける。

 それはひとつのつがいの、憐れな末路。
 待ち続けて、待ち焦がれて、待ち望んで、届かなかった夢。

●つがい
 もっともっと彼の傍に居られたら良かった。
 だれもだぁれも悪くない。誰の所為でも無いの。それは当然。それは必然。

 わたしにもっと力があれば、わたしにもっと強さがあれば。
 わたしだけが悪かった、わたしだけが弱かった。

 ごめんね、護れなくてごめんね、強くなくてごめんね、優しくなくて、ごめんね。わたしが死ぬことで誰かに迷惑をかけてしまうのは心苦しいけれど、――ねえ、神さま、自ら命を絶ったわたしを、許してくださいますか。自ら逃げを選んだわたしを、また彼に逢わせてくださいますか。なんて。我儘、傲慢、判ってる。
 だけどね、わたしね、最期に伝えたいことがあったの。

 ――ずっとずっとあいしてる、わたしの大事な王子さま。

●エリサ姫の願う先
「優しいのですね……延命を絶った恋人の遺族を恨むのでは無く、力に成れなかった周囲の友人や家族を憎むのでも無い」
 雫は呟きを落とすと、どこか眩しげに目を眇めた。
「自らの命を絶つ事には賛同出来ませんが、其処まで人を愛する事には敬意を表します」
 それは淡い幻覚。泡沫の様に消えてゆく、憐れなさまが皆の目を浚った。
 小さな小鳥と、少しばかり大きな鳥。いらくさに絡まり、翼に傷がついて飛べなくなってしまった大きな鳥の傍ら、ずっとずっと、待ち続ける小鳥。あいしていると、待っていると、ずっとずっと囀りながら。
 奪われたのは意識だけ。身動きは自由、それでいてエリサ姫は動かない。
 いらくさで擦り切れた手。傷付いた身体。
 呻き声は細く、まるでごく普通の女のよう。
「ずっと寄り添っていたから、一緒に行きたかったのですか?」
 治翠の呟きに、エリサ姫は勿論答えない。
 ――空虚感と哀しみ。もしかしたら終わったという安堵?
 くるくると廻る思考の中、ただひとつだけ、誰が彼女を責める事が出来るのか、それだけが深く根差す。
「……」
 アルドラは考える。
 想い人。焦がれる人。焦がれると呼んで良いのか、月に手を伸ばしていると言えば良いのか、そんな覚束ない感覚を自身は恋だと感じる。それを、――繋げた先で、断ち切られた『エリサ姫』の素体。憐れな彼女に同情するのもまた、道理だった。
「早くお姉さんが大事な人の所に行けたら嬉しいなって思った。でも、願った、なのかも」
 エローナは痛ましげに表情を歪めると、手にした人形――リックを握り締め小さく項垂れる。
「辛い気持ちってお姉さんだけじゃなくって、これからママさん達も持っていかなきゃいけないから、悪いディアボロになって退治されたなんて言いたくはないって思ったの。ディアボロさんは悪いことするから倒さなくちゃって解ったけど――今ならまだ嘘じゃないって思う」
 未だ、誰も殺していない。未だ、誰の幸福も壊していないエリサ姫。
 ――誰かの何かを壊す前に、冥魔は、アベルは撃退士を呼んだ?
 一瞬過ぎった考えに、雪彦は首を振る。
 既にディアボロ化してしまった人間に何をしても、元には戻らない。亡くなってしまっている以上、無意味なこと。
 それでも、その存在をアベルは雪彦らに伝えてきた。だからこそ、ただ討伐するだけではダメだと――そう、予感していた。ただ、その真意は判らない。あくまで予測にしか、過ぎないこと。
「……この赤く染まった糸で結ばれたい、繋がりたい方がいるのでしょう?」
 歌乃のしんと響く声に誘われるように、エリサ姫は糸を伸ばし歌乃を追った。
 死んでも結ばれたいと願うのであれば、こんな糸は邪魔だと彼女は思った。
 本当に大切な人の魂と繋がり続ける為には、余りにも誰かを傷つけ過ぎる姫君の運命の糸を引き裂きたい――と。
「そろそろ確り眠っていただきますよ、エリサ姫――いえ、”タカヤマリサキ”さん」
 治翠が言葉と共に盾槍を突き上げると、棘が散らばった。けれど、それにもう先程までの強さはない。
 中衛位置からの攻撃、幾度目か。雪彦の放つ焔がエリサ姫を焦がした瞬間、彼女は膝を折って崩れ落ちた。悲鳴。
 未だ動かんと呻くディアボロ――エリサ姫の許に駆け込んだ雫が鉄塊にも似た剣を手に跳ね撃ち込み、そこに合わせるようアルドラと美薙の遠距離攻撃が重なり届いた。



