●巨大野菜、出現!
叶 心理(
ja0625)がいつも通り授業をサボって、昼寝をしている時だった。
ヘッドホン越しに聞こえてくる叫び声。
あまりの音量に木の上からずり落ちた。
「おぉ……なんだありゃ……もったいないお化けか何かか?」
危うく地面に激突しそうになりながら心理は軽く膝を曲げて体勢を立て直し、聞いていたヘッドフォンを耳から首にずらす。
心理の目の前の裏庭には、様々な種類の野菜達。
「……変わった敵だけど、何故野菜なの……?」
橋場 アトリアーナ(
ja1403)が桐原 雅(
ja1822)と共に駆けつけ、赤と青のオッドアイを見開く。
巨大な野菜達が暴れているというのに、アトリアーナの隣の雅はなぜか動じていない。
育った生活環境だろうか。
「捕食者と被捕食者が入れ替わる……常識が覆される」
ポツリと呟き、既に戦う準備が出来ている。
「野菜のサーバント……天界にも、頭がどうかしている天使がいるらしい?」
片手にビニール袋を携えて、ラグナ・グラウシード(
ja3538)も駆けてくる。
そのビニール袋は何なのか。
それはその内きっと分かるはず。
きっと今すぐ分かりそう。
巨大な野菜達が投げてくる美味しそうな野菜を、全力で拾っているから。
「ビニール袋はいい案だ。私も持ってくればよかったな。ナスだけはいらないが」
クロエ・アブリール(
ja3792)が巨大なナスに柳眉をひそめて眼鏡を抑える。
戦う事に変わりはなくとも、出来るだけ関わりたくない存在かもしれない。
「茄子も、南瓜も、キャベツも、トマトも、綺麗なお花を咲かせる、すてきなお野菜……その姿を騙って、本物は粗末に投げ捨てるだなんて……」
裏庭の愛らしい花を見に来ていた明日香 佳輪(
jb1494)は、怒りに声を震わせる。
最愛のお花達は、今無残にも巨大野菜達の足元でその命を散らそうとしている。
この状況で怒らない筈がなかった。
「おやさいであそんじゃダメって習ったでしょ! 食べられるものはちゃんと食べないと!」
手にケチャップとマヨネーズ、そしてお醤油を持ってみくず(
jb2654)が叫ぶ。
どこから持ってきたのだろう。
いつも持ち歩いているのかはたまた調理室からか。
ポケットにはくるっと丸めたレシピらしき紙ものぞいている。
「大人しくボクたちの栄養にな……られても困るなあ、大きすぎてちょっと怖い……」
騒ぎに駆けつけたものの、「あんなに美味しい野菜達が……」とちょっぴり引き気味なのは美澄 優衣(
jb2730)。
投げつけられたトマトをひょいっと避けると、地面に激突したトマトが無残にひしゃげた。
「とりあえず倒しとくべきですよね〜」
野菜達に無闇に近づかず、神酒坂ねずみ(
jb4993)が距離をとりながらアサルトライフルを構えた。
巨大な敵達の肩とでも言おうか。
野菜達だから、人とまったく同じ肩の部位はないが、重心やその他の動きである程度の行動が読めた。
「明らかにサーバントよね。名を馳せた久遠ヶ原学園の裏庭でこんなの出現するなんて、検問がザルじゃないの」
警備に呆れたといわんばかりに、グレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)はため息をつく。
この巨大野菜達を倒したら、きっと警備に文句を言いにいくのだろう。
そんな10人の撃退士に、サーバントたちが襲い来る!
●野菜の分際で、我に敵うと思うなぁっ!
