●春の綻び色鮮やかに
薄桃色に色付いた花びらが風に煽られざあと舞い、小さな旋風。
くるくると円を描いて舞い散っていくその一枚一枚はまるで雨粒のよう、細かに花を咲かせた満開の桜樹が立ち並ぶ並木道、その道なりにレジャーシートを敷いたキョウコ(jz0239)が満面の笑みで到着を待っていた。
「いらっしゃーい!」
手を振りこれ以上の無い、満面のどや顔。桜の花びらが若干桃色の髪に積もっているのは何時頃から待っていた証なのか何なのか。
そこに紫苑(
jb8416)がぱんぱんのリュックサックを背負ってわたわたと飛び込んでゆく。
「キョーコねーさん、のみものわすれやした!」
そんな紫苑にキョウコは靴を脱がせ脱がせ。更にどや顔でシートの隅――シートを押さえるように配置したジュースやお茶、お酒の類を示してみせる。
「さすがでさぁ!」
「イエーイ!」
酒は一滴も入っていないにも関わらず既に気分は最早酔っ払い。
そんなキョウコをはたから眺めつつ、ぽつりと親友の背後から呟くのは時入 雪人(
jb5998)。
「お花見か……」
舞い散る桜、満開の絶景。きめ細やかな花びらの織り成すビジュアルは正に壮観。
――と、気付けば目の前の背中が消えている。
「うん、たまには良いと思うけどなんで俺の後ろに立って俺が逃げられないようにしてるのさハル」
「お花見、いいですね。雪人さんも外に出ています、良いことです」
雪人の言葉を聴いているのかいないのか。にこやかな表情で言う安瀬地 治翠(
jb5992)は雪人の後ろに回り、「ほら、隠れない」の一言。
治翠はレジャーシートに膝を突き、既に腰を下ろしているキョウコとウヅキに対しぺっこり一礼。
「本日は企画を有難う御座います。雪人さん、ご挨拶を」
背中に隠れていた筈が、強制的に引っ張り出された当主もとい雪人。引き籠り気質は拭えないものの、やっぱり当主。挨拶はします、ちゃんと後でしようと思っていました勿論です。
「初めまして、時入雪人です。本日はよろしくお願い致します」
「時入くんも安瀬地くんもよろしくう! 今日はじゃんじゃん楽しんじゃってね!」
「桜も、もう満開、なんです…ね。季節、が…過ぎるのは、早い…です」
咲き誇る桜を見上げながら言う苑邑花月(
ja0830)は柔らかな調子で言うと、キョウコとウヅキの前にいちごオレとバナナオレをちょこん。
「キョウコ先輩、ウヅキ先輩、素敵な場、を……有難う御座います、わ。これ、は……細やかですが、お礼の品、ですの」
「そんな気遣わなくたって良かったのにー! でもでも、ありがとねっ、花月ちゃん! 超うれしー!」
「すみません、お気遣いを。嬉しく思います」
動と静、対照的な態度で返すキョウコとウヅキを眺めながらくすくすと笑う花月の背、ダニエル・クラプトン(
jb8412)は目を細めながら華時雨を見上げる。
「四季折々の花々を見る事が出来ると聞いてはいたが……さすが、と云うべきか」
この年になるまで色々な国を渡り歩いて来たが、この季節に日本に訪れたのは初めてだったろうか。
初めて見る見事な桜。若者たちが浮かれるのも又当然のこと。
「さて、折角の機会だ。私も桜に浮かれるとしようか」
酒のボトルと煙管を手に、ダニエルは普段より幾らか穏やかな表情を浮かべながら桜舞い散る並木道を暫く歩く。そこは、周りを――桜と陽気に浮かれ、はしゃぐ者たちが良く窺える場所。
皆で楽しく美味しく食べましょう。ということで広げられるのはお弁当のお重。
「お弁当……、花月、も作ってきました、の。……と、言っても、素人感……丸出し、で申し訳ない、の……ですが……」
