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マスター:相沢
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/05/30


みんなの思い出



オープニング

●エンディングは未だ先
 まあだだよ。

●×××
 幸福を噛み締めていた頃。
 幸福を当然のものだと甘えていた頃。
 彼女が笑い、俺が笑い、二人で幸せだった。

 幸福が消え失せた頃。
 幸福が瞬く間に手を離れていく様を茫然と見つめた頃。
 彼女を失い、俺を失い、二人の運命は別たれた。

「――もういいよ」
 彼女の声がする。
「――まだ駄目さ」
 兄の声がする。

 笑い声。喧騒。剣戟。弾ける焔。戦場。転がる遺体。血濡れた銀のリング。立っていた男。蹲る膝。呑み込んだ汚濁。すべてが真白の指に巣食われて、――潰えた。

●悪魔の招待状
「異例の事態です。悪魔から招待状が再度届きました。――今度はお茶会だそうです」
 場所は斡旋所。普段とは打って変わった様子で言い切るキョウコ(jz0239)を見遣り、撃退士の一人が声をかける。
「……イメチェン?」
「ウヅキの真似だよ、真似。……それはともかく。罠の可能性も有るけど、何か手紙の内容があんまりにも抜けてるから、何つーか……ついでに言えば指定して来た場所も極々普通の喫茶店でさ。警戒はしながら、悪魔の招待に応えて欲しいと思ってる。交戦履歴は無いけど、遭遇履歴は有る。――ルクワート、救済を謳うヴァニタス・アベルの主たる悪魔だよ」
 集まっていた撃退士の内、数人はざわつく。最近頻繁に活動を行っているヴァニタス、その主。力量は全く測れないが、不思議な雰囲気を持った女だったと過去の書類では報告されている。
 また、迂闊な発言が多いらしい。もしかしたら、何か情報を得られるやも知れない。
「あの悪魔はどうもどっかの螺子が弛んでるみたいだし……巧く行けば良い情報が手に入るかも知れない。その辺も工夫して、ちょっと色々考えてみてよ」
 キョウコはそう言うと”招待状”を彼らに示し、脱力を誘った。
「……これ、なんちゃら翻訳か何か?」
「そうとしか思えないレベル」
「いやでも敢えて油断させる為の罠の可能性も」
 撃退士らは口々に不安を呟きながら、対策会議へと繰り出した。

●みんなで仲良くしたいな
 親愛なる撃退士のみなさまへ!
 今日は、みなさまにお茶会の招待状をお届けにまいりました。
 みんなと色んな話をしたり、聴いたりしたいです。
 良ければおさそいあわせの上、ご参加ください!
 楽しい時間を約束します。

 わたしには敵意は一切ありません。
 だからみんなも仲良くしてくれるととっても嬉しいです。
 わたしの大好きなお店で、美味しいお茶をごちそうします!

 また、アベルも一緒に誘ってみました。
 その時だけはいじわるしないで仲良くしてね。

 Lucwart.


リプレイ本文

●手繰る指と廻る歯車
 何の変哲も無い街並みの角に位置する喫茶店。人の列がちらほら出来ている辺り、それなりに人気のある店なのだろう。
「俺は今まであいつらに関わるような依頼受けてなかったからなぁ……」
 店構えを見ながらぽつりと呟くグィド・ラーメ(jb8434)は無精髭の生えた頤を擦りつつ目を細める。
「報告書は軽く見たが、本人らに好意も嫌悪も持ってねぇ」
 茶会と銘打って誘われたのであれば、また今後も招待の機会は在るだろう。そう思えば、態々悪印象をつける必要も無い。
「初めて会う相手らしく、仲良くすることを最優先にするかね」
「同じく。救済のヴァニタスとその主たる悪魔。同じ悪魔として、一度は会ってみたいものだ」
 その隣で頷き黒髪を宙に僅か流すのは、アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)。
 はぐれた自身とそうではない相手とはいえ、同種族。友好的になりたいという意思は変わらない。
 それに、彼女にはもう一つ理由が在った。報告書を読み得た――救済を謳うヴァニタスへの、興味。
「初めてお会いする方との交流を楽しめればと思います」
 既にアベルと邂逅している安瀬地 治翠(jb5992)は、未だ固く蕾を結んだままのデイジー一輪を手に視線を軽く落とした。ホストへの贈り物、それはアラン・カートライト(ja8773)も同じ、手には白薔薇の花束を携えている。
「美しいレディには花束が常識、ってな」
「敵意が無いのを信じるべきか迷うが、対面したことのある者の印象を信じるか」
 言いながら若干の渋面を浮かべるのは、久遠 仁刀(ja2464)。冥魔の言葉はアテにならない、それはこれまで斡旋所に並べられて来た膨大な数の依頼報告書が物語っている。
 だが、場所柄戦うことが出来ないのもまた事実。
 それに、過去の報告書では相当にネジか何かが抜けている悪魔だということが判明している。つまりはそういうことだ。一筋縄で行くかどうかは判らないが、試す価値は在るだろうと仁刀は思う。
「アラン殿安瀬地殿、やはりそなた達も来たか」
 見知った面々に声を掛けるのは、鍔崎 美薙(ja0028)。
 それぞれがそれぞれ、救済を謳うヴァニタスにまつわる依頼で幾度と無く関わり合った者同士だった。
 美薙は自身が真っ直ぐに往くことばかりで不器用なことを自覚していた。
 気を付けるべきことや、話題振りで協力の出来ることは無いか全員に確かめる。

