●あふれるカエル達
久遠ヶ原学園初等部。
その三階は、大量のカエルで溢れ返っていた。
「もう大丈夫、ボク達が絶対全部捕まえちゃうから」
一人ではもうどうすることも出来ずに泣きそうだった水希に、犬乃 さんぽ(
ja1272)は力強く頷く。
「カエルさん、かわいい! 抱きしめたいっ」
さんぽと同じく階段を登ってきた内藤 桜花(
jb2479)は、溢れるカエル達に瞳を輝かせる。
普通ならパニックになりそうなカエルの数なのだが、桜花は嬉々としてカエルに向かっていく。
ひらひらのメイド服にカエルが飛びついても、気にしない。
むしろスキップしそうな勢いだ。
「カエルさん逃げちゃったの? お姉ちゃんたちが捕まえるから大丈夫だよ」
アーニャ・ベルマン(
jb2896)も三階に辿り着いて、事情を聞けば直ぐに腕まくり。
「はぅー、たい焼き美味しいですー。……はわ?! ど、どうしましたかー?」
そしてたい焼きを咥えた影山・狐雀(
jb2742)が、壁をすり抜けてきた。
人でないから可能な技だ。
カエルに飛び掛られそうになって、狐雀がとっさにふわりと舞うと、階段に銀色の羽が落ちた。
そして狐雀と同じように、壁をすり抜けてきたのが咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)だ。
事情を聞いたマックスウェルは、なんともいえない微妙な表情。
(なんだ、ばんごはんが逃げたんなら可哀相だと思って助けに来たなんて言わないけど、クラスで飼ってたのね)
マックスウェルはカエルを食べるのだろうか?
天魔だし、人と同じ感覚ではないのかもしれない。
「ほむ、こんな所にカエルがおるとは。キノコの代わりに集めようではないか。カエルは大好きだの!」
校舎の隅をキノコを探して覗いていた橘 樹(
jb3833)は、隅っこにいたカエルをそっと捕まえる。
愛らしく鳴くカエルは、和装の樹の手の中だと、どことなく雅に見える。
「おやおや、これまた大変な事になってますねぇ、ふふふ〜」
叫び声を聞いて、間違いなくハプニングの匂いをかぎつけたのだろう。
落月 咲(
jb3943)は嬉しそうにカエル達を見つめる。
嬉しそうとはいっても、ただの傍観者で終わらない。
落月は手伝う気満々のようだ。
「ムム? ナニヤラ事件デスナ。……ナント、カエルデハアリマセンカ!」
最後に3階に来てくれたのは箱(
jb5199)だ。
どうやって被っているのか、彼女はブラウン管TVのような箱を頭にすっぽりと被っていた。
あまりに不思議な姿に水希が目を丸くしているが、箱は気にしない。
驚かれるのは常だからだ。
撃退士8人と水希、カエルを捕まえる為に頑張りだす。
●どこにいるのかな?
「これからカエルの捜索を始めまーす。いますぐ外へ出たい人は大声で呼びなさーい。すぐには動かず、まずは声を!」
マックスウェルが3階の教室に残っている生徒達に声をかける。
生徒達がカエルを踏んでしまわない為の配慮だ。
数クラスから上がった声に、マックスウェルはすぐさま飛んで向かって、子供達を数人抱えあげる。
階段に下ろせば、そこから先はもう、子供達の自由。
「ずっと見張ってたからいないとは思うんだけどさ。もしもカエルを下で見つけたら呼んでよね?」
マックスウェルが念を押せば、生徒達は元気に頷いて、足元に気をつけながら階段を下りていく。
「何か入れるものを貰って来ますねぇ〜。ふふふ〜」
落月がご機嫌のまま職員室へと向かいだす。
その背にアーニャは「なるべく沢山お願いだよっ。あと、出来たらラップも!」と声をかける。
落月からは「任せてくださいですぅ」と返事が。
その間にもカエルはぴょこぴょこ飛び跳ねている。
一刻も早く集めなくてはと、アーニャは教室の掃除用具入れからバケツを何個か拝借。
「アーニャサン、バケツヲ私ニモヒトツクダサイ。ココニバケツヲ置イテオクノデス」
「もちろん、はい!」
アーニャからバケツを一個受け取ると、箱はバケツに水を張って廊下の適当な場所に置く。
バケツの中には、カエルが溺れない程度の水のみ。
「これ、蓋しなくていいのかな?」
アーニャがバケツを覗き込む。
何の変哲もないバケツに水を張っただけでは、逃げるのは当然。
「ハイ。カエルハ水ヲ欲スル生キ物デス。干乾ビタクナケレバ、コノ水ニ飛ビ込ンデキテクレルカモシレマセン」
「なるほど!」
箱の言葉に頷くアーニャ。
ある程度集まってきたら、落月を呼べば大丈夫だろう。
「わしの翼が光ってうなる! 今こそ飛べと輝き叫ぶ! ……うぐっ!」
ごつん。
嫌な音を立てて、樹の頭が天井に激突した。
何もそこまで気合を入れずとも狐雀と同じく天魔なのだから、さらっと飛べそうなものなのだが、樹にとっては決死の覚悟でなければ難しいようだ。
だが可愛いカエルを決して踏まない為には、苦手でもなんでも飛ぶしかない!
