●森に潜む数多の影
陽光が照らす郊外の森。そこに八人の撃退士が、緊張した様子で足を踏み入れていた。
各自の脳裏に浮ぶのは、幻影を創り出すと言われたディアボロの姿。敵の攻撃方法も、その能力も事前に聞かされているが、気など抜けない。抜けれる訳が無い。
姿形だけなら三十を超える敵を相手に――逃さずに、確実に倒す絶対の方法など存在しないのだから。
だが、戦意溢れる者も居る。雪室 チルル(
ja0220)は快活な笑顔を浮かべて、これから戦うディアブロの事を思う。
「ま、難しく考える必要ないわよ。幻影? 全部まとめてやっつけちゃえばいいのよ!」
「そう楽な相手でも無いと思いますがね……ですが搦め手の相手はやりにくい反面、それを崩せば脆い。敵の本体を突き止めることができれば楽な相手だとは思いますよ」
「あたいもそう思う。いざとなったら片っ端から叩いていくだけよ!」
戸次 隆道(
ja0550)の言葉に更に戦意を高め、猪突猛進な様子を顕に。
隆道は飄々と、そんなチルルの様子を見やっているが――内心は戦いに向けた激情を抱いている。目的達成を優先し、必ず倒し逃がさない……そんな想いが見え隠れしていた。
そんな中、初依頼と言う事でか、鎭守 刹那(
ja0257)の顔は強張っている。
緊張が自然と彼の体を強張らせているのだろう。
「やっぱり緊張するなぁ。今回の相手は、色々と厄介な戦い方をしてくるみたいだし」
「ふん。知恵が必要な勝負だというなら望むところだ。まだそこまで賢くなれているかどうかはともかく、そういう戦い方は僕自身が目指すものだし。 ディアボロも魔術師風ということだから、ますます負けるわけにはいかない」
「いいね、天羽は。俺はまだまだ不安が消せない。でもまあ、成功するよう努力してみるよ」
自信に満ちた天羽 流司(
ja0366)の言葉を聞き、刹那の気概も自然と高まる。
緊張はする、不安は尽きない。だが流司の言うように、撃退士がディアボロ相手に後れを取る訳にはいかない。難しい相手だとしても、勝利を手にしなければ。
一同は森の中を歩く。風に揺れて、木々がざわめく。日中の光を浴びて、時と場合を許すならば良い森林浴が楽しめたであろう。
だが、そんな余裕は無い。一同の前に、一体のディアボロの姿が見て取れた。
互いが互いを視認する。その次の瞬間――無数に別れるディアボロの姿。
その光景を、離れた地点より隠れ見るグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)の姿があった。
「同じ術師としても、こういうのは気に食わないんだよね。何かに隠れてやるなんて、臆病者と同じだよ……とは言え、この数の中から本物を見つけ出すのは……中々難しいね」
広がる光景を見て、思わず唸るグラルス。オッドアイの瞳が、鋭く敵を見据えるが……情報通り見た限りでの判別は不可能だった。本当に、三十匹以上のディアボロが実在しているようにしか見えない。
「曰く、事物の外観は偽りに満ちている。その意図する意味は違うだろうが、面倒なことに変わりはないな……特に問題は、偽りの中で油断するような輩では無いという事か」
投げ遅れたカラーボールを手に、小さく舌打つ御巫 黎那(
ja6230)。眉一つ動いていなく、彼女が冷静であることは間違いないが……ディアボロの反応は想像以上だった。
そも、森の中では、どうしても草木を掻き分ける音が発生してしまう。近づく撃退士を視認した瞬間に幻影を生み出した、生み出せたのは――敵が潜んでいた場所にも問題がある。
敵の思考は想像以上に切れる。一同が改めて敵の厄介さを認識した次の瞬間。
――無数の雷球が、雲霞の如く放たれた。
●見定める
「実用性と有用性は認めるが、自分の分身だけを多数生み出して楽しいのかコイツは? それともプライベートではもっと別の幻影も出してるのか……許せんしめて――うおっ!?」
口上の途中、迫る雷球を避けるため大城・博志(
ja0179)は茂みの中に飛び込んだ。
敵群の視線が向いていない隙を狙って、本物の位置を探ろうとしていた博志だが、幻影の数は三十を超える。それだけの数が居れば、死角が生まれる事はまず皆無といって良かった。
「だぁ! ポインタ当てる隙もないぞ!? どうしろってんだよ!」
茂みに身を潜めつつ移動して、やってられないとばかりに喚く博志。