 ――かくして一同は店内へと足を踏み入れた。

●白磁のお茶会
 手紙で指定されていた通りの場所で席に向かった撃退士らを待っていたのは、二人の冥魔。アベルとルクワートだ。
 片や見知った顔を見付けて立ち上がると上機嫌に手を振り、片や不機嫌を絵に描いたように腕を組みソファに腰掛けている。
「みんなーっ、こっち、こっち!」
 上げる声で集まる店内の視線も気には留めない。彼女に所謂コミュニケーション能力が不足しているのは間違いなさそうだった。
「お誘い感謝します、ね」
 沢山の本を詰め込んだ鞄を抱えた矢野 胡桃(ja2617)は、そんなルクワートにぺこりと一礼すると、薄く微笑みを浮かべた。彼女は満面の笑みを浮かべて返し、非常に満足そうだ。
「お茶会に誘ってくれてありがとう! とっても嬉しい! あたし……はぐれ悪魔で、人間じゃないんだけど……お友達になってくれるかな?」
 ルクワートの隣席に向かうなり、人懐っこく声を掛けるのはアリーチェ・ハーグリーヴス(jb3240)。その言葉に対し悪魔は頬を僅か赤らめ、大きく何度も頷いた。
「うん、勿論だよっ。わたし、みんなとお友達になりたいの」
「やったー! それじゃああたしとお友達ね! あたしはアリーチェ!」
 そして言うなりハグ。ルクワートは暫し目を瞬かせていたものの、直ぐにアリーチェを抱き締め返して大はしゃぎする。尻尾がついていれば、ぶんぶんと千切れんばかりに振っていたことだろう。
 二人の抱擁が落ち着いた頃。
「ようレディ、貴女に逢いたくて堪らなかった」
 言いながら現れたのは、アラン。
「前回は楽しい茶会を有難う、今回も参加出来て幸せだぜ。――アランだ、好きに呼んでくれよ」
「あ、アランくん。わたし、きみのお名前知ってるよ! アベルから聴いたの!」
「そりゃあ光栄だな。素敵なレディに名前を憶えて貰えてるなんて」
 そう言いながらアランが仰々しく差し出すのは、白薔薇の花束。ルクワートは目を丸くし、それから直ぐに頬を弛める。
「すっごく嬉しい、ありがとう!」
 薔薇の花束を抱えながら嬉しそうに笑うルクワートの傍、一輪のデイジーを差し出した治翠は穏やかに笑い掛ける。
「お誘いのお礼に」
 未だ蕾のそれ。小首を傾げるルクワートを尻目に、治翠は大地の恵みをデイジーにかけて蕾を綻ばせる。
「わあ、凄い! こんなことが出来るんだねっ」
「最近覚えた技でして」
「凄い凄い、ありがとうっ! すっごく楽しいよ!」
 デイジーの花言葉は無邪気。ルクワートに対して贈るには、ぴったりの花であると言えよう。彼女がそこまで人界を理解しているかは判らないにせよ、目の前で花を咲かせるという行為で十分に興味を引けたのは間違いない。
 ルクワートは髪飾りに添えるように受け取ったデイジーをさし、はにかんで笑った。
「俺はグィドってんだ。はじめまして、だな。よろしく頼む。ルクワート嬢ちゃん、今日はお招き感謝だぜ。ま、こんなおっさんで申し訳ねぇがな」
「ううん、こちらこそ来てくれてありがとう! すっごく嬉しいよ!」
 グィドの人の好い雰囲気に目許を弛めた彼女は、表情に華を咲かせながら笑う。
「貴女がルクワートか。初めまして、悪魔のアルドラだ。お会いできて光栄だ」
「えへへ、わたしも嬉しい。おんなじ悪魔なのにはぐれてるだけで違うなんて、なんだか不思議だねっ。今日はたくさん楽しんでいって!」
 アルドラの握手と共の言葉に続き、美薙、仁刀もまた挨拶と名を名乗り交わして頭を下げる。
 至極楽しげなルクワートを尻目に、アベルは聴く耳持たずと言ったていで黙々と紅茶のカップを手に中身を空にしている。ステータス・不機嫌は未だ未だ継続中らしい。