「うおー、なんつーか緊張感ねぇなああああっと!」
キャベツの攻撃を避けながら、叫ぶ心理。
等身大の巨大なキャベツの葉っぱが飛んでくるのだ。
視界一杯に広がる黄緑色の葉っぱに、戦闘の緊張感は皆無。
「なんともシュールというかなんというか……気が抜けるのは確かだな……」
心理の叫びに軽く頷いて、クロエはナスと向き合う。
あまり向き合いたくは無い。
だが放置するわけにもいかない、そんなジレンマ。
(「見たくはないが、随分と仲が悪くないか」)
クロエ達に気づいていながら、ナスは撃退士よりもお互いを延ばした蔦でビシビシ叩きあっている。
「おっと」
観察していたら、一匹がクロエに蔦を振るってくる。
クロエを狙ったというより、流れ弾、いや、流れ鞭といった感じだが。
アンドラスソードにエネルギーを溜め込み、クロエは巨大ナスの一体の後ろから、その一体の脇をかすめるように風の衝撃波を撃ち放つ。
激しい衝撃波はまるで巨大ナスが撃ち放ったかのような絶妙な位置で、もう一体の別のナスを吹き飛ばす。
すぐに回復しだすナスだが、その怒りはクロエではなくクロエが隠れ蓑に使ったもう一体のナスへ。
激しく蔦を絡めあい、怪しい雄叫びを上げるナス二体。
(「うむ、成功だな」)
ナスの同士討ち作戦、大成功!
「ウドゥンバラっ、思い知らせておあげなさい!」
花々に酷い事をした巨大野菜に、佳輪は龍召喚!
虚空から姿を現したウドゥンバラは、漆黒の身体にびっしりと生やした白い小さな花を震わせて、佳輪を守るべく彼女に力を分け与えながら彼女の前に。
直後に巨大キャベツから葉っぱが飛んでくる!
「うっひゃ、危なかったー!」
優衣がひらりと翼を具現化して舞い上がり、キャベツをかわす。
「チェイーッ! 千切りにしちゃるッ!」
ねずみが次々に飛んでくるキャベツに、アサルトライフルAL54で応戦!
銃で千切りは無理じゃないのか。
そんな現実的な物理事情はさくっと無視して、ねずみはライフル発射!
フルオート機能は今日も快適、敵は巨大とくれば外しようがない。
「口もかいちゃるっ!」
激しい銃撃音を響かせて、ねずみは巨大カボチャに目と口にあたる部分に風穴を。
特に口はギザギザに削る余裕も見せる。
「あ、美味しそうな野菜がっ」
飛んできたトマトをぱくっと優衣は口で咥えて、そのままぱくぱく。
「お塩もあったりするの。食べるなら、はいっ」
エプロンドレスのポケットから、みくずがすかさず塩を。
「最高だね、ありがとう、おいしい!」
お礼を言う優衣に笑顔で応じるみくず。もちろん一緒に食べている。
『注意! 戦闘中です!』
そんなテロップが流れそうなぐらい、喉かな空気が一瞬流れた。
「このっ、このっ、このっ! 花達に酷いことしないでっ!」
佳輪の手にする不思議植物図鑑から、サーバントに向かって魔法の木の葉が舞い飛び、ぴしぴしとダメージを与えてゆく。
だがやはり巨大野菜、回復!
でも回復するトマトに連続で攻撃がヒットした。
弓矢と炎がトマトを潰す。
「回復する前につぶしちゃえばいいの!」
「美味しいご飯になってくれるお野菜を、冒涜しちゃだめだよ!」
優衣とみくずの追撃だ。
「あー、すぐ近くで火災がーっ」
優衣が叫ぶと、皆が振り返った。
なぜかサーバントも。
「いい子だからあの偽物お野菜を、バラバラにしておしまいっ!」
佳輪だけは火事よりも憎い野菜達へ注目!
隙をついてウドゥンバラが思いっきり巨大ナスを踏み潰す。
「……数、多いから孤立しないようにするの」
雅の後ろに立ち、アトリアーナは双銃―― イグナイテッドを構える。
阿吽の呼吸でアトリアーナがなにを待っているのか分かっている雅は、トマトに狙いを定める。
真っ赤に熟したトマトは、きっと美味しいに違いないのに、今は敵。
その持ち前の素早さで一気にトマトとの距離を詰めた雅は、ヒュッとグリースを放つ。
雅の指先から放たれた鋼糸は、灰色の鈍い輝きを放ちながらトマトに絡みつき、その柔らかい身体を裂いていく。
だがしかし。
敵は超回復の持ち主。
刻む側から汁を飛ばし、元の姿に治ってゆく。
そして一体が攻撃を受けた事により、残りのトマトたちがくるっと振り向いて、一気に雅の元へ!