(な、泣かないであるよ……!)
思いっきりぶつけた頭が訴える痛みに、樹は涙をぐっと堪える。
そんな樹のカエルへの思いが通じたのか。
ぴょーん♪
10cmのカエルが元気よく樹の目の前にジャンプ!
「カエル、愛しておるぞよ!」
ほわっと両手で包み込み、樹は幸せにキャッチ☆
「ほむ、よい顔立ちである」
手の中のぷっくりとしたカエルを見つめ、樹は次のカエルへと向かう。
そして教室では、さんぽが英雄燦然ニンジャ☆アイドル! 発動☆
ほんのり薄暗かった教室にスポットライトが出現し、さんぽの姿を煌びやかに彩った。
果たしてそれは現実か幻覚か。
「カエルを操れてこそ、一人前のニンジャって聞いたもん!」
すちゃっとポーズを決めるさんぽに、教室のあちらこちらに隠れていたカエル達が、けろけろっと集まりだした。
教室のど真ん中に次々と集まるカエル達。
隅っこでなくど真ん中なのは、カエル達が再び隠れてしまわないようにと、広い場所のほうが捕まえやすいから。
「よーしよしよし、みんな集まってくれたね」
さんぽが声をかけると、けろけろと返事をするカエル達。
「……っと、入れ物入れ物」
「こちらにありますぅ」
さんぽが入れ物を探すと、タイミングよく職員室から戻ってきた落月が。
落月が二重にして、破けないようにしたビニール袋の中に、さんぽはひょいひょいと入れてゆく。
「大中小のカエルちゃんを、それぞれわけてくださいですぅ」
「3袋あるのはその為なんだね」
「メモ帳に『正』を書き込んでくださいまし〜」
「ひーふーみー……」
さんぽは集めたカエル達を袋に入れながら、落月の用意したメモ帳に正の字を書き込んでいく。
なるほど、こうすれば全てのカエルが集まったかどうかわかりやすい。
そして隣の教室では、桜花が5cmのカエルを重点的に探していた。
「カエルさんカエルさん、でてくるといいのですよ?」
ひょこん。
青い髪を揺らし、桜花は教室背後のロッカーを覗き込む。
子供達の置きっぱなしの荷物を、桜花は一点一点丁寧に床に下ろす。
もちろん、下ろす時も小さなカエルがいないかを確認しながらだ。
「カエルさん、やっぱりいましたね? 大丈夫、怖がらなくていいのです」
ロッカーの隅の隅。
張り付くように怯えているカエルを、桜花はやさしく両手で包み込む。
カエル独特のしっとりとした皮膚の感触が気持ちいい。
「でも、どこにいれましょう?」
ロッカーの中のバケツに、ぽすっと入れてあげると、けろけろっと鳴くカエル。
「蓋は、このエプロンでするのです」
ふわっとメイド服のエプロンをバケツに被せる。
密封にはならず、飛び跳ねるカエルが頭をぶつけても痛くない、絶妙な蓋となった。
「はぅ?! 小さい子を踏みそうなのです。ええと……飛んでいれば踏むことはないですよね……」
足元にいた2cmのカエルにびくっとして、狐雀はふよふよと漂う。
もともと飛んでいたのだが、あまりにも側にいたから驚いたのだ。
「え、えと、こっちにもです……?」
ぴょこぴょこ。
小さなカエル達が飛んでいる狐雀にぴょんぴょん♪
具現化した光を纏う羽が、好奇心を刺激するのかもしれない。
「はわわ、潰れないでくださいですよー」
目に付くカエルを全部両手で包み込み、狐雀は壁を通り抜けて、袋を持つ落月の元へ。
●踏まないようにね?