 ――そして、それぞれが席につき、お茶会、スタート。

 ルクワートの席、先ず最初に尋ねたのは、彼女の隣に腰を下ろしたアリーチェだった。
「今回のお茶会は、お友達が欲しくて……? 人間に興味があるの? それとも撃退士に?」
 先ずは軽いジャブ。ノリも軽く、気分はまるで女子高生のガールズトーク。
「両方、かなあ。人間にも、撃退士にも両方興味があるの。出来ればどっちもお友達になれたら楽しいなって思うんだあ」
「そっかそっかー! ねえねえ、じゃあここのお店はよく来るの? けっこう人間のお店に出入りするのかな?」
 アリーチェのお蔭でルクワート席の出だしは好調だった。絶好調と言っても良い。不機嫌真っ盛りのアベルと異なり、正しく大喜び中のルクワートだ、言葉はぽろぽろ飛び出して来る。
「うん、お気に入りのお店なの。アベルと一緒に良く遊びに来るんだよ。魔法の鏡でみんながディアボロを倒すところを二人で見たり、お話をしたり――」
「……ルクワート?」
 ルクワートの声は通る方だった。隣席からアベルの横槍が入ると、ルクワートは目を一度丸くし口許に人差し指を当てて押し黙る。
「もー、男の子っていやだよねー! 直ぐ怒っちゃうんだから!」
 アリーチェの言葉にルクワートはこくこく頷き、それから紅茶のカップに手を伸ばす。
「では、アベル……さんのどんな所がお好きですか?」
 治翠の問い掛けにアベルは耳聡く反応した様子だったが、未だ制止は遣って来ない。それも、アベル席で会話に奮闘する面子のお蔭だ。
「私は敵としての姿しか知りません。良い所を教えて頂ければ」
「ああ、それは俺も気になるな。アベルのどんな部分に惚れたんだ?」
 やわらかく、あくまで穏やかに問い掛ける治翠と、軽い調子で言葉に合わせるアランの問いにルクワートはにっこりと笑い返し、きっぱりと言う。
「真っ直ぐなところだよ」
「真っ直ぐ、ですか」
 治翠は返答に対し先読みを使いながら反芻するものの、返って来る言葉の先が読めない。レベル差が流石に大きいか。
「真っ直ぐ、か。どういう所でそう思うんだ?」
 当たり障りのない言葉。アベルとの約束、には抵触しまい。
 それに、予想以上にアベル席では気を引くことに成功しているらしい。こちらへ意識が向けられることが少なくなって来た。
「あのね、アベルは真っ直ぐで、一途で、寂しがり屋なの。とっても可愛くて、優しくて、そんな所がだぁいすき。今まで見たどんな子より強くて、でも脆いの。それからね、わたしと約束もしてくれてるんだよ」
 それはまるで惚気。約束、という言葉に片眉を上げた仁刀が、繰り返すように呟く。
「約束?」
「そう、約束。絵本の白紙の頁が全て埋まったら、わたしと遊んでくれるって約束!」
 以前開かれた饗宴で語られた言葉。
 見聞きしたその台詞を再度耳にしたアランは、カップの取っ手を摘まみ上げながらふと――さも今思い付いたかのように問い掛ける。
「絵本の頁が全て埋まった時アベルとどんな遊びをするんだ?」
「……未だ決めてないや。でも、”わたしのもの”にするの。アベルを、”わたしだけのもの”にするんだよ」
 ふふ、と無邪気に笑ってルクワートは言った。
 場がほんの少し、静かになる。アベルの居る側の席でも、彼が沈黙する様子が見えた。不機嫌さではない、冷めた色の窺える相貌。
「あ、ねえねえオススメのメニュー教えて★ ケーキ、はんぶんこして食べよ?」
 その静寂を裂くように言ったのはアリーチェだ。非常にタイミングが良いと言える。
 ルクワートは嬉しそうに再度頬をほんのりと赤らめると、アリーチェと和気藹々としながらメニューを眺めケーキを選び始めた。