だが雅がトマトの餌食になることは無かった。
アトリアーナのイグナイテッドが高らかに鳴り響く。
「……射撃は、そんなに得意じゃないけど、これなら当たるの」
赤い銃身が激しく震え、その銃口からはとめどもなく銃弾があふれる。
命中精度の高い銃ならではか、乱射していても仲間はきっちり避け、トマトだけを撃ち落す。
今まさに雅に体当たりをしようとしていたトマトは、銃弾に吹っ飛んで地面をバウンド。
「来いッ! 呪われし野菜どもッ!」
ばっと両手を広げて野菜達に向かってラグナは叫ぶ。
ラグナの中に迸る非モテオーラがぐわっと漲った。
「……やけに冷たい目線が向かっているぞ」
「最高だ!」
クロエの突っ込みに極上の笑顔で応じるラグナ。
集まる視線視線視線!
野菜達に目はないが、その冷たい目線は目なぞなくとも十分ラグナを喜ばせた。
「検問っ、もっと警戒しないとこういう事が幾度ともなく続くわよ!」
ラグナに思いっきりジャンプしたカボチャに向かって、明守華がまだ検問に文句を言いながら魔法を放つ。
放たれた魔法はラグナを思いっきりぶっ潰した巨大カボチャにクリティカルヒット!
横にごろっと転がったカボチャの下から、ちょっぴり潰れたラグナが埋もれた地面から這い出してくる。
「ぐぬぬ……っ!」
歯を食いしばって立ち上がろうとするが、無理。
がくりと膝をつく彼に、明守華が手の平に小さなアウルの光を灯す。
光は、ラグナの中に吸い込まれ、その身体を隅々まで駆け巡りながら傷つけられた細胞に治癒の力を与えてゆく。
「おいおい、まだ野菜投げるのかよ……つーか、こいつら何処からだしやがった?!」
心理が投げつけられる野菜をひょいひょいと避けながら叫ぶ。
「……ひとつ、ふたつ、みっつ……あと少し、なの」
雅とアトリアーナは、集団で襲い来る性質を持つトマトを、一体ずつ処理していた。
野菜達の超回復も永遠ではなく、雅に刻まれ続ければ自然と息絶え、その数を減らしていく。
「おいおい、そんなに葉っぱを飛ばしたら芯が見えちまうぜ? ……なーんてな」
キャベツの飛ばしてくる巨大葉っぱを、にやりと笑って心理はチタンワイヤーで切り裂く。
扱い辛い武器だが、相手が巨大で尚且つ薄く、刻むのにさしたる労力は要らなかった。
そして心理の言葉はまんざら嘘でもない。
超回復力がだいぶ衰えたキャベツは、最初に比べて今は半分ぐらいの大きさに縮んでいる。
明らかに葉っぱの投げすぎだ。
「……そんな位置にいると、まとめて薙ぎ払わせてもらいますの?」
赤い銃からエクスキューショナーに持ち替えて、アトリアーナがその戦斧を振り下ろす。
地面を数体を縦一直線に転がるトマトを、迸るアウルが突き抜けてゆく。
「リア充どもへの私の怒り、喰らって吹き飛べサーバントッ!」
凄まじい八つ当たりを叫び、血涙を流しながらラグナの2mにも及ぶ大剣ツヴァイハンダーFEが強く輝く。
「非モテの恨み、末代までーーー!!」
ラグナの気迫に恐れをなしたのか、それとも二体のカボチャはカップルだったのか。
巨体が邪魔して逃げ遅れ、ラグナの剣がその身を縦にぱっくりと。
「あんたには、あたしがこれをお見舞いよ!」
渾身の力を込めて、明守華が愛らしい杖でカボチャをぶん殴る!
金盞花をモチーフとした杖は、思いっきりカボチャの硬い皮膚をべこっと凹ました。
●最後は美味しく頂いちゃおう!