迫る攻撃の殆どが偽者とは言え、判別は出来ない。見た目は間違いなく本物の攻撃だった。
「可能なかぎり早く、迅速に本体を見つけなくては……しかし、この数にこの場所は」
前衛組が敵の前で撹乱している間、領原 陣也(
ja1866)も茂みに隠れて本体の居場所を探っていた。阻霊符の効果により、本体の透過能力は消えているだろうが……こう木々が多いと、着色料を投げつけるのも骨だ。思ったように行動に移れない。
そして、前衛陣は、見た目だけとは言え凄まじい攻撃の嵐に晒されている。
殆どが幻影で、効果の無い攻撃でも本物は混じっている。つまり果敢に攻撃を仕掛けても――こちらの攻撃は当らず、敵の攻撃だけ喰らっていくのだ。
「あれ? 全然手応えがない! また偽者――あいたぁ!? ま、またぁ!?」
チルルのフランベルジュが空を斬り、その横手から敵の雷球を喰らう。すぐに側面を向き、攻撃を仕掛けた本体に視線を向けるが――そこには多数の敵の姿が。どれが本体なのかなど解りはしない。
「こん、のぉ〜! さっきからチマチマチマチマ……こうなったあたいの新しい必殺技で一気に!」
怒りとエネルギーを武器に込めて、一気に振り抜くチルル。一直線上に光の衝撃波が放たれるが――ダメージを受けた敵の姿はいない。範囲攻撃とは言えど、やはり敵の圧倒的数の前には分が悪い。
刹那や黎那と言った、残りの前衛陣も攻撃の結果は芳しくない。
振るう剣や鎌の全ては空を斬る。どれだけ果敢に攻め込んでもあざ笑うかのように。
(……既に回りは囲んであります。相手を逃がさない準備も整えてあります。相手の攻撃方法と能力から言って後衛に居るのは間違いありませんが……こう散在されると厳しい)
拳を握り締め、敵陣の真ん中に突撃する覚悟もすでに持っている隆道だが……単純な前後衛ではなく、バラバラに別れるように配置されては、突撃してもあまり意味が無い。
だが、敵の能力から言って、後衛向きなのは間違いない。つまり今の状況は、敵の能力的に「止むを得ない」という可能性がある。
(攻撃に当たることを嫌がっているのは間違いないんです……散在していると言っても、敵の距離は、基本着かず離れずの距離で密集している……本体が離脱しない理由は?)
隆道は考えるが答えはまだ出ない。
スキルの無駄撃ちは出来ない。本体を特定したのなら、速攻で倒さなくてはならない。この多数の幻影に翻弄されては、逃がしてしまう可能性が高すぎる。
流司は上手く判別できない状況と、頭の切れる敵の動きに、苛立ちながら眼鏡を押し上げる。
(……一箇所だけでなく、全方位が攻撃対象、か。しかも絶えず動き回って、雷球を飛び交わせている――っ!)
そして、流司の潜んでいた地点に無数の雷球が迫る。その全てが偽物の可能性があるとは言え、一見しただけで判別は不可能。すぐさま新たな樹の陰へと移動する。
(何度か本物らしき存在は見えている。でも、範囲が絞りきれない。こう動き回られて、全方位に攻撃されたら……何か無いのか? もっと、確実に判別する方法は?)
思考するが、答えは未だ闇の中。
多数の幻影。無数の雷球。どれもが本物と同じ姿形。影の有無まで一緒。
その幻影の中から一体の本物を見つけ出す術。
それは――ある一点に気を配っていた陣也が見つけ出した。
茂みの中に隠れたまま、携帯をかける。仲間たちに、その解答を。
「本体を見つける「方法」が解った。……今から言う事を実行してくれれば恐らく突き止められる」
●幻影の正体見たり
その内容を聴いた撃退士の中で、刹那は瞬時に答えが解った。
彼もまた、同じような事を考えていたのだ。だが、陣也ほどその考えに集中しておらず、方法までは思いつかなかった。
けれど、悟った今ならば。
「皆、動かないで! 攻撃してきても絶対に!」
無数の敵の前で動きを止める。それは本来ならば最悪の悪手。動き回る敵相手に、どれが本体なのか解らない現状で、足を止めて攻撃を止めるのは下策に近い。
だが、すぐにその下策こそが大正解といってもいい答えなのだと気付く。
撃退士が一斉に動きを止めた次の瞬間、鳴る音は僅かなものだけだった。
敵の姿は多数居るにも関わらず――足音は、まるで一箇所からしか聴こえないように。
「見つけたよ、まずは動きを止めないと。……貫け、電気石の矢よ。トルマリン・アロー!」