 そんな様子を眺めながら、仁刀は若干ぐったりとしている。会話の隙を縫おうにも見当たらず、味方はスマートにやり取りをし、尚且つ陰謀・策略の一切見えない相手方を見せられればそうもなる。
 巧く会話を引き出そう――というのは恐らく無駄だろうと判断した仁刀は、頭を切り替え『茶会を盛り上げること』に集中することにする。
 ルクワートの手紙では話を聴きたいとも書いて在った。それを利用し、話を盛り上げる手段に出る。
「そう言えば、あんたは人界に興味が在るのか?」
「うん、あるよ! だから沢山お話も聴きたいの!」
 仁刀の言葉に真っ直ぐ見詰め返し頷くルクワート。その眼差しはきらきらと輝いている。
 若干そのノリに圧倒されつつも、仁刀は頷き言葉を続ける。
「他愛も無い話だが、俺には妹が居る」
「わあ、そうなんだ! 妹さんって可愛い? 大切? 凄く好き? 一番? 妹がいるってどんな感じ?」
「……、どんな、と言われると少し困るな。兄弟姉妹は居ないのか?」
 若干所じゃない食いつきぶりに文字通り圧倒された仁刀はたじろぎつつ、今度はルクワートに対して聴き返す。すると、ルクワートは首を左右に振る。
「ううん、わたしにはいないよ。ひとりぼっち。だから羨ましいなあ。――でも、アベルにはお兄ちゃんがいるんだよ」
 あっさりと放たれた言葉に、一同は一瞬固まる。制止の声は――無い。
 アベルの方を見遣ればこちらを見て口をぽかんと開けているが、もう止める気は無いようだった。ルクワートと交わした約束がどれ程のものだったかは判らないが、既に破られているのはきっと確かだろう。
「……そう言えば、だが。あの絵本に詰まった思いッつうのは、いつかの彼奴らの事だろう?」
 その場の空気を割って言うアランに対し、ルクワートは一瞬きょとんとすると、再度首を振り意を示す。
「その話はだめ。アベルに怒られちゃった」
「気の短い男だな。こんなレディに怒るなんて失礼極まり無いぜ」
「でもね、良い所も沢山在るんだよ。怒ってもちゃんと一緒に居てくれるし、偶に置いて行かれるけど……良く一緒にお話してくれるんだ。このお店で良くお茶も一緒にしたりするの」
 その流れに暫し耳を傾けていた治翠は、心底納得したように頷いてみせる。
「成る程、本当にルクワートさんはアベルさんのことがお好きなんですね」
「うん、大好き! 早くわたしのものにならないかなあっていっつも思ってるよ!」
 わたしのものになる。――治翠は考える。それはどういった意味なのか。更に踏み込んで聴くことも出来るだろうが、答えは恐らく遮られてしまうに違いない。先読みを使わずとも判る。
 だが、相手の興が乗ってきているのは確かだ。
「失礼します」
 さり気無く言うと、ルクワートとアベルの間、壁になるような席に腰を掛けて二人の間を遮る。ルクワートはそれを気にする様子は欠片も無く、寧ろ隣に人が増えたことを喜んでいるようだった。
「人間の学校ではね、授業中に手紙を回してナイショ話をするんだよ★」
「そうなの? ナイショ話って、響きがすてき!」
「でしょでしょ? だからさー、友達同士だし、あたしたちもやってみよっ」
 興味をそそられたらしいルクワートに対し、身を寄せ耳打ちでアリーチェは声をかける。勿論声音は、アベルに聴こえない程度の小声で。
「――悪魔って、ゲート作ったり、人間の魂を収穫しないと、階級上の悪魔に怒られない? それが嫌で、あたしははぐれたんだけど、あなたは? もしかして階級高いから怒られないとか?」