「しかし、これサーバントだったよな。何処の天使だよ、造ったやつ」
やっと殲滅できた巨大野菜サーバント達に、心理は勝利感よりも妙な脱力感。
「シャワーが欲しいわね。たいして汚れなかったけど、気になるわ」
サーバントを全て倒し、すっきりとした裏庭で、明守華は軽く服をはたく。
「……むぅ、汚れ早くとらないと、シミになるの」
アトリアーナが雅の服についたシミに気づき、持ち歩いていたタオルで拭う。
地面に膝をついて、雅のスカートをこするアトリアーナに、雅はちょっとだけ頬を染める。
恥ずかしいのかもしれないが、振り払うことをせず、じっとされるがままになっている。
「茄子……」
「苦手だものね。でも大丈夫、僕が拭き取るの」
雅についていたしみは、どうやらナスのものらしい。
「食費が浮きますからねー」
言いながら、ねずみはいそいそとダンボール箱に野菜達を詰めだす。
いつの間に箱を用意していたのか謎である。
おいしそうな野菜達は投げられていたせいであちらこちら傷があるものの、ねずみが自分で食べる分には問題なさそうだった。
特にキャベツは炒め物や味噌汁の具に、そしてロールキャベツにと、レシピが豊富で使いやすい。
「生で食べれなかった野菜達は、調理したいよね」
投げつけられたトマトを余裕で食べていた優衣は、わくわくと期待に橙色の瞳を輝かす。
「お花は、みんな無事……っ?! まっていてね、私が今すぐ助けてあげるからっ」
みんなが野菜を拾う中、佳輪は必至に裏庭の花達に語りかける。
植えられた花のうち無残にも踏み潰されてしまった花々は、佳輪が即座に植えなおす。
もともと手入れの行き届いた花壇だから、栄養は十分。
佳輪が植えなおしながら話しかけると、踏まれてしまった花々が心なしか元気になったよう。
「カレーでも作ってみるか。よかったら、貴殿らもどうだ?」
大量に拾い集めた野菜を見て、ラグナはそんな提案をする。
ただし、ラグナに料理ができるかどうかは怪しい限り。
「料理なら私も手伝えるな。食材は豊富だし、野菜を調理室に運ぼう」
カレーもいいが、ナスならシャルロットもいい。
戦い続けてナスに免疫がほんのり出来て、そんな事を思いながらクロエも手近な野菜達を抱える。
祖国のフランスでは、よく食べていたのかもしれない。
調理室に移動したあとは、みんな素早かった。
ラグナとクロエが中心となって作った料理は、カレーとナスのシャルロット。
みめの良いシャルロットと、香ばしい香りをあたりに漂わす夏野菜のカレー。
「ほー。サーバントが投げてきたとは思えないぐらい、美味いな」
心理はヘッドホンでご機嫌な曲に身をゆだねながら、カレーにぱくつく。
「また……茄子……」
「私が食べてあげるの」
雅のカレーから、アトリアーナがナスを取ってあげる。
「お野菜お野菜♪ いただきます」
にこにこと笑顔でいうみくずの前には、一瞬のうちで空のお皿が5枚に。
細っこく、愛らしいみくずのどこに一体収まったのか。
嬉しそうにクロエにおかわりを求める彼女に、
「寸胴で作って正解だったな」
と、ほんのり冷や汗をたらしながらクロエがおかわりをよそう。
(「私はカレーを作れたのだな」)
実は思いつきで言っただけで、まともにカレーを作れた事などなかったラグナは、クロエとは別の意味で冷や汗。
『カレーすら、まともに作れぬ、非モテかな』
カレーを作りながら、そんな句まで心の中で詠んでいた事が嘘のよう。
みんなの協力のお陰だろう。
「ほっぺたおちそう!」
クロエの作ったシャルロットを、幸せそうに頬張っているのは優衣だ。
「まだまだあるぞ。食べ切れなかったらみんなで持って帰るといい」
そんなラグナの言葉に、みんなから歓声が上がった。