ようやく見つけたその敵に、グラルスの放つ雷撃の矢が迫る。
音。それこそが本体と幻影を分ける解りやすい目印。
果敢に攻め込む必要は無かったのだ。果敢に攻め込んでしまえば、撃退士達の出す足音等が戦場に広がってしまう。そうなればたった一匹の敵が生み出す「足音」が隠れてしまう。
場所が森なのも、今思えば布石だったのだろう。この場所で、物音を出さずに敵を討つのは不可能だ。撃退士達は、どうしたって動き回ってしまう。敵の本体を探る為に。
「皆! 判別は着いた! 絶対に逃がすな! ここで逃がしたら全てご破算だよ!」
雷撃の槍を放ちながら、グラルスは叫ぶ。相変わらず敵の姿は多く、ともすればまた見失ってしまう光景だが……全員が一斉に気付いたのだ。後は、その気付いた一匹にのみ注視するだけ。
本体を突き止められたディアボロは逃げ出し始めるが、もうそんな逃走に意味は無い。
八人の撃退士が周囲を囲んでいるのだ。逃げ道はおのずと阻められる。
しかも残りの敵が全て幻だと解っているのだから――迫る雷球も無視して、本体目掛けて攻撃を繰り出すのみ。
「さっきまでの礼、たっぷりさせてもらうぜ。IYA――吼えよ、焦く炎よ」
逃げるディアボロに、博志の放つ焦熱の火砲が牙を剥く。
先程までの鬱憤を晴らすかのような炎の砲弾。焼かれ苦しむディアボロが一体。
そして、そんな苦しむディアボロを見逃す愚を誰も犯さない。
漆黒の大鎌が、魔術師風のディアボロの目前に突きつけられる。
ディアボロが視線を上げれば、無表情に佇む黎那が。
冷たさを感じさせる赤瞳と漆黒の容姿と、その大鎌から――まるで死神のように見えて。
「さっきまではどうも。お礼に八つ裂きにしてやる」
振り被る大鎌。ディアボロは、それでも必死に逃げようとするが、それは無駄な足掻き。
逃げるディアボロに鎌を振り下ろす刹那、彼女は囁いた。
「生きる限り、希望をもつことができる――この言葉の本当の意味、教えてやろう」
死んだら希望など持てない。そういう意味だ。
ただそれだけを伝えて――ディアボロは、あっけなくその場に崩れ落ちた。
●終ってみれば楽勝で
「あー!? そんなぁ……あたいもあたいも! あたいも一撃入れたかったー!」
「私もですよ……この、行き場の無くなった怒りはどうしろと。一発蹴り穿ちかったのですが」
必殺技のお披露目がーと叫ぶチルルに、この蹴撃の行き場はどこへ向ければと不満げな隆道。
あっさり止めを刺してしまった黎那は、無表情のまま――けれども一言わるいと呟いた。
いや、本当に弱かったのだ。まさか八つ裂きにする前に一太刀で倒せてしまうとは。
「敵に良いように動かれたのが口惜しかった……今思えば、離脱しないで戦場域を動き回っていた理由はそこか。当然か、本体が離れては、離れる際の足音ですぐばれてしまう」
流司は敵の動きの正体を完璧に掴む。ただ一人が足音を立てるのなら、その一人が離れる訳にはいかない。同じ戦場で、撃退士達を翻弄させて動き回らせなければ、すぐに居所がばれてしまう。
「幻影の範囲も決まってたんだろうな。この戦域外までは幻影が造れないとか……場所がこれだけ木が密集してるのも、これを上手く使わせない為でもあったんだろうよ」
博志は苦笑しながら、活躍の場が殆ど無かったカラーボールやレーザーポインタを弄ぶ。
あのディアボロは、自身の能力の弱点も解っていたのだろう。遮蔽物の無い場所では、すぐに目印をつけられて負けてしまうことを。
「もうちょっとだったなぁ。領原みたいに音にもっと気をつけてれば、この剣で一撃お見舞いできたのに」
「いや、たまたまだ。運が良かっただけにすぎない」
残念残念と対の直剣を振るう刹那に対し、ぶっきらぼうな口調で返す陣也。
音に気を張っていた領原の働きは確かに素晴らしく、だからこそ今回の相手を討てたと言える。
だが、彼はそれに驕る事無くただ淡々と言葉を紡ぐのみ。そんな彼の様子を見て、思わず苦笑する刹那。
「どうしてこの森が戦場だったのか、そこに気付けなかったのが僕の失策だったかな? まあ、それは今後の教訓として胸に刻んでおくとして……そろそろ帰らないか? 皆も疲れたろ?」
グラルスの言葉に皆は同意を示す。森の中でせわしなく動き回ったのだ。傷は殆ど無いものの、疲れて疲れて仕方ない。
空を見上げれば、快晴の青空。憎らしいぐらいに、先程まで戦場だったこの森は、平和な空気を醸し出していた。