 そして、ルクワートにはペンを渡し、紙ナプキンに返事を書くように促す。まるで乙女同士の秘密のやり取りに、ルクワートは表情を輝かせながら熱心にペンを走らせる。
 そして、机の下からそっとアリーチェの元に『手紙』を滑らせる。
『元々変わり者扱いされていたから怒られたことはない。今はアベルが収穫してくる魂の分で事足りてる』
 要約すると、そんな回答。そつなく、変哲も無く、それでいて然して利もない答え。しかし、その答えをにこにこと寄せるルクワートの表情に嘘は見えない。
「アベルの兄について……知ってる、んだよな? 同じく妹を持つ身として尋ねて置きたい」
 少し踏み入った言葉を投げかける仁刀にアベルは何かしらの声を掛けかけたが、間に陣取る治翠の背に阻まれそれも叶わない。
「うん、少しだけね。今は生きているのか、どうしているのかも判らないけれど……」
「会った事は在るんですか?」
「見たことは、あるよ。でも、それだけ。それ以外は、内緒だよ」
 治翠の質問に対し笑って返すと、ルクワートはアベルに対して目配せして見せた。実際の所アベルは非常にげんなりしている。
「アベルとは友達なの? 何して遊ぶつもりなのかな?」
 遊ぶという言葉が何を示しているのか、何を考えてのことなのか。
 学園に届いたものは頭が悪そうな手紙ではあったが、腐っても悪魔。
 ただのバカと言うわけではあるまいというのが、アリーチェの読み。
 女は女優、表の顔と裏の顔は別物。
 女というのは怖い生き物。単なるお茶会では無く、何らかの利になる目的が在る筈だ、と考えた。
 ――化けの皮を剥がしてやる。
 それが、アリーチェの狙い。
「アベルとは……友達じゃあない、かな。たいせつな子。わたしにとって、今一番たいせつな子だよ。わたしの夢は、――――アベルにずうっとわたしだけのものになって、遊んで貰うこと。傍にいて、傍にいさせて、ずっとずっとわたしだけがアベルを想うこと」
 えへへ、と笑いながらルクワートは言ったが、その場にいた全員が、背中を冷たいものが伝う気配を感じた。
 アベルはと言えば、冷えた眼差しをテーブルに落とし、冷めた紅茶を見詰めて口を噤んでいる。
 和気藹々としたお茶会と反して、張り詰めた空気。
 その場をやわらげるように、治翠は言った。
「お代わりは如何ですか?」
 ベルを鳴らし、店員を呼ぶ。それぞれが二杯目の注文をしつつ、治翠はそれとなく質問をルクワートへと投げ掛けた。
「今回は私達の他にゲストがいらしてませんね」
 花咲みの饗宴――その際に現れたというディアボロ。現れなかったというディアボロ。それらに真の救済とアベルが呼ぶものが関係していたということは、理解している。そうではなく、今回は、どうだろう。それ以降は、果たして救済は行われたのだろうか。
「お茶会には無粋だと思って。みんなと話す時間も無くなるし。それに」
「それに?」
「――最近は、”真の救済”が凄く多いんだって。アベルが喜んでたよ」
「ルクワート」
「もう、良いじゃない、これくらい。アベルだって、”真の救済”は多い方が嬉しいでしょう?」
「――でも、きみ」
 思わずといった風に声を上げたアベルだったが、それ以上は、席の面々に宥められた。
 アベルのステータス・不機嫌は、どうやら少しは緩和されて来ているらしい。
「それじゃあ、今度はもう一つ。……アベルがディアボロとした素体の死因は?」
「ごめんね、それもだめ。内緒って言われてるから」
「謝らなくて良いぜ、ルクワート。約束なら仕方ねえ」
 申し訳無さそうに頭を下げるルクワートに対しアランは笑い掛けてみせ、あくまで真摯な対応を見せた。
 ルクワート席は、中々の盛り上がりを見せている。