そこに添えられる、花月の作って来た春らしい彩のサンドイッチと可愛らしい一口ゼリー。丁寧にラップで巾着風につくられ、結われたリボンは正しく春色。中に入ったハート型の桃が、ピンクのゼリーの中でぷるりと揺れる。
「宜しければこちらも皆さんでどうぞ」
そう言いながら治翠が手荷物から取り出すのは、桜餅に定番の花見団子、饅頭、金平糖等、色とりどりに。
「ヤバいじゃん! めっちゃカラフルだしめっちゃ全部可愛い!」
「この子、空気に酔ってるので余り気にしないであげてくださいね」
フォローを入れるウヅキに紫苑はからからと笑い、その傍らではふと思い出したように治翠が再度荷物から取り出す。いちごオレとバナナオレ。
「いちごオレは確かキョウコさんがお好きでしたよね」
思い起こすのはある日の屋上、ある日の依頼。
はたと瞬くと、照れ臭そうに一瞬眉を顰めたキョウコははにかむように笑って言う。
「実はあの時まで飲んだこと無かったんだよねー、いちごオレ。安瀬地くんに貰ってから好きになっちった! 超美味しい!」
甘い甘い冬から変わる春の味。
「あ、ハル、いちごオレ頂戴」
そんな彼の当主もとい雪人もいちごオレ派。ここに片やエア酔っ払いのいちごオレ同盟結成――は予測回避でならなかったけれど、キョウコは楽しそうに、明るく、朗らかに笑う。
「あっはっは! 皆で集まるのってやっぱりサイコー!」
「さいこーでさぁ!」
並べられたお重に詰められたお弁当をひとしきりがっつきながら、紫苑は声を揃えて高らかに言う。
久方振りのお菓子とジュース以外の食べ物に大層ご満悦の様子。
「おべんと、おいしぃでさー! 二人ともいいよめになれやすぜ!」
紫苑もまたどや顔。そんな紫苑ちゃん可愛い! と飛び付いて可愛い可愛い、撫でくるキョウコはまた笑顔。
因みに焦げた卵焼きを早めに処理しようと、ウヅキはこっそりつつくつつく。
「……桜、素敵ですわ、ね。こうも満開、だと……眩暈、すら覚えます……。実は花月、は……咲始め、の方が……好き、だったりするのです、けれど」
「どちらも綺麗ですね。綻ぶ蕾も、開いた花も。どれも楽しめるのがこの季節の醍醐味です」
「ええ……」
花月は眩しげに目を細めながら満開の花々を見上げ、ウヅキはそれに添うように僅かに笑い空を覆う美しい薄紅のヴェールを眺めた。
一方ダニエル。
酒と煙管を嗜みながら、小高い丘から眺める風景はまた格別。
桜の美しさもさることながら、それ以上に惹かれるのは――皆の笑顔。
どこの席でも溢れ返り、賑やかに響く心地好い笑い声。
花の彩りだけでこんなにも笑顔を生み出すことが出来る、華やかさ。
「……やはり自然には敵わんな」
口角を上げて呟くダニエルの鼻先に、ふわりと一枚の悪戯な花弁が舞う。
「そう言えば……去年、は……憧れのあの方、とお花見をご一緒しましたわ、ね……」
ただ一年が経っただけだというのに、まるでとても遠くの出来事のよう。
彼は今、何を想っているのだろう。彼も桜を見ているのだろうか。
花月は舞い踊る花びらに想いを馳せながら、お茶の入った紙コップに口付ける。
「憧れの人ってことは恋って奴だ! 花月ちゃん、恋しちゃってるね! 青春だー!」
「……憧れの、方……ですわ」
はしゃぐキョウコに恥じる花月。そんなやり取りの傍らで、紫苑ははしゃいで桜の木に登る。
「さくらきれいですねぃ! テレビでみるよりめちゃくちゃきれーでさー!」
ゆさゆさ揺れる樹、舞い散る葉と花弁。そして襲い来るデンキムシ!(※イラガの幼虫!)