「カエルか〜、虫食べるかな」
教室の中で、アーニャはそんな事を思う。
「これ、美味しいんだよ。みんな食べたくなるよね?」
携帯の裁縫道具から糸を取り出して、カエルが食べやすいように千切ったパンを括りつける。
ふにふにふにっ。
アーニャが教室のあちらこちらで糸をたらして動かすと―― ぴょこん!
「あ、食いついたんだよ」
かぷっと食いついたカエルを、アーニャがすかさずキャッチ。
(ほんとは苦手だけど、頑張らなくちゃ。水希ちゃんと約束したんだから)
カエルの感触にちょっとだけ湧き上がった苦手な気持ちを、アーニャはぐっと我慢。
気にしないそぶりで手にしていたバケツに入れて、そこへフェルドベレー帽を被せれば、完璧。
きっと、誰もアーニャがカエルが苦手だなんて気づかないだろう。
「やっぱり美味しいんだね。あとは、机の横とかも探さなくちゃだよね」
アーニャは机の横に提げられた袋に目を留める。
ロッカーにも荷物はあるのだが、小学生の机の横にはみんな、フェルトの手作り袋が提げられている。
大抵は授業で使う笛やら絵の具やらが入ってるものだ。
「……ごめんね、勝手に見ちゃって」
人様の物を見る事に深い罪悪感を抱きながら、アーニャはそっと袋を覗いていく。
そして机の中も。
二度は見ないで済む様に、落月に持ってきてもらったラップで、チェックの終わった机の中に袋を入れて、きっちり密封。
これなら、探し終えた場所に再びカエルが紛れてしまう事はないだろう。
「踏ンデハ駄目ナノデス。ヒリュウ召喚!」
箱が呼ぶと、召喚されたヒリュウが箱の前に現れた。
ふわふわと浮かぶ幼いヒリュウと、視覚を共有する。
そうすると、その場を動かずとも飛んでいるヒリュウの瞳から得た情報を箱も得れ、小さなカエルを一匹たりとも踏み潰す心配がなくなった。
(タシカ、カエルタチハ暗クテ狭イ場所ヲコノンデイタノデス!)
幼い日の記憶を頼りに、箱はヒリュウに指示を出す。
くるりと尻尾を翻し、ヒリュウは廊下の隅っこ、特に消火器などの裏の狭い部分を覗き込む。
「見ツケマシタヨ!」
箱はふふっと笑う。
ヒリュウの目を通してみたそこには、小さなカエルが更に小さく縮こまって震えていた。
あっさりと捕まえると、箱の目にありえない程でかい次のカエルが!