 では、アベル席はどうだろう。



「以前の茶会では、疲労困憊で余り話せなかったからのぅ」
 美薙は自身で関わり、報告書を手繰り、アベルがただ人を不幸にし嗤うような者では無いと既に確信していた。
 ――では、どのような者なのか?
 その解は未だ持ち得ず。
 故に、彼女は招待に応じた。彼女自身がすべきことを、定める為にも。
「……よろしければ、ご一緒しても? ストーリーテラー、アベル?」
 胡桃はアベルから見て斜め側の席に腰を下ろしながら、答えを待たずに本をテーブルに載せる。その本の山に、アベルは少し興味をそそられたようだった。
「まだ、世界にはたくさんの物語があるわ。……貴方は、これをしっているかしら?」
 竹取物語、浦島太郎、髪長姫、一寸法師、瓜子姫、鶴の恩返し、エトセトラエトセトラ。
「西洋の童話も素敵だけれど、日本の昔話も面白いわよ? そうね、竹取物語、とかなら、かぐや姫という月の姫君が出てくるわ」
「知っているよ。どれもこれも好きな物語だ。かぐや姫――赫映姫は、懐かしい響きでもある」
 胡桃へのアベルの反応は上々。童話への興味は、不機嫌を上回るものであるらしい。
「君がアベルか。話は聞いている。私に敵対心など無い。むしろ好意を抱く程だ。宜しくな」
「……敵に対して好意を抱く? きみも相当物好きだね」
 アルドラから差し伸べられた手には、何所か諦観の視線を向けて、ただそれだけ。
「お茶会に引きずり出されて大変だったなぁ、アベルの坊主」
 斜め向かいに座ったグィドの穏やかな物言いにアベルは視線を向け、若干の冷めた眼差しが揺らぐ。調子が狂う、といった様子だ。
「嬢ちゃんたちのわがままを聞いてやるのも男の務めさ」
「……そう言われれば、そうかも知れないけどね」
「ま、そんなしかめっ面してたって茶が勿体なくなるだけだ。飲んどけって。砂糖いるか? ミルクは?」
「砂糖もミルクも要らない。でも、気遣い有難う」
 グィドの言葉に大人しく謝礼を返すアベル。どうやら不機嫌と言っても基本的な礼儀がなっていないというわけでは無いらしい。これは巧く何かしらを引き出せるやも知れない。何せ、胡桃の手によって山積みにされた本へ興味津々といった様子だ。
 アベルの真正面の席に陣取った美薙はアベルの様子を眺め暫し考えた後、ふと思いついたかのように手をぽんと打つ。
「不機嫌そうじゃな、では場を和ませねばならんか。丁度良いものが……」
 そう言いながら美薙が被るのは、ワイルドにがっちがちで整髪料で固められたリーゼントのかつら。
「どうじゃ、似合うかの?」
 ぶは、と噴き出す音がひとつ。アベルである。
 口許を覆って視線を逸らし、肩を僅かに揺らしながら震える声で一言。
「…………似合うんじゃないかな」
 必死に絞り出した言葉に、美薙も思わずにっこり。
「そうか、笑えたか。それならば良かったのぅ!」
 からからと朗らかに笑いつつかつらを外す美薙に対し、アベルは未だ肩を震わせたままカップをゆっくりとテーブルに置き小さく頷く。
 ――アベル席もまた、順調と言えば順調だった。
 ルクワートの言葉に時折アベルが反応するが、それもまた周りの面子や、ルクワート自身によって鎮圧される。
 時折アベルが見せる冷めた目線や声音も、それぞれの宥める言葉で少しは落ち着きを取り戻した。
 美薙は正面から繕わず偽らず、真摯に誠実にアベルに対して受け答える。
 それに対しては、アベルも誠実にならざるを得ない。アベルはそういう男だった。
「周りくどいのは、嫌であろう。あたしは、おぬしの事を知りたい。皆もそうじゃろう」
「……」
 アベルは無言。けれど、それを無言の肯定と受け止め、胡桃は口を開く。
「赤ずきん、硝子姫……西洋の童話が多いけれど。童話に、なにか拘りでもあるのかしら? よかったら、聞かせて頂けるかしら?」
「童話が、好きなんだ。寓話もそう。……昔から、読み聴く機会が在ってね」
「聴く、ということは……誰かから聴いたの?」
「御想像の通り」
 アベルはそれ以上は語らない。けれど、それだけで十分。
 胡桃はアベルの様子を窺いながら、深入りはし過ぎぬよう注意して会話を続ける。
「白紙のページの絵本を持っている、と聞いたのだけれど。その絵本には、なにか特別な力が宿っているの? 羨ましいわね。そんな力があるのなら」
「そんな良い物じゃないさ。――これは枷だ。それと同時に、俺にとっての手段でもある。だからこそ枷になり得るんだけどね」
「枷?」
 興味深気に鸚鵡返しで問い掛けるアルドラに、アベルは浅く頷いて嘆息を逃す。
「そう、枷。俺を縛る枷だ。でも、こいつが無ければ救済は出来ない。……いいや、こいつが在っても、俺には手の届き切らない代物なのかも知れない。――最大級の皮肉さ」
 アベルは何時に無く饒舌だった。不機嫌である故かも知れない。
 そんな傍らで空気を和ますようグィドは「世話焼きのおっさんですまねぇな」などと言いながら、紅茶のお代わりを注文している。
「さて、肝心の質問だが。答えたくないなら答えずとも構わん。「救済」と生前の記憶には、何か関係があるのか?」
「それも、御想像の通り。今の俺に答えることは出来ないね」