うっかり刺されてぷるぷるしつつ、ウヅキの用意していた消毒液で簡易治療を施され。
その隙を縫ってウヅキの紙コップにハバネロ粉末を混入したりと、忙しない悪戯っ子紫苑。ちなみにハバネロ入り日本酒はウヅキが美味しくいただきました。甘党且つ辛党強し。
「折角なのでお酒もいただきましょうか」
用意されていた日本酒に手を出す治翠も、どこか楽しげに。
「あ、雪人さんは飲んでは駄目ですよ」
「俺はいちごオレ派です」
本日二度目の宣言。大事なことなので以下略、くぴくぴ呑みつつお弁当を摘まみ、雪人も頷いて返す。
「ユッキーもいちごオレ派、私もいちごオレ派、つまり仲間だカンパーイ!」
「か、かんぱ……あ、桜綺麗ですよ、キョウコさん」
「ん? んんん――めっちゃ綺麗! 綺麗過ぎてヤバい! 語彙足んない!」
回避不能な真後ろから絡んで来たキョウコにぎょっとする雪人だったが、咄嗟の台詞で事無きを得て。こっそり治翠の後ろに再度隠れておきました。
「折角ですわ。この瞬間、を…得意の水彩画、に…収めたい、ですわ、ね。美しい、いいえ、美し過ぎる桜。我が身を見よとばかりに咲く桜。どんな絵、が…出来上がるでしょう、か…」
お嬢様育ちの花月の趣味は、水彩画。華道にも興味が在る彼女にとって、花見は季節の嗜みごと。憧れのあの方と一緒に来れたら尚良かった――なんて、馳せる想いは心の内に秘め置いて。
大人数で騒ぐことは苦手だけれど、時間が経てば程好く慣れて、何だか楽しくなって来た。和菓子をいただきつつ、賑やかな空気に触れて穏やかに笑う。
暫しの散策から戻って来たダニエルは、ウヅキの傍らに腰を据えて問い掛ける。
恋人は居ないのか? 想い人は? 唐突に尋ねられた台詞に、目を丸くするウヅキ。そう言えば、キョウコが前に言っていた。
「誰かしらおらんのかね? ウヅキ殿の年ならば一人や二人いるものだと思うのだが……」
「ふ、二人いたら問題でしょう。浮気ですよ、浮気」
「撃退士などいつ死ぬか分からん様な非常に危険な仕事だ。だからこそ多くの恋を経験して心を育んで欲しいと思うのだが」
「……クラプトンさんはまるで父親の様ですね」
若干膨れ面のウヅキに、ダニエルはフフと笑う。
真面目腐ったことも全部、冗談であるのだと。
「許してくれ、ウヅキ殿を見ているとついからかいたくなってしまう。何故だろうか、ウヅキ殿の持つ雰囲気がだろうか」
「からかわれるような歳じゃありません。そんなことを言われたのは初めてですよ」
笑いながら言うウヅキの取り皿の中にある卵焼きに目線を落としたダニエルは、ふと思い出したように言う。
「あぁ、それと卵焼きももう少々練習した方が良いかもしれんな。嫁に行く時に困るぞ? まぁ少々不器用な方が男受けが良いと聞く事もあるが……」
「…………善処します」
くつりと響くダニエルの笑い声に、若干頬を染めつつ卵焼きをつつくウヅキの横顔。そこに登場するのはまるで空気を読まないキョウコだ。
「いーんだよっ、おじさま! いざとなったら私がウヅキを嫁に貰っちゃうもんねー!」
「何言ってるんですか」
ウヅキとキョウコ、真顔とどや顔ちぐはぐコンビ。
それだけ言ってくるりと背を向けたキョウコを眺めながら、ダニエルとウヅキはふっと吹き出して笑う。
「そう言えば……最近大変だそうですね。愚痴等は幾らでも聴きますよ」
はしゃぎながらキョウコが二本目のいちごオレを空にしたのを見計らって、治翠は声を掛ける。
それに伴い紫苑もまた声を上げた。
「しおんちゃんもおなやみそうだんしつ? でさっ。キョーコねーさんおつかれぎみですし、なんでもしますぜぃ! おはなしきいたりーかたたたたたきしたりー!」