「アァナンテ美シイ方ナノデショウ……麗シクヌルツイタ皮膚ニ可憐ナイボイボ……ドウカ私ノ手ニ取ラレテハクレマセンカ……?」
激しい動悸と息切れを、デジタルな箱の被り物で押さえながら、箱はヒリュウが見つけたキュートなカエル―― 巨大なイボイボ蛙に手を差し伸べる。
ぎゅうっとつぶれない程度に抱きしめて頬ずりする箱から、マックスウェルはそっと目を逸らす。
(食いもんだと思えば平気なんだけどな。あんなの肉だ肉だ……うあ、やっぱりきもいよ)
独特のぶつぶつ感に、マックスウェルの肌に鳥肌が浮かぶ。
「おっと、君はここにいてね?」
ぱくりっ。
マックスウェルは飛び跳ねてきたカエルをそのまま口の中へ。
「はうっ?! 食べちゃだめ、だめですよ〜」
パタパタと飛ぶ狐雀が思いっきりそれを目撃して、慌ててマックスウェルの背中をぽふぽふ叩いた。
「だいじょぶだいじょーぶ、あたしを信用してよね! ……あっ」
「あっ?!」
マックスウェルが胸を叩いた瞬間、ゴクンと嫌な音が。
「あ。透過。いまのカエル透過っ」
真っ青になる狐雀に、慌てて自らの身体に『腕を突っ込んで』カエルを取り出すマックスウェル。
透過能力がなかったら、本当にマックスウェルの美味しい夕飯になる所だった。
へへっと笑う彼女からカエルを受け取って、狐雀は落月の所へ。
「だーいぶ集まってきたわよぅ」
狐雀からカエルを受け取って、落月は正の字をまた一つ、メモ帳へ書き込む。
「教室はだいぶ見れたと思うのです。あとは廊下ぐらいでしょうかー?」
「廊下も見てはいるけれど、どうかしらねぇ」
「皆で並んでやれば、きっと見落としはないのですっ」
ぐぐっと拳を握る狐雀に、「任せるわぁ」と落月。
その隣では、樹が定期的に袋の中のカエル達に霧吹きで水をかけている。
「カエルは乾燥に弱いからの……!」
樹のお陰だろう。
ビニール袋というあまり過ごしやすい環境とは言い難いその中で、カエル達はみんな元気一杯だ。
「教室の密封終了! 最後にもう一度廊下を見れば完璧かな?」
アーニャが探し終えた教室を、次々にきっちり密閉してゆく。
「じゃあ、一列に並んで、ゆっくり最後の仕上げをしましょう」
狐雀の提案に、皆で頷く。
●全部捕まえられたかな?
「これで、最後の子が見つかりましたね」
たい焼き片手に、狐雀がふよふよと浮かぶ。
「水槽借りてきたよ、さぁこの中に!」
いつの間に取りに行ってくれていたのだろう?
さんぽが水槽を二つ抱えて、カエルのいなくなった壁を駆け寄ってくる。
「ほむ、水槽なら完璧だの。カエル達も嬉しそうなのじゃ」
樹が水槽に映されたカエル達を見て、頬をほころばす。
そして水希には、カエルが過ごしやすい環境について力説!
「メモを取っておくといいのですぅ」
樹の力説を一生懸命聞いている水希に、カエルを数える為に使っていたメモを差し出す。
せっせとメモを取る水希に、
「カエルの飼育は難しいからの。水希殿は若いのにすごいことだの……!」
と樹は褒めながらその頭を撫で撫で。
褒められた水希は嬉しそうに頬を染める。
「捕マッテヨカッタデス、私モトテモ嬉シイデス」
箱もその表情と機械音声の口調からは分からないが、喜んでいるようだ。
……と、思ったら。
「カエルサンハ上手ク調理デキレバ、鶏肉ト似タヨウナ味ガスルソウデスヨ」
「「「え」」」
「私ノ幼少ノ頃ノ願イヲ、代ワリニ叶エテ下サイネ。ジュルリ……」
じっとカエルを見つめているように見える箱。
「やだなぁ、冗談きついんだからっ」
「水希ちゃん、ほんとによかったね」
慌ててフォローしだす撃退士達。
「エ。違ウ……?」
箱はきょとんとして、分かっていないようだ。
(やっーっぱ、カエルっていったら食料だよな)
マックスウェルは箱の気持ちが良くわかっていた。
「食べるなら、こっちのほうが美味しいのですよ。皆さんお疲れ様でした。甘いたい焼きで体力回復ですよー」
狐雀が袋からみんなにたい焼きを配りだす。
甘いたい焼きはカエルよりもずっとずっと美味しそう。
「紅茶もどうぞ〜」
桜花も紅茶を注いで回る。
「ありがとうございましたっ!」
水希が深々と頭を下げて。
カエルは無事、みんな見つかったのでした。