 飄々と言い放つアベルに、アルドラは口籠る。
 何か似ていた。いつか、どこかで逢ったことのあるような錯覚。
 その彼に冷たくあしらわれる切なさに、胸が潰れそうになる。
 空虚な感傷。
 そして不意に――場を裂いて、響く声。
「――最近は、”真の救済”が凄く多いんだって。アベルが喜んでたよ」
 ルクワート席で、彼女は謳うように言っていた。
 アベルは顔を上げて息を呑んだ。
「ルクワート」
「もう、良いじゃない、これくらい。アベルだって、”真の救済”は多い方が嬉しいでしょう?」
「――でも、きみ」
 思わず席を立ち掛けるアベルに、グィドが笑って言った。
「さみしーなー、おっさんと一緒の席はやっぱ嫌かい?」
 茶化すような雰囲気の様子にアベルは一瞬惑い、それから再度席に腰を下ろす。
「……きみには調子を狂わされるな」
 アベルの目の前には届けられた紅茶が、白い湯気を上げながらその場で鎮座していた。
 グィドは紅茶を呑みつつ、他愛無い世間話をアベルに振っていく。
「アベルの坊主は嬢ちゃんらの尻に敷かれ易いタイプだろ? おっさん判るぜ、そういうの」
「……余り判られたいものじゃないね」
「それだけ落ち着いてるってこった。苦労性とも言うかも知れねえけどな」
 グィドとの会話でアベルは再度平静さを取り戻していく。ルクワート席へ声を掛けようにも、治翠がそれをさり気無く遮るように座っていることも大きいか。
 その落ち着いた頃合いを見計らい、美薙はアベルに声を掛ける。
「あたしもずっと気になっておったのじゃが、童話に拘りを持っておるようじゃ。これだけ続けば、解らぬ方がおかしい」
 美薙が言うことは尤もだった。
 延々と連なり続ける童話、寓話の類の物語をモチーフにしたディアボロ。
 気付かない、といった方がおかしい。気付かないふりも、もう出来ない。
「童話で救わねばならぬ理由は、聞かせては貰えぬのかの」 
「……」
 対するアベルは沈黙していた。真っ向から向けられる意思、言葉、そのすべてに沈黙していた。
 美薙は、アベルに解を返したかった。
 アベルの求める解を。アベルが願う道の先に在る解を。
 夢を見ることも、願うことも、確かにその意味が在ることを、アベル自身がそう言ったのだから。
(世界は優しくはない。――けれど、あたしが優しくあれることは出来るからのぅ)
 真っ向から向けられる、誠実で真摯な言葉。
 上辺だけの探り合いを避ける、正しく真剣勝負。
 アベルは暫しの沈黙を挟み、それから深い深い息を洩らした。
「……大切なんだ。俺にとって、物語は。だから、なぞる。なぞって、懐かしんで、自己満足のようなものさ。俺の根本」
「そう、か。……解を有難う、少しでもおぬしを知れて嬉しく思うぞ」
 アベルの回答に美薙は僅かにはにかみ笑って、頷いた。
 物語の真意は判らずとも、少しずつ積み重なる情報は決して小さなものではない。
 恐らくいつか――いつか、為になるものである筈だ。
「その絵本のページを埋めたら、貴方は今よりももっと力を得るの? 少し、興味があるわ」
「……さっき、ルクワートが言った通り。俺は彼女のものになる。今以上に、ね。それだけさ、力なんて手に入らないし、必要ない。俺が求めているのは、救済だけ」
「あなたにとっての救済って、一体何なのかしら?」
 胡桃の問いにアベルは僅かに目を細めて笑い、それから言った。
「救われない魂を救うこと。報われない命を掬うこと。ただそれだけさ」
 誰かは命が在っての救いだと言った。
 誰かは生きていれば救われるものだと言った。
 けれど、アベルはそれらを違うと断じる。
 ただ、それだけの違い。
 そこに、アランが訪れ、空席だったアベルの隣に腰を下ろした。
「よう、今更挨拶を交わす必要もねえだろう」
「ああ、きみか」
「率直に聴こう。お前が過去ディアボロにした奴の死因は?」
 ストレートな質問。アベルは一瞬目を瞬かせアランを見遣ると、直ぐに表情を締めて肩を竦めた。
「さあ」
「今回は彼奴等の姿が見えなくて残念だ。先日蒼い羽根を見たから、あの双子に逢いたかったんだけどな。絵本を使えば出せるんだろ?」
「さあね」
 同じ答えが二度。これ以上は無駄か。
 それではと、アランは今度は別の話題に切り替える。
「お気に召さないようなら、他愛もねえ話をしようか。俺の話だ」
 アベルが下げていた目線を上げる。
「俺には愛して止まねえ妹が居てな。それはもう可愛くて愛しくて仕方無い。世界に唯一人、俺だけの存在。――そんな兄を、お前はどう思う?」
 それはアベルにとって、予想外の質問だった。答えを用意していなかった、と言っても良い。
 虚を突かれた表情を浮かべる彼に対しアランは飄々とした表情を浮かべたまま見詰め返し、そして、アベルは口角を上げて言った。
「……良い兄なんじゃないか。兄妹仲が良いって言うのはさ」
「そうか。お前にも兄が居る、と聴いたから気になってな」
 アベルは曖昧な笑みを浮かべ、黙する。それから席を立った。
「ルクワート、そろそろ時間だよ」
「え? もう――あ、ほんとうだ! そろそろ出なくっちゃ!」
 壁掛け時計に目を遣り、悪魔はそう言うと慌てて残りのお茶を飲み干した。