それじゃあかたたたたたたたたきお願いしちゃおうかな、なんてキョウコはにっこりお願いひとつ。紫苑にぽむぽむ肩を叩かれながら、ぽつりぽつりと話し出す。
「……まあ、依頼のことなんだけどねー。最近色々変なのが増えてるじゃん? 何考えて良いのか判んないのが本音。救済だの聖女だの、知るかーってさ」
「……こないだまけちまって、わるかったでさ」
「ううん。帰って来てくれたことが何より私は嬉しかったよ。だから大丈夫、気にしたりしないで! そう、私は……皆に無事帰って来て欲しい。それが叶えば、一番ハッピーなんだけどね」
「そうですね。……無事帰れるよう、努めます」
治翠の返事を聞くとキョウコは満足げに笑う。そう、こんな桜が綺麗な日には、笑わなきゃ損。
二人に礼を言うと、キョウコは花月の作って来てくれた巾着型のゼリーに手を伸ばしてにっこり。
「美味しいもん食べて元気出すのさ!」
幸せ一番笑顔が一番。
そんなキョウコの背で、その肩に手を置いた紫苑はちょっぴりしょげて言う。
「おれどこにいきゃーいいんでしょ。人がぐちゃってなんのはあんますきくねぇですけど、たたかいがなくなったら、ここなくなっちまうでさ。こっちのおれはばけもんだし、あっちにはなんもねぇ」
キョウコは肩越しに振り向き、瞬きぱちり。
「みんなもすきなとこいっちまう。……いきつづけてもしんでも、おれ、ひとりぼっちでさ」
「そんなわけないじゃん」
「?」
「私も、皆も、友達だもん。だから、紫苑ちゃんはひとりぼっちなんかじゃないんだよ。勿論私も、ひとりぼっちなんかじゃない。ひとりになんかさせないよ」
朗らかに笑うキョウコの襟元には世界征服バッジ。ぽん、と胸を叩いて笑うと、紫苑はくしゃりと表情を崩して笑い返す。
――友達。ひとりぼっちじゃない証は此処に在る。
●鮮やかに刻まれる思い出
ふらりと一人、輪から外れて花月が見付けたのは野に咲く鈴蘭の花。
人知れず頬を綻ばせると彼女は目を細め、幸福の再来に喜びを覚える。
摘み取ることはしない。
舞い流れる桜の雨の中、白い鈴の花を愛でる花月は人波の中でも一際愛らしい。
「桜が綺麗ですね」
「桜、綺麗だね」
治翠と雪人ははらはらと躍る花弁を眺めながら呟き合う。
「此処に来る前の去年は、こんな風に賑やかに過ごせるとは思っていませんでした。雪人さんが外にいる風景も見れるようになるとは、ね」
昔はこうしてお花見をする機会も在ったけれど、雪人が当主になり学校に行かなくなった時から行くことが無くなっていた。
雪人が思い出すのは、好きな青空。
「少しずつ、こうする事にも慣れてきたよ」
「こんな風に過ごす時間の為にも、改めて頑張らなくてはいけませんね」
「そうだね。……これからも頑張ろう、この日々を続ける為に」
護りたい日常。護るべき日常。過ごしたい日常。
すべてを護る為、彼らはアウルという”力”を行使する。
「……でも無理やり外に出すのはやめてね?」
「さて、それはどうだか判りません」
日本酒を楽しみながら飄々と言って退ける治翠に、雪人はがっくりと肩を落とす。いちごオレに口を付けつつ、当主なのになあ、なんてこぼした台詞はどこか小型犬染みていて。
「これはこうして、こうでさ!」
綺麗な桜の花びらは、ティッシュに挟んで重石でぎゅー。
何をしているのかと紫苑にキョウコが尋ねると、胸を張りえっへん。
「これでおしばな作れるんだってずこーでやったんでさ!」
「めっちゃ完璧じゃん! 思い出作りもばっちりー!」
どや顔、褒め顔、それを酒を呑みつつ微笑ましく眺めるダニエルとウヅキはまるで保護者の顔。
こうして、お花見パーティーは盛況を以て終わりとなる。
桜雨が降り頻る中、笑い合い、酌み交わし、美しき桜樹を愛でた幾許かの時間。
思い出の一頁に刻まれただろう今日という日。
――またいつの日か、華時雨を共に。