「幸せは人それぞれだから否定はしない……でも幸せは色んな形があるって事を……こうなる前の君と語らえたら良かったと思うよ……」
 雪彦は跪いて、事前に拝借して来ていた彼女のセーターをディアボロの亡骸にかけてやりつつ言った。
 その傍らでは、美薙が物思いに耽りながら視線を落としている。
「自刃したなら、地獄に落ちる。故に、あたし達に託した……などと言う事があるのかのぅ」
 救済を謳う冥魔の行おうとしている、”救済”の真意。
 探らんとし、考え、模索し、歩みを止めない美薙。
 けれど、アベルの思惑は、相も変わらず読めない。
「……これもまた、夢語りかの」
 けれど、思考することは出来る。思うことは出来る。
 そして、祈ることも出来るのだ。
「そなたの最後の眠りが安らかであるよう。河の彼方で出会えるように」
 組んだ指に確りと祈りを篭めて、美薙は目蓋を閉じた。

●つがいの夢
「そんなことが、有ったのね」
 雫と治翠の説明に、泣き腫らした顔をした女性――タカヤマリサキの恋人の母親は言い、目許を覆った。
「自らの命を絶つほど愛していたのですから、これからは一緒に居られる様にして欲しいです」
 雫の言葉に顔を上げた母親は一瞬息を詰め、それからぼろぼろと涙を溢しながら何度も何度も頷いた。
 ごめんね、ごめんね、と何度も呻く母親の背を支えながら、治翠はそっと彼女の部屋にあったセーターと、遺髪の入った紙袋を差し出した。
「どうか、宜しくお願い致します。彼女の本意は――きっと、そこに在る筈です」
 嗚咽は次第に大きくなり、わんわんといった号泣へと変わる。
 エリサ姫を、タカヤマリサキを悼む声。
 愛しい我が子と共に生き共に逝った、彼女をも愛した義母の切ない声。

 そうして、双両親の快諾によって、リサキとその遺品は恋人と共に葬られることとなった。
 撃退士らの功績によって二人は改めてつがいとなり、今度こそ永久の眠りについたのだった。

●ベリーメリーエンディング
「――おやすみ、エリサ姫」
 毛糸玉が描かれた絵本の頁をそっと閉じると、アベル(jz0254)は穏やかに笑って墓前に一枚の白い羽根を置いた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 君との消えない思い出を・藤井 雪彦(jb4731)
重体: −
面白かった!:7人

命掬びし巫女・
鍔崎 美薙(ja0028)

大学部4年7組 女 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
闇を祓う朱き破魔刀・
織宮 歌乃(jb5789)

大学部3年138組 女 陰陽師
花咲ませし翠・
安瀬地 治翠(jb5992)

大学部7年183組 男 アカシックレコーダー:タイプA
無垢の光、まだ見ぬ闇・
エローナ・アイドリオン(jb7176)

中等部3年12組 女 アカシックレコーダー:タイプB
天使を堕とす救いの魔・
アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)

卒業 女 ナイトウォーカー