 ――茶会の終わりの時間だ。



「そう言えば、ルクワートには何と言って連れられたのだ?」
 レジに並ぶ十人。
 帰りがけのアルドラの問い掛けに、アベルは一瞬げんなりした表情を浮かべると肩を竦めた。
「……来てくれないと泣く、ってさ。狡いと思わないかい?」
 へらりと笑うアベルに対し、アルドラは胸が高鳴る想いを感じた。
 報告書を見ていた時から思っていた感情。但しこれが何なのか判るだけ、彼女は彼を理解していない。
「あたしのケータイ番号とメアド。いつでも連絡して★」
「うん、判った!」
 言いながらアリーチェに渡されたメモを受け取ると、ぱあと表情を明るくしたルクワートは何度も何度も頷いた。
「今日はお招きありがとう御座いました、ね。また、よかったらご一緒させてくださると、嬉しいのだけれど……」
「勿論! また是非逢って欲しいな、わたし、今日はすっごく楽しかったの。だから、今度は一緒に”遊んで”ね!」
 胡桃が丁寧にお辞儀をすると、ルクワートはその手を握ってはしゃいで笑ってみせた。
 遊んで、の意図することは、未だ判らない。
 ただ、彼女が友好的な感情を抱いているということだけは間違い無いようだった。
「互いの友好を信じるなら、そちらだけに負担させたくない」
 そう言って茶の代金を払おうとする仁刀に、ルクワートは一度目を瞬かせてから表情をぱっと輝かせた。
「そっかあ、友達ってそういうものなんだねっ。それじゃあ、そうして貰おうかな!」
 仁刀は理解する。望まれているのは、確かな友情。アベルの感情は兎も角、ルクワートから向けられている感情が友愛であるということは間違いだろう。これは、確信を持って言えることだった。

 こうして、近い内にまた招待状を、とのルクワートの言葉と共に、お茶会は終了となった。



 学園へ戻った一同は、今回得られた情報を整理し、報告書に纏めた。
 ひたすら無邪気に見える悪魔について得られたことは僅かだが、少なくとも敵意や悪意が無いという点については信用して良さそうだ。

 しかし、未だ足りない。

 撃退士らは更なる情報を得る為、次の機会を待つことにしたのだった。


依頼結果